電力会社に就職していましたね、彼は。

俺はどちらかというと、皆さんご存知の通り、自由に練習したいタイプですから、アメリカ式のトレーニングスタイルが楽しくて仕方ない。



気温25度にいくかいかないかの最高のコンディションの中、ゲームやアニメの話をしながら黒崎さんや平柳君とゆっくりランニング。


時間をかけて柔軟をして、塁間ダッシュをして、キャッチボールをして、ネットに向かって、フリーバッティングの待ちティーをする。



そしてしっかり体も感覚も温まったところで、満を持してケージの中に入り、ボスや中ボス、打撃ボスに見守られながらひたすら右方向に打球を打ち返す。



終わる頃には、奴らの首が痛くて、右方向に回らんてくらいに右打ちしたろ!というそんな意気込み。


ひたすらにバットを振り込み、持ち時間が終わると、ならし棒を持ってきて足場をならし、バッティングピッチャーおじさんマンにつたない英語で挨拶をして引き上げる。



そして今度はグラブを着けてニコニコでグラウンドに飛び出し、レフトのポジションでボールを追いかけるのだ。



やってることはいつもと何ら変わらないが、自由というだけで、楽しくてしゃーない。



そんな感覚は中学生の時以来。野球が上手くなりたくて、ひたむきに練習していたあの頃を思い出したりもしていた。





中学1年の5月6月くらいですかね。もう部活の練習が退屈で仕方なくて、普段はキャッチボールまでしかやらせてもらえなかったですから。



人数が多いというものあって、最初のランニングとキャッチボールをやったら後のバッティング練習とノックの時間はずっとボール拾いっていう。その時間がすごくもったいない感覚になったんですよ。



ですから、自然とチャンスがあったら自主練する体になっていったわけなんですけど。土曜日とか日曜日。学校の練習は朝8時半から12時半まででしたから、みんな帰ったらグラウンドに残って練習してましたよ。



自転車置場の影で持ってきたでかめのおにぎりを2つ食べ、側の水道で水をかぶ飲みしたら、グラウンドに戻る。



ボールの入ったケースを引っ張り出し、ブルペンでひたすらピッチング練習ですよ。ネットに向かって、ストレートやらカーブやらとひたすらに力いっぱいに投げ込んだりして。



そんな日が1ヶ月経とうとした時、同級生に見つかりまして。校門から走って20秒くらいのおうちに住んでいる小川君。



チョコという名前のデカイ雑種のワンちゃんをブルペンのすぐ脇にある狭い道路で散歩させているところだったみたい。



フェンス越しに、少し前から自主トレしててさー、なんてことを言ったら、その小川君は………。



「俺もやるわ!待っててな」



と、言い残して、散歩途中のチョコちゃんを引っ張りながらそのまま居なくなってしまったのだ。



そして5分かそこらで、練習着姿になって戻ってきた。



それでも2人になったところで何か大掛かりに出来ることがあるわけでもなく、俺が思いきり投げて、小川君がそれを打つ。



というただそれだけ。



その頃の小川君というのは、他の子よりちょっと足が速いだけって印象で一応はショートのポジションではあったが、レギュラーになれそうかと言われるとそんなことはなかった。



中学生の俺なんて、今よりブイブイ言わせていた時でしたから、多少力を入れて投げれば小川君はなかなか前に打ち返せない。



しかし、彼はへこたれなかったね。



持っているゲームも、ステーションではなくで、ドリームやサターン方でしたから。


そっち側の知名度は低いが難易度が高いゲームを攻略本がボロボロになるまで読み込みながらコンプリートするタイプの少年でしたから。


根性が違っていた。




さすがに本気で70球、80球と立て続けに投げているとめちゃくちゃ疲れますから、あと10球ねって言ってどっかで終わりにするんですけど。



どんだけ俺のボールを空振りしようが、打ち損じようが、彼から止めるとは1回も言わなかったかもしれない。



それが終わったら、ファーストのところにネットを置いて、よくショートのポジションへノックしてあげましたよ。





正面に打ったり、ギリ取れる右へ左へ。高いバウンドのやつとか、ショート後方のフライとかも。


かごの中のボールが無くなるまでひたすらに。



俺もバントのボールを塁線に転がしてもらって1塁に送球する繰り返しをやりながら。




そういう練習を1年と続けていた時の伸び具合といのは、身を持って実感出来るレベルにありましたものね。



いざ自分達の代のチームになって、さあ練習やっていこうとなった時のスタートラインが違うと言いますか、小川君の動きが素晴らしいんですよ。



ウォーミングアップのダッシュからキャッチボールからバッティング練習、そしてノック。シート打撃と。



ショートのポジションの2番手と思っていた男が唯一、シート打撃で俺からヒットになる当たりを連発すると。



右中間、左中間を割る打球を軽々かまし、俊足を生かしてスリーベースにしたりするんですから、秘密の練習の効果が確かであると、実感しましたわよね。



他のチームメイトがびっくりしてましたもの。



その日から俺と彼のチームみたいになってしまって。



彼が3番ショートに君臨し、それをヨバキャプエースのわたくしがみみっちく返すという流れ。



俺が主戦で投げ、彼が野手のリーダーとして巧い守備でチームを盛り立てる。



ええ、なかなかいいチームでしたよ。



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