自分でも何をやっているのか分かりませんわ!

素晴らしい。



連続ホームランで点差を詰められて、さらにまたいい当たりにされた打球をセカンドベースの後ろ付近で、逆シングル捕球し、スムーズなステップと握り替えで1塁にピッタシの送球をした。



次のバッターの打球は3塁ベース後方に上がったフライ。これをショートの並木君が足の速さを生かしながら一直線に落下点に向かい、エキサイティングシートのすぐ側でギリギリナイスキャッチ。



レフトの俺はもう、彼の落とした帽子を拾うだけ係でしたよ。



新井は捕りに行くな!という雰囲気をスタジアム中から感じましたしね。





7点リードが向こうの主軸さんのホームラン達で4点差になってしまった次の攻撃が、この試合のポイントになるとそんな予感がひしひしと感じて参りますの。



先頭バッターはわたくしですから。ここは何が何でも1本ヒットをというところでしたが、フライヤーズの3番手のピッチャーの球がなかなかキテいて。



初球の153キロを見逃し、2球目の152キロをファウルにしてからは、劣勢よ。



ポイントを近くにして、ファウル、ファウルで粘って、たまにゾーンから外れたボールをしっかり見極める。




そうしたら、8球目。インコース抜けたストレートが俺の胸元に。



もう余裕なんてものはなく、後ろに倒れ込むように避けた俺だった。




おケツを背中から、ドドオッ!と、だらしなく倒れながら、ユニフォームを土で汚す。



「デッドボール!!」



残ったのは、左胸もしくは脇の近くに走る痛み。



思わずその場で胡座をかくようにして座り込み、その痛みのある箇所を手で押えた。



スタンドがどよめき、ベンチからトレーナーが飛び出すのを見て、俺はスクッと立ち上がり、盆踊りをしながら1塁に歩き出した。



その瞬間の、ゾワッ!っとなる雰囲気がたまらないんですわよね。



普通デッドボールになったら、ちょっと険悪な雰囲気になるか、帽子を取ったピッチャーに対してバッターが大丈夫、大丈夫!みたいなジェスチャーをして、なんとなくほっとするみたいなもんですけど。



急に盆踊りを始める野球選手なんて今までいませんでしたからね。


ゆっくりと舞う腕のここが痛いんですよー。というトレーナーへの合図であるのだが……。


あー!?ってなった後の………え。という移り変わりがたまらん。




「大原さん、これは。新井はどうしたのでしょうか。踊ることで痛みを和らげているということでしょうか」



「乃木さん。まだちょっと浅いですね。あれは盆踊りですから、腕が上がったところにスプレーをしてくれというサインですよ」



「あっ、なるほど。トレーナーの方がスプレーしやすいように踊っているということでしたか」



「そういうことですね。さらに、新井は毎年宇都宮のお祭りに100万円の寄付をしていますから、そのアピールもあるでしょうね。宇都宮市の盆踊りは有名ですから。デカデカと新井の名前が本部や公式ホームページに出ていますよ」



「なるほど!それはちょっと知りませんでした。流石は新井を1番知る解説者の大原さんでありました。ビクトリーズはノーアウトのランナーです」



ベンチからのサインは送りバントだった。4回裏の4点リード。打率3割5厘、22本塁打の3番打者に送りバント。



次の1点が及ぼす影響というのは、ビクトリーズもフライヤーズもよく分かっていた。



祭ちゃんは投げる前からバントの構えをしている中で、1塁ランナーである俺に3度の牽制球。



4回目のセットポジションでようやく投球。祭ちゃんのインハイへ速いストレートだった。



「バント!しましたが、フライになった!キャッチャーが追いかけますが………これは追い付きません。ファウルボールです」



バントをやらせない為のボール1番人気。イン寄りのハイなストレート。それをまんまと祭ちゃんは小フライにしてしまったが、真後ろに飛んだボールはなんとかキャッチャーの追い付かない場所に落ちて命拾い。





ベンチからは変わらず送りバント。



インハイの真っ直ぐの次は逆の低めに変化球でしょうから。ランナーとして多少チャンスが生まれる。



外の低め、スライダー。それがワンバウンドし、キャッチャーが僅かに弾く。



その瞬間には、俺の快足がフルスロットルで回っていた。



低い姿勢のまま飛び出し、ハイブリッド芝を蹴り上げながら進む。そして2塁ベースのアンツーカーに差し掛かったところで軽やかなスライディングを決めた。




「アウト!!」








いやいやいや!




「2塁を狙った新井はタッチアウトですが、これはどうですか?」



「これはいくでしょうねえ」



「ああ、いきますね。阿久津監督が出て来まして、リクエストを要求しました。どうでしょう。タイミングは非常に微妙なところでした」



「そうですねえ。タイミングはどっちかというとアウトっぽいですけれども、タッチした場所がちょっと怪しかったですよねえ。スライディングした足の脛か足首に触っていればアウトでしょうけども………」







バックスクリーンに2塁塁上のプレーが写し出されて、拍手をしていたのはビクトリーズファンの方だった。



チームきってのイケメンおじさんが華麗なスライディングでタッチを交わしつつ、ベースに到達しているのだから、スタンドが何回も盛り上がるのは当然だ。





「責任審判の辻田さんが出て来まして……セーフ!セーフです!判定が覆りました!ノーアウト、ランナー2塁で試合が再開されます!」



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