無理はいけませんけど、最後はあり得ませんわ!

俺がそう声を掛けるた瞬間。なんと平柳君の真っ赤になった両目から、ボロボロと涙が落ち始めていた。



「ヘイ、巻田さん、シュウ!!」



俺は偉そうに1塁ベンチに向かって声を張り上げた。



いつもお世話になっているトレーナーがグラウンドに飛び出し、ビクトリーズのメイツ達も、こちらの様子に気付く。



そしてすぐにスカイスターズのベンチからもごっついトレーナーおじさんが現れる。



「平柳君、右足か!?」



平柳君は、地面に顔を伏せるようにしながら俯く。



「背負いますよ。せーのっ!!」



ビクトリーズ側の3人も協力して、ごっついおじさんの背中に、平柳君を背負わせる。



平柳君をがっしりおんぶしたトレーナーおじさんが力強く歩き出すと、状況を察した両チームのファンから温かい拍手が響いた。




俺は盟友の背中を見送るようにして、自分のベンチに戻る。




「オッケーイ!!祭ちゃん!ナイスプレー!!サイコーだよ!!」



「あっ、はい!あざす!!」



「よっしゃ!この調子なら、もしかしたらいけるかもね!!アンちゃん!聞いてる!?ノー、ノー!ノー、ノー!ユー、ノー、ノー!ナウ!」



ベンチの反対側でドリンクを飲んでいるアンデルセンが喚く俺の姿を見て、あいつクレイジーだぜと言いたげに、通訳さんと一緒に笑っていた。





「新井さん、みんなで言わないようにしていたのに、ノーヒットノーランなんて、どうして言っちゃうんですか!!」



隣で柴ちゃんがグラブを置きながら、焦った表情を見せてきたので、俺はニンマリ。



「おい、みんな!今の聞いたかい!?柴ちゃんがノーヒットノーランとか言っちゃったよ!そういうのは言わないようにするのが当たり前なのに!意識しちゃうじゃん!」



そんな言葉を聞いた柴ちゃんはパニック。



「え!?だって、新井さんが何回も言ってたじゃないっすか!?」



「いや、俺はアンちゃんに対して、この場合に限り、あんまり気張り過ぎるなという意味で、ノー、ノー。という言い回しをしていただけで、別にノーヒットノーランなんて一言も……」



「あらららら。柴さん、やっちまいましたね!」



「これはもしヒット打たれたら柴さんのせいっすよー!」



ブライアンと祭ちゃんが加勢し、柴ちゃんは窮地に。彼は頭を抱えるしかなかった。



「くそーっ!新井さんにハメられたー」



柴ちゃんの悲痛な叫びを聞きながら、俺はネクストのわっかへと向かった。





「スカイスターズ、選手の交代、並びにシートの変更をお知らせします。ショートの平柳に代わりまして井関が入り、セカンド。セカンドの京川がショート。ピッチャー、黒西に代わりまして、津波古。


8番ショート、京川。1番セカンド井関。ピッチャーは、津波古。以上に代わります」


平柳君が交代というアナウンスがされて、両チームのファンからどよめきが起こった。



「ちょっと平柳が心配でしたが、残念ながら交代という形になりました。1塁へ、ヘッドスライディングを試みた時でしょうか」



「そうでしょうねえ。際どいギリギリのタイミングになりましたから、こういう時に怪我というのは起こりやすいんですよね。しかし、新井ですか、気付いてトレーナーを呼んだのは本当に視野が広い選手ですねえ」



「そうですね。ベンチに戻っていく平柳に声を掛けたのは新井でした。その、プレーしている時だけではないんですよね。自分や味方の選手だけではなくて、相手選手にも気を配れる心の広さと言いますか、余裕のようなものを常に感じます。


その故障した平柳に代わって、京川がショートに回り、セカンドには若手の井関が入りました。


バッターは、1番の並木。打ちまして、代わったところに飛びました。セカンドの井関が待って捌いて1塁送球アウトです」




並木君が内野ゴロに倒れて1アウト。俺もなんとかしたかったところだったが、そこそこの当たりが三遊間。ショートに回った選手が回り込んで捕球し、軽快な送球で俺もアウトになってしまった。



祭ちゃんも低めの変化球に空振りしあっという間に3アウト。



でも、嫌な感じはなかった。



今日も1点で十分だぜと言わんばかりのアンデルセンのピッチングが頼もし過ぎるのだ。





7回表、2番佐藤さんは低めのツーシームを引っかけてショートゴロ。



3番の助っ人マンはチェンジアップを高々と打ち上げて平凡なセンターフライ。



4番の吉原君は8球粘ったが、インコースに食い込んできたコースいっぱいのスライダーに空振り三振。







ビクトリーズ、7回裏の攻撃。芳川君がライトフライに倒れて、バッターマテル。





ズガンッ!!



「レフトー!!また捉えましたー!今日2本目ー!!32号が飛び出しましたー!!」



2ボールからの3球目。マテルがバット振り抜くと、力強い打球音と共に、ボールが理想的な角度で上がった。



レフトスタンドの中段に飛び込むホームラン。



打球速度164キロ。打球角度28度と表示される中、ビクトリーズの選手としては新記録となる32本目のホームラン。



ホームインしたマテルは、胸と唇に当てた指を空に向かって突き上げた。





いやー、シーズンの最後に来て助っ人マン2人に助けられてるなー。



それをしみじみと感じている間にチェンジになり、よっしゃ!あと2イニング守備を頑張ろうかとグラブを持ったら………。



「新井ー!ごめーん!」



ヘッドコーチが俺を呼び止め、両方の人差し指をクルクルと回したのだ。





「ビクトリーズ、選手の交代をお知らせします。サード芳川に代わりまして、野川。レフト、新井に代わりまして、朝日奈。2番、レフト、朝日奈。4番、サード、野川。以上に代わります」

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