◆JSメイドカフェに夢中!(前編)

 ひと昔前に日本各地を席巻したが、数年後には下火となった「メイド喫茶」、「メイドカフェ」と呼ばれる系統店がある。

 現在でも完全に廃れたわけではなく、秋葉原や日本橋などのオタク街ではいくつか生き残ってはいるみたいだが、さすがに往時のような勢いはない。


 かくいう俺も、大学生の頃には毎週末にアキバに出かけて、著名なメイド喫茶に入り浸っていたが、あれから10年近くが過ぎ、社会人──しがない中小企業のサラリーマンとなった今では、足を運ぶこともなくなってしまった。

 一応今でもアニメやゲームといったオタク系の趣味はぼちぼち続けているし、当時の友人ともメールやチャットの類いで連絡はとっている。


 そのオタ友のひとりから、昨日の晩、信じられないような情報を聞いた。


 「噂なんだけど、ア○バの裏通りにさぁ、JSメイド喫茶があるらしいぜ」


 JSって──こういう場合は「女子小学生」のことだよな? 「Javascript」とか「JR湘南新宿ライン」ってオチじゃないよな。


 「あたり前だろ! どんな店だよ、それ」


 いやいやいや!

 さすがにガセだろう。

 今時の日本じゃ、中学生だってアルバイトは原則禁止で、ごく特別な事情がある場合に新聞配達とか子役タレントとかが認められてるくらいのはずだ。

 まして、小学生が、そんな飲食店で働くなんて……。


 ──あ! そーか。偽小学生、いわゆる「合法ロリ」か。

 高校生ぐらいで、背が低くて童顔の娘を雇ってるってパターンだろ、それ。


 「まーなー、そう考えるのが普通だよなぁ。でもさぁ、ホレ」


 オタ友がスカ○プにアップした写真には、どう見ても10歳からせいぜい12歳くらいにしか見えない娘たちが、メイド服を着て、ソファの上で思い思いのポーズをとってる様子が映っている。


 「こんなカワイイコたちがいるなら、仮に合法ロリだとしても行く価値あると思わないか?」


  * * *  


 さて、オタ友の誘いに負けて、くだんの「JSメイド喫茶」とやらに同行した俺だったが……。

 実はこれ、俺を、親戚が経営するその店「プリズムスティック」の常連にするための、オタ友の巧妙な罠だったらしい。


 実際、悔しいことに俺は、休日はもちろん、平日も会社を定時で退社して通うほど、「プリズムスティック」にドハマりしてる。

 いや、だってここのキャスト(ウェイトレスのことね)の娘たち、声や見かけは完全にローティーンなのに、いざ会話してみるとすんごく俺みたいなオタクと話が合うんだよ!

 最近は店で売ってるオリジナルグッズも大人買いし、イベントにも欠かさず顔を出すようになった。


 もっとも、所詮はしがない貧乏サラリーマンなんで、すぐに貯金も尽き(このテのお店のメニューはやたらと高いのだ!)、これからはちょっとは自制しなきゃいけないなーとか思っていたんだが……。


「「「いらっしゃいませー! プリズムスティックへようこそ♪」」」


 声を揃えてお客様をお出迎えする3人のJS(って言ってもさすがに高学年くらいだけど)風味な女の子たち。

 ──そのうちのひとり、黒髪ツインテの子が、実は俺の変装(むしろ変身?)した姿だって言ったら、皆さんは信じるかい?


 例のオタ友との会話で、こないだの件(金がないから、今後は来店頻度を減らすつもり)を打ち明けたら、「じゃあ、土日に店でバイトしないか?」と誘われたんだ。


 「する!」と返事した翌日、即採用の知らせが来たのは、例の親戚さん経由で店に話が通ったんだろうと、コネというかツテ的にわからないでもないんだけど……。


 「じゃあ、夕海くん、今日からよろしく頼むわね」


 外見上、俺達より数歳年下の20歳代前半くらいの若い女性にしか見えない店長兼オーナーさん(店での肩書は“メイド長”らしい)と顔合わせして、緊張気味に頭を下げる俺。


 「は、はい、よろしくお願いします」


 言い忘れてたけど、俺の名前は夕海朔(ゆうみ・はじめ)。今年で28歳になる好青年(自称)だ。


 「それじゃあ、制服に着替えてもらいましょうか」


 そう言って渡されたのは、お店のキャストの娘たちと同様の、フリフリとヒラヒラの多い黒のメイド服。


 「はぁ~?」


 という言葉とともに漏らした溜息に、「あんた頭大丈夫?」的なシツレイ・ニュアンスが混じっていたとしても、誰も俺を責められないだろう。

 長身とかマッチョってワケじゃないが、俺は20代半ばの男性として平均な体格をしている。サイズで言えばメンズのMが適正だ。

 それなのに、女物のS……どころかSSサイズくらいのメイド服を渡されて、どうやって着ろ、と?


 「あはは、まぁ気持ちはわかるけど、試してみたらわかるからさ」


 にこやかなのに妙に押しの強い“メイド長”の重ねての指示に、仕方なく更衣室で着替えることにする。

 ダンガリーシャツとチノパンを脱ぎ、さらに少しでもサイズが窮屈にならないよう下に着ていたTシャツも脱いでパンツ一丁になる。

 ワンピース(エプロンドレスって言うんだっけか)状のメイド服の上のボタンを全部外して、少しでも余裕を持たせてから、意を決して俺はそこに足を突っ込んだ。


 「あれ?」


 どう考えてもキツキツだろうと思ってたんだが、意外と楽に両足とも通り、スカート部の布地を腰までたぐり上げることに成功する。


 「??」


 さらに、そのまま黒いワンピースの上半身部分を引き上げ、袖を通すことも簡単にできてしまった。


 「見た目よりも伸縮性のある素材だったのかなぁ」


 何気なくそのまま視線を下の方──スカートの裾から突き出ている足に向けた瞬間、思わず“僕”は自分の目を疑った。

 足首からふくらはぎ、膝の上あたりが、明らかにいつもより細く、白く、そして脛毛の一本すら見当たらないスベスベの肌になっていたからだ。


 (そう言えば……)


 肩のあたりがふわふわ膨らんだ袖(パフスリーブとか言うんだっけ?)だから見逃してたけど、肩幅とか、もっと言えば手足自体も、ずいぶんと短く、華奢になってない、コレ!?

 何かおかしな──それこそ「アウターゾ●ン」とか「世にも奇妙●物語」的な意味での不思議な事態が起こっていることを、ようやく僕は理解した。

 したんだけど……。


 「え? な、なんで手が止まらないの!?」


 ワンピースの胸元のボタンを、僕の手が勝手にとめているんだ。

 女物だからボタンが逆についていてやりにくいはずなのに、特に手間取ることなく、指先(よく見れば指も手もいつもよりだいぶ小さくなってる)がひとりでに動いてとめていく。


 平均的な体格の成人男子がSSサイズのメイド服を着込むなんて、普通に考えたらパツンパツンのブラクラ案件なはずなんだけど、窮屈さなんてカケラもない、むしろ肌触りとか着込ごちとかとてもいいのが、逆にコワい。

 そう思っているにも関わらず、僕の手足は止まらず、黒いワンピースの上からフリル満載の白いエプロンを着け、黒いニーハイストッキング&黒いエナメルパンプスまで履いていく。


 最後にメイドの象徴ともいえる白いヘッドドレスを頭頂部に着けた時──いつの間にか肩までの長さに伸びていた髪が、左右の耳の上でキュッと結わえられるのを感じた。


 ここまでくれば、さすがに自分が今、普段とかけ離れた“姿”をしているだろうと推測はついたが、それでもなお、勝手に足が動いて更衣室の隅に置かれた姿見の前に移動しようとする。


 (──あ、コレ、ダメなヤツだ)


 見てはいけない。見れば、自分の“中”で何かが決定的に変わる。

 それを直感的に理解していながら、僕は鏡に映った自分の姿へと視線を向ける。


 鏡の中には──黒髪ツインテールの11、2歳くらいの清楚な印象のメイド少女が、もじもじしながら立っていた。


 (嗚呼、見ちゃった……)


 幾許かの後悔と──それを大幅に上回る満足感、多幸感が、心の中に満ち溢れていく。


 「ボクって……可愛い♪」


 この瞬間、後に「プリズムスティック三人娘」と呼ばれる人気JSメイドトリオ、その最後のひとり“みゆ”が誕生したのだった!

 ──なーんちゃって♪


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 「JSメイド喫茶」という魔性のパワーワードに惑わされたアラサーサラリーマンの末路を描きました──なお、末路と言いつつ、意外に明るい模様。

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