そら、ホームランするならこういう試合しかないもん。
「それでは、新井さん、なずなさん。よろしくお願いします!」
「うっす!」
「はっ、はいっ!」
「あれ?なずなん、緊張してるの?」
「そりゃあ。だって、オープニングピッチですよ!4万人ですよ!大役過ぎますよ!」
「あはは!なかなか4万人に注目してもらえることなんてないんだから、楽しまないと。大丈夫、こういうのは愉快に愛想を振り撒いていればオッケーだから。さっき練習したように投げれば十分だから。さあ、いこう!」
「はいっ!よろしくお願いします!」
俺はなずなんを元気付けるように適当なことを口にしてグラウンドに足を踏み入れた。
「本日のオープニングピッチは、来年の春にアニメ放送が決まりました、お隣さんは4割打者で、ヒロインであるみのりん役を務めます、栃木県出身の声優、なずなさんと、元ネタさんの登場でございます」
若干みのりんを意識した、まん丸眼鏡を掛けたなずなんと、元ネタ呼ばわりでひと笑いを生み出した俺の登場に拍手が巻き起こる。
なずなんと言えば、俺が長年付き合いのある野球スマホアプリの指南役くらいしか名前のあるキャラクターを演じたことがない方ですから、キャスティングのオーディション以上に彼女はど緊張。
みのりんから応援メッセージなんかも届いちゃったりしたから余計に。
オープニングピッチですから、他に誰もグラウンドにいないわけて、これはやりたい放題。後はなずなんがストライクのボールを投げられるかどうか。
みのりんの中の人、なずなんがマウンドの少し前に立って、俺が教えたように、4方向それぞれにお辞儀をして、俺が直前まで指南した通りのゆったりとした投球モーションで見事ど真ん中にストライクを投げ込んだ。
カッキィ!!
それを元ネタが見事に捉える。
もちろん、間違ってもなずなんには当たらないように、思い切り引っ張り、思い切り打ち上げた。
グングン伸びていった打球は、そのままレフトスタンドの最前列に飛び込んでいったのだ。
うおおおぉっ!!?
えぇー!?
ギャハハハハ!!
などと、お客様達の反応は様々。まさか打たれると思っていなかったなずなんはびっくり。そんな彼女に、俺は今しがたホームランバットになったピンクバットを差し出した。
「メインキャスト就任おめでとうございます。これは俺からのお祝いだ。転売すんなよ」
「えっ!?あ、ありがとう。ありがとうございますっ!!」
なずなんはこれ以上なく感無量といった様子。
プレゼントしたバットを肩に立て掛けるようにして構えさせ、ここぞとばかりにカメラマンが寄ってきて撮影タイム。
こんな時に打たないで試合でホームラン打ってくれと、ブーイングを浴びながら俺はニッコリと笑った。
「さあ、1回裏。ビクトリーズの攻撃です。連城が1回表は上々の立ち上がりを見せまして、バッターボックスには並木が入ります。キャプテンとしてチームを引っ張り、打率3割1分2厘、15ホーマー、55打点。28盗塁は柴崎、フライヤーズの藤並と並びましてリーグトップ。今年キャリアハイをマークしました。13年目の31歳になります」
「私がビクトリーズにいた時は、まだ線が細くて、育成から支配下になるのにいっぱいいっぱいという感じでしたけど、成長しましたねえ。守備は元々1軍レベルにありましたけど、2年目キャンプ明けくらいですかね。新井と一緒に練習するようになってから変わりましたよね」
「今では年齢を重ねたというのも、もちろんありますが、阿久津監督就任と同時にキャプテンを務めて、今年は素晴らしい活躍。その並木がチームとしても初めての日本シリーズ。勢いをつける打席になるか。………マウンド上は、自慢の先発3本柱の1人。20勝を挙げた、大磯拓哉です」
ピンクの戦士対赤い鯉軍団。
そのマウンドには190センチと立派な体格のサウスポー。自己最多の20勝。防御率1点台。7完投、3完封。沢村賞をほぼ確定させている5年前の6球団競合ドラ1。
初球は153キロ。
並木君のバットが豪快に空を切った。
「最後もストレート!!高め、バットが出てしまいました!並木は空振り三振!!全てストレート、大磯が力で押しきりました!!」
三振は比較的少ない並木君がストレート6で結果的に空振り三振。沢村賞投手が初回からエンジン全開という感じですわね。
「2番、レフト、新井!!」
あっ、どーも!いつもお世話になってます!息子さんが、なんか小学校で、野球始めたみたいで?
なんて言い出すような感じでどーも、どーもと周りにペコペコしながら打席に入る。
コンッ!
そしていきなりのセーフティバントをかましていく。
ボールはふた転がりしたくらいで3塁線を切れてしまった。
内野がね、やっぱり全体的に右寄りですから。狙っていっても面白いですわよね。
「初球、新井はセーフティバントを狙ってきました。右打ちを警戒したカルプス守備陣の裏を狙います」
「この選手はね、本当に監督泣かせと言いますかね。普段は結構手のかかる選手なんですけど、気づいたら彼のペースになっているというね。今のバントも、挨拶代わりみたいなもんですよ。ですから、次のボールというのは狙ってきますよ」
「なるほど。2球目です。……低め掬った!!」
バットを振り抜くと、なずなんから放った1打よりもさらに手応えのあったものが俺の全身を駆け巡った。
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