◇オレの魔王(ヨメ)!(後編)

 「──と言うわけで、オレたちはこれからまさに新婚初夜を迎えようとしています」

 「またか!? これがお笑いで言うテンドンなのか!? と言うか、人生で一番大事な伴侶を娶る式典をスッ飛ばすとは何事じゃ!」


 純白の婚礼衣装のまま、角を振り立てて怒るマイハニーこと魔王ちゃん。


 「あれ。じゃあ、魔王ちゃんもオレとの結婚に至る過程と婚礼を大事だと思ってくれてるんだ」


──ニヤニヤニヤ……


 擬態語で表すとまさにそんな感じになりそうな人の悪い笑顔を向けるオレの言葉に、ハッと我に返った魔王ちゃんが、真っ赤になって狼狽している様が、めっさかわえぇ~。


 「そ、それは……ふ、ふん。我にとって生涯初にしておそらくは一度きりの行事じゃからな。いかに其方そなたの希望に対し魔王として応えた結果と言えど、仇や疎かにはできぬ!」


 お、開き直ったか。

 とは言え、確かに「大事な場面」だからな。よし、気合い入れて回想すっぞー!


 * * * 


 「は、はぁ!? な、何をバカな事を申しておるか。そもそも、今はこんな情けない姿になっておるとは言え、我は本来男で、しかも魔王なのじゃぞ!?」


 オレが「嫁に欲しい」と言った時の魔王ちゃんの反応は、今思い返してもおかしくなるほど無茶苦茶狼狽してたなぁ。


 「や、でも、それって裏を返せば、「現在はたおやかで可愛らしい女の子」ってコトだろ。それに、第三次人魔決戦に勝った魔王が、剣を交わした当時の女勇者を妃にしたって聞いてるけど?」

 「……存じておる。そのふたりは我の祖父母にあたるでな」


 魔王ちゃんいわく、「魔王」の地位は世襲ではないものの、事実上魔界の有力な7~8家から選ばれることが殆どらしい。で、魔王ちゃんの母方の家柄も、その中に含まれているのだとか。


 「魔王が勇者を娶った前例があるなら、勇者が魔王をお嫁さんにしたって別段構わないんじゃない?」

 「そ、それは……」


 なまじ、理性的で物事の道理をわきまえた「彼女」は、オレの言葉に対する巧い反論が見つからないらしい。


 しかも、(勝手に勘違いしていたとは言え)ついさっき「魔王の誇りに賭けて」「好きなものを持って行くがよい」って言ったばかりだし。


 「おっと、安心してくれ。何も今すぐ君を押し倒そうってワケじゃない。マジックアイテムでメッセージを飛ばしたとは言え、一応「目標を達成した勇者」として王都に帰って直接王様に報告するのが筋だろうしな」

 「う、うむ。そうじゃな。それが勇者としてあるべき態度であろう」

 「で、その足で王都の教会がキミと式を挙げたいと思ってるんだ」

 「はぁ!? ま、まさかとは思うが……その「式」と言うのはもしかして……」

 「もちろん、オレ達の結婚式さ!」


 キラリと歯を光らせながらいい笑顔で答えるオレ。うむ、あーいうのは金持ちのキザハンサムしかできんと思ってたけど、何とかなるモンなんだな。

 そして、それに対する魔王ちゃんの反応は……。


 「──汝、本気なのじゃな?」


 「馬鹿者」と罵倒するでもなく、「フザケるな!」と激昂するでもなく、むしろ低めの声で今までにない程真剣な目付きをしていた。


 「無論。オレは確かに軽口好きで、シリアスになるよりは笑って過ごす方が好きなタチだけど、伴侶を娶るという一世一代の勝負所で、冗談は言わないさ」


 此処が勝負の分かれ目と直感したオレは、極力真面目な表情で答える。


 時間にすればわずか十数秒。しかしオレには永遠にも思える沈黙の後、魔王ちゃんはゆっくりと頷いてくれた。


 「わかった。どの道、魔王の地位をクビになれば行き所のない此の身だ。決闘の勝者たる汝が望むのなら、妻でもはしためにでもなろう」

 ぃ……。

 「い?」

 「ぃやったーーーー!!」

 「! こ、こら、いきなり大声を出すな。近所迷惑であろう」


 魔王のくせに(?)妙に良識的な彼女がたしなめるのも耳に入らず、オレは両目から滝のような「感激の涙」を流しながら、人生最大級の感動を噛みしめていた。


 「お、大げさなヤツだ。我のごときハンパ者を娶るのがそんなに嬉しいのか?」

 「もちろんだよ!」


 グイッと彼女の両手を握ると、彼女の瞳を覗き込む。


 「それから、魔王ちゃん、これから必要以上に自分を卑下するのは禁止。キミが本当に強かったことは、四代目正統勇者であるオレが、しっかり認めてるんだから」

 「……ふ、ふん。まぁ、いいだろう。夫の言う事は妻としては無碍にはできぬからな」


 (ツンデレキターーーーッ!)


 という心の叫びはかろうじて口から出さずに済んだが、オレの(精神的な意味での)HPがヤバい。圧倒的じゃないか、この萌えっ娘は!


 ともあれ、その後も魔王ちゃんのツンデレ全開な言動に萌え殺されそうになりつつ、なんとか王宮で報告を済まし、「望みのままの報償を」と言われたものの、人生最大の欲しいものは、すでに手に入れちゃったしなぁ。


 「ま、まさかと思うが……それが我だとか言うのではなかろうな?」


 イェース、ザッツ・ライト!

 正確には「可愛くて気立てがよく働き者の嫁さん」かな。


 「──ふ、ふん。おだてても何も出せんぞ。それにしても、自国の王の前であれだけ堂々とデタラメを並べ立てるとは……」


 ん? オレとしては別段嘘八百を並べ立てたつもりはないんだけど?

 報奨くれるって言うから、マイハニーと結婚してどこか辺境の村でひっそり余生を暮らすことを願い出ただけじゃん。


 「ほほぅ、しかし、我のことを「魔王城から助け出した魔族の少女で、どうやら城で無理矢理働かされていたらしい」と紹介したではないか」


 ええ、その通りですが何か? 一言も嘘は言ってないぞ、嘘は。

 今のキミは、紛れもなく「魔族の少女」だし。


 「お主、勇者なんぞやってるより詐欺師にでもなった方がよいのではないか? それに後半部分は……」

 「好きで「魔王」やってたわけじゃないだろ? むしろ勇者対策に一時的に押しつけられたって方が正確だろうし」


 そうでなければ──「彼」が実力で魔王の地位を勝ち取ったのなら、城に子飼いの部下の一団なりがいたはずだ。

 勇者の剣技に対抗すべく、剣術に特化した(そしてそれしか能のない)「彼」が選ばれ、今代の魔王の椅子を押しつけられたに違いない。


 「……む、当たらずと言えども遠からずじゃな」


 う~ん、外見年齢(とし)に似合わぬ憂いを帯びた表情も、ビューティフルだぜ、ハニー!


 「ええい、こういう時くらいしんみりさせよ! それにしても、我の素性の説明(ごまかし)はともかく、辺境で開拓業を営むとは、汝にしてはエラく立派なお題目ではないか」


 ありゃ、もしかして、オレって、そんなに信用ない? 心外だなぁ~。これでも(主に人間世界の)平和のために戦った"勇者"のハシクレなのに。


 「どの口がぬかしおるか。

 ──いや、待て。確か"勇者"として異界より召喚されるのは、自らの利害をなげうって他の者のために戦える人間のみだと、書物で読んだ記憶があるな。ふぅむ……此奴こやつがのぅ」


 その意外感120%の視線はやめてくれないかい、マイワイフよ。

 確かにオレはマイペースなちゃっかり者で、「正義!」とか「秩序!」とかいう代物にあまり熱心な方じゃないけど、それでも小市民的道徳倫理観くらいは持ち合わせてるんだからさぁ。


 「汝の言う"小市民"は元魔王を拉致して自分の嫁にするのか?」(じと~)


 アウチ! 確かにソレを言われると反論できないなぁ。


 ま、それはともかく、一応、これでも色々考えた挙句の結論なんだよ?

 今、人間界と魔界の間は、ごく一部で交流があるものの、あくまで全体としては相互不干渉という状態にある。これは、「長年の対立」と「種族的価値観の差異」というものに基づくと言ってよい。

 しかし実際には、前者は、すでに500年間ものあいだ、事実上の平和状態が続くことによって、その意味を実質的に失い、後者に至っても……って聞いてる?


 「zzz……ハッ! む、無論、聞いておるぞ! 居眠りなんぞしておらぬからな!!」


 ──えっと、簡潔に言うと、「人間と魔族の間の垣根をもう少しだけ低くしましょう」ってことが狙いなんだ……将来生まれてくるオレたちの子供のためにも、ね。


 「! ……すまぬ。我は其方を見くびっておったようじゃ」


 や、別にいいよ。開拓村の村長さんの仕事はそれなりにハードそうだけど、それでもお互いの理解を深める時間くらいは、これからいくらでもあるだろうし。


 「そう、じゃな……」


 うんうん。


 ──と言うワケで、早速、健やかベイビーができるようなイイコトしようぜ、奥さん!


 「そ、其方というヤツは……折角、見直したばかりじゃと言うに」


 呆れたように苦笑しつつも、魔王ちゃんはオレのハグを拒まなかった。

 それをいいことに、オレはギュッと強く抱きしめる。

 そして彼女の手も、おずおずと俺の腰に回され……俺たちは出会ってから初めてその心をひとつにしたのだった。


 * * * 


 で、諸々の些事を経て、ようやく魔王ちゃんとの結婚式を迎えることができたオレの心は、もはや昼間っからクライマックス状態というワケだ。

 とは言え、やっばり魔王ちゃんの言う通り、此処からはスッ飛ばさず、キチンと描写するべきだろう。


 あまり女性経験豊富と言えないオレには、凝った手練手管が使えるわけじゃないし、抱き上げた彼女をベッドに横たえ、最初はただ強く、思いのたけを込めて彼女を抱きしめた。


 それに対し彼女は最初は身体を堅くしていたものの、唇や頬、まぶたやうなじなどにキスの雨を降らし、両掌で彼女の華奢な肩をなだめるように撫でていると、少しずつその身体から力が抜けて行った。


 オレは、いつしか熱い吐息を漏らすようになった彼女の唇を自らの口で塞ぐ。

 同時に、彼女の方からも、おずおずとオレの唇を啄ばみ始めた。

 オレが舌を差し込んで彼女の綺麗な歯並びをなぞると、対して彼女はその舌に自らの舌を絡めてくる。


 キスだけでボルテージが高まりつつあるなか、オレの手はゆっくりと彼女の肢体を弄り始めた。

 恍惚としていた彼女も、さすがに一瞬身体を固くしたが、直ぐに再び力を抜いて、その身を委ねてくれたのだった……。


 * * * 


 で、新婚初夜の翌日は、すっかり甘甘らぶらぶになったマイ・ワイフとともに、王都を一通り観光してから、オレは王様に領地としてもらった辺境の開拓地へと向かい、そこの領主に就任した。


 ──どっちかって言うと、「領主」って言うよりは「村長」ってほうがピッタリくるんだけどな。


 「よいではないか。領主と領民が一体となって日々の労働に励むなど、王国全土を探しても珍しかろうて。村の民も皆善良で気さくな者ばかりであるし」


 いや、まぁ、そうなんですけどね~。

 ま、とりあえずオレの人生の目的である「美人で気立てのいい嫁さんもらって悠々自適のラブラブ生活」は達成できたんだから、良しとするか。


 「こ、コラ、そういう事は往来で口にすべきことではないぞ」


 マイハニーは、結婚して丸一年が経つというのに、いまだこういうコトでは恥ずかしがり屋さんだ。まぁ、そこが可愛いのだが……。


 「はぁ~まったく。そろそろパパになるのだから、もうちょっと落ち着いてくれてもよいと思うがな」


 ! マジで?


 「うむ。昨日、診療所のデプリス殿に診察してもらった結果故、まず間違いなかろう」


 ヒャッホー!

 あれ、でも、なんで昨晩、教えてくれなかったの?


 「たわけ! 昨夜は、夕飯の後、言おうとしたら其方が……」


 ん? ああ、なんだか知んないけど、モヂモヂしてるハニーの様子が可愛くて、そのまま押し倒しちゃったんだっけ。


 「!! だ、だから、そういうコトをだな」


 あー、はいはい。了解しました、奥方殿。

 しかし……そうか、子供か。

 よーし、パパ、ますます頑張っちゃうぞ!


 ──その後、オレと元魔王の間に生まれた娘が、異世界から来訪した「大魔王」と戦う勇者に選ばれたりするのだが、それはまた別のお話。


-end-

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 私的オリジナルファンタジー系異世界“アールハイン”が舞台の物語のひとつで、カクヨムに投稿した中では他にも『Born to be BONE!』などがそれにあたります。

 ちなみに、『TはtsfのT』のなかでも、「てんかんのつえ」は、この「オレの魔王」とほぼ同時期のお話。 “診療所のデプリス”というのが、ほかならぬ勇者カイジの妻である元・魔族神官ちゃんのことだったりします。

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