わたくしは自由を求めていましたわ!

前村君は、きれいなグラスに注がれた烏龍茶を飲み干しながら頭をかいた。



少し前に、親戚に不幸があったらしく、帰るならキャンプ前のタイミングしかなかった為、地元に帰っていたとのこと。



「俺は最初から、前村君と平柳君はメジャーに行くことになる選手だと分かっていたけどね。パチンコ屋の店員だった頃からさ。これは凄い選手達だなぁって思ってたんだから」



「ははっ!よく言いますよ。パチンコに夢中で野球なんて見てなかったでしょうに」



平柳君はちょっと呆れるようにしてそう言い放ったが、馬鹿にしないで欲しいですわよね。



「うちのパチンコ屋、店は小さいけど、ホール内の休憩所になかなかデカイテレビを置いていたんだ。そこで毎日、常連のおじさんと一緒に野球中継を見てちゃんとチェックしていたのさ」



「いやいや、野球見てないで、ちゃんと仕事して下さいよ」



平柳君は、フレンチフライをパクつきながらそう返したが、そんな言い掛かりは耳にタコが出来る程店長から言われていたものさ。



「お客さんとコミュニケーションを取るのも立派な仕事のうちだからね。ほんのちょっとだけゆっくり灰皿を片付けしていただけなのさ」




「あはは。新井さんの選手としての図太さみたいなのは、そういうところから生まれたのかもしれませんね」



前村君はそう分析したようだが、あながち間違っていないなと、俺はポテサラを平らげながら、でっかいチキンステーキの到着に胸を踊らせたのだった。





2月中旬。シャーロットウイングスは、フロリダ州のマイアミ。そこからさらに南西へ40キロほどいった田舎町の球場で初の顔合わせとなった。



監督のロレンスさん。ヘッドコーチのブラウンさん。打撃コーチのミラーさんなどなどの首脳陣とチームスタッフ。そして60人以上の選手達。



今日は挨拶で球団事務所のお偉いさんも何人か来ていて、軽いスピーチに笑い声が何度か響いた。



俺は黒崎さんにその都度通訳してもらいながら話を聞く。



日本のプロ野球のキャンプ1発目となると、恒例は新人選手達による声出しである。



全員でズラッと囲んだ真ん中に立ち、1人1人ずつ声を張り上げながら抱負などを述べていく。



おい!そんな目標でいいのか!



声ちっちぇぞ!!



なんてヤジを飛ばされながら、顔が真っ赤になり、喉が痛くなるまで腰に手を当てるようにして雰囲気を盛り上げるのだ。



しかし、メジャーにはそんなのなし。監督やヘッドコーチの話も、隣近所とヘラヘラ笑いながらのまさに話半分で、その集まりが終わると、待ってましたとばかりに選手達はあっという間に散っていく。



ちょっとドライな感じですわね。




練習の時間もやり方も、日本とアメリカではまるで別競技かのように全然違う。




日本の場合は、キャンプ前日のミーティングで1人1人ブルーとかグリーンの小冊子が渡されて、グラウンドは午後6時までとか。



室内練習場は夜の8時までとか、ホテルのトレーニングルームは夜の10時までとか。



ストレッチや柔軟、10種類くらいあるサーキットダッシュのやり方がイラスト付きで書いてあったり、栄養食のサンプルや効果などがこと細かに解説されていたり。


野手のA班だの投手のB班だのと分けられまして、当日もホワイトボードに練習メニューがぎっちり。



朝の8時から午後の4時半ごろまでみっちり。



日本では決められた練習プラス、夜か朝に自主練という形でしたけど、メジャーではもうほとんど拘束時間がない。



野手は本当にフリーバッティングの時間が決められているだけ。人によってはその時間以外グラウンドで見なかったり、もちろん人によっては朝早くからずっと練習している人もいるけど。



選手個人個人の自主性に重きを置いているというそんな感じ。必要ないと思ったら練習なんてしなくていいし、やりたければ場所はたくさん空いているから、誰かに手伝ってもらってやりなさいという雰囲気ですから。



どちらの方式がいいかは、特に日本人選手は好みが分かれるかもしれない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る