◆目が覚めたら

 「はぁ……朝、目覚めたら、俺と晴香さんの首から上が入れ替わってたなんて、誰も信じてくれないよなぁ」


 ご丁寧にも髪の長さまでしっかり入れ替わってるうえに、他人には俺が晴香さんに、晴香さんが俺にしか見えないらしいし。


 「ふむ。まぁ、悲観するな、遼くん。少なくとも、ありのままの姿を他人に見られたら、混乱どころの騒ぎではなかったと思うぞ。下手したら病院でモルモットだ」


 そりゃ、そうかもしれませんけどね。


 「晴香さんは平気なんですか? 俺なんかに、そのぅ、自分の身体を見られて、あまつさえ、やむを得ないとは言え「華名田晴香」としての自分の立場を奪われて」

 「別に気にしていないが──まぁ、私は元々男勝りな方だったからな。正直、男としての生活を楽しんでいる部分もあるのだ」


 確かに、晴香さん自身は性格的には凛々しいタイプだと思うけど──身体はすんごく女らしいんですが! 正直、俺的には結構ヤバいです。今夜あたり、そろそろ我慢できなくてオナニーとかしちゃいそう。


 * * * 


 ふふふ、あんなに顔を赤らめて──可愛いものだ。

 それにしても、まさかあの「魔法の首飾り」とやらが本物だとは思わなかったぞ。

 遼くんには悪いが、私は年々女っぽく成長していく身体が嫌でたまらなかったからな。


 幸い、あの首飾りの制限事項で、入れ替わったふたりが共にそれぞれの身体で快楽の頂きを極めると元に戻れなくなるらしい。

 私は男の自慰は存分に堪能したし、あとは遼くんがあの身体でイッてくれれば……。


 ふむ。この際だから無理矢理押し倒すか?

 ──いやいや、ココはあくまで自主的に女の快楽に浸ってもらわなければ。

そうすれば、彼……いや、「彼女」も女として生きていくふんぎりがつくだろうからな。


 * * * 


 俺・善川遼、改め「華名田晴香」の朝は、和室の布団での、すがすがしい目覚めと共に始まる。


 朝5時半に起きて寝間着から道着と袴姿に着替え、まずは軽く2キロのランニング。そのあとは華名田家の屋敷内に設置された道場で家伝の「華神流柔術」の稽古で1時間程汗を流す。


 その後は──極力気にしないようにしつつ──シャワーで汗を流し、今度は学校の制服へと着替える。無論、女子用だ。

 3日前こうなった当初は、膝上10センチ以上のミニスカートはどうにも落ち着かなかったが、さすがに丸2日、「晴香」さんとして学校生活を送っていれば、多少は慣れる。


 それに、「俺」になってる晴香さんに言われて気が付いたんだが、今の俺達は、首から下の肉体に備わった癖や行動パターンなんかは、踏襲しているらしい。


 実際、男とは逆側についてるブラウスのボタンも戸惑うことなくとめられたし、それどころか下着も含めた一連の着替えや髪のセット、さらには仕草全般に至るまで、深く考えずに「体が覚えているままに」動けば、とくに問題なくやり過ごせてしまう。


 運動関連のことだってそうだ。本来俺は、高校に入ってから武道を始めたばかりの素人に毛が生えた程度で、体力だって男子の平均よりは多少いいってレベル。

 それなのに、幼少時から厳しい鍛練を積んで来た晴香さんのハードなトレーニングを苦も無くこなせてしまえるのだから。実戦で試してはいないが、実際の武道家としての技量もそこそこあるだろう。


 ある意味、チートで楽しているとも言えるが……なんだか、「善川遼」としての俺が、「華名田晴香」の肉体に呑み込まれているようで、深く考えると少し怖い。


 着替えたあとは、純日本家屋な畳敷きの居間で(晴香さんの)家族とともに、これまた和風な朝食を摂る。

 親父が単身赴任中で、お袋も先に自分は食べてしまっているので、用意された朝飯をひとりでかきこむだけだった俺からすると、父母・妹・祖父母に自分を加えた6人が食卓を囲む光景というのは非常に新鮮だ。


 厳しくも頼りがいのある父。温和で世話好きな母。素直で可愛らしい妹。飄々とした祖父に、母に輪をかけて優しい祖母。

 今時、こんな理想的な家族はいないんじゃないかと思えるくらい、いい人達揃いで、正直これに関してだけは、この理不尽な「首の挿げ替え」にも感謝したくなる。


 「ごちそうさま」の言葉とともに食事を終えて、食器を台所に持っていく。今日は多少時間の余裕があるので、洗い物を手伝ったんだが、「母さん」が腰を抜かすほど驚くとともに、泣いて喜んでいた。

 どうやら、晴香さん、自分で言ってた通り、家事とか女の子らしいことは一切やらなかったみたいだ。


 でも、他人からの見かけはどうあれ、中身が他人の俺としては上げ膳据え膳ってのは流石に気がひける。もともと両親共働きで、得意でも好きでもないけど最低限の家事くらいはできるし。


 しかし、ごく普通にお皿洗っただけで母親に感激されるって、晴香さんどんだけ無精者だったんだろう。まぁ、確かに、この身体だとお茶碗洗うだけで何度も落っこととしそうになったけど。


 (!? 待てよ、ってコトは、今「善川遼」として俺の部屋にいるあの人は!?)


 たしか先週からお袋も風邪引いた親父の面倒見に北海道行ってるはずだし……。


 ──ええ、予想通りでしたとも。今日は合気道部の部活がなかったんで、学校から帰る時、晴香さんに申し出て「善川遼」の部屋に寄ってみたんだけど……。

 まさに、腐海! どうして、たった三日でここまで他人の部屋を散らかせるんですか!? 


 「ハッハッハッ、私は昔から整理整頓とか掃除とかいうヤツがちょっとばかし苦手でね」


 ちょっと苦手ってレベルぢゃねーぞ!


 そのままだと制服が汚れるんで、仕方なく俺は割烹着&三角巾装備して、部屋の大掃除をしましたよ。だいたい、コンビニ弁当の空き箱くらい、さっさと捨ててください!


 「いやぁ、どうせならまとめて捨てようかと」


 それならせめて、ゴミ袋に入れて、台所の隅にでもヒッソリ置いておきましょうよ!!


 ああ、文武両道で全校生徒憧れの的の和風美人・華名田晴香嬢が、まさかこんな家事無能力な駄目人間だったなんて……。


 ──それでも、そんな晴香さんの「本性」を知ってるのが、家族以外では自分だけかと思うと、ちょっと優越感みたいなものを感じないでもないかな。

 俺なんかに叱られて小さくなってる晴香さんを、不覚にも「ちょっと可愛いかも♪」なんて思っちゃったし。


 * * * 


 ふむ。どうやら私は、彼──いや、今は「彼女」と言うべきか。ともかく、善川遼という呼ばれて少年の意思の強さを見くびっていたようだ。

 なぜなら、私が密かに隠し持っている「魔法の首飾り」、つまり彼と私の首をすげ替える時に使ったあの呪物が、未だに形を保って存在しているからだ。


 あの時の古物商の言葉を信じるなら、この呪物は互いが快楽の頂きを知る、つまり戻ることが不可能になった時点で自動的に砕け散るらしい。

 逆に、それまでに人為的に壊したりすると、その時点で呪いが解け、元に戻ってしまうのだそうだ。


 これから判断するに、遼くんは未だに私の身体で自慰や性交に類する行為を一切行っていないということになる。それも、普段は「華名田晴香」として女子に交じって学校生活を営んでいるにも関わらず、だ。


 当然、更衣室やトイレなどのわかりやすい罠は元より、私の友人であった冴島のどかのような、抱きつき癖のある女子のスキンシップなど、さまざまなトラップが待ち受けているだろうに。


 私も「善川遼」として彼の男友達と馬鹿話をするようになって痛感しているのだが、この年代の少年というものは、性欲や性的好奇心に関する自制心が極めて低い。


 ──もっとも、遼くんの身体を得た途端、彼の部屋で続けざまに数回自慰をしてしまった私に言えた義理ではないがな。一応、言い訳させてもらうと、これでも私は元の身体の頃はストイックという評判を得ていたのだが……。


 そう考えると、性欲面で若い男性が貪欲なのは、否応なく睾丸に精液が溜まるという男性特有の生理の影響もあるだろうな。


 (! ふむ……生理、か)


 そう言えば、周期的には今週末くらいには、私の身体に月のものが訪れるはずだな。

 動物で言う発情期に当たるだけあって、アレの前後は私も結構情欲に悩まされたものだ。


 ふふっ……よかろう、「華名田晴香」くん。もし、生理が終わるまで君がその自制心を貫けたなら、この身体は君に返し、私は代わりの新たな犠牲者を探そうじゃないか!

 もっとも、慣れぬ女子の身体の疼きを押さえこめるとは思えないがね。


-(彼女の企みは)つづく?-

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