◆電脳歌姫伝説(レジェンド・オブ・サイバーアイドル)前編

【M's Diary.1 2012/09/15】


 (衣裳よし、メイクよし、喉の調子もよし)


 鏡に映る“自分”の姿をチェックして、最後にニコッと微笑んでみる。


 (うん、スマイルもよし♪)


 ちょっとナルシーっぽく見えるかもしれなにいけど、この職業しょうばいなら、これくらいやって丁度いいくらいだ。


 「──ふたりとも準備はいいですか? じゃあ、いきましょう!」


 * * * 


 ことの起こりは、大学3回生になって早々に、同好会で面識のある竜胆先輩(と言っても、すでに卒業した社会人だけど)から、あるバイトをやらないかと持ち掛けられたことだった。


 「ネカマやって馬鹿なユーザーひっかけるだけの簡単なお仕事」

 ゲーム会社に就職した先輩からは事前にそう聞いてたし、給料や条件も良かったから引き受けたんだけど……。


 実際には、一般的な意味での“ネカマ”とはだいぶ違った。あえてたとえるなら──う~ん、ネズミーランドの着ぐるみの中味?

 もっと言うなら、舞台俳優とかになぞらえるほうが正確かもしれない。


 要するに、アルバイトとして雇われた俺たち3名(ちなみに全員♂)は、先輩の会社GEnDAが開発したオンライン用アイドル育成&コミュニケーションゲームの、3人の“バーチャルアイドル”の“中の人”をやるハメになったんだ。


 しかも、念の入ったことに、「仕事中」は本社の開発ルームに備え付けられたVDP(バーチャル・ダイブ・ポット)から全感覚動作接続フルダイブして、担当アイドルのアバターを演じるという凝りよう。


 一応、アバター自体にも基本動作と基礎知識がインストールされてるとは言え、最初の頃はやっぱり戸惑うことも多かったよ。


 それでも、正式稼働から1ヵ月が過ぎる頃にはゲームの人気に火が付き、国内だけで50万人を超えるユーザーが、登録するようになってた。

 ネットの情報サイトや一般のマスコミなどでも、話題に上ることが多くなってきて、そうなると、俄然「当事者」である俺達も気合いが入るし、会社側から要求される勤務時間も長くなっていく。


 ゲーム人口が増えるにつれ、アイドルユニット“スマイル☆シャッフル(ファン投票による命名)”の人気もウナギのぼりになり、その分、ゲーム内のイベントやらなんやらで、動かないといけない機会も激増したんだから、当然だよね。


 やがて梅雨が明ける頃には、俺は最低限必須の大学の講義と睡眠時間を除く一日の大半を、ダイブインして仮想空間で過ごすようになっていた。これは、バイト仲間の他のふたりも同様。


 もっとも、そのことに俺達が異議や不平を唱えたかと言えば、そんなことはまるでなくて、むしろ、その逆かな。

 平平凡凡たる容姿と才能の持ち主としては、仮初の姿アバターとは言え、多くの人々に慕われる人気アイドルになれたことを、嬉しく思う気持ちの方が強かったしね。


 その結果、夏休みが終わる頃には、俺達は“新人アイドルユニットの一員”として過ごす時間が、現実リアルでの生活時間を大幅に上回るようになっていたんだ。


 さて、そんな風に、この上なく充実したバーチャルアイドル生活を送っていた俺達だったけど、ゲームの稼働1周年を目前にして転機が訪れる。


 このアイドルゲームにハマった、どこかのヲタクが仕掛けたウィルスプログムによって、なぜか架空バーチャルの存在だったはずのアイドル3人娘が、現実世界に実体化するというトンデモなアクシデントが発生したんだ。


 しかも、プロムグラムが起動したのは、ちょうど4月1日の一周年記念コンサートのアンコールが終わった直後で、そろそろ俺達もダイブアウトしようかと思ってた矢先(ちなみに俺が“中の人”やってるのは、黒髪ロングの木山マユだ)。


 うん、もちろん、この種のハプニングの場合、中の人が取り込まれたまま実体化するのが御約束だよね。

 それ以来、俺達──いえ、わたしたちはネットから飛び出した人気アイドル“スマイル☆シャッフル”として多忙な毎日を送っている。


 世間的には、例のオンラインゲームは、デビュー前の新人アイドルの人気を盛り上げるためのサプライズ企画だったと受け取られているみたい(実際、例のGEnDAの親会社は、CD会社も経営してるから、その手間暇を度外視すれば納得のいく話だし)。


 でも、ゲームのおかげで「三次元デビュー」早々から、新人とは思えないほど人気は高かったし、半年経ってもその人気にまったく陰りが見えない(どころかむしろ加熱してる)あたり、物珍しさだけじゃない、本物のファンがいてくれるんだなぁ、暖かい気分になります。

 ……じゃなくてッ! 何とか元に戻る算段つけないと!


 ──最初の頃は、そう思ってたんだけど、半年近く経った最近では、だいぶ諦めの境地になってる。

 なにせ、未だ例のウィルス仕込んだ犯人のしっぽがまったくつかめてないらしいし。


 五月の連休明けからは、公称プロフィールどおり、学校──都内某所のリベラルな気風の私立学園の高等部にも通うことになった。


 当初は、「なんで大学卒業間近の俺がわざわざ高校に……」なんて思ってたけど、いざ「可愛らしい女子高生」として通い始めてみると、高校生活も満更悪くない──どころか、毎日、すっごく充実してます。


 “自宅”については、会社が用意した3LDKのマンションに、他のふたり──高1の宇崎ユリナと中3の鈴平アイリとルームシェアして暮らしてるんですけど、これも女子寮生活みたいで何だか楽しいし。


 一応、わたしが高2でいちばん年上ですから、仲良し三人姉妹って感じですね♪ もっとも、お嬢様学校に通ってて家事万能なユリちゃんや、年下なのに演技も歌もすっごく上手なアイリちゃんに比べると、平凡なわたしは「お姉さん」としてはイマイチ威厳に欠ける気もしますけど。


 ……って、また、マユになりきってた!?

 マズいなぁ。そもそも、この身体には俺本来の意識&記憶のほかに「スマイル☆シャッフルの一員である木山マユ」としての記憶もちゃんと備わってるんだよね。

 そのおかげで、アイドルとしても女子高生としても殆どボロが出てない代わりに、“マユ”の存在に自分がどんどん浸食されてる気がするし。


 「うぅ~、竜胆せんぱぁい、早くなんとかしてぇ!」


 * * * 


 「あ、またマユさんが吠えてる」

 「いい加減、あたしたちみたいに現状に適応しきっちゃえばいいのにね~」

 「ま、時間の問題でしょ。それより、運営休止してた例のゲーム、また再開するみたいよ」

 「ああ、あのバージョンアップしてキャラクター追加するとか言う……ね、もしかして」

 「うん……たぶん、同じこと目論んでると思うわ」

 「あたしたちの前例からすると、再開から2、3ヵ月くらいで新キャラもファーストコンサートがあるだろうから……」

 「早ければ、年末くらいには事務所の後輩ができそうね」



[???]


■報告書No.42

 プロジェクト・Pのマテリアル3体については、現在に至るまで日常生活に大きな支障や異常は見られない。

 マテリアル“I”に関しても、他の2体同様、月経の開始を確認。これにより、3体とも外見上の年齢の一般的な女性と、まったく同一の生理機能を有していることが証明された。

 これにより、第1Phaseを、ひとまず終了として、これより第2Phaseに移行することを提案する。



【M's Diary.2 2012/10/10】


 「はぁ……」

 学園祭シーズンということで、とある大学に呼ばれたわたしたち“スマイル☆シャッフル”。ライブは大成功のうちに終わって、今は楽屋で他のふたりと衣裳から私服に着替え中なんですが、その途中でふと溜め息を漏らしてしまいました。


 「何なに? どしたの、マユさん? センチメートルな顔をして……」


 いや、ソレを言うなら“センチメンタル”でしょ、ユリナちゃん?


 「ふむ。センチメートル……」


 首を傾げたアイリちゃんが、どこからともなくメジャーを取り出して、下着姿のユリナちゃんの胸のあたりシュルッと巻き付けます。


 「ユリナ、バスト82センチメートル──また大きくなってるわ。敵ねッ!」


 キッとキツい視線で睨まれて、「はわわ~」と涙目になるユリナちゃん。


 「そ、そんな神経質にならなくても……アイリちゃん、まだ15歳なんですから、これからもっと成長しますよ」


 ふたりのお姉さんとしてなだめますが、さらにアイリちゃんの目付きが厳しくなります。


 「──その台詞、90のEのマユにだけは言われたくないわよ!」

 「あ、あはは……」


 でも、アイリちゃんだって77のBでしたよね。中学生かつ身長147センチでその大きさなら十分だと思うのですけれど……。

 もっとも、ココで、「あんまり大きくても動くのに邪魔になりますよ」とか言うのは逆効果でしょうね。鈍感なわたしでも、さすがにソレはわかります。


 「まぁいいわ。話を元に戻すけど、なんで浮かない顔してたのよ?」

 「さっきのステージで歌詞間違えたのを思い出したとか……」

 「そりゃ、アンタでしょ、ユリナ! それも2回も!!」

 「ひぅッ! ご、ごめんなさ~い」


 いつも通りのふたりのやりとりに苦笑します。


 「いえ、たいしたコトではないんですけど……この大学、“俺”が通ってた学校なんで」


 わたし──いや、“俺”の言葉を聞いて、ふたりとも納得顔になった。


 冴えない二流大学の3回生だった“俺”が、思いがけないハプニングで、人気アイドルユニット・スマイル☆シャッフルのひとり、木山マユになってから、もう半年以上になる。


 その前の「ゲームキャラの中の人」をやってた時代も含めると、1年半以上、「木山マユ」というキャラクターを演じているワケだ。


 さすがにこれだけ長い間続けてると、「女子高生兼アイドル」という立場もすっかり板について、最近じゃあ、意識しないと男としての思考が出て来ることは滅多になくなってる。


 男に戻れる見通しは未だ皆無みたいだし、そもそも元の立場の“俺”達は、すでに半年以上行方不明というコトになってるから、現実問題として、俺も最近ではこのまま「木山マユ」として生きていくことを真剣に検討してたりもする。


 ──とは言え、今日みたいに「大学生・薄井喜代彦」と縁の深い場所に来ると、やはり昔の自分を懐かしく感じてしまうのは、致し方ないことだと思う。


 「それで、アンルイスな顔してたんですね~」

 「ソレを言うなら“アンニュイ”よ! でもさぁ、マユ、アンタそんな風にアンニュイ気分に浸りながらも、しっかりそんな可愛い私服に着替えて、お化粧までしちゃってるじゃない」


 ! こ、コレは、そのぅ……てへッ♪


 「てへぺろして誤魔化さないの!」

 「そもそも、「昔の自分」とか言ってる時点で、もうだいぶ手遅れなんじゃないですかね~」


 はうッ!



【Another View.K】


 そ、そろそろ本番だ。緊張するなぁ。

 僕のすぐ隣のスツールに腰かけた“ルリカ”が、マンガみたくゴクリと唾を飲んだのがわかるけど、僕も他人のことは笑えない。ちゃんとしゃべれるか心配だ。

 その点、最年少なのに“ティーナ”は、度胸が据わっているというか、ほとんど普段と変わりなさそうに見える。


 『スマイル☆シャッフルの「シャッフル☆ナイトフィーバー」!』


 あ、始まった。

 目の前の仮想モニターには、Webラジオの生中継とともに、スタジオにいる3人の少女──人気アイドルユニット・スマイル☆シャッフルの様子が映し出されている。

 私服なのか、3人とも、ステージとかのお揃いのコスチュームとは異なる、ちょっとカジュアルな感じの服装だけど、それもまたすごく可愛いなぁ。


 『はい、今日も始まりましたこの番組。いつものスマイル☆シャッフルの三人でお送りしているんですけれど……』


 最年少だけど、ちょっと勝気なアイリちゃんの言葉を、天然ドジっ子風味な(だがそこがイイ!)ユリナちゃんが引き取る。


 『今日はぁ、ステキなゲストの方々がいらっしゃるんですよ~』


 い、いよいよ僕らの出番だ!


 『前回、ちょっとだけ予告しましたけど──わたしたちの後輩となるスマイル☆シャッフルRのみなさんです!!』


 マユちゃんの紹介ととともに、マイクの電源が自動的にオンになる。


 (せ~の)「「「こんばんは~、SSR(スマイル・シャッフル・アール)です!」」」


 何度も練習しただけあって、僕らの声はピッタリ揃った。


 ──その声も、普段とはまるで異なる(だいぶ聞き慣れてはきたけど)、キャピキャピした、可愛らしいミドルティーンの女の子のものだ。


 モニターに端っこに出ている“画面”には、その声にふさわしい可憐な(って自分で言うのもどうかと思うけど)容姿の少女達が映っている。


 そのうちのひとり、ウェーブのかかった深緑色の腰まで伸ばし、ちょっと大きめの真紅のセルフレームの眼鏡をかけた、陽気な印象の女の子が僕──正確には、「僕が動かしているアバター」と言うべきか。


 そう。僕こと出羽坂理樹(でわさか・りき)は、この電脳仮想アイドル、“スマイル☆シャッフルR”の、いわゆる「中の人」──アバターを動かし、演じるアルバイトをしているんだ。


 先輩格のスマイル☆シャッフル自体、デビュー前に、同名のアイドルオンラインゲームを運営して話題を盛り上げるって企画があったんだけど、単なるプロモーションのはずが、予想外にゲームに人気が出た──って経緯がある。


 そして、そのゲーム1周年に行われた記念コンサートで、満を持して本物のスマイル☆シャッフルがデビュー。ゲーム内のイメージそのままの美少女3人娘は、現実の芸能界でも、たちまち大人気となったんだ。


 さすがに国民的アイドルの某アキバ系ユニットほどじゃあないけど、元が企画物イロモノとは思えない程、3人のルックスや性格がよくて、歌やダンスの実力も高いから、広いファン層に受け入れられたんだよねー。

 もちろん、僕もそんなスマフルのファンのひとりだ。


 だから、とあるツテから「オンラインゲームのVer.2に関わるアルバイトを募集してる」って聞いた時は、1も2もなく跳び付いた。あわよくば、生でスマフルの娘たちに会えるかも、って思ったし。


 もっとも、そのバイトの内容が、「スマフル次世代メンバーのゲーム用アバターの中の人」だとは思わなかったけど……。

 なんでも、「次世代メンバーはデビュー前の最後の特訓で忙しいので、ゲームのアバターを動かすのは他の人に任せる」というコトらしい。


 正直、最初はちょっと夢が壊れたような気もしたさ。


 でも、逆に言えば、外部の大多数の人達からは、僕が動かす“霧澤カエデ”が彼女本人に見えるってコトだ。

 つまり、電脳ダイブしてアバターに接続されている今この瞬間だけは、僕──ううん、“私”が「スマイル☆シャッフルR(SSR)の霧澤カエデ」にほかならない。


 そう思い至った瞬間、僕はこのバイトに全力を尽くすことを誓った。アイドルファンのひとりとして、ファンのみんなの夢を壊すようなことは絶対したくないからね。


 渡された“霧澤カエデ”のプロフィールを何度も入念に読みなおし、その性格やクセ、あるいは口癖なども忠実に再現しようと試みる。おかげで、バイトの3回目くらいからは、ダイブすると、ごく自然に霧澤カエデ役になりきれるようになっていた。


 ちなみに、僕と同様のバイトしているふたり──“河内ルリカ”役の塵川受(ちりかわ・うかる)くんと、“百瀬ティーナ”役の寺石瀬名(てらいし・せな)くんも、僕とは理由ややり方は違うけど、やはり日に日にスムーズに役に「なりきれる」ようになっていったんだ。


 1週間の研修期間を経て、いよいよオンラインゲームのVer.2が始まった。

 結果は大成功。前回をも上回りそうな勢いで、ゲーム登録者が増えていった。


 もちろん、それが全部僕らのお手柄だなんて思うほどうぬぼれてはいない。第一、Ver.2を始めた人の大半は、前作でファンになった人か現実のスマフルのファンだろう。


 でも、その後もゲームの勢いが衰えなかった事に関しては、これは中の人である僕らも何割か貢献してると言ってもいいんじゃないかな。


 で、いよいよSSRのデビューコンサート(と言っても、電脳内での話だけど)が1週間後に近づいてきたので、今日は先輩であるスマフルの番組にゲストとして出演している──ってワケ。


 生で同席できなかったのは残念だけど、あのスマイル☆シャッフルのメンバーと、(ネットワークとアバターを介してとは言え)じかにお話できるなんて、やっぱりこのバイトやって良かったなぁ。


 そう言えば、現実の方のSSRのメンバーのデビューっていつなんだろ。スマフルの時は1年間宣伝にかけたけど、さすがにRの方は(すでに世間の認知度が高いから)もっと短期間で済ませるらしい、って聞いたような記憶があるなぁ。

 リアルのSSRがデビューしたら、やっぱり僕らはお払い箱なのかなぁ。それはちょっと寂しいなぁ。


 ──ううん、今はそんなコトを考えている場合じゃないわよ、カエデ。あの憧れの先輩たちの番組に出演させてもらってるんだから、精一杯お話ししないと!



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