第3話

 状況は一変した。

 母、と名乗る女は一時期の憔悴から立ち直り、元気以外の何者でもない強さで街の中を歩いていた。

 「何もないわね。」

 きらびやかな町を見ながら、そう呟く。

 「そうかな、店もいっぱいあるし、楽しいじゃん。」

 「違うわ。私たちが、ここで暮らすには足りないの。そうでしょ?こんな星、全く。」

 不機嫌になりながらそう呟く女を横目で見ながら僕は白けた気持になっていた。

 だって、そうじゃないか。


 ついこの前、この星は支配された。

 その瞬間、僕達は宇宙人ではなくて、この星の住人になった。

 突然だった、この星の人々はみな、目を閉じて眠っていたと言っても過言ではない。

 世界は激変していて、それに飲み込まれてしまった。

 

 「じゃあお母さん、ちょっと出かけてくるから。」

 「分かった。」

 母と名乗る女は、僕の顔を見て笑った。

 僕は、一人静かになった家の中で、ゆっくりと眠り始める。

 仕方が無かった、あの人たちがいるところでは目を閉じることすらできない。

 恐ろしい光景だった、家族のいなかった僕が家族を見つけて、幸せだって思ってた。でも、違った。

 「助けて。」

 「助けて。」

 助けて、という声が弱弱しく響いている。

 これはいつもの光景だった。

 侵略とはこれほど恐ろしいものなのかと、思った。

 僕は息をのんで呟いた。

 「助けて。」

 と、ああ、無理だ、強すぎる。こんな相手と渡り合うことはできない。

 そう思っていた。

 最初は何が何だか分からなかった。

 いきなり、宇宙人、というか奴らが襲ってきて、僕らは捕まり洗脳された。

 洗脳して、つまり、僕らは生き物というか、対等な存在とかそんなのではなく、何か、ただそこにある物というか、そんな感じで扱われていて、でも僕らは本当は宇宙人の、あっち側の人間(宇宙人か…)ということを知っていて、そう知ってしまえばただ、ただ、無力だった。

 それ以来、僕は僕の両親だと名乗る二人を、あの人たち、と呼んでいる。

 母とか、父とかではない。

 僕にとっては得体のしれない化け物だった。

 

 世界の人口はどうなったのか、統計をとる人がいないからわからない。

 けれど、街中にいる何かは、たいてい宇宙人であるというのが、常識になっていた。

 「もしもし?久しぶり。会える?」

 森子もりこはそう言った。僕は、

 「会えるけど、会いたい?だって、僕は宇宙人なんだし。」

 「何言ってんだよ。…だから何なんだよ。」

 「そう、分かった。じゃあ会おう。」

 「おう。」

 と言い合って、家を出た。

 森子の家族はいない。

 どうしていなくなったのかは分からない。

 宇宙人の侵略以来、たいていの人間が記憶を失くしている。しかも、それは断片的なもので、確かな感覚を持っている人はいない。

 森子も、多分家族がいたかどうかも、よく分かっていないのだと思う。

 けれど、僕は知っていた。

 全て知っているから恐ろしいのだ。

 何も知らない人間ばかりがいて、どうして、こんなことが許されるのだろうか、というか許すとかじゃない、許せない、けれど何に怒りをぶつけていいのかが分からない。

 だって、相手は化け物なのだから。

 仕方が無い。

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