嘘つき

杠明

丹波悠一の所見1

「はい私が全て殺しました」

無機質な部屋にテーブルの向こうには一人の少女。天井から降り注ぐ人工的な光が少女の幼さを機械的に見せる。


連続殺人事件。約一年半、正確には17か月の間に3人を通り魔的に殺した犯人。それが今目の前にいる。

係官の丹波悠一は改めて少女、中野あかねの様子を窺う。身長は140cm半ばくらいで夏服の制服から病的に細い腕が覗いている。顔色も血色がよくないがそれはこの状況で溌溂としているほうがおかしいというものだ。

今年から勉強もスポーツも特別強いというわけでは無い公立高校に通っているとのこと。つまり遡ると中学生時代から犯行に及んでいるということになる。


(ありえない)

捜査においてこのような先入観を持つことは許されない。しかしどうしてもその考えを頭の中から振り切れないでいる。

今この場で最も落ち着きを失っているのはおそらく自分であろう。調書を取っている後輩も難しい顔をして書類に向かっている。

エアコンがガンガンに効いているにも関わらず汗が止まらない。


「はい私がやりました」

自白している被疑者に対してここまで同じ質問を繰り返すことなど今まであっただろうか。そして自白しているというのに警察がここまで動揺することなどあっただろうか。

(私には信じられない……)


最初の事件は去年の4月。新生活に右往左往する群衆が帰りつくベッドタウンで起こった。

哀れな最初の被害者は田口正平、就活を控えたX大学の学生だった。田口は学生が多く利用する駅の近くに倒れていた。胸部と腹部を刃物で複数回にわたり刺されていた。財布を初めスマホや貴重品には手が付けられていなかった。不幸なことに前日からの強い雨と場所が場所なだけに酔いつぶれた若者として認識されていたため通報が遅れてしまった。

当局は怨恨、通り魔の両方の線で追っていたがしばらくは発展はなかった。


それから半年で田口の荒れた私生活(特に女性関係)や下級生に対する暴力紛いのイジリなど怨恨の線が濃厚かと思われ複数の被疑者が浮かんだ矢先に第二の事件が起きた。


第一の事件現場から駅3つ分離れた(より田舎方面)住宅街で相馬よしみの遺体が発見された。相馬は高校を出てすぐ事件現場の近くの飲食店でアルバイトをしており当日も職場からの帰宅途中を襲われたとみられる。

凶行は先の事件とそう変わらず刃物で複数個所刺されていた。異なる点は顔を殴打されている点であろう。

相馬は女性にしては背の高いほうで170㎝近くある、無論それだけで判断できはしないが小柄な被疑者に可能であろうか。


発見ははなかった。とはいえ死後数時間は経過していた。相馬は襲われた際に悲鳴を上げており近隣住民の幾人かはそれを耳にしていた。ただ悲鳴を聞いての通報は0件だった。結局残業で遅くなった会社員が通報して発見に至った。

入り組んだ住宅街とは言え発見が遅すぎた。事実が公表された後、ネットでは「知育ぐるみの犯罪・町民全員で仕組んだ事件」など陰謀論じみた巷説まで流行る始末。


相馬の両親は「発見が早ければ助かったかもしれない」と犯人を差し置いて近隣住民を恨んでいる。あの傷では無理であろうが、悲鳴を上げ襲われている娘を誰も気がけなかったとなると錯乱してしまうのも無理もない。

話を聞きに行った警官も散々な言われようで帰ってきた。


そして第三の犯行は昨日。それもだが。

死体となって見つかったのは久保田鉄平。都心部の警備会社に勤める定年を間近に控えた中年男性だ。

恐らく発覚までの時間は3件の中で最も早い。中野あかねが殺してすぐに自ら自首したからだ。




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