◆異世界転生は大体思い通りにならない

~デメリットなしにチート異世界転生できるなんて甘い話があるそうそうあるワケなかろう(by愉悦神)~


 いらっしゃ~い。

 あれ、なんだか緊張してるね。お客さん、こういうお店は初めて?

 ふふっ、そーなんだー。お客さん運がいいよー。

 初めての時に、こんな可愛くて優しいボクみたいな子に筆下ろししてもらえるんだから。


 え? 「違うんだ」?

 えーっと、特別オプションとかコスプレ…もとい、違う衣装に着替えてのお相手は別料金だよ。


 はぁ? 「キミを迎えに来た」?

 や、やだなぁ、お客さんからかわないでよ。

 ウチの店に来るくらいだから、お客さん、たぶん歳の割に稼いでるんだろうと思うけど、それでもボクみたいなて若くて可愛い上玉を身請けするのは結構な額がかかるんだからね。


 うん、初めての娼妓がボクみたいなエルフの美少女だったから、ひとめ惚れしたくなる気持ちはわかるけどさ。

 もっと冷静になってね。キミ、けっこうカッコいいから、きっと地元でもモテたでしょ。

 「故郷くにに帰るんだな、お前にも家族(とか幼馴染)がいるだろう」ってね。

 あ、あれ? いきなり泣き出さないでよ。ボク、何か悲しませるコト言った?


 ──へ? 「その台詞、やっぱり由紀(ヨシノリ)なんだな」だってぇ!?

 ど、どうしてその名前を……此方このせかいに来てからは、僕はずっと“ユキ”って名乗ってるはずなのに……。


 ! もしかして……岸津、くん、なの?

 う……うわぁ~~~ん! 遅いよぉ! 2年間も何してたんだよー!

 寂しかった、恐かった、逢いたかったよぉ!!


 ぐすっ……修学旅行のバスの崩落事故で、僕ら全員死んで──でも、自称神様が、別の世界に転生させてくれるって言って……。

 てっきり、みんな一緒の場所に生まれ変わらせてくれると思ってたのに、僕、たったひとりで街から離れた街道沿いの森に放り出されて……。


 たまたま助けてくれた商人が人買いで、僕、そのままこの娼館に連れて来られて、他に生きる道もないから娼妓になったんだよ?


  * * *  

 

 「諸々ありがとうございました。それじゃあ、コイツは連れていきます」

 「えっと……今まで色々お世話になりました。ありがとうございます、女将おかあさん」


 最高級とまでは言えないまでも、それなりの“格”のある妓楼(国営高級娼館)の前で、ふたりの少年少女が並んで、妓楼の女主人に頭を下げていた。


 「ふふっ、まぁ、良かったじゃないか。故郷の幼馴染がA級冒険者になって身請けしに来てくれるなんて、物語みたいなコト、滅多にない話だよ」


 三十代半ばから四十歳前後くらいに見える妓楼の女将おかみは、婀娜っぽく煙管をふかしながらも、自分の妓楼ところ娼妓だった“雪姫(ユキの芸名)”の旅立ちを祝ってくれているようだ。


 「実際、その若さで1000万ゴルドゥをポンと出してくれるなんて、なかなか甲斐性がある旦那じゃないか。気心の知れた仲みたいだし、キチンと尽くすんだよ──寝屋ベッドの外でも内でも」


 ユキの耳元で囁く言葉に悪気はないのだろうが、“彼女”の頬が赤くなる。


 (つ、尽くすって……ボクとカレはそんな仲じゃあ──結局、昨晩も“抱いて”くれなかったし)


 そう考えて、少し落ち込むユキ(由紀)。どうやら、この2年あまりで、すっかり娼妓おんなとしての感性きもちに順応しているようだ。


 (でも……うん、やっぱりハッキリ言わないとダメだよね)


 何かを決意したらしく、歩きながら「ムンッ」と気合を入れているユキの顔を、不思議そうに見つめる剣士ガンツこと元・岸津。


 「何だろ、初めての冒険に気が逸ってるのかな?」などと考えているあたり、転生して図体なりはゴツく逞しくなっても、朴念仁童貞な本質は変わっていないらしい。


 ──さて、そんなこんなでユキがガンツに身請けされてから1週間が過ぎた。

 晴れて冒険者ギルドで登録して冒険者となり、前衛のガンツに守られながらも後衛の魔術師として懸命に魔術を使って援護し、様々な敵と戦ってレベルも上がっている。


 そもそも由紀が転生時に希望してなったエルフというのは、魔力と知力が高い魔術師向きの種族だ。

 ただし、この異世界ティスファで普通に「人」として見られる種族の中では、フェアリーに次いで耐久力・筋力が低い、いわゆるモヤシな体質で、その中でも魔術師ともなれば群を抜いて貧弱虚弱だ。

 壁となってくれる信頼できる前衛がいなければ、最下級のゴブリン相手でも敗北しかねないし、それこそが転生して早々にユキが冒険者を諦めて娼妓になった理由でもあった(そういう尖った種族にしたのは、てっきりクラス全員が同じ場所に転生すると思っていたからだ)。


 さて、実を言えば、その日の朝からユキの様子がどうにも不自然なことに、シンも気づいてはいた。

 元の世界では(おもに由紀をはじめととするクラスメイトたちのあいだで)「鈍感王」「ミスター・ニブチン」などの称号(?)をほしいままにしていた岸津(ガンツ)が気付くくらいなのだ。

 相当にユキが挙動不審だったろうことがうかがえるが……。


 「ん~、どうしたぁ、ユキ? 調子悪そうだけど、もしかしてか?」


 ──「デリカシー? なにそれ美味しいの?」と言わんばかりに、それに対する対応には、まったくもって配慮というものが欠けていた。


 「違うよッ! ガンツくんのバカぁ!!」


 当然ながら、その言葉を聞いたユキの方はご機嫌斜めになるわけである。

 前述のふたつに加えて「逆乙女心マスター」の称号を進呈したいなどと考えるユキ。


 (それはまぁ、ボクは元の世界では男の友達だったんだから、そーいう目で見れないってのは、わからないでもないけどッ!)


 それでも、今の自分のことを“恋愛対象の女こいびとこうほ”として見て欲しいと本能的に願ってしまう。

 2年前にエルフの少女に転生し、さらにそれからほとんどの期間を娼妓として過ごした元・由紀ユキの心は、もはや完全に女性化メスおちしているようだ。


 一念発起したユキは、剣士ガンツの相棒となるべく戦闘魔術師コンバットメイジとしての技量を磨きつつ、冒険の合間あいまに2年間で培った「女として男を魅了するテクニック」をフル活用していく……のだが、朴念仁のガンツとの結婚に至るまでには、さらに3年の歳月を要することになるのだった。


-end-

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 ちなみに、由紀くんと岸津くんは、元の世界では親友でも幼馴染でもない「席が隣で普通よりはちょっと仲の良いクラスメイト」くらいの関係。

 それ(そんな深い関係でもなかったのに大枚払って助けてくれた)もあって、ユキちゃんの好感度メーターは爆上がりしてたりします。

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