◆人間違いから始まるNewLife

 ラノベとかマンガとかのありがちなネタに、「死神とか天使とかの人間違いで、その日が寿命の人と同姓同名(もしくは一字違い)の主人公が、うっかり死亡させられる」ってのがあるよね?

 間違いで殺された側は、その場合、だいたい異世界転生なり、現世で別の人の体をもらうなりして生き返るのが定番なんだけど……。


 「まさか自分がそんなメに遭うとは思ってもみなかったな~」


 溜息をつきながらそう呟く声は、“以前”とは似ても似つかない綺麗なソプラノボイス。ちょっと釘宮某とか田村某とか(のロリ声)に似てる感じ。

 無論、声だけが変わったわけじゃなくて、身体の方も、そのふたりがボイスあてても違和感のない可愛らしい外見に変化している。


 そう、僕こと17歳の男子高校生だった「水無瀬真(みなせ・まこと)」は、この度、見事に(?)「手違いで死に、その謝罪として、別の女の子に転生(憑依?)する」ことになったんだ。


 ちなみに、今、僕(の魂)が入ってるのは、「皆瀬麻琴」というこの春14歳になったばかりの女子中学生だったりする。

 そりゃ読み方はいっしょだけど、漢字は全然違うじゃん! 年齢も性別も違うし──と思ったものの、その“手違い”が判明した時には、すでに僕の遺体は、火葬場に運ばれたあと。


 さすがに、ここから奇跡の復活は難しい──というか無理! と“担当者”の上司に土下座され、仕方なく、この「本来、事故で死ぬはずだった娘」として残りの人生を生きていくことを受け入れた。


 「それで、「皆瀬麻琴」として生きるのは仕方ないとして、このままだと絶対、家族とか友達とかに怪しまれるよね?」


 元の真(ぼく)の部屋と比べてふた周り以上広い麻琴の部屋(皆瀬家はどうやらかなりの資産家らしい)で、僕は、一見何もない虚空に向かって話しかける。


 ──いや、別に気がふれたわけじゃなくて、一般人には見えないけど、そこには人……じゃないけど会話が成立する“存在モノ”が、宙にぷかぷか浮いてるんだ。


 『ん? あぁ、麻琴としての記憶とかを気にしてるんだったら、そのヘンはダイジョーブ!』


 バ〇ビーかリカち●ん人形くらいの大きさで、背中に4枚の羽が生えた“ソイツ”は、くるんと器用に宙返りしながら、明るく(というより能天気に)笑って、僕の懸念を否定した。


 『試しにさぁ、昨日の夜、麻琴が晩ごはんに何を食べたか思い出してみなヨ!』


 は? そんなの、ママが作ったチキンカレーに決まってるじゃ……いや、待て。なんで、僕がソレを知ってる!?


 『それじゃあ、麻琴ちゃん自身のこと、もっと教えて♪』


 ニマニマ笑う“ソイツ”の言葉に、反射的にアタシ自身のプロフィールを「思い出して」しまう。


 「名前は皆瀬麻琴。私立星河丘学園の中等部の2年生で14歳になったばかり。誕生日は4月9日で、血液型はAB型。

 身長は152センチでクラスのみんなよりちょっと低めかな? その代り、胸は82のCカップで、結構あるんだから♪

 ……って、なんでそんなコト知ってるんだよ!」


 アタシが“ソイツ”──一見妖精っぽいけど実は下級の天使見習いであるティエスエルに教えてもらったのは、名前と年齢だけのはずなのに。


 『ふっふっふ、説明しよう! 

 人間の記憶は、医学的に言えば脳にあるヨネ? 対して、オカルト的には記憶は“魂”そのものに記録されてはいるんだヨ!

 そして、真くんの魂と麻琴ちゃんの体が一体化した今のマコトくんちゃんは……』


 その両方の記憶を実質的に持っているってことか!


 確かに、そう考えれば、さっきまでの違和感──いや、「違和感をほとんど感じないことに対する違和感」にも納得がいく。


 マンガとかラノベとかでも、この種の「男女入れ替わり」ないし憑依ネタは、割とあるあるだけど、そういう話だと、だいたい「女の体になった男(もしくはその逆)」は、少なくとも最初は色々違和感を感じているモノだ。


 アレだ、「(チ●コが)な、ない!」「(オッパイが)あ、ある!」って定番の台詞とか、「ブラジャーが巧く着けられない」「歩き方がガニ股」「女声が自分の口から出るのがキモい」なんてのも、あるあるネタだよね?


 ところが、アタシが生き返った時は、自室のベッドで寝ていて、起きてからも、ごく自然に、フリル付きブラウスにハイウェストのフレアスカート&黒ストという、今の服装に着替えられた。

 もちろん、ブラだってショーツとお揃いの色柄のをタンスから出して、ちゃんと着けてるし、髪の毛だってキチンとブラッシングしたうえで、両サイドに「いつも通り」にリボンを結んでいる。


 ……というか、無意識にドレッサーの前に座ってリボン結んでいる時に、“自分”の顔を見て、初めて「あれ?」と気付いたんだよねー。


 『状況説明乙! で、そろそろ1階に行かないと、麻琴ちゃんのママさんが心配して見に来ると思うヨ!』


 おっと、そいつはマズいな。

 スーハーと深呼吸して覚悟を決めたぼくは、麻琴アタシの「いつもの朝」の様子を思い出しつつ、部屋を出て、階下に向かった。


  * * *  


 勝手知ったる他人(?)の家とでも言うのか、階段を降りると自然に足がダイニングらしき方向へと向かい、実際、ドアを開けるとふたりの男女がテーブルについて、アタシを持っていた。


 「おはようございます、パパ、ママ」

 ひとりでに口をついて、そんな言葉が飛び出す。


 「ああ、おはよう、麻琴」

 鷹揚に頷くロマンスグレーのちょっと渋い感じのおじ様が、麻琴(アタシ)のパパだ。


 「おはよう。今朝はちょっと遅かったけど、体調でも悪いの?」

 で、食卓にお皿を並べながら、ちょっと心配げにこちらを見つめてくる30歳過ぎくらいに見える女性がママ。

 実際には今年で38歳、アラフォーと言ってよい年頃のはずだから、歳よりかなり若々しい方だと思う。


 小学生の頃から授業参観に来てくれた時とか、ママは子供からも大人からも(若くて美人だって)注目の的で、鼻高々だったなぁ──って、今のも麻琴(アタシ)の記憶か。

 記憶を辿る限りでは、パパママもひとり娘に大甘で、それでいて親として叱るべきところはきっちり叱る、理想的な両親みたいだ。


 ぼくの親は、モンペとまではいかないけど、あまり子供の教育や世話に熱心じゃなかった方(婉曲表現)だから、素直に羨ましいし……。


 「うん? 麻琴、そんなにニコニコして、何かいいことがあったのかい?」


 今の自分アタシの親なんだと思うと、正直うれしいかも。


 「えへへ、なーいしょっ♪」


 パパの問いに悪戯っぽくそう答えながら、アタシは、「いつも通りママレードをたっぷり塗った」トーストに、カプッとかぶりつく。

 その食べ方も、真の頃とは違って、無意識に女の子らしく上品な食べ方になってていることに、その時の僕は気付かなかった。

 ──さらに言えば、自分の心の中における「両親」のイメージが、“あの”エロハゲデブとパチンカス予備軍じゃなくて、目の前の“この”優しいふたりに上書きされていることにも。


  * * *  


 朝ごはんのあと自分の部屋に戻って、「日曜日で学校もないから、今日は家でのんびりしようかな」と考えていたところで、スマホにラインで連絡が入ってることに気付く。

 連絡をくれたのは「AYU☆MIN」──長森亜由美という、麻琴アタシの小学校時代からの親友だ。


『マコ、今ひま?』

 『ひま~』

『だったら、駅前のウェルチ行かない? さっきナギーとLINEしてたら、あっちも暇だし、昼からウェルチ行こうよって話になったんだけど』

 『うん、行くイク~ 時間は?』

『12時でいいかな』

 『りょ☆』


 ちなみに、ウェルチとは、最寄りのJRの駅前に一昨年建てられた総合レジャービルの名前で、アタシは地元の友達と遊ぶとき、よく利用している──という記憶があった。


  『おでかけするのネ?』


 妖精天使ティエスエルが、羽をパタパタさせて飛びながら聞いてきた。


 「うん、亜由美ちゃんと……ナギーって誰だっけ?」

 口にした瞬間、頭の中にその答えが浮かんでくる。


 霧島観凪(きりしま・みなぎ)。中学入学時にクラスメイトになり、席が隣りだったこともあて親しくなった友達。

 最近は、“あーみん”──亜由美と自分との3人で行動することも多い。明るく元気な亜由美に対して、観凪は比較的物静かで大人しいが、自分が間に入ることで巧く回っている……と思う。


 そんな知識が頭の中に浮かんできた。


 「うん、これならふたりと一緒に遊びに行っても問題ないかな。ティエスはどうする?」


 『わっちも行くヨ! マコちゃんの周囲の事情を知っておくのも護衛天使ガーディエンジェルの務めだし……部屋にいても暇だしネ!』


 ティエスエルは、一応、今のアタシに対する見張りというかお助けキャラというか、「何か不測の事態が起こった時のサポート要員」って名目になってる。

 例の“人間違い”に対する懲罰の一環で、地上で3年間、真面目にこの役割をこなしたら、天界に戻れるらしい。


 (もっとも、このコ、めっちゃポジティブかつ能天気だから、あんまり罰になってない気もするんだけど)


 ふよふよ浮かんでついてくる妖精天使を横目に眺めながら、アタシは駅前のウェルチへと急ぐ。

 「もちろん」、駅前までは「子供の頃から何度も通い慣れた道のりだから」、ほとんど無意識で、たどりつくことができた。


 「やっほー、マコ」

 「いつものように」ロータリー脇の三本足の金色烏像の前に行くと、亜由美ちゃんが先に来て待っていた。


 「ごめ~ん、待ったぁ?」

 「ううん、今来たところ」

 言葉を交わして互いに苦笑する。


 「むぅ~、どうせだったら、こういう台詞は恋人との待ち合わせで使いたいかも」

 「同感。わたしら、割といいセンいってると思うのにね」

 まぁ、中二で彼氏持ちってのも、そんなに多いワケじゃないとは思うけど。


 「あ、ふたりとも、もう来てたんですね」

 ちょうどその時、残るひとり──観凪ちゃんも到着して、こちらに気付いたみたいだ。


 「?? どうかしたんですか? なんだか微妙な雰囲気ですけど」

 「あー、なんでもないナイ。カレカノっぽいやりとりしちゃったんで、笑ってただけ」

 亜由美ちゃんがパタパタと手を振って、観凪ちゃんの懸念を否定する。


 「そ~そ~。じゃ、3人揃ったことだしお昼……は、今だと混んでるから、1時間ほどウェルチの中をブラつきましょ」

 アタシの提案にふたりとも頷き、しばらく1・2階のユース向けアパレルとアクセの店を冷やかすことになった。


  * * *  


 「はぁ~、楽しかったぁ」

 午後5時過ぎ、友達ふたりと別れて自分の部屋に戻った僕は、ゴロンとベッドに寝転がりながら、今日半日の様子を思い出して自然と笑顔になる。


 「──って、待った! なんで、アタシ、こんなに麻琴の日常に馴染んでんの!?」

 ガバッとベッドの上に起き上がって、思わずそう叫んだ。


 『あ、真としての意識が戻ったんだ。完全に“呑まれ”ちゃったかと思ったから、ちょっと意外かもネ』

 勉強机の上に座って、クッキーの欠片を齧っていたティエスエルが言った台詞に、イヤな予感を感じる。


 「聞きたくないというか聞くと後悔しそうな気がするけど──その、“呑まれる”ってのは何のこと?」

 『うーん、わかりやすく簡単に言えば、真の意識が麻琴としての記憶に“呑まれ”て、ほぼ完全に皆瀬麻琴に“為る”ってことカナ』


 妖精天使いわく、魂が持つ真としての記憶は、PCで言うならRAM上で保持しているデータみたいなもので、電源を落せば消えてしまうし、そうでなくても色々な条件で書き換えられやすいものらしい。

 特に睡眠をとるとその傾向が顕著で、一晩寝たら完全にデリート……とは言わないまでも、確実に何割かは歯抜けになるんだとか。


 対して、麻琴の体(正確には脳)にある記憶の方は、ハードディスクに書き込まれたデータのようなもので、よほどのことがない限りそう簡単には消えない。


 で、前者が消え後者を基に行動するようになれば、当然、真(ぼく)はどんどん元の麻琴アタシに近づく──ってことらしい。


 「そんな! なんとかならないの?」

 『なんとかって言うのは、水無瀬真としての記憶を残すってこと? なんで?』

 そう聞かれると、確かに言葉に詰まる。

 状況的に他に選択肢は事実上なかったとは言え、この肉体で皆瀬麻琴としての人生を引き継ぐと決断したのは僕自身だ。


 でも──だからって、水無瀬真としての過去をすべて忘れてしまいたいと思ったワケじゃない!


 『うーん、忘れちゃった方が、麻琴ちゃんとして生きていくのは楽だと思うけど……一応、アナログだけど方法はなくもない、カナ』


 ティエスエルが教えてくれたのは、今夜寝るまでに、真としての過去(きおく)を、思い出せるだけ思い出して、それをノートに書き出すという方法だった。

 こうすることで、麻琴としての脳にも「そういう事実があった」と脳に覚えさせ、また書き出したノートを読み返すことで、記憶が薄れてもそれを補完できるようになる……らしい。


 その晩、午前2時を回る頃まで、アタシは襲い来る睡魔と戦いながら、水無瀬真としての記憶を必死に書き続けたのだった。


  * * *  


 「おはようございます、まこちゃん………あっ!」

 「おっはよー、マコ……って、あんた大丈夫?」

 「マコちゃん、目の下にクマができてますよ?」


 翌朝、眠い目をこすりつつ学校にたどりついたアタシを教室で出迎えたふたり──観凪ちゃんと亜由美ちゃんが心配そうな声をかけてきた。


 「ふわぁ~……おはよ~、ナギー、あーみん。大丈夫だいじょうぶ。ちょっと、気になることがあって夜更かししただけだから」


 あの話を聞いて以降、お夕飯とお風呂の時間以外のほとんどを費やして、「水無瀬真ぼくとしての記憶」をノートに書くことに専念したアタシは、新品のノート丸々1冊にわたる情報を書き出すことができた。


 そのおかげか、一晩(といっても4時間ほどだから、いつもよりだいぶ短いんだけど)寝て起きた今も、少なくとも麻琴アタシに完全に“成りきって”はいない……とは思う。


 ただ──それでも、やっぱり昨日より“皆瀬麻琴であること”の違和感は、確実に減っているみたい。

 昨日は、なんだんかんだで「違和感がないこととが逆に違和感」だなんて、スカシたこと考えてたけど、今日はもう、ソレすら感じないくらい今の生活が「ごく自然」、「当たり前」になってる。


 もしかしたら、アタシが心身共に完全に皆瀬麻琴に順応しきって、“僕”であったことを全く思い出さなくなる日も、それほど遠くないのかもしれない。


 寂しさ半分、安堵半分で、そんなことを考えながら、アタシは眠気覚ましの強炭酸コーラ(麻琴はブラックコーヒー飲めないんだもん!)を口にするのでした。


-つづく?-


────────────────

 「死神の手違いでTS転生(憑依)」という、『うまい話には……』とネタがカブりまくってる話。

 ただ、「そういうケースは立場に馴染むのが早い」という設定にしために、“TS物としての美味しさ”が激減してしまったので続きを書くのを断念しました。

 やっぱりTS物は「元の性別にしがみつく/こだわる」ことでドラマが生まれますからねー。

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