◆しあわせは十人十色~現代物TS掌編詰め合わせ~

その1)枯野に咲く花 ~狂気の実験の後に~


 「それでは、彼……いえ、彼女があの狂気の実験の唯一の生き残りというわけですか」


 私は、火の点いていないタバコを掌の内で弄びながら、傍らの医務官に尋ねた。


 「はい、おそらく。あの少女のDNAを分析した結果、行方不明者の中で15歳の少年と99.7%の確率で一致しています」

 「15歳? 高めに見積もっても、あの少女はせいぜい12、3歳に見えますが?」

 「それも、実験の副作用と思われます」


 私は禁煙のサインを無視してタバコに火を点け、深く紫煙を吸い込んだ。


 「ふぅっ……やりきれませんな」


 こちらの気持ちを察したのだろう。医務官も私を咎めなかった。


 「ええ、まったく」


 * * * 


 3ヶ月近くの捜査を経て、稀代の遺伝子生物学者であった双刃紀代彦(ふたば・きよひこ)博士が起こした大量誘拐&人体実験事件は、ようやく半月前に幕引きとなった。


 TS病によって愛息子が娘となり、その結果「娘」が自殺してしまった博士の嘆きは、同じく子を持つ父親として私もわからないでもない。


 しかし。

 だからといって現在に至るまで原因不明のTS病のメカニズム解明のため、縁もゆかりもない若者たちを誘拐し、人体実験のサンプルに供してよいはずがない!

 17人の行方不明者のうち、唯一五体満足で保護された……しかし、少女にさせられてしまった少年。


 事件の捜査に関わった者として──そして、強制捜査の際に最初に「彼女」を発見した者として、あの娘のこれからの人生に少しでも幸多かれと、私は祈らずにはいられなかった。


 * * * 


 「おとーさーん、こっちこっち!」


 あの痛ましい惨劇から3年。すっかり元気になったあの子を見て、私の頬は自然と緩んだ。


 実年齢より2、3歳若返ってしまった少女は、一応以前の記憶もあるようだったが細部は明確ではなく、同時に精神年齢も下がってしまったらしく、弱弱しく内気な12歳の少女そのものになっていた。


 検査と事情聴取のあと、あの「娘」を少年の保護者のもとへ帰そうとしたのだが、こともあろうに、その保護者が受け入れを拒否したのだ。

 言うにこと欠いて、「この娘が本当にあの子がどうかわからない」だと!?

 無論、そんなのはタテマエだ。どうやら少年は、その保護者──伯父夫婦の家では邪魔者扱いされていたらしい。これ幸いと厄介払いするつもりなのだろう。


 それまでの捜査の過程でそれなりに少女と面識ができていた私は、薄情な夫婦に憤慨し、気がついたら、勢いに任せてこの娘を養女にする手続きをとっていた。

 先に家族や本人の意向を確認すべきだったのだろうが……まぁ、話を持ちかけると妻や息子も即座に了解し、少女も躊躇いがちに頷いたので、結果オーライだろう。


 少々手前ミソになるが、ウチの家族は元々揃って情が深い。

 とくに常々女の子が欲しかったらしい私の妻は、少女のことを大喜びで受け入れ、娘として猫っ可愛がりしている。

 息子の方もひと目少女を見て、「こんな理想の妹が欲しかった!」と感激し、今では心配性なシスコン兄貴として、やや過保護なくらいだ。

 もっとも、かく言う私も、十数年後「娘」を嫁に欲しいという馬の骨が現われたら、鉄拳制裁も辞さない覚悟を固めている程度には、まぁ、親馬鹿の自覚はあるのだが。


 そんな3人の家族の情愛に包まれて育ったおかげか、当初はおどおどビクビクしていた少女も、徐々に心を開き、今ではすっかり我が家の一員となっている。

 学校に関しては、精神年齢を考慮して、もう一度中学1年生からやり直させたのだが、子供から大人への過渡期にあって、むしろそれが功を奏したようだ。

 この春から、娘は近くの名門高校に進学する予定なのだが、親の欲目を差し引いても、お淑やかで楚々とした愛らしい乙女に育っていると思う。


 あの時願ったように、今も私は「この子の人生に少しでも幸多かれ」と祈っている。

 しかし、そればかりでなく、父親として愛娘を少しでも幸せにしてやるべく、これからも尽力するつもりだ。


 「ねぇ、お父さん」

 「ん? なんだ?」

 「あのね、あの時、わたしを引き取ってくれてありがとう。わたし、今、すっごく幸せです」

 「! 嗚呼、私もだよ……」



その2)ケ・セラ・セラ


 「あぅ……んひぃ……んふぅ……ふあっ!?」


 すでにAカップ程度のふくらみを見せている胸元を優しく揉んでみる。

 それだけで、背筋がビクンと跳ね上がる。


 「あぁぁっ! ちょっ……いいっ、イイよぉ、あたし……イッちゃう、イッちゃうよおおぉぉ!」


 身体が痙攣した拍子に、両掌が乳房ギュッと握りしめてしまったが、僅かな痛みを伴うそれすら心地よい。


 「あぁぁ……いぃぃ……いひぃぃぃのぉ……あ、あたひ……もうらめらぇ!」


 生まれて初めての感覚に翻弄され、程なく、あたしは胸だけでイッてしまった。


 * * * 


 ふた月程前、突然下腹部が痛くなって、僕は学校で倒れた。

 病院に運ばれたうえでの診断結果は緩慢型TS病──男性が女性へと変化する奇病、らしい。


 ただ、通常のTS病の場合、発病からおよそ10日から半月程度で変化が完了するらしいんだけど、緩慢型の場合、短くて1ヵ月半、長いと3ヵ月近くかかるとのこと。


 しばらくは入院の必要もないそうなので、僕は翌日いったん退院し、普段通り学校へと通うことになった。

 いつもと同じく目を覚まして、いつもと同じように学校生活を送る。そうしていると、自分が「病気」だなんて忘れそうになる。


 それでも、僕の身体は毎日少しずつ少しずつ変化していたのだ。

 最初の2週間程は、春先だったこともあって厚手の服で誤魔化せば、学校の友達にも気づかれなかった。


 けれど、それでも半月を過ぎたあたりから、目に見えて手足から筋肉が落ち、代わりに腰や胸に少しずつ脂肪がのっていく。その様子は、僕に恐怖と嫌悪をもたらした。

 心配してくれる家族に悪いとは思いながらも、ボクはだんだん無口で無愛想になっていった。


 3週間目、変化が隠しづらくなった頃、ついに僕は入院した。

 灰色に塗りつぶされたような入院生活。

 けれど、そこで、ボクは運命の女性(ひと)と出会ったんだ!


 * * * 


 ボクの担当になった看護師さんは、「逢坂清美」というとても綺麗で優しい女性だった。

 正看護師になってまだ2年目らしいけど、とても親身になってボクのことを世話してくれる。


 実は清美さんも(TS病とはちょっと違うらしいけど)かつては男で、高校時代に突然女性に変化したらしい。


 「女の子になった当初は確かにとまどったけど……」


 伸びるのが速くなったボクの髪を丁寧にブラッシングしながら、清美さんは優しくボクに語りかける。


 「……でもね、結局自分は自分なんだよ。それさえ忘れなければ、だいじょーぶ!


 それに、女の子ライフだって楽しいことはいっぱいあるしね♪」

 ──コッソリちょっとエッチなことも教えてくれた。

 清美さんのおかげで、ボクも自分の身体の変化を徐々に肯定的に受け入れられるようになっていった。


 実のところ、「女の子」という観点から見ると、今のボクはわりかし可愛い。

 まだ中学生だから体型自体はちょっと未成熟な感じだけど、このままあと1、2年経ったら、たぶん街中を歩いてたらナンパとかされちゃう……と思う。

 男の頃はちょっとコンプレックスだった低めの身長も、女の子として見れば全然平均はクリアーしてるし。


 ボクは清美さんの助けを借りつつ、「女の子としての生活」を少しずつ学んでいった。


 そして、発病から2ヵ月が過ぎた今、ボクの身体は大半が変化を終え、外観的に男性の要素を残すところは陰茎──おちんちんだけとなった。

 既に睾丸は委縮して体内に吸収されていて、陰嚢の中には何もない。吸収された睾丸は、これから卵巣へと変化するらしい。


 ひと月前のボクなら、絶望したかもしれない。かつての半分程度の大きさになったこのおちんちんに、「男としての最後の砦」として固執していたかもしれない。


 でも、今のボク──ううん、あたしにとっては、むしろ「ようやくココまで女の子になれた~」って感じ。

 実際、今も一応「入院患者」ではあるけど、一日の大半は寝間着じゃなく私服で病院の図書室やカフェテリアで気ままに過ごしている。もちろん、女の子の格好でね♪


 お医者さんによると、あと数日で、おちんちんの方も縮小して、そのままクリトリスになるんだって。それと並行して膣口も形成されるみたい。

 そして、生まれつきの女の子と同じようにおしっこができるようになったら、晴れて退院できるの!


 だから、今のあたしには、こんなの邪魔っけ。「早くなくなってくれないかなぁ」と密かに思いつつも、それでもこれまでの13年間の人生を共にした「相棒」に敬意を表して寝る前に「手入れ」中。

 昨日と比べても大きさは一段と縮まったし、そろそろ尿道も閉じちゃうかも。今朝あたりから、下に割れ目ができ始めてるしネ。

 ちゃんとキレイにして……おやすみなさーい!


 明日は、もっと素敵な女の子になってるといいな♪

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