そんなことってありますの?

そして彼は恐る恐る口を開いた。



「あ、あの………新井さん。マテルさんのホームランボールで新井さんのお車のフロントガラスがいっちゃってました」










なんて誕生日ですの?




とりあえず、軽く着替えて重い足取りで駐車場まで向かうと、俺のホワイト色の7人乗りのスーパーイカルガのフロントガラスにまあまあなヒビが入っていた。



車のフロントガラスですから、バリンとはいきませんけれども、それなりの粘りと強度があるガラスがクシャッといっちゃってますから。



スマホをアスファルトに落としてしまった時のような。探したら一致する星座がありそうなヒビの入り方。



運転席のちょうど真ん前に。かずちゃんが生まれたから譲り換えたばかりだったのに。



しかも、防犯ブザーがビービーうるさいのなんの。




それならばと、せめて面白くなる方向に舵を取ろうと、とりあえずマテルを召喚。さらに広報のかすみちゃんも呼び寄せカメラを向けさせる。



アライサン、ゴメンナサイ。という紙を持たせたマテルと、割れたフロントガラスのすぐ側まで顔を近付けた俺が白目を剥いているカット。


さらに、でもサヨナラ勝ちでウレシー!!マテルとガッチリ肩を組んでぐっと親指を立てている写真を取ってもらい、ビクトリーズの公式アカウントにUPさせたのだった。





が5月復帰した時の試合後のインタビューを遥かに凌ぐ、最多のいいわね!を獲得し、サヨナラ場外弾で、新井さんも新車とサヨウナラというネットニュースが次の日の昼まで首位を飾っていた。



その昼もいつもより早起きして、イカルガの営業所へと向かった。



ネットニュース見ましたよ!!直しますんでご来店お待ちしております!と、担当者からメッセージが来ていて、フロントガラスがいっちゃってる車を持っていき、代わりの車を用意してもらいまして、そのままスタジアムに向かった。




2戦目は、先制、中押しを許して柴ちゃんのタイムリーによる1得点のみに終わる展開になり3戦目。4ー4というスコアで試合は進み、8回裏のビクトリーズは9番代打のロマーノ。



お気に入りのアニソンの登場曲で気分を盛り上げた彼は左中間を深々と破るツーベースで出塁。並木君が送りバントを失敗し、俺がしぶとく1、2塁間へ運んで祭君がフォアボールを選んだ。



そして芳川君がピッチャーを強襲する強烈な打球。その行く先がちょうど1塁ベースになってしまい、自分はアウトになってしまったが、ロマーノが決勝のホームを踏んだ。



ビクトリーズは東京スカイスターズに連勝するも、週末は負け越し、6球団ともに3勝3敗の痛み分けとなり、いよいよシーズンは残り1ヶ月となった。





残り24試合。



現在3位の首位まで3ゲーム差ながら、4位とは0、5ゲーム差。5位まで1ゲーム差。



9月1日は、いつもより30分早い集合になり、でっかいホワイトボードに紙を張り付けて、いついつにどこでどのチームと試合をして、先発予想は誰々という話から始まった。



そんな先の話をしつつ、結局は目の前の1試合1試合を大事に戦っていこうという話になりながらも、なんとか今の位置をキープして、球団初となるAクラス入りは必ず死守するぞ!と、言ってることが右往左往。



それだけ首脳陣にも、独特の緊張感が漂っていて、本社からもプレッシャーを受けているんだなと、予想出来た。




ですから、せっかくいい感じで8月を戦えていたチームはカチンコチン。最下位横浜のルーキーピッチャーの大胆なピッチングに手が出ず、3回まで俺がセカンドゴロになった以外はみんな三振という体たらくになってしまっていた。




そして4回先頭の並木君はファウルフライに倒れた。



「2番、レフト、新井!」



ビクトリーズの打線がイマイチな感じの時は、君のピンクバットが頼りだ!という勝手な期待をひしひしと感じる。



元々、そんな言うほど試合を決められるバッティングが出来るわけではないですから、どちらかというと、前後のバッターが働いてこそ味が出てくる2番タイプでして。




他の選手よりも、だいぶイケメンなのが唯一の取り柄なくらいですから。



とか言っている間に、気付いたら2球で追い込まれていた。



今のところのビクトリーズの打線が凍りついている原因の1つがこれである。



今日はストライクゾーンが広い。向こうのピッチャーもうちの連城君も、どう考えてもボール半個外れているところをストライクにされてしまっているから、いいピッチングになっている部分がある。



低めのストレートだったり、ちょっと抜けた変化球など、バッターがこれはボールだと見送ったやつがスチョライクと言われてしまうんですから、バッターとしてはちょっときつい。



それがほとんどのバッターに適応されていますから、まだ微妙にクローズアップされていないけども。


選球眼が良いとされていて、もうストライクはガンガン振っていくタイプのわたくしが、立て続けにきわどいところを2打席ともあっという間に追い込まれたとなると、ちょっとばかしざわつく。



車が修理中ですし。




そういうわけで追い込まれてしまったが、簡単に凡退するわけにはいかない。何故ならば計算上、今日の試合で俺は規定打席に到達する見込みだからだ。



3の2くらいのバッティングで華々しく、平柳君や藤並君を交わして、打撃成績表の1番上に立つ算段なのだ。







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