そら、バッティングてのは頭残して腰回してドンよ。
その頃になると、バーンズやクリスタンテという同じ外野手の主力メンバーがスプリングトレーニングのゲームに満を持して参戦して来ますから、当たりが全く出ていない俺がスタメンから外れるというのは当たり前の現象だった。
でも、声は出して明るく振る舞ってましたね。ヒットを打った選手には積極的にハイタッチにいき、打てなかった選手にも覚えたての英語を披露。
悪くないスイングだとか言ってコミュニケーションを取り、見事なピッチング見せたピッチャーはヒーローを称えるように出迎える。
そしてひと度グラウンドにゴミ袋が舞い込めば、猫のように走り出してすぐさま回収する。
常に状況を把握しながら、試合の終盤に代打での出場の機会があることを信じて、時間があればバットを振って準備をしておく。
ガキッ!!
しかし、結果は振るわず。メジャー特有のキレのあるツーシームに芯を外されてしまい内野フライの1打席でこの日も終わってしまった。
平柳君は、ここまでコンスタントに出場して10試合でヒット13本。打率は3割超え、ホームランも2本放っているだけに、俺の0割バッターぶりが目立ってしまっていた。
それでもめげずに練習はやりましたね。もちろん次の日に疲れが残らない程度に。試合が終わればたったひと振りで終わってしまった打席を思い返しながら、日が沈むまでバットを振り込む日々が続いた。
「アライ、いいかい。ちょっと来てくれ」
残り5試合となったスプリングトレーニング。試合会場になるスタジアムに到着すると、スタメンを外れて1週間となっていた俺は監督室に来るようにとのお達し。
荷物を置いたら直ぐ、黒崎さんと一緒にそこへ向かった。
ドアの向こうにはロレンス監督とブラウンヘッドコーチだった。
ロレンス監督は途中で買ったコーヒーを啜りながら帽子をテーブルに置く。
「アライ、向こうの先発はレビンスキー。左の100マイルピッチャーだ。今日はスタメンでいけるか?」
「イエス、ボス!」
俺は即答する。俺に代わってレフトのスタメンに出ていた21歳の若武者が、昨日の最後、フェンス際のプレーで軽く負傷していたので、今日もしかしたらという思いはあった。
ヘッドコーチが続ける。
「シーズン開幕はすぐそこだ。レビンスキーの後も、主力のピッチャーがどんどん出てくるぞ。試合の最後まで出てもらうからそのつもりでな」
どうやら、今日の試合が俺にとって運命の分かれ道らしい。
家族の様子はどうだ?とか、子供は今年から小学校か?とか、気に入ったメシ屋は見つかったか?とか。
監督とヘッドコーチがどうにかして俺をその気にさせようと気を使ってくれているのがひしひしと伝わってしまった。
しかし、とりあえずビクトリアガレットがこんもり盛られていたので、それを1枚頂くことにした。
ビシュッ!!
ズバンッ!!
「ストラックアウーッ!!」
ちょうど100マイル。右バッターの膝元いっぱいに決まったボールにうちのバッターは手が出ない。
今日は8番に入っているキャッチャーのロングフォレストが首を横に振りながらベンチに戻ってきた。
「バティナイン、レフトフィールダー、ナンバーフォー。トキヒト、アラーイ!!」
「「ピー!ピー!!」」
「バッターボックスはアライです。スタンドから少しブーイングも聞こえています。彼はアメリカに来てから、まだ1本のヒットも出ていません。26打席でノーヒットです。解説はフランクリンさんです」
「私も学生時代にフランスへ留学した時はホームシックになりましたよ。後、彼はもう少しバットのセンスを考えた方がいいかもしれませんね。あまりにもピンクで可愛らしいと、ピッチャーは子供に投げるように安心してしまうかもしれません」
「なるほど。……オニ、とかテングのペイントでもしたら怖いかも?」
「おお!それは効果ありそう!ピッチャーはストライクを投げられないでしょうね!」
「「ハハハハハ!!」」
カキィ!!
「オオッ!?ディープ!!レフトフィールド!!レフティフィールダー、バック、バック!バーック!!………イッツ、ゴーンヌッ!!ベリー、ベリーロングヒット!!ナイスヒッティング!!トキヒト、アラーイ!!スゴイ!!」
タイミング、ビッタシ。
真ん中低めのややインコース寄りの速いボールを引っ張り込んだ。よっしゃ、これはレフトを越した!というくらいに感じた打球は、低いフェンスだったことが幸いして、ギリギリのところを抜けて、フェンス向こうの芝生にバフッ!!
その瞬間に、3塁側のベンチが一気に盛り上がったのを感じながら1塁ベースを回った。
まあまあまあ。まだオープン戦だし、やっと1本目のヒットだからとスマートにいきたがったのだが、バーンズやクリスタンテ、ロングフォレストにブラッドリーといった面々がお祭り騒ぎで出迎えたおかげで、なんか俺まではしゃいでる格好に。
一通り盛り上がりか終わったところで、平柳君は愛犬を出迎えるように俺をバックハグした。
「フランクリンさん。アライのホームランですよ。会心の打球、ライナーでレフトフェンスオーバーです。それまで8人のバッターのうち、7人が三振に取られていたボールでした」
「やはり日本代表の力、4割打者のバッティングは本物でしたね。瞬きする暇もなく打球がフィールドから消えていきました。
100マイルのファストボールも彼にかかれば問題ではありませんでしたね。彼がこれだけの実力があるのを私は最初から分かっていましたよ」
それまでの奪三振ショーから、9番に入ったオールドジャパニーズの一撃でムードが変わった。
2打席目は、2アウトながら2、3塁という場面で回ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます