◆百合厨魔女の呪詛
──私、来栖川理央(くるすがわ・りお)が、高校卒業後、故郷の奈良を離れて、わざわざ東京の私立大学に進学したのは、ちょっとしたワケがある。
ひとつには、小中高と地元の公立に進学したせいか、あまり変わり映えのしないメンツばかり(しかもあまりソリの合う友人もいなかったの)で、思い切って環境を変えたかったのがひとつ──コレも、まぁ、嘘ではない。
が、どちらかと言うとそれ以上に、(家族も含めて)“昔の自分”を知っている人間と、できるだけ顔を合わせたくなかったからだ。
え? 「“昔”はどんな
まぁ、特に優等生でも不良でもなく、勉強もスポーツも平均点前後の普通のコだったと思うよ。
ただし……“娘”ではなかったけど。
うん、そう、その通り。
実は、私は、高校に入った直後くらいまでは、れっきとした(?)男だったんだ。
──と言っても、最近、国会でも問題になってるTS病に罹患したってワケじゃないし、そのテの外科手術を受けたってコトでもない。
ん? 「まさか、若い娘が溺れた伝説のある呪いの泉でも落ちたのか」?
お、ちょっと惜しい……と言っても、“呪い”って部分だけだけど。
そう、当時高校一年生の男子だった私──「俺」が女の子になったのは、“魔女の呪い”を受けたからなんだ。
* * *
まぁ「呪いを受けた」と言うからには、呪った人物と呪われた理由があるわけで……もっとも、「俺」からしてみれば、その理由とやらはかなり理不尽なものだったけどね。
“魔女”の名前は美桜静香。「俺」よりひとつ年上で、それなりに整った容姿と無口でおとなしげな性格を持つ、一見したところ人畜無害そうに見える女なんだけど……実はヒドい地雷物件だった。
3年前、「俺」たちが高校に入る前の春休みになった直後くらいに、静香はウチの近所のアパートに引っ越してきたんだ。
そう、俺“たち”。魔女の呪いを受けたのは「俺」だけじゃない。もうひとり、幼稚園の頃からの同い年の幼馴染で、斜め向かいの家に住んでいる和泉初音も、あの女の被害者だ。
当時の「俺」と初音は、中学を卒業する歳になっても、あまり男だとか女だとか気にせず親しいつきあいをしてる、腐れ縁の親友って感じの間柄だった。
距離感的には、幼馴染というより仲のいい兄妹ないし姉弟って言うほうが近かったかもね。お互いの部屋とかも気軽に出入りしてたし。
もっとも、さすがに永遠にそのままってコトはないだろうし、もしかしたら一緒の高校に通ってるあいだに、そういう恋愛感情的なものが生じて、恋人同士になったという可能性も、なくはなかったろう。
──あの“魔女”と出会わなければ、だけど。
ところで、ひとつ聞きたいんだけど、私、今ほとんどメイクしてないすっぴんなんだけど、首から上だけ見ても、普通に女に見えるかな?
え? 「普通というか、割と可愛い女の子に見える」?
ふふっ、ありがと♪
いやぁ、3年前、女になったばかりの頃なら「可愛いなんて言うな!」とかキレただろうけど、さすがに3年間女子高生やって、女子大生にジョブチェンジした今となっては、そういうお世辞も嬉しく感じるようになってきたかも。
ああ、ごめん。話を元に戻すよ。
で、家族と一緒にご近所であるウチの家に引っ越しの挨拶に来た静香は、両親とともに応対に出た「俺」とたまたま遊びに来ていた初音とも、その時面識を得た。
と言っても、すぐさま意気投合したとかそういう事実はまるでなく、社交辞令的な会話のほかは、「せいぜい同じ高校に通うことになるから、よろしく」──ぐらいの内容だったと思う。そもそも学年も違うしね。
ただ、あとから思い返せば、その時からすでに“ロックオン”されてたんだろうなぁ……って言っても、静香が「俺」とか初音に一目惚れした、とかそういうんではなく。
いや、ある意味“それ”で正解なのか。
美桜静香という少女は、齢16歳にして既にキマシタワーの住人、いわゆる濃厚な“百合厨”というヤツだった。
しかも「男の人は男の人同士で、女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの」とかネタでなく本気で言いかねない、バリバリの反ノマカプ派。
創作物に関してなら、そして密かなシュミとして自分の中だけで完結させてくれているなら、別段それほど害のない嗜好/思考なんだろうけど、困ったことに静香って子は、空想と現実の区別が不明確なタイプだった。
さらに──静香は、当時の「俺」のことを(女顔+華奢な体格のせいもあって)女の子だと思い込み(まぁ、名前も男女どっちにもとれるしね)、そのうえで初音との百合っプルだと完全に誤解しちゃったんだ。
あとから判明したんだけど、春休み中、「俺」と初音が一緒にでかけるときはもちろん、どっちかがどっちかの部屋に遊びに行った時も、(魔女としての技能まで使って)しっかりストーキングしてたらしい。
うん、まぁ、「俺」たちの仲が良かったことは否定しないけど、普通に観察してたら──とくに「俺」が
百合厨の思い込みフィルターって怖い!
そんなストーキングのかたわら、“ひとつ年上の優しいお姉さん”を装って、「俺」や初音との距離もじりじり詰めてきてたって言うんだから恐れ入る。
恥ずかしながら、当時の「俺」も初音も、静香のことを「ちょっと引っ込み思案だけど頭がよくて美人な先輩」だと思って、気を許しかけてたんだから……。
けれど、ファーストコンタクトから10日あまりが過ぎ、「俺」たちにとって、静香が知人から友人にランクアップしかけていた頃、ついに“破綻”が訪れた。
新学期が始まる4月8日。幸い朝は、入学式に出る「俺」たちと、2年に転入する静香では、登校時間が噛み合わず、“それ”が露呈しなかったんだけど、学校からの帰路、ちょうどウチの近くの路上で、一緒に下校していた「俺たち」と静香はばったり顔を合わせることになった。
そうなると、学校帰りの「俺」は、当然男子の制服を着ているワケで……。
「裏切ったな! アタシの気持ちを裏切ったんだ!!」
と、静香は凄い形相で大荒れ。
「BLは
あまりの狂乱っぷりに、「俺」も初音もドン引きして、逃げるように自宅に駆けこむ。
静香は外でしばらくわめいてたみたいだけど、さすがに半時間もすると飽きたのか、それとも喉が枯れたのか、自分の家に帰ったみたいだった。
「俺」と初音は、電話で「──何あれ?」「さぁ、腐女子ってヤツかな?」と話したものの、とりあえず今後は自分達の心の要注意人物のリストに静香の名前を入れることで合意して、その日は何事もなく終わった。
……と、思ったんだけど。
その夜、夢の中に静香が出て来て、「俺」たち──「俺」と初音(なぜか夢の中にいた)に向かってネチネチと嫌味をブツケてくるのには参った。
だって、夢の中の俺たちは、指一本動かせないどころか、抗議や反論の声さえあげられなかったんだから。
その時のあの女の言葉で、「俺」は初めて自分が女だと思われてたことと、初音と百合ん百合んな仲だと勘違いされてたことを知ったんだけどね。
いつもの清楚(地味とも言う)な服装じゃなくて、尖がり帽子に黒マント、その下は藍色のゴシックドレスという、いかにもな“魔女ルック”に身を固めた静香は、ひとしきり罵詈雑言を吐いたあと、多少冷静になったようだった。
──いや、冷静というより冷酷になったという方が正解かも。
「初めてよ……ここまでアタシをコケにしたおバカさん達は」
どこかで聞いたような悪役台詞を言いながら、マントの下から取り出した某爆裂メイジが持ってるようなタクト(?)を「俺」たちに向ける。
「安心なさい、じわじわなぶり殺しにしたりはしないから。もっとも、仲睦まじいアンタたちには、死ぬよりツラいかもしれないけどね」
タクトの先に灯ったドドメ色の光(?)が、波打つような光線と化して、「俺」を貫いた。
夢の中なのに──そのはずなのに、下半身というか股間の一点から、まるで「引き千切られるような」激痛が「俺」を襲う。
声もなく悶絶する「俺」は、自分の中から「ナニカ」が抜き取られ、再びドドメ色の光と化して、今度は初音を貫くのを感じた直後、意識を手放した。
「ふ……フハハハハハハッ! さぁ、魔女サイレントパフューム渾身の呪い、とくと味わうがいいわ!」
あの女の高笑いを脳裏の片隅に聞きながら。
──で、目が覚めた時、一番に股間を確認したんだけど……。
うん、お察しの通り。大事な「息子さん」が“おなくなり”になってた。
と言っても、古代中国の宦官みたくチョン切られただけととか言う状態じゃなく、ちゃんと女性のソレができてたのは、不幸中の幸いかもね。
もっとも、その時は、股間が性転換(Xチェンジ)した以外の変化はなくて、胸とか体つきとかは、昨日までの男のまままだったんだ。
「なんじゃ、こりゃあ!?」
ひとしきり驚き慌てたあと、ふと夢の中に「俺」とあの女以外にもうひとりいたことを思い出した。
「まさか、初音も!?」
と、ちょうどその時、タイミングを見計らったかのように、枕元のケータイに電話がかかってきたんだ。
『もしもし、リッくん? あ、あたし、今朝起きたら、身体がヘンで……!』
そう、初音の方も当然ながらあの“呪い”の影響が出ていた。
「俺」とは真逆に、股間に“ボールとバット”が出現してたんだ。
それからはひと騒動だった。
周囲に隠し通すのは無理と判断した「俺」は、渋る初音を説き伏せて、両家の両親に事情を説明したり……。
そのまま総合病院に連れて行かれて、色々な精密検査を受けたり……。
検査入院という名目で、しばらく学校を休むことになったり……。
あ、もちろん、夢の内容も説明して、非科学的だけど原因はあの女──美桜静香の呪いにあるんじゃないかって疑いも両親には話した。
けど──相手の方が一枚上手だったみたいでさ。
「俺」たちが入院してる間に、父親ふたりが美桜家に行ってみたんだけど、すでにそっちはもぬけのカラだったらしい。
表向きは借金こさえて夜逃げしたってことになってるけど、俺たちが退院したころにあの女から一通の手紙が届いた。
『カッとなってやった。今はちょっぴり反省している。めんご☆
でも、
まぁ、性器が入れ替わったこと以外、身体に悪影響はないはずだから、安心してちょ♪』
そんなフザケだ内容だった。
「その“性器が入れ替わったこと”が問題なんでしょうが!」
初音は、そう言って荒れ狂ったし、「俺」も同感だった。
当時の病院での精密検査の結果、“その部分”以外の「俺」の細胞はXYで男、初音はXXで女のままなんだけど、“そこ”だけはXXとXYで見た目と同じ性別になっていることが判明したんだ。
「じゃ、じゃ、もしかして、俺と初音のアソコを手術で交換移植とかすれば……」
元に戻れるんじゃないか、と期待したんだけど、医者は首を横に振った。
「いえ、おふたりの性器そのものも、基本的には身体の他の部分同様に、”本人の体組織”ではあるのですよ。ただ、性染色体が本来とは逆に変異しているだけで」
だから、免疫その他の関係で、ふたりの性器を交換移植するのは難しいのだ、と医者は言った。
「そんな! じゃあ、あたしたちこれから、どうすればいいんですか!?」
半べそをかく初音の問いに、医者は難しい顔をして考え込んでいたが、学校側には事情を説明してくれるということで、とりあえず「俺」たちは身体の“事情”を隠して、そのまま通う学校に通うことになったんだ。
-つづく?-
────────────
はい、思いっきり中長編の第一話ですね。
このあとふたりは、学校で“現在の性別”がバレたり、
(主に女子)生徒から、
「身体の性別に合わせて学校生活を送るべき」
とか言われたり、
自分達も身体側に精神が引っ張られたりと多難な生活を
送るようになる──という展開を考えてました(過去形)。
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