◇JSメイドカフェに夢中!(後編)

 「は~い、それじゃあ、オムライスにケチャップでメッセージ書きますネ……もえ、もえ、キュンっ♪ と」


 「こちらが10月のハロウィンフェア限定の、ボクたちのプロマイドで~す♪」


 「えへへ、いってらっしゃいませ、だんな様♪ お早いお帰りをお待ちしてまーす!」


 “みゆ”として働くようになったボクは、自分で言うのもナンだけど、バイト初日から結構キチンと動けていたと思う。


 ひとつには、10年前に数多のメイド喫茶に足を運び、さらに最近はここ、プリズムスティックに通い詰めていたこともあって、「メイド喫茶の基本」は(客目線だけど)十二分に知り尽くしていたからだと思う。

 もちろん、客側だけでなく店員側でないと知らない情報とか、店毎のルールとかもあるワケだけど、極論すると、ボクはソレだけ覚えればよかったからネ!


 そしてふたつ目は、誰よりもボク自身が“みゆ”に一人前のJSメイドになって欲しい/なりたい……と願っているからだろう。


 今のボクの姿は、それこそ「夕海朔が思い描く理想のJSメイド」そのもの。 でも、それがあくまで外見だけだったら、その(メイドとしての)魅力は半減しちゃうって思うんだ。


 だから、ボクは心から“可愛いメイド”になりきって、お店に来たご主人様たちに、いーっぱいご奉仕しちゃうんだ♪


  * * *  


 一方、JSメイド“みゆ”としての時間が充実していくのと反比例して、俺の──夕海朔の日常は、少しずつ何かが狂い始めていた。


 土日はフルタイムでお店で働き、有給も限界まで使い切ってお店に通い、さらにそれでも飽き足らず、平日も毎日定時きっかりでアガって、そのままプリズムスティックに足を運ぶ。

 そんな生活を続けていれば、健康面でも社会面でも破綻をきたすのは目に見えていた。


 会社で課長に「注意力散漫で書類にミスが多い」と説教される。

 普通に会社員として8時間働いたあと、メイド喫茶でさらに3時間ほど立ち仕事をしているのだ。疲れて当然だ。

 しかも、休みの日にまったく休んでいない。


 ──もっとも、“みゆ”でいる間は、不思議と蓄積された疲労を感じることもなく、「元気でちょっとあざといJSメイド」として振る舞えるのだが。


 だから、プリズムスティックで働き始めて3ヵ月めに、見かねた周囲の(半強制的な)薦めで病院に検査に行き、結果、休職して自宅療養に入ることになった。


 そんな状態でも、俺はメイド喫茶通い(正確には「メイド喫茶でメイドになること」)が止めらなかった──否、止めたくなかったのだ。


 だが、もし「休職して自宅療養中のはずなのに、こっそりメイド喫茶通いしている」なんてバレたら、よくて減俸、最悪解雇もあるかもしれない。

 失業の危機と天秤にかけられると、如何にメイド狂いの俺でも、さすがに躊躇いが生じる。


 そんな時、お店のバックヤードで、“みゆ”の姿のまま不景気な顔をしている俺(ボク)の耳に、メイド長がこんな提案を囁いたのだ。


 「バイトでなく此方を本業にしませんか? 正社員待遇で雇いますよ」


 それが悪魔の囁きだと百も承知で、ボクはコクンと首を縦に振った。


  * * *  


 それから3年後。

 “みゆ”──遠藤美夕(えんどう・みゆ)は、プリズムスティックの系列店「カレイドライン」で、“JC”メイドとして働いていた。


 「まさか、お仕事中だけじゃなく、プライベートまで女の子として過ごすハメになるなんて、ね」


 あの時──メイド長こと遠藤碧(えんどう・みどり)に問われて、即座に頷いたあと、事務所で正式に契約書にサインをすることになったのだが、夕海朔青年は、契約書を隅までキチンと読むべきであった。


 別段、わかりにくい文章で煙に巻いたり、該当箇所だけもの凄く小さな文字で書かれていたというわけでもないが、「甲は乙の保護下のもと、外見年齢相応の日常生活を送るものとする」という一文があったのだから。


 さらにそのすぐ下に、「契約期間中、乙は甲に対して、健康で文化的な生活を送るのに必要な衣食住を保証する義務がある」という条項が続いていたことの意味も、よく考えれば「ん?」と不審を抱いただろう。


 その他、諸々の契約内容の結果、二十代後半の男性であったはずの「夕海朔」という存在は、11歳の黒髪の美少女「遠藤美夕」へと変じ、碧の養娘として小学校に通うことになったのだ。

 無論、メイド服を脱いでも男に戻ることはない。


 放課後、プリズムスティックでJSメイドとして働くことも「家業のお手伝い」の範疇として正式に認められた。

 同様に碧の保護下にある「イリス」ことアイリスや、「クロ」ことクローディアとも、義姉妹としてお店の中だけでなく日常いえでも親交を深めることとなる。


 アラサー男からいきなり小五ロリになること自体は、すでに店での勤務で慣れていたので、そのままの姿で私生活を送ることになっても、さほど困らなかったのは不幸中の幸いか。

 それでも、「思春期に差し掛かった女の子のデイリーライフ」の中、トラブルやハプニングはやはりいくつも発生したが、“養母”の碧や“姉妹”のイリスやクロが手を貸してくれたので、大ごとにはなっていない。


 ──ちなみに最大の試練は、六年生になった直後に訪れた初潮だろう。

 それまで「今の姿は借り物」で「みゆという美少女を演じている」感が抜けなかった“彼女”も、経血と下腹部のリアルな鈍痛によって、「今の自分は女である」という“現実”を容赦なく叩き込まれることになった。


 「契約」を破棄して元の夕海朔おとこに戻ることも考えないではなかったのだが、イリス&クロ姉妹との励ましや、学校のお友だちとの絆が、みゆを踏み止まらせた。


 その後、第2の試練たる中学受験も無事に乗り越えて、みゆはイリスやクロと一緒にとある私立の女学院に合格し、翌春からその中等部に通い始めた。


 それと同じころに、“母”の碧は、今の店の系列店として「JCメイド喫茶・カレイドライン」を立ち上げ、みゆ達3姉妹(ちなみに、みゆは末妹扱いだ)は、そのままそちらで働くようになったのだ。

 JSメイドがウリのプリズムスティックほど業の深い客は少ないが、それでも希少な「JCメイドに会えるお店」ということで、それなりに繁盛はしている。


 「でもさー、再来年はあたしたち、女子高生になるじゃない? マミィはどーするつもりなんだろーね?」


 お店の営業が終わった後、更衣室で着替えながら、ふとクロが言い出した言葉に、イリスは首を傾げる。


 「どうって……今度はJKメイド喫茶を作るんじゃないかしら」

 「ボクらのために? それは確かにありそうだけど──でもJKメイドが働いているお店って、わりと普通じゃないかな?」


 イリスの言葉に同意しつつも、疑問を投げかけるみゆ。


 「てゆーか、いままで考えたことなかったけど、あたしたちが抜けあとのプリズムスティックって、どーなってるの? モノホンのJSメイドがいないわけでしょ?」


 クロが半裸のまま腕組みして首を捻るが、みゆもイリスもその答えはわからない。

 プリズムスティックで働いていた時、“彼女”たち3人以外のキャストは、いわゆる「合法ロリ」な「見かけだけは幼いが実は年長」な子たちばかりだったから、一応営業はできていると思うが……。


 「ふふっ、3人とも、元のお店のことを心配してくれる優しい娘たちに育ってくれて、母親としては感激ですね」


 いつの間にか更衣室にやってきていた碧が満足げな笑みを浮かべる。


 「あ、ママ」「マミィ」「お母さん」


 「はい、そのことで3人にお話があったので、こちらの店に来たんです」


 ちなみに、普段は店長代理こと筆頭メイドがカレイドラインを仕切っており、碧は本店たるプリズムスティックの方で働いている。


 「JKメイド専門店を作ること自体は十分可能なんですが、みゆちゃんの言う通り、あまり希少性はありません。

 それに、最近ちょっと人気が落ちてきたプリズムスティックの方のテコ入れもしたいので……」


 碧はそこでタメを作って、興味津々に話を聞く義娘たちの顔を見回す。


 「実は、“あの頃”のメイド服を着てもらえば、今のイリスちゃんたちも、ちゃんとJSらしい姿になれるんですよ♪」


 「「「あっ!」」」


 盲点だったが、ある種、当然でもある。

 なにせ、平均的体格のアラサー男を身長150センチにも満たない美幼女に変えるくらいの魔力ちからがあるのだから。それに比べたら、外見年齢を2、3歳若返らせることくらい、朝飯前だろう。


 「もちろん、同様のことはこのカレイドラインでも可能ですから、このままJCメイドとして働くこともできますよ。

 さて、どうします? 」


 微笑みを浮かべるメイド長ははの言葉に、みゆ達がどんな答えを返したのか。

 それはご想像にお任せしよう。


~おしまい~

──────────────────────

 さて、美少女メイド・遠藤美夕ちゃんは、このままJC・JKライフの沼に飲まれてしまうのか、それとも、いつか冴えない男性ヲタリーマン・夕海朔に戻る日がいつか来るのか……(たぶん来ない)。

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