その6:鬼さまの由緒と鬼の娘(明菜の昔話)

※シーン情報補足:その5の続き。あなたは二つ並べた座布団の上に寝転がっている。右隣には同じように座布団を布団代わりにした明菜が寝転んでいて、あなたに鬼さまの伝承をそっと語る。現状、全て明菜の語りとしているが昔話のシーンにSEを付けることも検討。



//環境音B オン 夏の午後。風鈴(鉄器)の音が断続的に聞こえる。だいぶ遠いが蝉の声、ときおり鳥の声が聞こえる。かすかにエアコンの音(要検討)。


●位置:右 近距離/並行(マイクと同じ方向を向く)

「むかし、むかし……いまはもう遠い昔のこと」


武蔵国むさしのくにのかたすみに腕の立つ刀鍛冶かじが住んでいた」


//環境音B FO


「刀鍛冶は、朝から晩まで、トンテンカン、トンテンカン、と刀を打ち続ける日々を過ごしていたが……」


「ある日、刀鍛冶の元に若い男が訪ねてきて、『わしも刀を作りたい。どうかその技を教えてほしい』——と頼み込んだ」


「刀鍛冶は忙しかったので、これ幸いと思い、『よし、よし』——とその頼みを聞き入れた」


「男は、とても熱心に働き、朝から晩まで、夜もろくすっぽ眠りもしないで、刀作りに打ち込んだ」


「トンテンカン、トンテンカン……」


「それほどまで熱心に取り組んだからだろか。ややもせず、男にも良い刀が作れるようになっていた」


「刀鍛冶の家には美しい娘がいた。良い刀が作れるようになった頃、男は刀鍛冶に『娘さんをよめにください』と頼んだ」


「娘の方もこの男を好いていたので、刀鍛冶は少し考えて——『ならば、一夜のうちに百本の刀が作れたのなら、娘を嫁にやろう』と答えた」


「もちろん、一夜のうちにたった一人で百本の刀が作れるわけがない。刀鍛冶は男の心意気を試そうと思ったのか……それとも無理を言えば諦めると思ったのか……それは定かではないが……」


「男は喜び勇んで工房にこもると、刀作りの準備をして、約束の夜を待った」


「娘は心配そうにその様子を見ていたが、工房には立ち入ることができなかったので母屋おもやの中で無事を祈って待つことにした」


「夜」


「男は、薄暗い工房の中でつちを振り上げた」


「トンテンカン、トンテンカン……」


「するとどうだろう」


「みるみるうちに三本、四本、五本……と刀が打ち出されていった」


「トンテンカン、トンテンカン……」


「男はただひたすらに刀を打ち続けた」


「夜がすっかりけて」


「トンテンカン、トンテンカン……と、鎚打つ音はいっこうに鳴り止む気配はなかった」


「心配になった刀鍛冶は、深夜の工房へ向かうと、物影から男の様子を覗き見た」


「炉の炎がゆらめき、真っ赤に熱せられた玉鋼たまはがねが引き出されるたび、男の影が闇に映し出される」


「ああ、なんということだろう」


「男の姿はもはや人ではない。鋭い目、頭には一対の角——」


「——諸肌もろはだを脱いで、トンテンカン、トンテンカン……とすさまじい形相ぎょうそうで、刀を作り続ける姿は、まるで鬼だ」


「できた刀を素手でつかんで、水場にひたす。じゅーーーー、と音を立てて白煙はくえんが辺りを包んだのもつかの間——」


「かしゃん、かしゃん。そのまま無造作むぞうさに積み上げていく」


「工房は男の周りにできた刀の山が炎を映し出して、火の海のようになっていた」


「刀鍛冶は『あっ!』と叫んでその場を離れると、母屋へ駆けた」


「走りながら刀鍛冶は思った」


「『あれは人ではない。あの男に娘を渡してなるものか』」


「しかし腕っぷしでは到底かなうまい。ならば、にわとりを鳴かせて夜が明けたと知らせれば、男も諦めるかもしれない——」


「鶏小屋にたどり着いた刀鍛冶は大慌てで鶏たちを起こした」


「驚いた鶏たちが次々に鳴く」


「これならば、どうだ——と刀鍛冶は再び工房の様子をうかがったが、鬼と化した男は相変わらず刀を打ち続けている」


「男が小さくなにかを言った」


「刀鍛冶が耳を澄ますと『九十七』と聞こえた」


「約束の百本まであと少しのところに来ている。刀鍛冶が『もはやこれまでか』と思ったとき……」


「東の空がようよう白み始め、工房を取り囲む森の影から、かっと朝日が射し込んだ」


「まぶしさのあまり、目を閉じた刀鍛冶の耳に——」


「『九十九』」


「——と声が聞こえた」


「そうして、刀鍛冶が工房の中を覗いてみると、鬼となった男が鎚を握り締めたまま倒れていた」


「あれほど燃え盛っていた炉の炎も収まっている」


「刀鍛冶が近づいてみると、男はもう息をしていなかった」


「あらためて数えてみると、できあがった刀は九十九本あった……」


「その後、刀鍛冶は、事切れた男をあわれに思い、神主を呼んで庭の隅にとむらうと、そこに小さな社を立ててやった、のだった」


//環境音B オン


●位置:右 近距離(マイクの方を向く)

「と、いうのが、いまの世に伝わっている鬼さまの由緒なのだが……」


「この話には続きがある」


「刀鍛冶の娘は、さてどうなったのであろうな?」


「好いた男が鬼となって果て、後に神として奉られるようになった、とは言えそうそう思いを断ち切れるものだろうか?」


「そもそも、同じ屋根の下に暮らしていた男と、本当にそれまで何も無かったのだろうか?」


●位置:右 近距離/並行(マイクと同じ方向を向く)


「……(かすかに笑って)。母上ははうえによれば、『何も無かったわけがないでしょう』だそうだ」


「……(深く息をつく)」


「鬼となった男が刀鍛冶に結婚の話を持ち出したとき、すでに娘は子を身ごもっていたそうだ」


「のちにそのことを知った刀鍛冶は、たいそう怒ったそうだが、男の忘れ形見を産むことは許したらしい」


「かくして、その子は無事生まれたが、それからしばらくもしないうちに娘とともに姿を消してしまった」


「産まれた子には一対の角があり、すでに尋常じんじょうならざる力を持っていたため刀鍛冶に追い出されたのだろうか。それとも、父親の——鬼となった男の——ことが周りに知られて村を追われたのだろうか……」


「本当のところは、わしも知らぬ」


「ただ、産まれた子には角があり、女子おなごにしては幼い頃から力が強く、さらに異能の力を秘めていたのは確かだ」


「母と子はそれから各地を流れ、流れて……やがて母親が世を去った」


「流浪の旅路が体にこたえたのだろうが……」


「もしかすると、人ならざる鬼の娘を産んだときすでに力を使い果たしていたのかもしれぬ……」


「一人になった鬼の娘は、丈夫な体とその身に宿った異能を生かして各地を渡り歩き、いつしか森の中の小さな社に流れ着いた」


「その社は地面に揺らめく陽炎のように、ようが一定せず幽顕ゆうけんのあわい……つまり、この世とあの世の間にあるようだった」


「社に住み着いた鬼の娘は、ときどき人里に降りて旅の中で得た知識や異能を生かして人助けをしては、食べ物や着物などをお礼として受け取って生きるようになった」


「鬼の娘は十六の歳から老いることはなかったが、それでも飲まず食わずでは生きてはゆけないらしい」//自嘲するように。


「いつしか鬼の娘の住む杜は、鬼が流れ着いた社、鬼流きりゅう神社と呼ばれるようになり、いまでも細々と人の世とのつながりを持っている……」


//環境音B FO




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