◇君が望む関係(後編)

 朝起きて、洗面所で顔をバシャバシャ洗いながら、ボクはふと鏡に映った自分の顔を、しげしげと眺めて溜息をつく。

 17歳になるのに160センチちょっとしかない身長も気がかりだし、いくら陽に当たっても赤くなるだけで日焼けしない生っ白い肌も気になるけど。


 「やっぱり、この顔が問題なんだよね」


 涙ぐんでるみたいに潤んだ眼といい、剃ったり書いたりしたこともないのに生まれつき細い眉毛と言い、たくましさの欠片も感じられない輪郭といい──正直、男子高校生の顔のパーツとしては、絶対間違っていると思う。


 「──どうせなら、ボク、女の子に生まれたかったなぁ」


 今言ったような「男としての欠点」は、もしボクが女の子だったなら、なんら気にならなかったはずだし。


 「はぁ~、人生ってままならないなぁ」


 小さい頃──と言っても小学校に上がる前の話だけど、ボクは自分が女の子なんだと思い込んでいた。


 いや、ちょっと違うか。

 おチンチンのこととか、今の自分がお姉ちゃん達と「違う」ことは薄々わかってた。でも、それはオタマジャクシのしっぽみたいなもので、大人になれば解決して「素敵な女の人」になれると信じてた──って言う方が正解かな。

 そうしたら、いつもボクを庇ってくれる大好きな「きよにぃ」と「けっこん」できる──なぁんてマセた夢を見てたんだ。


 もっとも、そんな幼稚な思い込みは、小学校に上がった歳に粉微塵に粉砕されちゃったけどね。

 ボクは、時には「オカマ」とからかわれながらも清にぃ──清くんに庇われて、総体的に見れば、ちょっとヘタレなごく普通の少年として成長していったんだ。


 だから、昨日、清くんがその旧式なカメラを持ち出して来た時には、ピックリした。

 ボクは、それの存在を知っていたからね。


 清くんの幼馴染であるボクは、彼のお祖父さんやお祖母さんとも当然面識があった。

 お祖父さん達は、清くん──清にぃの弟分であるボクのことも、孫同然に可愛がってくれる、おおらかで優しい人達だった。


 確か、アレは小学生になって間もなくの頃。

 その日も学校でちょっとしたイジメっぽいメに遭って、清にぃの家に来ても塞ぎ込んでいたボクに、清にぃが席を外している間に、ふたりが話を聞いてきたんだ。


 ボクは、学校で「オカマ」といじめられてること、どうせなら女の子に生まれたかったことなどを拙い言葉でポツリポツリ話した。


 お祖父さん達は顔を見合わせて──しばらくすると、お祖父さんが倉庫から、凄く旧式なカメラを持って来た。

 そして、このカメラを使えばボクの願いが叶えられることを説明して、実際にボクに清くんの妹の双葉ちゃんの服を着せて、写真を撮ってくれたんだ。


 感光紙に、双葉ちゃんの服を着たボクの姿が浮かび上がるのと同時に、ボクは「清にぃのもうひとりの妹」として周囲に認識されるようになってたんだ。

 ボクがボクであることを知っているのは、お祖父さんとお祖母さん、それに事前に説明を受けてたボクだけ。


 それ以外の人には、ボクは、「清彦のひとつ年下、双葉のひとつ年上の前島の長女、亜季」にしか見えない。清にぃも、双葉ちゃんも、清にぃのご両親も、ボクのことを完全に家族の一員だと思って接してくれたんだ。


 うれしかったなぁ。

 そして、夕方まで思う存分遊んだあと、ボクは再び元の服装で写真を撮られて、「伊隅俊亜季」に戻ったとき、ふたりは約束してくれた。


 「もし、大人になっても今の「女の子になりたい」と言う気持ちが変わっていなければ、もう一度変えてあげる」


 けれど、その約束が果たされる機会がないままに、4年前にお祖母さんが、そして一昨年の暮れにお祖父さんが亡くなった時、ボクはその機会が永遠に失われたと思ってた。


 そう、だったはずなのに……。

 清くんは、このカメラの使い方を知ってるんだよね?

 それなのに、ボクに女の子の着物──美味しい甘味と可愛い女給さんが話題の和風甘味処「アージュ」の制服を着せて撮ろうってことは……。


 ──ボク、期待しちゃうよ?


 でも、翌日いざ撮影ってコトになった時、ボクの緊張はクライマックス状態。


 「ね、ねぇ……ホントにおかしくない?」

 「おかしくないおかしくない。むしろ全然似合ってるって。惚れちゃいそうだ」


 大好きな清くんにそう言ってもらって、ボクは勇気百倍。

 実は、オッパイ星人の清くんのために、コッソリ買っていた下着の中から、せっかくだから、一番カップが大きいブラを選んで、着物の下に着けてあったり……エヘヘ。


 そうして撮影が終わったあと、どうなったかは、皆さんも、よくご存知ですよね?


 不思議なことに(まぁ、女の子になれたコト自体もそうなんだけど)、今のボク──わたくしの中には、俊亜季という少年と、亜季という少女の記憶が、両方存在しています。コレはうれしい誤算と言えるでしょう。

 いくら念願の女の子になれたからと言っても、「俊亜季」として「清くん」と過ごした思い出が全て消えてしまうのは、寂しいですからね。


 しかし、だからと言って、高2にもなって、女の子の日常をロクに知らないのも色々問題ですし……。


 その点、今のこの状態はベストではなくともベターだと言えるでしょう。過去の記憶を思い出そうとすると、ゴッチャになってちょっと混乱したりもしますが、それも徐々に収まりつつありますしね。


……

…………

………………


 あの撮影の日から2年後の春、わたくしは清にぃさま──いえ、清彦さんにお願いして、前島家代々のお墓にお参りに来ていました。

 両掌を合わせる私の左薬指には、シンプルな銀の指輪が光っています。

 そう、わたくしの高校卒業を機に、清彦さんと結納を交わし、正式に婚約したのです。


 伊隅の家に関しては、日舞に関していちばん素質のあったわたくしが他家に嫁ぐことを父はあまり歓迎しませんでしたが、母にはこの日が来ることが前々からわかっていたようで、姉達共々祝福してくれました。


 ──未婚の下の姉には、「姉をさしおいて先にお嫁に行く気!?」と嫌みも言われましたけど。


 (お祖父さま、お祖母さま。わたくし、ようやく清にぃさまのお嫁さんになれそうです)


 心の中でそう報告すると、わたくしは愛しい男性ひとの手をとって、やわらかな陽射しの下、歩きだしたのでした。


-fin-


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罪悪感を抱きつつも野望を叶えたつもりが、実は相手の掌の中でした……というお話。

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