◆君が望む関係(前編)

 「ね、ねぇ、ホントにおかしくない?」


 十五年来の俺の親友が着物──というか近所で人気の茶房「アージュ」の女給さん姿に着替えて、もじもじしながら部屋に入って来た。


 「おかしくないおかしくない。むしろ全然似合ってるって。惚れちゃいそうだ」


 ……つーか、完全にお前にイカレちまってるんだけどな、実は。


 「ば、バカぁ……清くん、からかわないでよ」


 プイッと視線を逸らしながらも、その表情が満更でもなく緩んでいるのを俺の目は見逃さなかった。


 ──よし。本人もその気になってるし、いよいよ計画を実行に移すぞ!


 「からかってないって。お前が本物の女の子なら、この場で即プロポーズしたいくらいだぜ、俊亜季──いや、今は亜季ちゃんだったな」


 フッ……まぁ、もうすぐその「本物」になるワケだけだが。


 「も、もぅっ! 清くんてば口が巧いんだから。ボクが本気にしちゃったら、どうするの?」


 恥ずかしそうに頬を染めながらも、上目遣いで俺を見上げてくるなんて──クッ、亜季、おそろしい娘(萌え的な意味で)。


 「ははは、どーぞどーぞ。本気にしちゃってくれ。さて、じゃあ、そろそろ緊張も解れたみたいだし、表で撮影にとりかかろうか、許嫁フィアンセ殿?」


 ちょっと気取って右手を差し出すと、「亜季」はおずおずと俺に手を預けてくれた。


 うわぁ~、コイツっては手も白くてちっちゃくてやーらかいのな。マジで生まれてくる性別を間違ったとしか思えん。

 従って、これから俺が行う作業も、運命のミスを訂正するにすぎないのだ。ドゥーユーアンダスタン?


 俺は、カバンから取り出した年代物のカメラを三脚にセットして覗き込み、ファインダーに袴&前掛け姿の「亜季」を捉えた。


 「じゃあ、いくぞ~。亜季ちゃん、スマイルスマイル!」

 「う、うん……こ、こうかな?」

 「お、いいねぇいいねぇ、ハイッ!」


──パシャッ!


 俺は運命のシャッターを切った。


 実はこのカメラ、実は死んだ爺さんの若い頃の発明品で、「撮った相手をその服装にふさわしい存在に変える」という驚きの機能がついてるんだ。

 もっとも、撮影には専用の感光紙が必要で、その感光紙はほとんど残ってないんだけどな。

 退路を断つ意味も込めて、俺は手持ちの感光紙がなくなるまで、様々なポーズで亜季の写真を撮り続けた。


 なんでも、元は成り上がりの金持ちからの依頼で、「現在の地位にふさわしい威厳を身に着ける」ために作ったらしいんだが、遊びのつもりで執事見習(♂)のひとりにメイド服を着せて撮ったところ、心身ともに完全に女性になっちまったらしい。

 執事服姿で撮影して元に戻すまで、撮影者の爺さん以外、本人も含めた周囲の全員が、ソイツのことを「前島家で働くメイド」だと思い込んでいたそうな。


 「こっそり深夜呼びつけて、やや強引に抱いてみたところ、我が腕の中で快楽に悶えるその姿は、どこもかしこも完全に成熟した女性そのものだった」と、爺さんの手記にはある。


 ただ、元に戻しても本人には変化中の記憶がうっすら残っているらしく、男に戻っても熱い視線を向けられるのに閉口し、再度メイドに変えてしまったらしい。


 そして、爺さんとそのメイドの「関係」も復活したのはいいが、半年後にメイドが妊娠しちまったので、当時まだ未婚だった爺さんといわゆる「できちゃった婚」することになった。


 普通ならメイドと若当主の恋なんて反対されそうなモンだが、その元執事なメイドはひぃばぁさん、つまり爺さんの母親のお気に入りだったため、何とか話がまとまったのだとか。


 ──つまり、俺の祖母は、元男ってワケだ。数年前に亡くなったけど、とても優しく品のいい人で、俺達孫にも優しくしてくれた婆ちゃんが、そういう境遇だったと昨年爺さんの遺品を整理して知った時は、そりゃ、さすがにべっくらこいたさ。


 けど。

 同時にコレはチャンスだとも思ったんだ。


 俺・前島清彦が、「今度の写真コンクール用のモチーフに、コスプレしたお前さんを撮らしてくれ」と土下座して頼み込んでまで、親友を罠にハメたのは、情けない話だが正直限界だったからだ。


 率直に言おう。

 我が幼馴染にして弟分的親友たる伊隅俊亜季は、容姿も性格も、そこらのアイドルなんかメじゃない程可愛いのだ!

 実際、俊亜季の3人のお姉さん達は、小さい頃はほとんと毎日のようにコイツに自分達のお古の女の子の服を着せて遊んでいた。


 そんな女の子姿時の俊亜季と出会って友達となった俺は、当時はてっきりコイツを女の子だとばかり思ってたのだ。

 無論、バリバリの初恋である。


 俊亜季の方も、1歳年上の俺のことを慕って「きよにぃ」と慕ってくれた。

 当時「アキちゃん」と呼んでいたコイツと「大きくなったら、けっこんしよう!」という「せいやくしょ」まで交わしているのだから、今から考えるとマセたガキである。


 しかし、小学校にあがると同時に、俊亜季は普通の男の子の服装をするようなり、我が幼き日の淡い想いは露と消えた……となればよかったんだが、ところがドッコイ!

 小・中・高と同じ学校に進んで見守ってきたんだが……俊亜季のヤツ、全然男らしくなんねーんでやんの。


 白磁のような滑らかな白い肌。

 背中まで伸ばした艶やかな漆黒の黒髪。

 折れそうに華奢な肢体。

 黒目がちで優しげな瞳。

 小作りで愛らしい鼻と、鮮やかな桜色の唇。


 ──こんな形容を聞いて、どこのどいつが、その対象が男だなんて思うものか!

 しかも、決して大げさでなかったりするんだな、コレが。


 家が日本舞踊の家元で、コイツ自身も日舞を仕込まれているせいか、仕草とかも綺麗でどこか女性的なことも、その印象を助長しているのかもしれないけどな。

 性格も、控えめで素直、さらに俺のことを誰よりも理解し、弟分として慕ってくれている……ときたら、正直何かの陰謀じゃないかと思えてくるよな。


 いや、それでも、俺も頑張ったんだ。「コイツは男だ、大事な親友なんだ」と自分にきかせて、距離を置いたり、別の女とつきあったりしようとしてみたさ!


 けど、他人行儀な態度をとるとコイツ涙目になって縋ってくるし、せっかくできた恋人も「前島くんにとって、あたし、一番じゃないよね?」とフラれるハメになった。


 断っておくと、俺の性的嗜好自体はあくまでヘテロなんだ。オッパイとか、大好きだから!

 ただし、その性欲の部分さえクリアーできれば、コイツ──俊亜季が最高の恋愛対象であることも間違いないんだな、コレが。


 俺が「コイツが女なら、八方丸く収まるのに……」と悶々としたからと言って、誰が責められようか、いや責められまい(反語)。


 そんなコトをツラツラ考えながら、暗室で撮った写真を現像する俺。

 お~、モデルがいい上に、撮影者(って俺だが)の熱意もハンパなく高かったせいか、すごくいいデキに仕上がってるなー。


 「おーい、写真デキたぞ!」


 暗室を出て、客間で待ってるはずのアイツのところへ持っていくと……。


 「あ! 清にぃさま、もぅできたんですか?」


 予想通り、ウチの学校の女子制服──半袖の白いブラウスに緑のリボン、同じく緑のプリーツスカートを着た俊亜季、いや亜季が立っていた。長かった髪がさらに伸びて、大きめのリボンでポニーテイルにしているが、とても似合っている。


 「ホイよ、なかなかいい写真が撮れたぞ。これならコンクールもバッチリだ!」

 「見せていただきますね……うわぁ、モデルがわたくしとは思えないくらい綺麗に撮れてますね。さすがは清にぃさま」

 「いやいや、俺なんぞの腕前では、モデルさんの美の半分も表現できてませんて」

 「も、もぅっ! 清にぃさまはすぐ、そんな風に茶化されるんですから……」


 頬を染めて俯く亜季。どうやら男性だった時以上に恥ずかしがり屋みたいだ。


 「それにしても、突然「バイト先の制服持って、ウチに来てくれ」と電話で昨日言われた時は、何事かと思いましたわ」


 あ~、なるへそ。元々あの着物は俺がツテを頼って用意したものだけど、この亜季は女の子だから、あの店でアルバイトしていることになってるのか。確かに、その方があの姿になってることの整合性は取れるよな。


 「ヘヘッ、わりぃな。インスピレーションがピン! と来たんだ。「あの格好の亜季をモデル撮れば、今度のコンテストはいただきだ!」ってね」

 「フフッ、まぁ、いつものコトですから、よろしいのですけれど──わたくしも、清にぃさまのお役に立ててうれしいですし」


 ポートレート撮影が趣味な俺が、亜季みたいな逸材をモデルにしないワケがないし、事実、亜季の口ぶりだと、どうやら俺は半日常的にコイツにモデルを頼んでいるみたいだ。


 そして──勘違いじゃなければ、多分この亜季は俺に惚れてる。元々男時代でさえ、ホモ達関係をクラスの腐女子連中に疑わるほど、俺達は仲がよかったからな。それが年頃の男女となれば推して知るべしというヤツだ。


 ただ、微妙な距離感からすると、まだ正式に「お付き合い」はしてないってトコロか──よし!


 「なぁ、亜季。唐突に思うかもしれないが、俺、前々からオマエに言いたいことがあったんだ」


 俺の撮った写真を微笑みながら見ている亜季に、背後から歩み寄ると、ソッと後から腕を伸ばして抱きしめる!


 「あ、あの……清にぃ、さま?」

 「好きだ、亜季。オマエが嫌でなかったら、俺とつきあってくれ!」


 しばしの沈黙が訪れる。

 大丈夫だとは思うが、万が一断られないかと冷や冷やする俺。ただ、亜季が俺の腕から抜け出そうとしなかったことに望みを賭ける!


 「……ズルいですわ。こんな不意打ちだなんて。大好きな清にぃさまに抱きしめられて、わたくしが拒否の言葉を口にできるはずがないじゃありませんか」


 微かに目を伏せた亜季の言葉は、ほんの少しだけうらめしそうに、そう呟く。


 「!」

 「お慕いしております、清にぃさま。幼き日に、知り合った頃からずっとずっと……」

 「じゃ、じゃあ……?」

 「はい、喜んで。わたくしを……清にぃさまの恋人にしてください!」


 俺は、背中向きの亜季をクルリとこちらに向かせると、両肩に手を置いてゆっくり抱き寄せる。

 亜季も予想していたのだろう。ソッと目を閉じ、心持ち顔を上に向けてくれた。

 そして俺達は……初めてのキスを交わしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る