僕の彼女は天才子役で国民的ドラマの主役だった!?
場面転換 秘密基地の別荘内(リビング)
//SE テーブルに置かれたカップにコーヒーを注ぐ音。遠くでかすかに波の音も聞こえる。
「はい、コーヒーを淹れたよ。お兄ちゃんのマグカップは当時愛用していた物と似た柄を買って来たんだ。私の記憶力ってすごいでしょ。もっと誉めて貰いたいところだけど、それじゃあ調子に乗りすぎだね」//妙にはしゃいだ口調の彼女。
「こんなふうにお兄ちゃんと差し向かいに座っているだけで、私は幸せな気分になるなぁ」//しみじみとした満ち足りた口調で。
「まるで小学生の夏休みに戻ったみたい……」
「ねえ、お兄ちゃんは覚えているかな。
「……」//幸せそうな笑みを浮かべる。
//SE 窓のむこう、潮騒の音がお互いの胸の鼓動を表すように大きくなる。海鳥の鳴き声がときおり重なってくる。
「なんだか上を向いてないとだめかも。真っすぐにお兄ちゃんの顔を見れないな。今日の私は感傷的になりすぎてすぐに涙腺が緩んじゃいそうだから」
//演技依頼 上を向きながら少し涙声で発音、鼻をすする仕草も数回まじえて。
「少しだけ私の思い出話につき合ってくれるかな?」
「小学生の夏休み期間、避暑地としてお兄ちゃんは海辺の町を訪れたんだよね。そこで
「このリビングからも見える海岸で偶然散歩をしていた私にお兄ちゃんは声を掛けてくれた。最初はびっくりしたよ。まっ黒に日焼けした顔に白い歯。その日初めて別荘を訪れた私は絶対に地元の男の子だと勘違いしちゃった」
「そうそう、私にそっけない態度で第一村人扱いされて、お兄ちゃんはとても困った表情だったよね。思い出すとあの顔はいまでも笑える!!」
「えっ、何で波音は僕にそっけない態度を取ったんだって? 大人がナンパするんじゃないんだし、
「
//SE コーヒーカップをスプーンでカチャカチャとかき混ぜる音。
「お兄ちゃんは不思議だと思わなかった? 小学生の私がひとりで避暑地を訪れていたことを……」
「お母さんみたいな女の人が別荘には居ただろうって? あれは私のマネージャーさんなの。別荘での身のまわりのお世話をしてくれた女性なんだ」
「……」//反応をうかがっている様子
「なんだか私、お兄ちゃんをすっごく困らせているみたい。初めて逢った日とおんなじ顔してるもん」
「お兄ちゃんと過ごす時間が減ってもったいないな、仕方がないか……。じゃあ核心に触れる答えあわせをするね。いまから私がいう
「ふうっ、あのドラマの決め台詞をいうのは久しぶりだからとても緊張しちゃうな……」
「……すうっ」//大きく上半身で伸びをしながら深呼吸で整えた後、おもむろに立ち上がり、テーブル越しに上半身を接近させる彼女。
「じゃあいくよ、しっかり私の声を聞いてね」//吐息がこちらの頬に掛かる距離での囁きかけ。
「ろうじょうするならかぎをくれ……!!」//まるで憑依されたように口調が小学生の女の子の声色に変化する。
「
「はああああっ!!」//脱力して崩れ落ちる身体と共に声が床方向に向かって下がる。
「あああ、めちゃくちゃ恥ずかしいよぉ!! 子役時代の黒歴史として私の中で封印してきたドラマの決め台詞を高校生になって口にするなんて」//恥ずかしさを堪えて絞り出すような言葉。
「……」しばしふたりの間に流れる沈黙、
//SE 波音のため息と生活音に潮騒の音が重なる。
「ええっ!? お兄ちゃんって私が小学生の頃、子役として女優活動していたことにまったく気がついていなかったのぉ!!」
「この場で初めて衝撃の事実を知らされて腰が抜けるくらい驚いているって!?」
「……そりゃあ芸名は本名と全然違うし、国民的大ヒットを巻き起こした連続ドラマでの主役としての役柄も、なんて言ったっけ。大人の男性を見下しながら翻弄する生意気な女子小学生キャラだったし」
「……なんだっけな、生意気な小学生の女の子を総称する呼びかたって?」
「ああ~っ、お兄ちゃんがいま正解を言った!! そうだよ、そのメスガキちゃん」
「自分で言うのも何だけど、流行語大賞も獲ったくらい有名な台詞なんだから」
「波音にとっても生涯忘れない思い出深い台詞……」
「……だけど重い十字架みたいにその後の私に付きまとう。普通の女子小学生としての生活を送れなくなったのもその頃からだったな」
「マスコミに追い回されプライベートも皆無でもちろん学園生活なんて言っていられる状況じゃない。天才子役のレッテルに押しつぶされそうになった私を見かねた両親が避暑地での隠遁生活を提案してくれたの……」
「……それが国民的ドラマの天才子役と呼ばれたもうひとりの私」//すべてを打ち明けて安堵の色を滲ませる言葉
時間経過
//SE 衣擦れの音とソファに彼女が座りなおす音。
「コーヒー、冷めちゃったからもう一度淹れ直すね」
//SE カップとソーサーの当たる音の少し後にコーヒーが再度注がれる音。
「でも不思議だな。お兄ちゃんはどうして
「もしかしてお兄ちゃんは私のストーカーさんだったりして。なんちゃって!!」
「ああっ、ひどいよ!! 私が抜けているのは小学生の頃から全然変わっていないなんて悪口を言って」
「ひとつ私に質問って何? お兄ちゃん」
「どうやってお前は日時の指定もせずに秘密基地で僕と再会するつもりだったんだって。……それは愛しあうふたりの気持ちが通じ合っていれば国境や海も越えるんじゃないかな」//旗色が悪くなった状況に気付いて次第に小声になる。
「……」//しばし二人の間に沈黙が流れる
「い、
//SE コーヒーカップがソーサーにガチャンと当たる音の後にテーブルに液体のこぼれる音が続く。
「あああっ、何やってんの。お兄ちゃん!! こぼれたコーヒーが洋服に掛かったでしょ、火傷しなかった?」//心配そうな彼女の声が次第に近くなる。
「急に大きな声を出して驚かした私が悪いね。本当にごめんなさい」
//SE 濡れてしまった洋服をハンカチでふき取る音。
「上着だけじゃなくスラックスまでコーヒーでびちゃびちゃだよ。染みになるといけないから今すぐ着替えなきゃ!!」
//SE 洋服の衣擦れとスラックスのベルトをカチャカチャと外す音
「あわわわっ、お兄ちゃん!? この場所でいきなり脱がないで!! お風呂の脱衣所だよぉ」
「き、着替えはテーブルと床を掃除したら私が持っていくから、お兄ちゃんは先にお風呂に入って来て」
//SE 掃除用具を取りに隣のキッチンに向かったのか次第に遠ざかる波音のスリッパのパタパタとした足音
次回に続く。
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