これがわたくしのスタイルですわ!

ピッチャーが投げてきたところでバントの構えをし、1塁方向へコツンとナイスバント。



その瞬間に気付きましたね。俺はどうしてバントをしているんだろうと。動きのないサインでしたのに。



スタンドの反応も、え!?初球バントなの!?という反応と、文句無しのいいバントだったからナイス、ナイスと称える反応が半分ずつ。



それでも、ベンチに戻ると、阿久津監督とヘッドコーチが久しぶりに怖い顔をして俺の方を見ていた。



「なんでバントしてんだよ。サイン出てねえだろ」



ベンチの縁に腕を置きながら阿久津さんはそう訊ねてきたのだが、返す言葉を俺は持ち合わせていなかった。



とりあえず、ヘルメットを外して申し訳ございませんでしたと、みんなに見えるグラウンド上で土下座するしかなかった。





最高の誕生日である。



その姿を見て、ヘッドコーチの方はちょっと焦る。



「まあ、いいよ。とりあえず。しっかりサイン確認してくれよ!」



俺は立ち上がってそそくさとベンチに戻る。




バントを失敗して怒られることはたまにあるけれど、バントを決めて怒られることもあるんですわね。



チームメイト達も、ナイスバントと言ってしまって良いのか、何やってんすかと、いじって良いのか、みんな複雑そうな表情をしている。



下手をすると、阿久津監督の怒りが自分のところへ降りかかりかねないですから。ベンチの中が微妙な雰囲気になってしまった。




つまりはそういうわけなので、アームガードやらなんやらを全部外し終わった俺は、その場で立ち上がって、声を張り上げる。



「オラ!!マツリ!!俺が信用を失くしてまで送ったランナーなんだから絶対返せよ!!誕生日の第1打席にうっかり送っちゃったやつなんだからな!!君が返してくれたら多分チャラになるから、なんとかしてくれいっ!!」



そう言い放ってやると…………。




「「ぷ………ぷぷっ………ギャハハハハ!!」」



笑いを堪えていたチームメイト達が次々に大笑いしていった。




「おっしゃー、返せよ!!マツリ!!」



「1本、1本!狙ってけ、狙ってけ!!」



どうしようかと困っていたメンバー達は、阿久津監督をはじめとした首脳陣おじさん達が半ば呆れたように笑っているのをちらっと確認した上で、安心したように俺に続いて声出しをした。



「解説は大原さんです。この初回ノーアウトで新井が送りバントをしましたが、これはサインだったのか、ベンチ前で阿久津監督に新井が何か指摘されているようにも見えましたが…………」



「これは私の予測になりますけど、恐らくバントのサインではなかったでしょうね。打席に入る前に、ファンからハッピーバースデーがあって、それがちょっと本人の中で感慨深いものがあったのではないかと思いますよ。


本当にファンはありがたいなと、その気持ちを忘れずに初心に返ってこれからも頑張らなきゃなと思っている間に、バントをしてしまったという風に私は考えましたねえ。


1塁に走りながら、どうしてバントしてしまったんだろうと、そんなところじゃないですかねえ。そして最後に得意の土下座を見えるところでやっていくまで実は計算されていますからね」



「なるほど。ファンの声援で生まれた献身的な気持ちが送りバントという形のプレーになってしまったと。さすがは4割打者を最も知る男として、新井関連の書籍を3冊出していらっしゃる、大原さんの見解でありました」






そんな声援効果もあったのだろうか、祭君は追い込まれた後の4球目の変化球を打ち返した。



ストライクからボールになる落ちる系。バットの先で拾った形になり、ショートの後方へ。



平柳君がジャンプしながら伸ばしたグラブを掠めながら、打球はグラウンドに弾んだ。弱く左中間を転がるボール。



2塁から俊足を飛ばした並木君があっという間にホームイン。



ビクトリーズが先制点を奪った。






そうなると、もうそういう運命であるとしか考えられない展開になる。



1ー1と同点で迎えた3回裏。今日は9番に入っている緑川君がライトへヒットをなんよ。放ち、並木君も2打席連続でセンター前に運び、ノーアウト1、2塁。



もうすぐでしたよ。並木君の打球がセンターに弾んだ直後から、阿久津監督は、3塁コーチャーおじさんにサインを送っていた。



そのサインが塁上のランナー2人と打席に入る俺の元へ。



見紛うわけもなく送りバントのサイン。



俺は、はじめからバントの構えに入った。





「乃木さん、よろしいでしょうか」



「はい、どうぞ」



「先ほどの初回の送りバントについての談話が聞けまして、やはり大原さんのおっしゃる通りでしたね。ハッピバースデーで重なったファンの声援が思っていたよりも凄くて、感動してしまったそうなんですよ。


これだけの声援を貰えるならもっと頑張っていかないといけないなと思っていたら、いつの間にかバントしてしまったと。そういうことだったみたいですね。1塁に走りながら、どうしてバントしてしまったんだろうと考えてしまったそうです」



「ありがとうございます。ベンチリポートの石林アナでした。さすがは大原さん。これは年内くらいまでに3冊目が見えてきましたね」



「いえいえ!でもサインでなかったのなら、ちゃんと打っていかないとダメですけどね、もちろん。ベンチは色々なものを天秤に掛けて、新井に打たせようとしたわけですからねえ」



「そうですね。今の新井の打率。もう数試合程で規定打席に到達するところですが、4割1分5厘という数字ですからね。しかし、初回はそのバントが祭のタイムリーヒット、先制点につながりました。そしてその新井が、またここで送りバントです」



「しかし、決めつけるのもちょっと勇気がいるような状況ですよ」





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