調子に乗ると、逆にやられますのよ。
打ってからしばらくそのバットを握ったまま。まるでこれが通算100本目のホームラン。そんな所作で、打球を見上げたまま、俺はゆっくりと1塁へ歩き出す。
そして打球がレフトスタンドに着弾するのを確認し、俺は脱いだ靴を並べるようにして、丁寧にピンクバットを地面に置き、顔色1つ変えずに走り出した。
「入りました!!なんと、新井に1発!!低めのボールを捉え、見事スタンドまで打球を運んでいきました!代表戦、オールスター、そして日本シリーズ。特別な試合でこそ見せる研ぎ澄まされたかのような長打力!ビクトリーズが先制に成功です!」
「新井にはこれがあるんですよねえ。普段からそれをやらんか!と、思っちゃうんですけども………」
ダイヤモンドをゆっくりと1周し、向けられたカメラに裏ピースをしながら、祭ちゃんとハイタッチをした。
せっかくクールに決めていたのに、ベンチへ戻ると………。
「何すかしてんすか!」
「普段からそうやって打ってくれ!」
「昨日、みのりんに何を食べさせてもらったんすか!」
などともみくちゃ。おかげで俺を含めて、チーム全体から肩の力がスッと程よく抜けた気がした。
向こうの自慢である20勝投手から放った1発ですから、これでとりあえずは互角以上に戦えるかなと考えていたら。
2回。
カッキイィ!!
目には目を。確信歩きには確信歩きを。
先制された直接の4番は今年打撃がさらに覚醒した感のある浦野君の一撃。
低めの膝元に入ってくるスライダーを叩くと、打球はあっという間にライトスタンドの中段へ。俺のわりとギリギリなホームランなんて問題にしない完璧な打球。
文字通り、ひと振りで同点にされてしまった。
さっきは俺のホームランを幻のようにぼんやりと見ていた真っ赤な応援団が一気に盛り上がり、元気になった。
「萩山さん、浦野は見事なホームランを放ちましたね」
「決して簡単なボールじゃありませんでしたよね。左バッターとしては泣き所の内側に食い込んでくる右投手の変化球でしたけど。体を回転させて強く叩きましたね」
「今年の浦野。打率3割2分は、神戸アイアンズの友寺に次いでリーグ2位。ホームラン数32本も、京都パープルスの棚橋に次いでリーグ2位でした。打点116で打点王に輝いています。
通算200本塁打というのも、今年の夏に達成した浦野です」
「左バッターが何らかの打撃タイトルを狙うとしたら、今のような右ピッチャーのインコースは思い通りに捌ける技術がないと無理ですからね。この選手も若い頃から見ていますけど、年々進化していっていますね。流石長年代表の正捕手を務めているだけありますよ」
「そうですね。浦野はプロ1年目から代表に選ばれていて、新井や藤並と出場した2017年のアジアチャンピオンシップでMVPを獲得し、ブレークしました。それからは打てる捕手の代表格。
プロ10年で打率3割3回、30本塁打は去年から2年連続。盗塁阻止率も、10年で5回トップです。東京オリンピックでも金メダル獲得に貢献しました。去年のパリでは銀メダル。フランスでホームランを3本放ちベストナイン。
通算221本塁打は、現役捕手でダントツの1位です。その浦野がすぐに同点に追い付くホームランを放っていきました」
「自分のリードで、2球目に低めのチェンジアップを要求して打たれてしまいましたのでね。なんとしても取り返したいという気持ちは当然あったでしょうね」
せっかくのリードも束の間。すぐタイにされてしまうと、きつくなるのは当然うちの方である。
向こうは3年前に優勝を経験したメンバーが浦野君を筆頭にたくさんいますし、プラス3人で50勝以上とかおかしい先発陣がいるわけですから。
俺はホームランを含む3安打となんとか抗えたが、5回に浦野君のヒットを皮切りに、上手く繋がれて3失点。
終盤に復帰した桃ちゃんのタイムリーで1点返すのがやっと。
先に勝っておかなければならないホームでの初戦を2ー4で落としてしまったのが、最後まで響いてしまった。
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