まあ、そんな日もありますわ。
「新井はバントの構えをしていますが、当然バスターでシフトを敷いてきた野手の足元を狙うようなバッティングも出来ます。盗塁数は8個と22個。さらに塁上の緑川と並木は俊足です。初球………バットを引いて、高めボールです」
相手バッテリーさんは、簡単にはさせまいと、若干インコース寄りの高めストレートを選択。バントしにいってもいい高さではあったが、しっかりボールと判断出来たのでお見送り。
2球目は、それよりも若干低くきたボール。打席の目いっぱい後ろ側に立ち、3塁線にしっかり目に転がる。
「バントしました!サードの前!!素晴らしいバントになりました!!サードの柳澤が拾って1塁に送球します!スタンドからは大拍手!!1アウト2、3塁と代わりまして祭に打席が回ります。
…………初球を打っていきました!!左中間に打球が上がる!!犠牲フライには十分になりそうです。レフト佐藤が掴んでタッチアップ!!3塁から緑川が返りまして、ビクトリーズが1点を勝ち越しました!」
今日は1年に1度の特別な日なんですけどねえ。3打席目はフォアボールになり、リードを2点とした4打席目には、またしてもノーアウト1、2塁という形。
そしてバントである。
今度は打球の勢いを殺して1塁側へ。ファーストが3塁封殺を伺うも、代走の朝日奈君が頭から3塁に滑り込んでいた。
お祭りちゃんは、またしてもレフトに犠牲フライを打ち上げて、今日3打点目。
リードは3点に広がり、代走の朝日奈君がレフトに入り、キャッチャーにはノッチ。俺はここで退いてお役御免。
後は最終回に、同級生が投げるのを応援するだけとなった。
カァンッ!!
「ライトに上がったー!大きな打球になりました!!ライト桃白は追っていきません!!入りましたぁー!!平柳裕太に1発が飛び出しました!!今シーズン、第25号!!キャリアハイに並ぶ2ランホームランになりましたっ!」
ほぼ真ん中になってしまいましたわ。
変化球をファウル、ファウルで粘られて、ノッチは外の低め要求だったところがキッシーのコントロールミス。
高々と舞い上がった打球は、ライトスタンドの中段まで飛んでいってしまった。
まあでも、まだ1点リードで1アウト。ここでしっかり抑えれば問題あるまい。
「バッターは2番レフト佐藤です。今日はヒットを1本放っています」
シュガッ!!
白球舞う。
ちょっとだけ弱気になったバッテリーが初球に変化球から入るのを分かっていたのだろうか。迷いなく振り抜かれ、佐藤さんは高くバットを放り投げながら3塁ベンチに向かって手を挙げていた。
俺に代わってレフトに入った朝日奈がフェンスまで下がっていくも、真上を見上げるだけ。
同点のソロホームランとなってしまった。
「みんな、すまん」
半ば呆然とした表情で戻ってきたキッシーは、そう呟きながら、1番後ろのベンチに腰を下ろした。
「まあ、こういう時もあるよ、切り替えろ、キッシー」」
俺をはじめとして、何人かの選手が労うも、彼はタオルを頭からかぶってガックリと項垂れた。
スカァンッ!!
白球しばかれる。
佐藤さんは、バットにボールを乗せてスタンドまで運ぶようなベテランらしい打ち方であったが、マテルの打球はボールを力いっぱいにひっぱたいた結果がこれですよと、そんな印象。
金属のハンマーでフルスイングして、ピンポイントでまともに当たってしまったような。
しかもライト方向に流し打ちした打球。グーンと上がった打球は、先ほどの平柳君のホームランの着弾地点を超えてどこまでも。
バンザイして歓喜するライトスタンドのビクトリーズファンが全員、その打球を見上げ、夜空の向こうへ見送った。
まるで流れ星のように姿を消していったマテルの打球。
つまりは、場外ホームランというやつである。
みんなが次々とグラウンドに飛び出していく。
「おら、キッシー!いくぜ!」
「ああ!」
俺は先発の思田君の勝ち星を消して自分のものにしやがったキッシーの背中を押すようにして、チームメイト達を追いかけていった。
ダイヤモンドを回ってきたマテルがヘルメットを地面に転がしながらジャンプしてホームイン。
ボトルを持った奴らがみんなでマテルにぶっかけながら大騒ぎ。最後は内野の控えである野川君が氷がまだたっぷり入った給水器の中身を全部マテルにぶちかました。
つめてぇー!と、マテルはリアクションしながら、大きな体をいっぱいに伸ばしながら、手当たり次第に会う人会う人全員に両手のハイタッチ。
ひたすらに喜びを爆発させていた。
「確かにミスターキシダは打たれてしまったが、彼はスペシャルなソウルを持ったピッチャーで、いつも私達を助けてくれるんだ。全員が諦めなければ必ず取り返せると信じていたよ」
なんて素晴らしいヒーローインタビューをするマテルを見た後に、キャーキャー盛り上がりながらみんなでシャワーを浴びる。
「新井さん、マテルのホームランやばいっすよね!」
「ああ、後でロッカールームのモニターで見てみようぜ」
「俺、すぐに映像出るか聞いてみますよ」
なんて、半裸のまま柴ちゃんと桃ちゃんと話をしていたら、ピンクと黒のチームジャージを着たいつも世話になっているチームスタッフのお兄ちゃんが神妙な面持ちでロッカールームに入ってきた。
そしてロッカーの奥で談笑する俺を見つけると、他の選手達の間を縫うようにして側までやって来た。
彼の手には、1つのボールがそーっと握られているのだ。
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