◆篭球少女 -あなざーわーるど-

 神様、確かに俺は、交通事故に遭ってトラックに跳ね飛ばされた時、「死ぬ前にもう一度バスケがしたい」、そう願いました。

 でも、だからってまさか小学生の従妹のトモちゃんの体を乗っ取ってまで、自分の願いを叶えようなんて、そんなコト、思ってもみなかったんです。


 『──もう、遅い。すでに選択は為された。

 それに気に病むことはない。お主がいなければ、その体はとうに亡くなっていたのだから』


 ……え? それってどういうこと!?


 神様(自称)が言うには、トモちゃん──俺の4歳年下のイトコの朋香ちゃんは、どうやら学校でイジメを受けていたらしい。

 やむなく転校することになったんだけど、それでも転校先に馴染めるか不安で、衝動的に手首を切って自殺したのだとか。


 「手首に傷跡とかありませんけど……」


 『安心しろ。我が消しておいた。しかし、いずれにせよ、その娘はその時に「死んだ」のだ』


 「そんな……」


 俺とトモちゃんはお互いにひとりっ子で、たまに会った時、トモちゃんは俺を「お兄ちゃん」と慕ってくれていたし、俺もトモちゃんを妹みたいに思っていた。

 それなのにこんなコトになるなんて……。


  *  *  *  


 「ただいまー」


 俺が朋香ちゃんになって一週間が過ぎた。

 無論、こんな突拍子もない事柄を他人に話せるわけもなく、俺はトモちゃんのフリをして毎日小学校に通っている。

 転校した先が裕福な家庭の子女が通う私立校だったのが幸いしたのか、「転校生・水都朋香」はクラスのみんなにも比較的好意的に受け入れられ、特にいじめなんかは受けていない。


 高一の男子からいきなり小六の女子小学生になった俺は、女の子としての日常の勝手がいまいち掴めず、そのためどうしても積極的な行動がとれない。そのため、クラスのみんなには「恥ずかしがり屋で控えめな子」として認識されてるみたいだけど。


 もっとも、そのおかげで、クラス委員で世話焼きな楓ちゃんや、内気でおとなしいけど親切な純子ちゃんと仲良くなり、いろいろ教えてもらうことができたのだから、これはこれで良かったのかもしれない。


 そうやって、なんとか「女子小学生・水都朋香」として日常生活を送る算段がついてきた(まだ小学生なんで、お化粧とか女の嗜みとかにさほど気を使わないで済むのは助かった)ころ、俺は一大決心を固めて職員室に向かっていた。


 「本物の朋香ちゃんの死」に対して完全に割り切れたわけではないけど、一応何とか心の折り合いをつけて、俺が死の間際にまで執着したモノ──バスケットボールを、そろそろ再開しようと考えたのだ。


 ところが……。


 「え!? この学校、バスケ部はないんですか?」

 「いえ、ないわけじゃないんだけど……今は男子部だけなの」


 担任の迫水先生の言葉に、俺はガックリと肩を落とした。


 「そんなぁ~」


 でも、確かに中学ならともかく小学校ならミニバスのチームが必ずしもあるとは限らないし、十分考え得る事態だった。

 最悪、男子の練習に参加させてもらうことも考えないといけないかもしれない。

 幸い俺は元は男でしかも中学高校ともバスケの経験者だ。男子の中に混じってもそれなりにやっていける自信はあった。


 「あ、でも、「女子バスケットボール部」自体の枠はあるのよ。部員がいないだけで。だから、水都さんも「女子バスケ部員」になることは、今からでもできるわ」

 「はあ……」


 幽霊部員ならぬ幽霊部活の部員になって何かいいことあるのだろうか。


 「あら、だって我が校は原則6時間目のあとは即時下校よ。でも、クラブに入っていれば課外活動の時間として学校に残れるわ」


 あー、なるへそ。小学生って、そういう点が面倒だよね。


 「それに、正規の女子バスケ部員として、他の子を部活に誘えるじゃない?」

 「転校生が夏休み直前にひとりで立ちあげた部活に、わざわざ入ってくれるような奇特な人がいれば、の話ですけど」

 「そこは……水都さん次第かな? それに、6年生だけじゃなくて5年生でも構わないんだし」


 がんばってね、と励ましてくれる迫水先生。


 「はぁー」

 「あれ、どうしたの水都さん、元気ないね?」


 お昼休み。給食を食べている最中に溜め息をついていたのを隣りの席の竹内さんに見咎められた。名前で呼び合う楓ちゃんたちほどじゃないけど、席の関係で彼女ともそれなりに会話することが多い。


 「んー、部活でバスケをやりたかったんだけどね、女子のメンバーがいないみたいなんだ」


 最近は、男っぽい語尾にならないよう話すのもだいぶ慣れてきたなー。


 「あ、そーだ! 竹内さん、運動神経良かったよね? もしよかったら……」


 実際、竹内さんは、明朗快活・スポーツ万能なこのクラスでも1、2を争う人気者だ。背も高いうえに顔立ちもちょっとボーイッシュだけど大人びた美人さんで、このまま女子中学生に混じっていても違和感なさそうなくらい。


 「あ~、ごめん。ぼく、バレー部のサブキャプテン」


 ですよねー、こんな逸材が何のクラブにも入ってないなんてことはあり得ないだろうし。


 「あ、でも竹内さん、田河さんと仲がいいよね、彼女は……」


 頭脳明晰・容姿端麗な社長令嬢で、しかも竹内さんとタメはるぐらい運動が得意な少女の名前を挙げてみたものの……。


 「久瑠ちゃんは茶道部だよ。それに、テニスの練習とかもあるみたいだし」


 ──そうでした。彼女、日本ジュニアテニス界のホープとか呼ばれてるんだけっけ。なんという勝ち組!


 「でも、ちょっと意外かな。水都さん、おとなしそうに見えるけどバスケ好きなんだ」

 「あーうー、まぁ、ね」


 確かに、今の「朋香」の外見は色白かつ小柄で、あまりスポーツ好きには見えないよね。でも、色々試してみたところ、この身体、さすがに男子には劣ると思うけど、小六の女の子としては運動能力は結構いい線いってると思う。


 「見谷さんとか島さんには聞いてみたの?」

 「まだだけど……」


 楓ちゃんは眼鏡をかけた如何にも委員長然とした感じの子だから、スポーツしてるイメージが湧かないんだよね。まぁ、運動神経が格別悪い方でもなかったと思うけど。

 純子ちゃんは、背は竹内さんと同じくらい高い。たぶん160センチくらいあるとは思う。それだけ見ればバスケ向きなんだけど、すごく大人しい娘だからなぁ。


 「でもふたりともクラブには未所属のはずだよ。水都さんのお願いなら協力してくれるんじゃないかな。

 それに──そもそも今から結成したって公式大会には多分間に合わないでしょ? だったら、勝つことを目指すより「楽しくプレイする」ことが目的でもいいと思うけど」


 「あ……」


 そうだ。忘れてた。

 俺は──バスケで勝ちたいんじゃない。そういう気持ちがないと言えば嘘になるけど、それよりも死の淵で願ったことは、ただ純粋に「バスケットボールがしたい」ってことだったじゃないか!

 それをクラスメイトとは言え、小学生の子に教えられるなんて……。


 「ありがとう、竹内さん! うん、楓ちゃんたちに頼んでみるね」

 「そだね。それと、ぼくのことは「千春」でいいよ」

 「じゃあ、私も「朋香」で」


 ちょっとカッコつけて握手なんてしちゃってから、俺は友達ふたりに相談すべく──急いで給食を食べるのだった。


 ……いや、小学生だから、給食が終わらないと昼休みになんないんだよ!


  *  *  *  


 その後、楓ちゃんや純子ちゃんの協力を得て、何とかメンバーを5人集めて初等部に女子バスケ部を設立できたんだけど……。

 俺以外が全員初心者で、しかも遊びたい&おしゃべり好きな盛りの女の子たちばかりだから、まともに練習するのにも結構苦労することになったんだ。


 顧問になってくれた迫水先生もド素人だから、まともな指導なんかできないよなぁ──とか思ってたら、事情があってバスケ部を退部した知り合い(いとこの息子さんらしい)の高校生をコーチ役に引っ張って来てくれたのは、嬉しい誤算ってヤツかな。


 そのコーチ──羽瀬川昴星(はせがわ・こうせい)さんは、男子高校生としてはやや小柄(現役時代はPGだったらしい)で、柔和な印象の人だった。


 でも、バスケの事になると真剣で、知識も技術も凄く豊富で、指導も的確。俺も元の男だった頃はインターハイ出場校のレギュラー候補だったから、少なからぬ自信はあったんだけど、今12歳の女の子の身体になってるハンデがあるとは言え、彼には全然敵わない。


 もっとも、羽瀬川さんの方も、俺の動きやシュートを見て、「女子小学生とは思えない……」と驚いてたから、おあいこかな。


 羽瀬川さんの指導のおかげで、俺も含めた女子バスケ部の面々はどんどん巧くなっていった。


 うん、それは喜ばしいんだけど……。


 「だーかーらー、どーして、私が、羽瀬川さんが好きってコトになるのよ!?」


 バスケ好きとして、そして(皆には内緒だけど)元男子高校生として、羽瀬川さんには親近感があったから、出会った当初から割と気さくに接してたら、どうも他の部員の子たちに勘違いされちゃったみたい。


 「え~、だって、トモちん、コーチが来たら、いつでも真っ先に飛んで行くじゃん」

 「いや、ほら、キャプテンとして打ち合わせとかしないといけないし……」


 「羽瀬川さんがお手本のシュート撃つときとか、すごく真剣な目で見守ってますよね?」

 「そ、それは、羽瀬川さんのフォームとか綺麗だし参考になるから」


 「トモっち、ふだんはわりかし大人っぽいのに、こーち相手だと、ちょっと甘えてるみたいなのだ」

 「そ、そりゃあ、相手は年上の男性なんだから多少はそういう部分もないとは言わないけど……まぁ、お兄さんみたいなもの?」

 「そうかしら? わたしも高校生の兄がいるけど、別にあなた達みたく仲良くないわよ」


 安○先生、チームメイトの興味深々おもしろはんぶんの追求がキビしいです。


 (はぁ~、やっぱ女の子ってそういう恋愛絡みの話題が好きなんだなぁ)


 私としては男友達に近い気安い感覚で接しているだけなんだけどなぁ──と、心の中で溜め息をついてたら、顧問の迫水先生が予測不能な爆弾を落としてきた。


 「あら、でも、水都さん、先週は昴星くんとふたりでお出かけしたんじゃないの? あの子はしっかりしてるから大丈夫とは思うけど、ふたりともまだ学生なんだから、節度は守ってね」


 ぬなっ!?

 いや、アレは違う。あれは、友達と行くつもりだった映画のチケットが向こうの都合で1枚余ってたから、せっかくだから観に行かないかって誘われただけで……。


 「なんだかんだ言って、トモちん、コーチとしっかりデートしてるんじゃん」


 で、デート!? そりゃ、確かに一緒に映画は観たし、その後、お昼ご飯を食べて、腹ごなしに繁華街をふたりでブラブラしたけど、それのどこがデート……。


 「それ、定番のデートコースですわね。オーソドックス過ぎて面白みには欠けますが、まぁ、小学生相手なら悪くない選択かしら」


 ──ホントだぁーーーっ!!


  *  *  *  


 結局、それ以来、私の方が羽瀬川さんを意識するようになって、そのせいで妙に女の子っぽい態度になってしまったみたいで、それが逆に羽瀬川さんの心の琴線をくすぐったらしくて……。


 色々あって、半年経って中等部に進学する頃には、私たちは苗字でなく「昴星さん」「朋香ちゃん」と名前で呼び合う仲になっていた。


 たまに、「見てるだけでラブラブ過ぎて砂糖吐きそう」とか、同じバスケ部(そのまま中等部にも女子バス作ったんだ)の友達に言われるけど、しーらない。元はと言えばみんなのせいで意識するようになったのがキッカケなんだから、自業自得だよ♪


~おしまい~

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