◆カッコつけ/カッコだけ なあのコ

「はぁ? デート? 「元・男」に?

 ……度し難いおバカさんですねぇ!」


 口ではそんな蓮っ葉なコトを言いながらも、目の前の“少女”は顔を真っ赤にして、落ち着かなげに視線を彷徨わせている。

 何も言わずに(ただし真剣な目つきで)俺は、“彼女”の瞳をじっと見つめた。


 「……後悔しますよ?」


 根負けしたのか、ついに“彼女”の口から消極的ながら、了解する旨の言葉がこぼれる。


 「後悔なんてしないさ。俺がカルマとデートしたいんだから」

 「! ふ、ふんっ……知りませんからね!」


 憎まれ口を叩きながらも、“彼女”の口元が微かに嬉しそうに緩んだことを俺は見逃さなかった。


 (まったく素直じゃねーなぁ──まぁ、そういうトコも可愛いんだが♪)


  * * * 


 俺のひとつ歳下の幼馴染である愛染狩真(あいぞめ・かるま)という少年は、素の性格はどちらかと言うと内気で真面目な方だと思うんだが……。

 「何事も形から入る」という悪癖(?)があった。


 いや、そのこと自体は悪癖とまでは断言できないんだろうが──狩真の場合、なんというか「中途半端になりきる」というか、本当に「上っ面だけ真似してる」感がスゴいんだ。

 とあるRPGをクリアーしてから、その中二病ちっくな主人公の言動や衣装を真似たり、某映画を観たあと、俄かにパンケーキに凝ったり建物のスケッチを始めたり……。


 キッカケが憧れや真似っ子であっても、そこから真剣にソチラを究めようとするんなら別にいいんだが、アイツの場合、割とすぐに飽きてほっぽり出す。

 んで、色々注ぎ込んだ金や時間を後悔する──ってのが、「いつものお約束」だったりするんだな、コレが。


 隣家に住んでる兄貴分的幼馴染ポジの俺も、いろいろ苦言は呈してたんだが、高校生になっても、その悪癖クセは直ることがなかった。


 ところが、俺が高三、狩真が高二になったその年の夏に、ひとつの転機があった。

 後天性Y染色体欠損症候群──発見者の名前からとってT-Syndrome、あるいはもっと簡単にTS病と呼ばれている病気(?)に、狩真がかかったんだ。


 この病気にかかるのは男性100万人にひとりくらいだけど、発病した場合、ほぼ100%の確率で男から女に身体が変化してしまう。

 しかもアイつがかかったのは短期間で変化が完了する「劇症型」と呼ばれるタイプだったらしく、一週間ほどの間、アイツは激痛に呻きながら生死の境をさ迷うことになった。


 TS病自体は、基本的に致死性の病気じゃないはずなんだが、「一般型」が1ヵ月前後、「緩慢型」が数ヵ月から半年くらいかけて身体が変化するのに対し、劇症型は24時間から数日かけて変化が完了する。

 そのせいで、体力の消耗と骨格そのものから組み変わることに伴う激痛で、発病者が半死半生になり、数例だが命を落としたケースもあるらしい。


 狩真の場合は、発病直後に即入院できたことと、劇症型としては比較的長めの1週間という変化期間のおかげで、幸いにして命に関わるほどのことはなかったんだが、それでもやっぱり辛かったみたいだ。

 身体的苦痛も勿論だが、「自分の生まれ持った性別が変わる」という運命に立ち向かう心構えもロクに持てないまま、たった一週間で変化が完了しちまったんだ。その精神的な負担は推して知るべし。


 “兄貴分”ではあっても実際の家族ではない俺にできることなんて、そう多くはなかったが、退院して自宅療養中のアイツのところへ、暇を見てはできるだけ顔を出すようにした。

 アイツの両親は共働きで夕方7時ころまで家にいないしな。


 「フジにぃももう3年生なんだから忙しいだろうし、そんな毎日来てくれなくても平気ですよ」


 と、アイツは遠慮気味に言うけど、それでもやはりひとりで寝ていると心細いのか退屈なのか、俺の姿を見ると一瞬嬉しそうな顔をするから、そんな言葉は無視する。

 ちなみに、俺の本名は月形富士丸(つきがた・ふじまる)。今どき珍しい忍者か侍みたいな古風な名前だけど、(自分では)割とごくフツーの平均的な男子高校生だと思ってる。


 「なーに、大学は推薦もらってるから受験勉強とかする必要ないし、部活は引退済だし、夏休みに入るまでバイトする気もないからな。割と暇は持て余してるんだ」

 「で、でも……フジ兄なりの友達づきあいとか」

 「カーくん、気にすることないわよ。そもそも、兄貴コイツ、家にいてもぐーたらしてて邪魔なだけだからね!」


 歯に衣を着せないでそんなコトを言うのは、俺の双子の妹の六花(りっか)。

 当然ながら、六花も狩真とは幼馴染だし、俺同様コイツのことを心配して、よくいっしょに隣家を訪れているのだ。


 退院する日には、狩真の体調自体はほぼ回復してたみたいだけど、あくまでそれは「身体的な調子」のみで、精神的なバランスなリズムはまだまだ元通りとは言い難いのは、傍から見ていてもよくわかった。


 幸いにしてアイツが倒れて緊急入院したのは期末試験が終わった直後だったから、とりあえず1学期はこのまま自宅療養を続けるみたいだ。

 精神面のケアのため、専門家のカウンセリングを受けているらしく、見慣れない(たぶんそのカウンセラーさんの)クルマがアイツの家の前に停まっているのが、よく見かけるようになった。

 実際、目に見えて狩真の精神が安定を取り戻してるんだから、「プロってすげぇ」と思ったもんだ。


 「“カルマ”?」

 「うん。読み方はこれまでと一緒だけど、表記を漢字からカタカナに変えようかと思って」


 しかも、その「改名(厳密には違うけど)」は、アイツの方から言い出したらしい。

 どうやら、ここに至ってアイツも腹をくくって、新たな“女の子”としての生活に馴染めるよう、努力する気みたいだな。


 「うん、いいんじゃないか。漢字の時と違って男女どちらにもとれる中性的なイメージだし、音は同じだから聞き逃したりもしないだろうしな」

 「本当? フジ兄にそう言ってもらえるなら、ひと安心かな」


 そんな会話をしたのが8月の頭。その頃には、狩真改め“カルマ”の身体や体調もおおよそ安定し、精神的な面でもそれなりに平静……というかいつもの調子を取り戻していた。


 ──いや、違うな。アイツの家族や幼馴染の俺達兄妹、ひょっとしたらアイツ自身でさえ、愚かにもそう思い込んでしまったんだ。

 本当は、そんな短時間で心の傷が癒えるはずもないのに。


 アイツの家族の許可を得たうえで、俺と妹の六花は、例年の如くカルマを俺達の“里帰り”──海辺の町にある母方の実家への旅行へと連れ出した。

 

 その実家自体は伯父さん(=母さんの兄)が継いでるんだけど、なにせ田舎で家が大きいから、俺達3人が転がり込んで世話になる部屋の余裕くらい十分ある。

 また、伯父さん自身はある水産会社の社員なんだけど、伯母さんの方が夏場は“海の家”をやってて、中学に入った頃から俺達は、お世話になってる恩返しに、店を手伝うようになっていた。


 「1番テーブル、ラーメンふた丁、モロコシとコーラもふたつずつ!」

 「あいよー。3番さんの焼きそばアガったから持ってっとくれ!」


 俺は暑さに耐えながら、鉄板の前で焼きそばだお好み焼きだのをひたすら焼き続ける。

 マイシスター六花は料理に関しては「センス×」のマイナス技能の持ち主だし、カルマも甘やかされて育ったひとりっこのせいか、家事能力が全般的に低い。

 適材適所ということで、俺が作る人・六花&狩真が運ぶ人──というのが暗黙の了解だった。


 ──しかしながら、今年は少々勝手が違った。あるいは早まったと言うべきか。

 去年までは、男2女1の比率だったため、発生しなかった問題──「客による(強引な)ナンパ」が頻発しちまったんだ。


 さて、マイシスター・六花のルックスは、兄の欲目を差し引いても「中の上」から「上の下」くらいに位置する、それなりの美少女だと言ってもいいだろう。

 そのレベルでも、水着姿で海の家の看板娘なんてやってると、声をかけようとする男性客が後を絶たないのだ。


 それに加えて、今年は銀髪巨乳の清楚系美少女(こちらは間違いなく上の中クラス)となったカルマがいる。

 女の子としての格好に慣れることの一環として、六花プロデュースによる女性用水着(ホルターネックタイプの白のワンピース)を着て、その上に水色のエプロンを着けてるんだが……。

 前からはともかく、後ろから見ると意外なほど肌の露出が大きい。


 兄貴分の俺ですら、背中の肌の大半が丸見え状態でヒップふりふりされると、イケナイ気分になってくるのだ。

 海に来て浮かれているボーイズが煩悩を刺激されて興奮するのも、まぁ、わからなくもない話だ。


 ──とは言え、カルマ(ついでに六花)にヘタなチョッカイ出そうとする輩には、容赦なく割って入ったけどな。

 こういう時ばかりは、ゴツめのガタイと迫力のある三白眼に産んでくれた親に感謝しないでもない。


 実質は伯母の海の家の手伝い要員とは言え、一応「親戚の家に遊びに来ている」という体裁なので、3日に1回ぐらいは半日程度の休みをもらえる。


 「カーくぅん、アニキー、こっちこっちぃ!」


 妹の六花がまるで子供のように波打ち際ではしゃぐのを、俺達──オレとカルマのふたりは苦笑しながら見ていた。


 「高三になっても、アイツは行動パターンが小学生の頃と全然変わんねーなぁ」

 「アハハ、それが六花ちゃんのいいところだと思いますよ」


 似たような会話は去年の夏もコイツと交わした記憶があるな。

 ただ、俺たち(というか狩真)の方は大きく変わっている──具体的に言うとその格好ルックスが。


 白いワンピースの水着自体は(背中の方を見なければ)比較的おとなしめのデザインのはずなんだが……。

 海の家で働いてる時に着けていたエプロンを外しているせいで、その推定Dカップ超の豊満なバストが水着での中でたわわに弾むのがモロに分かる。


 胸ばかりでなく、キュッとくびれたウェストからまろやかなヒップのライン、形のよい柔らかそうな太腿から爪先までの脚線美もなまめかしい。

 顔も、目鼻などの各パーツ自体は元の面影を多分に残してはいるんだが、輪郭から男性的なゴツゴツした要素が消え、ぷっくり艶々した唇になったせいで、極上の美少女にしか見えなくなっている。


 (客観的に見たら、コレ、絶対俺の方が釣り合ってねーよなぁ)


 ちょっと凹みながらも、俺はムシ避けの任務を果たすべく、ふたりの傍に居続けたのだった。


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このあと、カルマくんちゃんが、主人公がスマホでやってるソシャゲギャルゲを見て、そのメインヒロイン(ツンデレ・銀髪・巨乳)に影響されて(というか真似して)、冒頭みたいな言動になる(そして主人公の気を引こうとする)──という展開になる予定でしたが、「コレ、TS物でやる意味、あまりなくね?」と自覚してエタりました。

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