第2話 変な主従関係

 不登校明けの美少女、橘 紫音。少し離れた距離の席にいる僕は彼女をずっと、観察していた。不登校、何かに悩んでいる人間とは思えない鋼のメンタルを持っていて、ジロジロ見られても、他人の目をまるで気にしていない。狐の耳をパタパタさせたり、尻尾をフリフリしたりして、常に上機嫌だ。


 でも、そんな彼女は英語の授業の終わりに、ある出来事で話題となった。


「神里先生は彼女がいるんですか?」


 例のイケメン英語教師は母親が理事長のため、お金持ちである事が確定している。そんな男を女子生徒たちが関心が無いわけもなく、恋愛の質問攻めをされていた。生徒の手前もあり、彼はどことなくはぐらかすが、


「蓮叔父様はそこの女狐と付き合ってるわ!親が決めた仲よ!」


 そう叫んだのは、理事長の孫の神里 小鈴だった。


(理事長が変わったからって、この学校って、親族が多すぎません?)


 一族経営でやりたい放題のこの学校は何もかもが、メチャクチャだ。理事長が私財を投げうって、通う生徒全員を完全無料で教育を受けさせている。しかし、かなりの難関高校らしく、僕と同じ中学校で学年トップ10に君臨していた同級生は全員が不合格だったらしい…。


(だったら、なんで平凡な成績の僕が合格したんだろ?)


 意味の分からない内申点が合否に左右されているらしく、自分が合格した理由はいまだに分かっていなかった。


「えー!」神里 小鈴さんの発言に周りは驚く声をあげていた。


 その場にいた全員がイケメン英語教師と狐っ子美少女の交際関係を聞いて、驚きを隠せずにいた。しかし、神里 蓮先生は親が勝手に決めた事だから、二人きりで話した事もないと否定したり、橘さんは女子生徒の大半からペット扱いを受けているらしく、ライバルにもなり得ないと思われてるのか、話した事も無い不思議な許嫁のような関係を男女みんなで面白がって冷やかしていた。



「君、ずっと…私を見ているよね?他の子とは違う意味で…。」

 

 僕が何かと話題の美少女、橘 紫音をずっと見ている事に彼女自身が気付いて、僕に近付いて来たので、

 

「ごめんなさい。橘さんって、狐耳や尻尾が無くても、メチャクチャ可愛いから…、見とれてしまったんだ。本当にごめんなさい。」

 

 女性慣れをしていない僕が彼女をイヤらしい目で見ていた事を謝罪したが、

 

「君…変わってるね。周りの男の子たちを見てごらん…。誰も私に興味ないでしょ?それに一部の男子は私の存在に不快感を持ってて、キモいって陰口を言ってるでしょ?普通の男の子だったら、反応はああなるの…。」

 

 そう言って、橘さんは説明してくれると、本当に僕以外の男子は彼女にまったく興味を持っていなかった。こんな美少女と話している僕に他の男子は嫉妬もしないし、まるで…、ケモミミ美少女の橘 紫音の事を人間の女子生徒と思っていないかのような反応だった。

 

(みんな、橘さんを人間と認識していないみたいだ…。)

 

「君、私と友達になる?見たところ、ボッチ男子みたいだし、ボッチ同士で仲良く話そうよ。名前はなんて言うの?」

 

 さすがに半日経つと周りの女子たちにも飽きられた彼女は自分の事をボッチだと言って、僕と友達になろうと言われて、名前を聞かれてしまった。

 

「えっと…、佐藤です。佐藤 優樹ゆうきと言います。」

 

 僕が彼女に本名を話すと、

 

「優樹くんね。私は橘 紫音。紫音って呼んでね、ゆうくん。」

 

 彼女は僕の事をゆうくんと呼んで、自分の事は紫音と呼んで欲しいと言われた。

 

(恥ずかしい…、今日、同級生の女の子の名前を呼ぶのが、初めてなのに、すでに今日は二人目だよ?)

 

「えっと…紫音さん…。」

 

 僕は照れながら彼女の名前を呼ぶと、

 

「はい、な~に?ゆうくん。」

 

 と恋人のような感じで呼び返してくれた。

 

 嬉しくて堪らなかったのだが、女子慣れしていない僕は名前を呼ぶだけで、緊張してしまい、他に話す言葉が思い付かず、

 

「あっ、あの!紫音さん。麻友さんから聞いたんですが、お二人は仲良しの友達じゃ無いんですか?」

 

 事もあろうにまた、僕は別の女子の麻友の名前を出して話題を作ろうとしてしまい、好きな子の前でする話の内容としては失態行為を犯してしまった。

 

「麻友?ゆうくん…、もう麻友と仲良くなっちゃったんだ~。でも、大丈夫だよ。学校にいる時の真面目な方の麻友は私に興味ないから、二人きりで話しても、邪魔をして来ないよ。でもね…こうすると。」

 

 そう話した紫音が僕の胸元に飛び込む感じで不用意に近付いて、キスをしようと試みて来たが、

 

「紫音様、それは異性交遊の不純な行動に当たります。それに純粋な佐藤くんを淫乱な紫音様の不逞行為によって、汚し、弄ぶのは、お止めください!」

 

 自分の机で紫音のために学習資料を作っていた麻友が見た事ないスピードで僕たちに近付いて、紫音の唇と僕の唇の間にノートを入れてキスを阻止してきた。

  

(さっきまでは全然、こっちに興味も持っていなかったのに、阻止してきた!)

 

 一瞬の出来事で何が起こったのか理解出来ない僕に、

 

「佐藤くん…、我が主の失態をお許しください。紫音様!男性が好きなのは分かりますが、今の行動は断じて許されざる行動ですよ!覚悟してください。」

 

 麻友の主である紫音の行き過ぎた行動にキレた彼女は紫音の腰を抱えたあと、

 

「行き過ぎた行動を取る主には、お仕置きが必要です…、あら、ちょうど、こんな所に大きなお尻がありますね~。」

 

 そう言って、彼女は「佐藤くん、主の軽率な行動とお見苦しい所を見せてしまい、申し訳ございませんでした」と僕に謝ったあと、そのまま、紫音を抱えて教室を出ていった。心配になった僕は彼女たちを追い掛けると誰もいない部屋に二人は入って行って、中から…、

 

「もうしません!ごめんなさーい!」

 

 と紫音の叫び声と何かを手で叩く音が聞こえてきた。やがて、その音が止んで、麻友が普通に出てくると、

 

「佐藤くん、どうなされたのですか?」

 

 いつものクールな顔で僕にどうしたかを聞いてきたので、


「あの~、紫音さんは…。」

 

 二人の事が心配になったから、付いてきたと話すと、

 

「まあ、紫音様から、あんな嫌がらせを受けたのに、心配をしてくださるなんて…本当にありがとうございます。我が主には勿体なき学友ですね、佐藤くんは。」

 

 彼女は僕にお礼を言ったあと、

 

「我が主の失態は従者の私の責任です。もし、今回の事で性的な感情を抱き、高ぶりになられたのなら、私の体で佐藤くんに奉仕を致しますので、いつでも…相談なさってくださいね。」

 

 彼女は僕にそう話したあと、微笑みながら、教室へ戻って行った。

 

(なんか、麻友さんって、危ない人の気がする…。)

 

 麻友が帰ってしまったので、紫音がいる教室に入ると、彼女は横に寝そべってグッタリとしていた。

 

「あの~、紫音さん。大丈夫ですか?」

 

 意識はあるみたいなので、彼女に話し掛けると、

 

「あんな事をやると、麻友が動くから…、私に性的な接触はしちゃダメだよ?優樹くん…。」

 

 彼女は身をもって、僕に注意喚起をしたあと、

 

「神里先生、私を早く襲ってくれないかな~。」

 

 お仕置きを受けたのに、懲りない彼女は性に積極的な狐っ子だった。

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