被害者の回想1
世の中で成功するのは真面目な人間ではなく効率的な人間だ。
授業をまじめに受けて単位を取るより試験前に友人にレジュメと過去問をもらえばいい。どうせ別れる彼女相手に誠実を見せても仕方がない、適当に遊んで他の女に乗り換えればいい。
世の中は効率的な人間が勝ち組なんだ。
ただ多くの人間は勘違いしている。効率的に生きるにも努力はいるし、いくら効率的でも面倒なことは面倒なのだ。
その最たる例が今直面している就活だ。
去年先輩からいくらか話は聞いていたが「大変」だの「早く終わりたい」だの中身のない物ばかりで少しの役にも立たないものばかり記憶にある。おそらくその程度のことしか言ってなかっただろうし、長々と就活していた先輩から得られる助言など最初から当てにならないだろう。
結局サークルの友人たちと情報を共有しながら急いで準備を始めていた。学年が上がりいよいよ就活解禁となるとサークルに顔を出すことは難しくなる。実質引退だ。
とはいえサークルで何をしているのかと聞かれると返答には窮してしまう。
大声では言えないが元々は俗にいうヤリサーといいうやつだった。しかし他の大学の同じようなサークルで大きな問題となり先輩の代で自粛し名前を変え今の形となった。
自分がお零れに預かったのは精々数か月程度。それに誓って言うが決して無理矢理行為に及ぶということはなかった。些か女の子の判断力はアルコールで鈍っていたかもしれないが同意の上だった。
自分に降りかかった問題はそれより先、行為の延長線上にあるものを女の子に求められたことだった。
「遊びを理解してない女は地雷」よくそう言って友人たちと笑いあったのが遠い昔のように感じる。
それほどまでに今は忙しい。これからもっと忙しく娯楽が減るであろうことを憂いて後輩たちが追いコンを企画してくれた。
追いコンには新1年生や2年から参加した見慣れない顔が多くみられた。女の子も多くいたがサークルの趣旨が変わってから特別どうこうしようとは考えなくなった。股間でものを考えるような馬鹿たちはさすがに違う。
幹事経験のない後輩が指揮を執ったため最寄り駅近くの居酒屋の予約が取れず4駅も離れたところでの呑み会となってしまった。
「この時期どこも予約なんて取れないんだからさっさと決めておけよな」
半分は本音、もう半分は照れ隠しで後輩を弄る。実際帰りのこと考えると少し億劫だ。明日の予定さえなければオールで過ごすのも問題ないのだが企業説明会が朝早くからあるため羽目を外し過ぎるわけにはいけない。
呑み始めてから2時間もして少し気分が悪くなった。決して誰にも話すつもりはないが俺は酒に弱い。飲んだ酒と同じ量の水をひっそり飲んで周囲にはバレないように振舞っている。
2年の後輩が新入生に酒を勧めている。
「馬鹿止めろ!」
酔いのせいで必要以上に大きい声が出た。
「ただでさえ今の世の中うるさいのに問題になれば就職に響くんだよ」これを文章化して声に出すことで来たのは呑み会の後だった。
俺は悪くないとはいえ場を白けさせてしまったことを後悔している。周りに迷惑をかけたことというより恥ずかしいことをした自分を認めたくない思いがほとんどだ。
トイレで胃の中をすべて吐き出して皆には何も言わずに居酒屋を後にした。
どうやってアパートの最寄り駅まで帰ってきたか覚えてない。
電信柱を背に座り込んでいる。アパートに戻る狭い道路で明かりも乏しい。時間を確認しようとポケットからスマホを取り出すと電源が落ちている。電池切れだ。
胃の気持ち悪さと鈍い頭痛で体を起こす気にもならない。どれほどそうしていたかは時計がないのでわからない。しかし春先でこんなところで寝ていると死にはせずとも風は引くであろう。いい加減帰らなければ。あと数分も歩けば自宅だ。
そんなことを複数回頭を巡りようやく腰を上げようかと思ったとき音が聞こえた。
コツコツっという革靴の音。残業終わりのサラリーマンだろうか。ただ駅とは逆の方向から聞こえてくる。視界を上げる元気はない。
赤の他人に痴態を見せても気にはならないが下手に気を使われたりもしくは意識が無いと思われ貴重品を掏られても面白くない。
電信柱に体重を預けながらゆっくりと腰を上げる。立ち上がると胃の気持ち悪さは多少解消したが頭痛はよりひどくなった。
コツコツ。音が自分の前を通り過ぎるの五感を澄ませて待つ。
……音が自分の前で止まった。
2秒……3秒……。声をかけるでもなくただこちらを窺っている。
沈黙に耐えきれず顔を上げたとき。そいつは身体を俺に
「あ……」
痛みはなかった。これも酔いのせいなのか腹部に出刃包丁が深々と刺さっている。抵抗しようとした時そいつは包丁を抜き、胸の真ん中を突き刺してきた。不思議なことに今刺された胸部より腹部のほうの違和感が強かった。
あっという間の出来事だったと思う。そいつは急いでまた革靴をカツカツと鳴らし来た方向へと走って逃げて行った。
相変わらず痛みはない。ただ体液が身体から失われている感覚だけが鮮明に上半身を覆っている。
「あぁ、死ぬんだ」
こんな時になっても全然頭が働かない。
雨が降ってきた。もう寒いのか暑いのかも分からない。
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