◇電脳歌姫伝説(レジェンド・オブ・サイバーアイドル)後編

【M's Diary.3 2012/11/3】


 放送が終わったあと、今日のお仕事はもうおしまいだったので、マネージャーさんに3人で暮らしているマンションにクルマで送ってもらいました。


 「今日“会った”スマイル☆シャッフルRの人たちも、みんないいヒトばかりでしたね~」

 「そうね。私たちスマイル☆シャッフルの“妹分”なんだから、それなりのレベルに達して欲しいところだけど……まぁ、現段階では一応合格かしら」


 ユリナちゃんとアイリちゃんは、お茶しながらのんきにおしゃべりしてます。


 「あれれ、どしたんですか、マユさん?」

 「──もしかして、SSRのコ達のことで悩んでるの、マユ?」


 そんな深刻な顔してたつもりはないのですけど、どうやら見抜かれちゃったみたいですね。


 「ええ。あのSSRのアバターにも“中の人”がいるんですよね。そして、来週のファーストコンサートで……」


 竜胆先輩の話では、再現性は100%とはいかないそうですが、かなりの高確率で「アバターとダイブ中の人間を一体化して現実に出力する」ための理論は、おおよそ構築できたらしいです。


 「やっぱり、この“計画”のことを教えて、警告してあげた方がいいんじゃないでしょうか?」


 偶発的な事故だったわたし──いえ、“俺”たちの場合はともかく、最初からソレを目当てに動くというのは、さすがにひどい気がします。


 「え~、でもでも、ユリナは、今の方が幸せだよ?」

 「まぁ、私も、今の立場はそれなりに気に入ってるわ。アンタはどうなのよ、マユ?」


 アイリちゃんに問われて、わたしは、今まで目を背けていた真実に向き合います。


 「そう、ですね。色々戸惑うこともありましたけど、楽しかった。いえ、楽しいです」

 「今の人気アイドルとしての人生を捨ててまで、元の冴えない二流男子大学生に戻りたい? ちなみに、私はイヤよ」

 「ユリナも~」


 元ミュージシャン志望だったが芽が出ず、やむなく色々なバイトで食いつないでいたというアイリの中の人。

 いじめが原因で高校を中退しニート予備軍だったというユリナの中の人。


 そのふたりに比べれば、普通の大学生だった“俺”は、まだ恵まれていた方だとは思う。

 とは言え、それでも三回生の3月にもなって就職先のメドがたたず、かといって特にやりたい仕事や夢が見つからなかったのも事実で……。


 「──確かに今さらでしたね」


 敢えて気付かないフリをしていた“答え”を、わたしは認めることにしました。


 「でも、それはそれとして、だからって他の人もそうだとは……」


 直接会ったことはありませんが、SSRの中の人も男性だと聞いています。


 「それがそうでもないのよね~」


 アイリちゃんたちから聞いた話によると、今回の人選は、最初から「新人女性アイドル、スマイル☆シャッフルRになること」を念頭に置いて、色々審査されたそうです。


 「カエデの中の人はね、アレよ、純粋過ぎるアイドルヲタク。ほら、たまにいるでしょ、男なのに女性アイドルのコスプレしちゃうような、同一化願望の強いヤツ」

 「ルリカちゃんの中の人は~、えーっと、男の娘? 元から女の子っぽくて、自分でも女の子になりたい、って思ってる人みたいです~」

 「で、そのふたりに比べると、ティーナの中味は、ちょっと深刻(シリアス)というか……「凡庸な自分自身が嫌いなタイプ」、かしら。かなり重度の厨二病も併発しているみたい」


 な、なるほど。確かに、そんな3人なら、アバターの姿がそのまま自分の肉体となって、新人アイドルすることにも抵抗は少ないかもしれませんね。


 「……ふぅ、わかりました。この件について、わたしも何も言わないことにします」


 それでも、「共犯者」として僅かな罪悪感は残るでしょうけど……。


 「まぁまぁ、マユさん、そんな深刻に考えないで。ほら、「アンコウよりフグが安し」って言うじゃないですか」

 「案ずるより産むが易し、よ! て言うか、むしろどんな空耳アワーよ!?」


 いつも通りのユリナちゃんたちの掛け合いを「あらあら、うふふ」と見守りながら、わたしも、このことで悩むのはやめにすることにしました。



[???]


■報告書No.71

 プロジェクト・Pは、第2Phaseも順調に進行している。6日後のSSR_1stコンサートの終了と同時に、予定通り第2Phaseの最終ステップも発動するものとする。



【M's Diary.4 2012/12/24】


 舞台の上で、長めにアレンジされた曲のイントロが流れています。


 「い、いよいよですね、マユさん」


 緊張に耐えかねたのか、ルリカちゃんの声が少し震えてます。


 「はわわ~、人という字を掌に書いて……」


 それに釣られたのか、ユリナちゃんもちょっとテンパってるみたい。


 「アンタたち、だらしないわね! じきに始まるのよ!!」

 「──そういう、アイリの肢体も、少なからぬ緊張で僅かに強張っているのだった」

 「違うわ! これは……む、武者震いよ!」


 アイリちゃんとティーナちゃんは、比較的いつものテンションに近いようです。


 えーと、ここは、みんなのお姉さんとして……。


「みんな、聞いてください! 確かに、こんな大規模なコンサートは初めてですけど、ファンの方々は、いつも通りの"スマフル"を待ってると思うんです」


 ちょっと恥ずかしいけど、少しだけ演説っぽいコトをしてみます。


 「せっかくのクリスマスイブなんだから、来てくれた皆さんに最高の時間をプレゼントしましょう!」

 「……そうね。あたしたちもこんな衣裳を着ているんだし」


 打てば響くような答えを返してくれるアイリちゃん。こういう時、やっぱり彼女は頼りになります。


 「あは、やっぱ、コレ、サンタさんのイメージなんだ~」


 ユリナちゃんも、いつものポヤヤンとした雰囲気を取り戻したみたいです。逆説的ですけど、この子は、こういう緩い雰囲気の時が一番映えるんですよね。


 さて、SSR(スマイル☆シャッフルR)の子達の方は……。


 「大丈夫です。イケます!」


 SSRのまとめ役であるカエデちゃんが、太鼓判を押してくれました。

 確かに、ルリカちゃんもティーナちゃんも落ち着きを取り戻してるみたいです。

 ホッと溜め息をつく──間もなく、進行係からステージインの合図が来ました。


 「それじゃあ、みんな、行きましょう!」


 小さく声をかけて、わたしたちは、踊るようなステップでステージに足を踏み入れます。

 ほんの一瞬、ライトのまぶしさに目が眩みましたけど、観客席の人出とその盛り上がり具合が目に入った途端、自然と笑顔がこぼれます。


 「みなさーーん、今日は、スマフルシスターズのコンサートに来ていただいてありがとうございまーす♪」


  * * *  


 スマフル&SSRの武闘館合同クリスマスコンサートは、大成功のうちたに幕を閉じました。


 「ふぇえ、疲れた~、でも気持ち良かったぁ」

 「然り。これが心地よい疲労か……」


 わたしたちの中では、比較的体力がない方のユリナちゃんとティーナちゃんが、楽屋でグターッとタレてます。わたしも含め他の4人も、そこまでではないものの、かなり身体が疲労しているのはわかりますが、今はそれよりも大仕事を成就させた興奮の方が勝っているみたいです。


 とりあえず、3時間弱のステージで動き回って小腹が空いたので、スタッフさんが差し入れてくれたノンアルコールのシャンパンとケーキを御馳走になっています。


 「これで、年末まで比較的ゆっくりできますね」

 「甘いわよ、カエデ。紅白のリハに、新年の生番組の依頼と、やるべき仕事はまだまだあるんだからね」

 「えっ!? 新年はともかく、紅白に出場するのって、スマフルのお3人だけなんじゃあ……」


 ルリカちゃんの疑問にはわたしが答えます。


 「正式な出場はわたしたちだけですけど、SSRの皆さんも、応援ゲストとして呼ばれてるみたいですよ。ちょっとだけどMCもありますから、噛まないように気を付けてくださいね」

 「うへぇ」


 友達同士のおしゃべりはともかく、ステージ上でのMCにはあまり自信がないらしいルリカちゃんは、眉を寄せてますけど……何事も経験ですよ♪


 ──それにしても……と、わたしは少し落ち着いてきた楽屋を見回します。


 今をときめく人気アイドル、スマイル☆シャッフルと、その妹分のSSRの計6人の女の子が使っているだけあって、部屋自体はシンプルなのに、とても華やかな雰囲気がします。

 わたしも含めて、今は私服への着替えの最中ですし、ティーナちゃんに至っては下着だけというあられもない格好でケーキをパクついてます。

 いくら同性同士とは言え、ここまで大胆なのは……彼女の性格でしょうか。


 (……あは、「同性同士」、かぁ)


 ふと、そんな皮肉な呟きが胸の中でこぼれます。

 そう、確かに今の私たちは14~17歳の女の子です。ですが、わたしたちは8ヵ月、SSRの3人に至っては、ほんの1ヵ月半ほど前までは、男性だったんですよね。

 ──正直、普段はそんな過去なんてすっかり失念してますけど。


 アイドルやって半年以上になるわたしたちはもとより、SSRの(中の人をやってた)3人も、アバター実体(&中の人と融合)化した直後はさすがに混乱してましたけど、「スマイル☆シャッフルRになる」ために集められた人材だけあって、馴染むのも早かったようです。


 いまでは、マンションのわたしたちの部屋の隣室で、SSRの3人もルームシェアして暮らしてます。もちろん、女子中学生/女子高生として学校にも通ってます──というか、カエデちゃんは学校でもわたしの後輩ですし。

 そのせいか、彼女はなんだかわたしを随分と先輩兼お姉さんとして買ってくれてるようです。ちょっとくすぐったいけど……まぁ、悪い気はしませんね。


 あ、ちょっと話が逸れましたね。

 ともあれ、わたしたちは、大人気&人気急上昇中の美少女アイドルとして、お仕事に学校に、プライベートにと、とても充実した暮らしを送っています。


 (しあわせ、なんでしょうか?)


 幸福を定義するなんて難しいことは、わたしには少々荷が重いのですが、とりたてて不満がなく、楽しい毎日を過ごすことを幸福と呼ぶなら、たぶん、わたしたちは幸福なのでしょう。


 「……貴女たち、そろそろ撤収の時間なんだから、ちゃんと着替えなさいよ」


 柄にもなく、そんなことを考え込んでいると、いつの間にか、わたしたちスマフル&SSRのチーフマネージャーの役職に収まった涼香さん──かつての「俺」が竜胆先輩と呼んでいた女性が、呆れたような声で急かしてきました。


 「「「「「「はーーーい♪」」」」」」


 大人っぽくて有能で、ちょっとクールっぽいけど実際は情に篤いこの女性のことを、わたしたちは全員頼りにしているし大好きです。


 それから10分後、地下駐車場の関係者専用スペースからミニバンに乗り込んだわたしたちが、涼香さんの運転で外に出ると、クリスマスにふさわしく天から粉雪が舞い降りているところでした。


 「あ……そーだ。コレ、みんなには言ってなかったよね? メリークリスマス!」


 ユリナちゃんの言葉に触発されて、わたしたちも口々に「メリークリスマス」と言い合います。


 「あら、ちょっと気が早いわよ。せっかく事務所でクリスマスパーティーの用意してあるのに」


 ニヤリとサプライズを暴露する涼香さん。

 もちろん、わたしたちの歓声が一層大きくなったことは言うまでもありません。


 (これからも……こんな楽しい日々が続くといいな)


 わたしは「木山マユ」として、そう願わずにはいられませんでした。


……

…………

………………


[プロジェクトP責任者:竜胆涼香]

■報告書No.99

 プロジェクトP第3Phaseの最終ステップの完遂とともに、第3Phase自体も完了。以上をもって、「プロジェクト・ピグマリオン」が成功したことを宣言する。

 各員は、今回の成果をもって新たなプロジェクト立案の一助としてもらいたい──。


-end?-

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#ダイアリーの日付を見ていただくとわかる通り、10年以上も前、まだVtuberなんて言葉も巷に流布していなかった頃に書いたお話。今なら、マユたちは「Vのガワの中の人」になったかもしれませんね。

#実は、

 『このあと報告書に記載されない真のラストフェーズが稼働し、スマフル&SSRのメンバーに「公式プロフィール」に沿った家族や過去の記録などが出現、彼女たちはお正月休みをもらってその“家族”の元に帰省することに。

 同時に、プロジェクト自体の痕跡が消去され、彼女達自身のおぼろげな記憶以外、かつてそうであった男性達の記録はこの世から消えさることになる』

 ──という展開も考えてはいましたが、諸々の事情でお蔵入りで結末は濁しています。

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