◆罪と罰と嘘と真相

 マンガかラノベみたいな話だが、ウチの学園にはいわゆる“マドンナ”、“ヒロイン”的な女生徒が存在する。

 神薙由梨(かんなぎ・ゆり)──地元の名家・神薙家の跡取り娘で、俺と同じくこの春から3年生になった、文武両道にして女優顔負けの美貌を誇る才媛だ。


 「あ、神薙さんが登校して来られたぞ!」

 「由梨おねぇさま……今朝もお美しい……!」


 男女や学年問わず人気で、全校生徒の7割近くがファン、その半数がほとんど崇拝者だって噂もあるくらいだ。


 俺? 俺は残りの3割に属している。と言っても、別にアイツが嫌いってワケじゃない。単に、元から由梨“たち”とは幼馴染で、今更ファンだとかそういう感じにはならないってだけだ。


 そう、「由梨たち」。由梨には双子の弟がいて、そいつのことは俺も弟分みたく思っていたのだ。

 もっとも、中学では神薙姉弟とは別の地元の公立校に進んだせいもあって、その頃から割と疎遠になってたんだが、この木更津高校に入学した際、再び顔を合わせて、つきあいが復活した。


 ただし、問題がひとつあって……。


 「でも、由紀(ゆうき)さんのことは気の毒だったわ」

 「うんうん、由梨さんの“妹”だけあって可愛かったし、オレ、密かに狙ってたんだぜ」

 「由梨様ご本人は畏れ多いけど、その妹さんなら、何とかなるかもって思うよな」

 「バーカ、あんたたちなんかを由紀ちゃんが相手するわけないでしょ!」


 そう。どういうワケか、この学校の人間は、由紀のことをおとこじゃなく、おんなだと思っているのだ。


 とは言え、それも無理のない話で、高校で再会した由紀は、顔立ちが由梨そっくりの女顔なのはまだしも、女子の制服を着用し、校内以外でも完全に女の子として暮らしているようだった。

 以前にチラッと耳にしたが、神薙家が完全に女系相続を貫いている特殊な家系だということも、あるいは関係していたのかもしれない。


 もっとも、その真意や真相を問いただすべき相手はすでにいない。

 半年ほど前、去年の10月に“神薙由紀”は学校帰りに行方不明となり、翌日未明、学校近くを流れる川の下流にある河原で、無残な遺体となっているのを発見されたのだ。


 ここからは噂なのだが、見つかった時の“彼”の遺体は、首が胴体から切り離されており、さらに全身に何カ所もまるで大型の肉食獣に噛みつかれたかのような傷痕があったらしい。

 しかも、そんなむごたらしい状態ながら、不思議と切り離された頭部、特に顔だけは綺麗なままだったのだとか。


 こんな田舎では珍しいショッキングな猟奇事件として、一時は新聞の紙面を賑わせたりもしたが、半年近くが経った今でも、犯人は捕まっていない。


 家風なのか本人たちの資質なのか、由梨と由紀は姉弟というより「お嬢様とそれに仕える従僕」、あるいはもっと単純に「親分子分」的な関係に俺には見えていたが、それでもそれなりに仲は良かった──と思う。


 当然、たったひとりのきょうだいを亡くしたアイツは意気消沈して、年末くらいまではどこか萎れ、沈んでいるように見えた。

 やがて年が変わり、三学期を迎えた頃から、多少なりともふっきれたのか、少しずつ以前のような生気と輝きが戻ってきて、半年経った今ではご覧の通り……というワケだ。


 ──もっとも、今の“彼女アイツ”を見ていると、ごく稀に俺の脳裏に恐ろしい想像が浮かんでくることがある。


 「ひょっとして、半年前に死んだ──殺されたのは由梨で、今俺の目の前にいるのは本当は由紀なのではないか?」


 そんな、なんら根拠のない妄想としか呼べないような内容のソレだが──しかしながら、いくら否定しても振り払えないのだ。


 無論、頭ではそれが突拍子もない言いがかりだとは分かっている。

 そもそもあのふたりは、身長は姉である由梨のほうが5センチ高かったし、体型だってスレンダーで完全に無乳(男の娘だから当然だが)だった由紀と比べ、由梨は巨乳で足が長いモデル体型だ。


 そして、春になりコートを脱いで白い女子制服だけで学校に通うようになった“彼女”は、制服の上からも紛れもなくグラビアアイドル負けのナイスバディ(死語)をしているのがはっきりわかる。


 そう……“彼女”が由紀なはずがないのだ。

 嗚呼、それなのに──どうして俺は、わざわざ学校や自宅から少し離れた隣町の駅前の喫茶店に、“彼女”を呼びだしたりしてるのだろう。


 珈琲を注文し、文庫本を開いて待つことおよそ10分。


 「──お待たせしてしまったかしら」


 銀の鈴を震わせるような(いや、銀の鈴なんて実物は見たことないので、あくまでイメージだが)玲瓏たる声に顔をあげると、そこには日本人離れしたプラチナブロンドをなびかせた、制服姿の美少女が立っていた。


 我が校の制服は、男子がYシャツと濃紺のスラックス、女子は白を基調に緑のラインが入ったセーラー服&濃緑色のプリーツスカートという、今どきにしてはいささか洒落っ気のない代物だ。


 そんな無難オブ無難な白セーラーでも“彼女”がまとうと、一流デザイナーが仕立てた金満私立校の人気制服に劣らぬほど、華やかで目を惹くモノに見える。


 「……いや、いう程は待っていないさ。そもそもまだ約束の時間になっていないしな」

 「わたくしも約束よりかなり早く来たつもりだったのだけど、相変わらず深海(ふかみ)くんは律儀ね」


 人形のように整った、ある意味、冷徹にも見える“彼女”の美貌だが、ほんの僅かに微笑みで崩れたことで、一気に年頃の娘らしい柔らかな魅力を周囲に振り撒く。


 「……っ」


 幼馴染であり、この姉弟の魅力チートっぷりに多少は慣れているとは言え、久々に間近で目にしたソレに、ほんの一瞬だけ見とれて俺は言葉を失う。


 「……? 深海、くん?」


 もっとも、僅かにいぶかしげな声色で呼びかける“彼女”の言葉に、すぐに平静を取り戻すことができたが。


 「──あいにく、小市民的真面目根性だけが取り柄でね」

 「もぅ、そんな風に自分を卑下するのが貴方の悪い癖よ?」


 などと軽い雑談のジャブを交わした後、いよいよ本題に……と思ったところで、向こうからズバッと切り込んできた。


 「それで、学校でも私たちの家でもなく、こんなトコロ──と言うとこのお店に失礼だけど、わざわざお隣りの駅前にまで呼び出したのは、どうしてなのかしら?」


 実を言うと、わざわざ問い詰めるまでもなく、わずか1、2分の言葉の応酬と今の言葉で、俺は“確信”を得ていた。

 なので、当初の予定とは異なるが、より際どいところまで攻めることを考えてもよいかもしれない。


 「あーースマン。生徒会長かつ日舞部部長で多忙なお前さんに、わざわざ“こんなトコロ”まで足を運んでもらって申し訳ないんだが、正直に言えば特定の“用”ってのはないんだ」

 「あら、そうなの?」

 「ああ。ただ、今年は俺達も3年生だし、受験やなんやかんやで、あまりゆっくりもしてられなくなるだろう? そうなる前にお前さんと一度ゆっくり話しておきたかったんだよ」


 ポリポリと頭をかきつつ、バツが悪そうに視線をあらぬ方向に逸らして見せる。


 「フフッ……そんな、遠慮しなくてもいいのに」


 口元を手で隠しつつもクスクスと笑う“彼女”は、いかにも品の良いお嬢様といった風情で、俺の“演技ウソ”に気付いている様子はない。


 それからも、しばしとりとめもない雑談を交わす。

 最近、少し(実は結構)疎遠になってはいたものの、元々、俺と神薙姉弟はかなり仲の良い幼馴染、かつ今は同じ高校に通っているのだ。その気になれば、幾らでも話すこと、話したいことはある。


 さらに言えば、気の抜けない「学園の御姉様マドンナ」としての暮らしで、知らず知らずストレスも溜まっていたのだろう。俺のように肩ひじ張らず気楽に話せる相手を“彼女”も望んでいたのかもしれない。


 けれど、学校帰りということもあって、そろそろ喫茶店の外の光景も暗くなり始めている。

 男の俺はともかく、良家の子女たる“彼女”はそろそろ帰るべき時間だろう。

 そのことを切り出すと、残念そうな表情ながら、“彼女”もそのことに同意した。


 「ああ、そうだ。もし都合がつけば……なんだが、今度の日曜日、久々にお前さんの家に遊びに行ってもいいか? まだ、色々話し足りないこともあるし」

 「! えぇ、もちろん。歓迎するわ」


 ──うん、今の返事が決定打だな。

 俺は、別に由梨に嫌われていたわけじゃないが、かといって無条件にプライベートスペースに入れるほど距離が近かったわけでもない。

 そもそも小学生時代ならさておき、年頃の娘が身内でも恋人でもない同世代の異性を、ホイホイ家に上げるわけないだろ。


 そのあたりの認識が甘いのは同性だから──つまり、「じゃあ、また日曜日にね♪」と微笑んで喫茶店を出ていったあの“彼女”は、少なくとも精神というか心? 自我? 的なモノは、まごうことなく由紀なのに違いない。


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#……てな感じの、「伝奇サスペンスドラマ風TS物」を書こうと思ってひと昔前に捻り出したネタです。

 デキの良い完璧超人な姉と、努力しても優等生止まりの弟の確執とか、首の挿げ替えによるTSだとか、色々考えてはいたものの、私に「緻密なミステリー」は無理だと見切りをつけて、お蔵入りしています。

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