◆真相

 「そっか……知ってしまったんですね」

 「ああ……君の言う通りだ。知らなきゃよかったと、激しく後悔したよ」


  * * * 


 1ヶ月前、研究者だった親父が死んだ。会社の研究室での実験中の事故らしい。

 遺体はかろうじて人間であることが分かる程のヒドい破損状況で、俺は父親が死んだという実感もないまま、形式的に喪主を務め(母親は俺が3歳の頃に亡くなってる)、葬式やら何やらを町内会長さんの手助けで済ませた。


 元より親父は仕事人間で会社に泊まり込むことも多く、俺は小学校高学年の頃(10歳くらいまではオヤジもそれなりに家にいてくれた)から家には独りでいることが多かった。


 だから、たとえ父親が亡くなったからってそんなに変わりはないと思ってたけど……それでも、やはり親ひとり子ひとりの状況で、その親がいなくなると言うのは、やっぱり結構つらい。


 とは言え、俺も今年から高校生。電車で2駅のところに亡くなった母親の妹──俺から見ると叔母にあたる人が所帯を持っていて、旦那さん共々俺の後見人になってくれたので、一応真っ当に暮らすことはできた。会社から意外と多額の見舞金も出たから、慎ましく暮らしてれば、大学卒業くらいまでは何とかなるだろう。


 そうやって、ひとりの毎日に徐々に慣れつつあった頃、親父の死から数えてちょうどひと月目の日曜日、俺は彼女──逢坂若葉と出会ったんだ

 やや赤みがかったセミロングの髪を風になびかせ、どこで手に入れたのかコスプレなんかじゃない本格的な黒と白のメイド服に身を包んだ少女は、呼び鈴に応えて玄関に出た俺に向かって、ニッコリ微笑むと、こうのたまったのだ。


 「はじめまして、松戸俊彦様。わたしの名前は、逢坂若葉。あなたのお世話をするために来ました。幾久しくお願い致しますね」


 ──いや、一応言い訳させてもらうと、いくら俺が密かにメイドさん好きで、その手のAVやH本を多数集めてるからって、さすがに見知らぬ不審人物をメイド服着てるからってだけで受け入れたりはしないぜ?


 ところが、若葉と名乗る少女は、亡くなった俺の父からだという紹介状を持っていた。どうやら、親父も俺のことを半ば放置しているような状況を多少は心苦しく思ってたらしく、知人のつてを頼って住み込みの家政婦を捜しててくれたみたいなんだ。


 「確かに、親父の筆跡っぽいが……何で今日なんだ? そして、なぜにメイド服?」

 「あら、だって……」


 若葉と名乗る少女は、両掌を右頬の前でパチンと合わせると、ニッコリ微笑んだ。


 「今日は、俊彦様のお誕生日じゃないですか」


 ! そうか──そう言えばそうだったな。

 忙しい親父も、毎年母さんの命日と俺の誕生日だけはキチンと家に帰って来てくれていた。命日には母さんの墓に一緒にお参りし、誕生日の方はそれなりに手の込んだプレゼントをくれるのが常だった。


 つまり──今年の「プレゼント」が家政婦さんってコトか?


 「それとメイド服なのは──俊彦様の趣味に合わせたからです」


 ポッと頬を染めて俯く若葉の言葉に、思わず「ブーッ!」と噴き出す。


 「あ、あんのクソオヤジぃ~」


 そりゃ、何かの拍子に「メイドロボは漢の浪漫」だとか言った記憶はあるけどよ。何も人の恥ずかしい嗜好を他人に漏らすこたぁないだろ……ん?


 「──まさかと思うけど、アンタ、親父が作ったメイドロボだとか言うオチはないよな?」


 親父の専門は生化学方面のはずだが、無駄に器用な人だったからなぁ。精密工学関係の特許もいくつか持ってたはずだし。


 「いえ、そんな……あの、もしお疑いでしたら、ホラ」


 そう言って若葉は、俺の右手をとると自らの左胸に押し付けたのだ!


 (うわぁ、やーらけぇなぁ。それに、着痩せするタイプなのか意外とデカい……ぢゃなくて!)


 「ななな、なんばすっとですたい!?」

 「いえ、ですから、ちゃんと心臓の鼓動を確かめていただこうか、と……」


 そりゃ、確かにドクンドクンと言ってるハートビートは感じられるけどさぁ──つーか、鼓動メチャ速いよ?


 見れば、ようやく自分がやってるコトの大胆さに気づいたのか、メイド娘は真っ赤になっていた。


 慌てて跳び離れる俺たち。


 「はわわ! こ、コレは失礼を……」

 「い、イヤイヤ、結構なモノをお持ちで……」


 ふたりとも首筋まで赤くなりながら、ワケの分からんことを口走りつつペコペコ頭を下げる。そして互いに顔を見合わせて、プッと噴き出した。


 「アハハハ……」「ウフフフ……」


 そのあと、若葉が実は俺と同い年であり同じ学校に転入予定なこと、俺同様に身寄りがなく住み込みで働ける場所を探してたこと、賃金は親父から先払いで5年分振り込まれていること……といった詳しい状況を聞いた結果、俺は彼女を一緒に暮らす「家族」として受け入れることを決めた。


 無論、彼女が俺の好みにどストライクな童顔かくれ巨乳美少女だってこともあるけど、そればかりでなく、初めて見た時からどこか懐かしい感じがしてたことも、理由のひとつだ。


 まぁ、そんなこんなで我が家にメイドさんっぽい美少女家政婦さんがひとり、居候することになったワケだ。


  *  *  *  


 そして出会ってから半年。 

 初対面時の好印象を裏切られることなく、若葉と俺はしごく快適な同居生活を営んでいた。


 「今日の買い物はこんなモンでいいのか、若葉?」


 学校帰りに、若葉につきあって商店街に寄るのは、最近の俺の日課になっていた。


 「はい、大丈夫です。すみません、俊彦さん、荷物をお持ちいただいて……」


 偶然か必然か同じクラスになったのを契機に、「様」づけはやめてもらった。友人たちの前で「俊彦様」とか呼ばれると、さすがに決まりが悪いし。


 「なんの。力仕事は男の役目ってね。そのぶん、若葉が美味いメシ作ってくれるなら、それでいいよ」


 実際、若葉の家事の腕前は、俺と同年代の少女と思えないほど完璧だった(ごく稀にドジるけど)。特に料理に関しては、初めて会った時の印象同様どこか懐かしい感じがして、どんな高級料理店のメニューより、俺は好きになっていた。


 「男をゲットするなら胃袋から」とよく言われるけど、今の俺は若葉の手料理にすっかり餌づけされてるに等しい。なにせ、朝晩の食事はもちろん、学校での昼食にも若葉お手製の弁当を持参し、大抵は彼女と向かい合って食べてるのだから。

 ──「リア充、モゲろ」とか言う怨嗟の声は、気にしない方向で。


 こうやってふたりで買い物してると、商店街のオッちゃんオバちゃん達から「相変わらず仲がいいねぇ」「よっ、新婚さん! 赤ちゃんはまだかい?」なんて冷やかされる。

 無論恥ずかしいのは確かだが実のところ満更でもない。若葉の方も頬を僅かに赤くしているが、少なくとも嫌ではなさそうだ。


 クラスの大半の人間も、俺達の仲の良さと、ひとつ屋根の下に同居していると知ってるから、すっかり恋人同士だと思い込んでいる(俺も否定しなかった)が、実のところ、いまだ俺達のあいだにそういった艶めいた男女のやりとりは無い。


 いや、そりゃ半年も一緒に暮らしてたら、「うっかりノックを忘れて、下着姿を直視!」とか「お風呂場で悲鳴が聞こえて乱入したら、ただ沸かすの忘れてて冷たかっただけでゴザる。そして一瞬と言えど全裸を目撃」と言ったラッキースケベなイベントは発生しましたよ、ええ。


 でも、俺の好意には気づいているはずなのに、若葉はいつもそれを天然を装ってはぐらかそうとするんだ。

 俺のことを嫌いではないと思う。恋愛的な意味ではなく「好き」と言われたことはあるし。


 あるいは、雇い主もしくは弟(意外と若葉はお姉さん属性だった)みたいなモノとしか見れないって言うなら、納得できないまでも話はわかるんだが、そのクセ時々、愛情のこもった切ない視線で俺のことを見てたりするんだ。

 本人は気付かれてないと思ってるみたいだけど、そうと意識してればバレバレだ。ワケがわかんねーよ。


 もしかしたら、今は亡き親父との間に何か約束──実は親父の隠し子で、異母弟である俺に手は出さないとか──があったのかも……と、興信所でバイトしてる友人のツテを頼って彼女の前歴を調べてもらったら、意外な結果が出た。


 「過去が、ない?」

 「正確には「辿れない」だな。多分、彼女の名前は偽名、そのクセ「公式に存在するモノ」だ。他人の戸籍を金で買ったのかもしれん」


 そして、決定的なのが、彼女を見た後見人である叔母の一言だった。


 「……嘘、双葉姉さん? いえ、そんなはずはないわね。ご、ゴメンなさい」


 嗚呼、どうして俺も、彼女に感じた“懐かしさ”の正体を気づかなかったのか。

 彼女の──若葉の容姿は、髪型こそ違えど、俺の母親の若い頃の姿とソックリじゃないか! そもそも“逢坂”と言う姓自体、母の旧姓だ。


 しかし、だからといって、母の親戚と考えるには、叔母がまるで知らなかったことがネックとなる。

 そして、偶然目にしてしまった、彼女宛ての手紙に書かれていた不可解な部分も考え合わせると……。


 「もしかして──父さん、なんだな?」

 「──ああ、すまない。騙すつもりはなかったんだ」


 研究中の人造生体の実験のモデルとして、感傷混じりに母さんのデータを使用したこと。


 99%完成した人造生体の最後の課題──自我意識を持たせる実験の際に事故が起こり、実験機械の爆発炎上に巻き込まれた親父の身体は死亡したこと。


 しかし耐圧耐衝撃カプセルな護られていた人造生体の方は無事で、しかも気がつけばそこに親父の意識が宿っていたこと。さらに、親父自身の記憶に加えて、母さんの記憶、そして様々な実験をされていた「人造生体の少女」としての記憶も断片的に読みとれたこと。


 会社側に非合法に近い実験の事実の隠ぺいと引き換えに、ひとりの少女としての前歴を用意してもらったこと。


 それから一月近く、40歳の中年男性「松戸清秋」ではなく、16歳の少女「逢坂若葉」としての言動やパーソナリティなどを身に着けるべく、元同僚の女性の教育を受けていたこと(なぜか、その女性が妙にノリノリだったこと)。


 そして、俺の誕生日に合わせて、この家に現れたこと。


 それらの「真相」を「彼女」は明かしてくれた。


 「本当は、ただの家政婦、あるいは“準家族”として、お前の世話をするだけのつもりだったんだ。

 以前のワシは、息子にとって決して良き親、良き家族だったとは到底言えないからな」


 けれど、誤算だったのは、学校そして家と一日のほぼすべての時間を共に過ごすうちに、俺が「若葉」に惹かれてしまったこと。

 そして、「若葉」自身も、女子高生そしてメイドとして暮らすうちに、徐々に女性としての意識が強くなり、俺を「息子」ではなく「好ましい少年」として見るようになってしまった。


 ──ああ……何だ。何も悪いことなんて、誰も苦しむ必要なんてない。


 「ごめん……本当に、ごめんなさい、俊彦さん……」


 だって、俺の目の前で、涙を流しながらしゃくりあげるか細い身体は、心は、俺の愛する少女そのものじゃないか。

 俺は、万感の想いを込めて、若葉の身体を抱きしめた。


 「! は、離して、ください」

 「嫌だ! もし離したら、若葉は、俺の前から消えるつもりだろう?」

 「そ、それは……」


 口ごもる少女の肩に手を置いて、強引に唇を奪う。


 「!!」


 まんまるに見開かれた彼女の鳶色の瞳を覗き込みながら、はっきりと口にする。


 「好きだ! たとえ、元が誰であろうとて知ったことか。俺は、若葉を愛してる。ずっと俺の隣にいてくれ!」

 「────」


 しばらく硬直していた彼女は、おずおずと俺の身体に手を伸ばす。


 「──いいの、本当に? わたし、あなたの傍にいても?」

 「むしろいてくれないと困る。こないだの日曜に買った、冷蔵庫内にある大量の食材も、俺じゃあ、どう処理していいかわからねーし」


 無理やりニカッと笑って見せると、若葉の体から強張りが消える。


 「わたし、あなたのコトを好きになってもいいの?」

 「つーか、若葉が何て言おうと、俺のことを好きにしてみせる! 恋人になるには愛情が足りないってんなら、十倍でも百倍でも!!」

 「うふふ……それは、ちょっと無理だと思いますよ。だって……」


 ようやく、若葉の顔に、きごちないながらも笑みが戻ってきた。


 「だって、わたし、俊彦さんのことが、大、大だーーい好きなんですから。これ以上好きになっちゃったら、わたしのハートパンクしちゃいます」


 俺の胸に飛び込んできた若葉を強く抱きしめる。

 今度は哀しみではなく喜びの涙で濡れる若葉の目に片方ずつキスしてから、再び口づけを交わす俺達のあいだに、もはや蟠りや障害は欠片ほども存在しなかった。


  *  *  *  


 「ふぅ……あっちぃなぁ、まったく」

 「あは、ごめんなさい、俊彦さん。こんな炎天下に引っ張りだして」

 「いや、まぁ、その炎天下に恋人ひとり買い物に行かせるワケにはいかんだろ」


 それに、こういう“一緒に夕飯の材料をお買い物”ってのも、いかにも同棲カップルっぽくて悪くないし。


 「ふふっ、相変わらず優しいですね♪ じゃあ、ちょっとてだけ寄り道して、あの喫茶店で涼んでいきましょうか」

 「あ~、それがいいな。さすがにこう暑いと、冷たいモノも飲みたいし」


 俺と若葉が恋人同士になってから1年半あまりの時間が流れ、俺達も高校3年生になっていた。


 あれ以来、俺達は自他共に認める「仲良し(ば)カップル」として、学校やご近所でも有名になった。


 無論、若い恋人同士がふたりきりになれば、ヤることはヤってるわけで……そのせいか、若葉は最近、ますますエッチな体つきになってる気がするな。主に、胸とか乳とかオッパイとか。


 「? どうかしましたか、俊彦さん?」

 「い、いや、なんでもないよ、若葉」


──ピューピュピューッ♪


 不審げな顔の若葉(の胸元)から視線を反らし、俺は喫茶店の天井を見上げて下手な口笛をふく。何か誤魔化してるのはバレバレだが、よくできた嫁(予定)の若葉は、あえて追求しては来ないだろう。


 (しかし、冷静に考えると、俺って二重の意味で近親相姦してるんだなぁ)


 何せ、母親の姿で父親の記憶を持った少女と、毎晩のようにベッドを共にしてるんだから。


 無論、一片たりとも後悔する気はない。

 俺が学校を卒業し、社会に出て就職した暁に、若葉が俺の嫁になることは、“既定事項”として互いに納得してるし。

 幸い戸籍上、「逢坂若葉」は母方の遠縁の親戚というに留まるから、結婚するのに何の障害もない。


 ま、今はとりあえず、こんな風にふたりで幸せな毎日を送っていけるだけで、俺は十分満足だけどな!


 「?? 本当に大丈夫ですか、俊彦さん? まさかこの暑さに頭を……」

 「失敬なコト言うなよ! 今週末にでも、海に行こうかと予定を考えてただけなんだから。そんなコト言うなら、こないだ買った「エッチな水着」、海で着せるぞ、コラ!!」


-fin- 

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以上。ある意味、インセストなタブーに抵触しそうなお話。

ただ、見方によっては「母の容姿を持ち、父の記憶を転写されてしまった人造人間少女のお話」(たとえるなら某碇司令の記憶をコピーされた綾〇レイ?)なワケで、そう考えるとギリギリセーフかなぁ、と。

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