◆オレの魔王(ヨメ)!(前編)

 魔界の深奥部のさらに人気のない(まぁ、このあたりの住人は魔族が主だから「魔気」がないと言うべきか?)場所にそびえたつ古城。

 その城の主にしてすべての魔物の頂点に立つ存在、「魔王」とオレは1対1で対峙していた。


 言い忘れていたが、一応オレは、「勇者」なんて呼ばれてる。

 元は、こことは別の世界で二流大学のグータラ学生やってたんだが、テレビゲームの最中にお定まりの「異世界からの勇士の召喚」とやらで半ば無理矢理(そりゃ画面に出た「召喚に応じますか?」って質問でYESを選んだけどさぁ)連れて来られてたんだ。


 もっとも、元の世界では身体がそれなりに丈夫なのと肺活量が大きいこと、そして早口言葉が得意なことくらいしか取り柄がなかったオレだが、「勇者」としては意外にその特徴が役に立った。


 なにせ、ゲームで言うところのレベルアップに伴うHPたいりょく増加量がハンパじゃないうえに、素の頑丈さもガンガン上がっている。今なら裸で寝ている時に胸を短剣で刺されても、相手が一般市民ならかすり傷すらつかないんじゃないかね。


 さらに長たらしい魔法の呪文をひと息で素早く唱えられるのも、戦闘時には大きなアドバンテージだ。おかげでオレは、「史上初の剣より魔法の方が得意な勇者様」として微妙な感じで有名になっちまったし。

 ──いや、もちろん剣とか槍も一通り訓練受けたし使えるんだよ? ただ、武器攻撃より魔法使うほうが速いし確実ってだけで。


 ともあれ、そんなこんなでレベルアップして、オレは最終決戦に臨んだわけだ。

 魔王は、その呼称のイメージを裏切る、やや小柄な若い美形の青年だった(たぶん、その角と肌の色を何とかすれば人間界でもモテそう。ちくせぅ……)が、オレとは対照的に剣による攻撃を得意としていた……って言うか、さっきから一度も魔法とか使ってきやがらねぇ!


 おかげで、オレも長い詠唱時間が取れず、剣と楯で相手の攻撃をいなしつつ、隙を見ては単文節の攻撃魔法を唱えることくらいしかできてない。


 「えーい、貴様、それでも「勇者」か? 先程から、ちまちまとショボい魔法ばかり使ってきおって。勇者なら勇者らしく聖剣の技で勝負せんか!」

 「そっちこそ、仮にも「魔」の「王」なんだから、暗黒魔法の粋とか見せてくれよ! まさか、魔法が苦手ってワケでもないだろ?」


 戦いの合い間にそんな軽口を返すと、フイと魔王が視線を背ける。微妙に涙目になってるし。


 (うわ、まさか図星!? でも、ちゃ~んす♪)


 オレは、先日とある遺跡で発見した高難度のロストワード(遺失呪文)を詠唱開始する。


 「ぅぅ……貴様も「魔王だから魔法が得意」だなどと思っておるのか。誰だって得手不得手はあるのだぞ。我には、この魔界で誰にも負けぬ無双の剣技があれば、それでよい!」


 「魔法なんて飾りですよ、重臣達えらいひとには、それがわからんのです!」なんて、虚ろな目でブツブツ言ってる奴には、ちょっぴり同情しないでもないが、戦いは非情なのだ。


 「……故に七彩の神ハマンよ、古えの盟約に従いて彼の者に災厄を為せ……」

 「! しまった、その呪文を止めよ!!」

 「(もう遅いぜ)──TEN-UP-U-LUPA!」


 奴が気付いた時には、オレはすでに「無作為超変異(テン・アップ・ユー・ルーパ)」の呪文の詠唱を終えていた。


──BOMMMMB!!!


 軽い爆発音とともに七色の煙に包まれる魔王。

 ちなみにこの魔法は攻撃呪文じゃなく、敵1グループに致命的なバッドステータスを確実にもたらす補助系の呪文だ。


 ただし、「陥夢スリープ」や「彫像パラライズ」と言った並の補助魔法と異なり、たとえ対象の魔法抵抗力がどれだけ高くともお構いなし。しかも、効果は神聖魔法などで解呪するまで半永久的に持続するといういやらしさ。

 問題は、その「バッドステータス」の内容を任意に選択できないことなんだが……。


 (できれば石化か麻痺あたりだと助かるんだがなぁ。猛毒や鈍足、筋力低下あたりでもOKだ)


 逆に沈黙(魔法使用不可)や精神消耗(MPが徐々に減る)あたりだと、この魔王にはあんまり意味ねーし。


 「くっ……やってくれたな」


 もうもうたる煙の中から、魔王の声らしきものが聞こえる。


 (お、少なくとも沈黙じゃなかったか、ラッキー)


 けど、なんか奴の声がおかしくなかったか? 妙に甲高いと言うか……。


 「油断していたとはいえ、この我にまともに魔法をかけるとは、流石だと褒めてやろう。しかし、ここからはそうはいかんぞ。我が魔剣の錆にしてくれるわ!」


 威勢のいい言葉とは裏腹に、剣にすがるようにしてヨロヨロと煙の中から現れたのは……。


 「お、女の子ォ!?」

 「なにッ、女の子だと? ちっ、どこから紛れ込んだのか知らんが、ここは男の戦場だ。女はすっ込んでろ!」


 えーと、信じ難いが、この口ぶりからすると、やっぱ、この角の生えた女の子が、さっきまで戦っていた魔王その人なのか。

 いや、オレの装備してる「密偵の片眼鏡スカウター」にも、確かに「種族:鬼魔族()/クラス:/レベル:1」ってデータが表示されてるんだけど。


 「おい、そこの貴様! 貴様も勇者のハシクレなら、その女の子とやらを保護してやらんか」


 ──さっきから思ってたんだけど、この魔王、微妙に「いい人」(魔族だけど)だよなぁ。今時多いカッコだけ騎士のオサレナイト(笑)どもより、よっぽど正々堂々とした紳士っぽいし。


 「えっと……本当にいいのか、保護しちゃって」

 「ふん、心配せんでも、魔王の誇りに懸けて、我は逃げも隠れもせぬわ」


 うーん……ま、本人の了解が得られたんだし、いっか。

 オレは、剣を収め、この部屋に入った時に外して床に置いたマントを拾ってから、「保護すべき女の子」の前につかつかと歩み寄る。


 「な、なんだ、どうした貴様、何をするつもり……」


──フワサッ……


 微妙に腰が引けている魔王娘にオレは、マントをかけてやった。


 「? 何のつもりだ」

 「いや、さすがにその格好で表を歩くのはちょっと……」


 真紅の袖無しレオタード(しかも背中はほとんど丸出し)にニーハイブーツという服装は、正直すごく萌えるが、いくらなんでも過酷な環境の魔界をその格好で出歩くのは無謀だ。サッキュバスだって、もうちょっと露出が低いし。


 「?? 何を無言っておるのだ。我は、「女の子」とやらを保護せよ、と言ったのだぞ?」

 「うん、だから、そうしてる」


 魔王娘の見かけは、身長や顔つきからすると、人間で言えばおおよそ13、4歳と言うところか。オレより頭ひとつ分背が低く、栗色の髪を腰までなびかせ、美人と言うより可愛いタイプの容貌だが、胸だけは年齢不相応に発達してる。いわゆる童顔巨乳ってヤツだな。

 正直、好みのタイプ直撃だった。


 ロリコンじゃないぞ? オレまだ19歳だから、5歳差くらいなら十分セーフだろ? 「大学生の彼氏とおつきあいする中学生の女の子」って、普通にいそうだし。


 ──そう、オレは、この「わけがわからないよ」と言った顔つきで、キョトンとしている魔王ちゃんを「お持ち帰り」する気満々なのだ!


 ***


 「──と言うわけで、オレたちは今、魔界に近い辺境の宿屋に来ています」

 「ヲイ、こら待て! 何が「と言うワケ」なのだ? サッパリわけがわからんぞ!」


 ははは、目を白黒させてる魔王ちゃんも可愛いなぁ。


 「だいたい、つい先刻まで我と汝は我が城の最深部で戦っていたはずであろう?」


 うん。でも、あのままじゃラチがあかないので、「陥夢」の魔法で魔王ちゃんを眠らせた後、「脱窟エスケイプ」で外に出て、で、「帰還リターン」の呪文で最後に立ち寄ったこの町にキミをお姫様抱っこして戻って来たのサ!


 「えぇい、爽やかな口調で言うな! それは誘拐とか拉致と言うのだ!」


 ラチがあかないだけに拉致……魔王ちゃん、巧いこと言うねぇ。


 「そ、そうか(テレテレ)……って違~~う! そもそも、汝と我は魔王と勇者。不倶戴天の天敵ではないか!!」


 うーん、そりゃまぁ、一般的に見ればそうかもしんないけど……。


 「「そういう決まりだから」ってだけで、戦い殺し合うだけの関係なんて、空しくね?」

 「! な、何を……」


 お、動揺してる。

 いや、あれだけ紳士で騎士道的な魔王ちゃんだから、物の道理を説き聞かせれば、それを無視できないと踏んでたんだけど、やっぱりなぁ。

 人が良いって言うか素直って言うか──「王」を名乗るには向かん人材(魔材?)だよ。


 「そもそも、魔界の代表たる「魔王」と人界の代表たる「勇者」の戦い──「人魔決戦」は、どちらかが敗北した時点で速やかにお開きとなるはずだろ?」


 実は、オレ……とその他多数の「勇者」は、RPGなんかでよくある「魔族の人間世界への侵攻」を退けるために戦っているわけじゃないのだ。


 いや、大昔は本当にそういう時期もあったみたいなんだけど、今では人界と魔界は相互に協定を結んで、完全に友好的とは言わないまでも「好意的中立」くらいの関係を長らく保っている。


 これは、人間と魔族の間で大々的な戦争を起こすと、双方の被害がハンパないことになることを両方の王様がしみじみ痛感したため、500年ほど前に正式に停戦協定を結んで、今に至るらしい。


 人間界でも、大陸中央はともかくここくらいの辺境国家になると魔族の商人とか普通に街中歩いて商売してたりするし、逆も然り。

 民間レベルでの交流は結構できてるし、共存共栄とまでは言わないまでも、魔族と人間はそれなりに巧くやれてるのだ。


 とは言え、人間同士あるいは魔族内でも国家間、部族間の争いは頻発するのに、異なる種族間で揉め事がまったく起こらないなんてこともあり得ない。


 そこで、協定を結んだ両陣営のトップが考えたのが、この「人魔決戦」──それぞれの最高実力者による古えの戦いを模した、100年ごとの代表戦だった。


 人間側は、代表である「勇者」を1~9人の任意の数送り出す。

 魔族側は、代表である「魔王」が魔王城の最奥部で勇者を迎え撃つ。


 勇者は、その旅の途上で魔物を始め人間の賊も含めた「敵」を討伐する権限を持ち、腕を磨きながら魔王城を目指し、魔王は任意の部下を派遣してそれを阻む。


 ただし、双方にルールと言うかレギュレーションがあって、勇者は魔界に近づくにつれていい武器防具を買えるようになるし、魔王側も魔王城に近いほど強い魔族を派遣できる。


 勇者は死んでも王都の神殿で復活できるが、持ち物と所持金が全て没収ート(「冒険」進めた奴ほど大概はそれで嫌気がさしてリタイアするらしい)。


 「あ、オレ? オレも冒険始めた序盤に2回ほど死んだけど、ほら、主戦力が魔法だからさ。あんまし装備の力に頼ってなかったし」


 今使ってる剣も、かなり高価とは言え王都の近くの工業都市ゾリンで普通に買える「ソードブレイカー」だしなぁ。


 「──つくづく、インチキな奴め」

 「ははは、お褒めに預かり恐悦至極」

 「褒めとらんわ!」


 そしていよいよ勇者が魔王のもとにたどり着いたら最終決戦開始。勝った陣営が負けた陣営に対して、境界線上の領土だの関税率だの法制だのの、いくつかの政治的アドバンテージを得るってワケだ。


 「で、あの時、オレの「無作為超変異」を食らったキミは、女性化したうえレベル1になって、持ってる魔剣すらまともに振るえない身になった」

 「それは……」

 「あ、ちなみに、例の魔剣はちゃんと回収して持って来てあるから」

 「そ、そうか。それはかたじけない……って、何で我が貴様に礼を言わねばならんのだ!」


 目まぐるしく表情の変わる魔王ちゃんのラブリーな様子を楽しみつつも、ここは非情になって断言する。


 「はっきり言おう。キミはあの時負けたんだよ。魔王の敗北、言い換えると勇者であるオレの勝利をもって、第四次人魔決戦は幕を閉じた」

 「!!」


 薄々は理解していたんだろうけど、改めてその事実を突き付けられて、ショックを受けた様子の魔王ちゃん。


 「そう…か。我は負けたのだな……ククククッ」


 嗚呼、自嘲の笑みを浮かべつつ、ハラハラと真珠の如き涙を流し続けて無言ですすり泣く少女の何と可憐なことよ。

 オレは、黙って胸元に魔王ちゃんを抱きしめ、泣き続ける彼女の頭を優しく撫でてやる。彼女も今だけはその気遣いに感謝したのか抵抗しなかった。


 「み、見苦しいところを見せたな」


 しばしの後、オレの渡したハンカチで涙を拭きつつ、真っ赤になりながらも何とか威厳を取り戻そうとする魔王ちゃん、けなげ可愛い!

 まぁ、ここでソレを口にする程、オレもKYじゃない。


 「それで、今回の決戦の事後処理じゃが……」

 「あ、その辺りは既にウチの王さんに連絡して進めてあるから。魔族そっちの側からも、すでに龍族から特使って人(龍?)が王都に向かったみたい」

 「そ、そうか……今更我にできることはないのじゃな……」


 ズズーンと落ち込む魔王ちゃん。

 予想通り武力──と言うか剣技一辺倒のお飾り魔王様だったみたいだなぁ。たぶん、政治関連の事柄は、戦いのとき言ってた重臣連中に牛耳られていたんだろう。


 「いや、ひとつあるよ。人魔決戦のご褒美をオレに与えて欲しい」

 「ん? なんじゃ、それは。確かに、人魔両陣営の施策以外に、戦いに勝利した個人にもひとつ褒章が与えられるのが習わしではあるが……」


 そう、これがあるからこそ、バトルマニアでもないのに勇者なんてヤクザな職業しょうばいを続けてこれたのだ。

 オレみたく、異世界から召喚された勇士は、たいてい「元の世界への帰還」を願うらしいけど、オレには別の思惑があった。


 「それはお主らの王から貰うべきであろう?」

 「うん、ウチの王様の承認は得てるんだけど、でも、キミの許可がないと意味ないものなんだ」

 「なるほど、我が城の秘蔵の宝物か何かか。フッ、よかろう。我が敗北した以上、じきに次の魔王が選出され即位するじゃろうが、それまではまがりなりにも我が王だ。好きなものを持って行くがよい」


 おお、魔王様本人の言質を取ったぜ。


 「──二言はないよね?」

 「うむ、我が誇りに誓って。それで、お主は何を所望するのだ?」

 「オレは──」


 大きく息を吸い込んで、ハッキリと宣言する。


 「オレは、キミを嫁に欲しい!」

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