◆ネフェルティアの微笑
黄林和泉(きばやし・いずみ)が、春休みに大学で募集していたそのアルバイトに応募したのは、金銭的な理由というより「遺跡発掘の助手」という響きに浪漫を感じたからだ。
和泉はこれといってとりえのない平凡な男子大学生だが、オタクというか中二病の尻尾というか、「古代文明の遺産」とかそういうワードに心惹かれるタイプだった。
また、それを抜きにしても、エジプトにロハで連れて行ってもらえる(しかも宿・食事付き)という条件は魅力的だ。
同様の考えの持ち主が多かったのか、バイトには応募が殺到したが、幸いにして和泉は採用されることができた。
そうして、現地に到着した学生バイトたちは、助手とは名ばかりの単純労働(主に出土品から土や汚れを取り、刷毛等で綺麗にする作業)に駆り出されることになる。
幸か不幸か和泉は、オタ趣味の一環でガ〇プラなどを作ることも多かったので、この種の小器用さが必要とされる手仕事は割と得意だった。
おかげで発掘リーダーの教授からも信頼され、出土品の中でもかなり貴重な「黄金の
「ふぃー、あとちょっとだな。これなら明日の昼には終わるかな」
凝り性なところのある和泉は、夕飯後も作業用テントに残り、ヘッドチャームを綺麗する作業を続けて、8割方終了というところまできていた。
気が付けばそろそろ日付が変わる頃合いになっており、そろそろ片付けて割り当てられた宿舎(といっても安宿のワンフロアを丸ごと借り切っただけだが)に戻ろうか──と考える。
「それにしても綺麗なモンだなぁ。古代の王様とかが被っていたのかな?」
保管用金庫にしまうために手にしたヘッドチャームを、改めてしげしげと見つめていた和泉だが、ちょっとした悪戯心で頭に載せてみた。
「ふっふっふっ、『愚民どもよ、控えよ! 我は偉大なる女王ネフェルティアなるぞ!』……なーんてね」
調子に乗ってひとり芝居っぽい台詞を口にしたものの、さすがに恥ずかしくなったのか、和泉はヘッドチャームを外すと金庫にしまい込み、テントを後にする。
だが──青年は気付いていない。
三文芝居とはいえ、なぜか自分が「王ではなく女王」を自称し、さらには「まだ教授たちですら特定できていないこの遺跡の主の名前」をピタリと当てていたということに。
日本人の青年が、宿舎の狭い個室で眠りについた頃、金庫の中で、黄金のヘッドチャームが人知れず怪しい輝きを放っていた。
* * *
翌朝──というよりまだ薄暗い4時頃に目が覚めたのに、気分はいつになく爽快だった。
3月半ばとはいえ、赤道に近いこの地の気温は日本より格段に高く、また宿舎にはエアコンもついていないため、日本人にとっては少々寝苦しい──はずなんだけど。
なぜか今日は「この地で生まれ育った人間である」かのように、暑さが気にならなかったんだ。
「んんーっ、ようやく僕もこの国の気候に慣れてきたってコトか……えっ!?」
自分の口から漏れたはずの言葉、いや“声”に違和感を感じる。
寝台の上でガバリと起き上がって、薄手のブランケットを振り落し、自分の身体を見下ろした瞬間、僕は目が点になった。
昨夜は、ごくありふれたTシャツ&ショーパン姿で寝たはずなのに、山吹色のビキニ水着(もちろん女物)のような衣装を身に着けていたからだ。
いや、それだけなら、まだバイト仲間がおふざけで僕が寝ている間に着せ替えた、という可能性がなきにしもあらずだが……。
「な、なんだよ、コレ──もしかしなくても、オッパイ!?」
そう、昨日までの見慣れた平均的な日本人青年の体躯とは、明らかに様変わりしていたのだ。
残念ながら童貞で姉妹や仲の良い女友達もいない僕には、女の子の胸のサイズはよくわからないけど、おそらくはD……いやEカップを上回るであろう大きな(それでいて形の良い)乳房。
キュッとくびれたウェストと、対称的に大きくまろやかなヒップ。
そこからのびる太腿もムッチリと魅惑的で、それが自分についているのでなければ、僕も思わず生唾を呑んだかもしれない。
そして──ビキニショーツに包まれた股間には、男性なら誰もが持っているはずの膨らみが見当たらなかった。
「もしかして、ボク、女の子になってるの!?」
慌てて寝台から降りて、入口近くの壁にかけられた30センチ四方くらいの鏡を覗き込む。
そこに映っていたのは、僅かにボクの面影は感じられたものの、「健康的な褐色の肌と漆黒の長い髪が美しい、18歳前後の美女(美少女?)」にしか見えない人物の顔だった。
「ウソ……」
驚きに見開かれた
(こーゆーのって“あさおん”って言うんだっけ? 真司のヤツが好きそーなネタだなぁ)
ボク同様このバイトに参加している友人のことを思い出し、どこか他人事のような感想を抱いていたところで、さらに驚くべき事態が発生した。
両手首と両足首に重みを感じたので視線を移すと、そこには純金製とおぼしきブレスレットとアンクレットが嵌っていたんだ。
「コレ、どこから!? さっきまでは……」
「無かったよね」と言い終わる前に、今度は首のあたりに違和感を感じる。
再度鏡を見れば、これまた黄金製の首飾り、しかも普通のネックレスとかじゃなくて、クレオパトラとかが付けてそうな大きくて重たい代物が、ボクの首から肩にかけてを覆っていた。
「何、コレ……」
鏡の中に映る自分の両耳に、大きめの金のイアリングが突如出現し装着される。
「あ、ははは……」
もはや笑うしかないという心境のボクの頭が重くなり、そこには、昨日作業テントの金庫にしまったはずの金の頭飾りが載せられてたんだ。
* * *
あまりに予想外の自らの変貌に呆然としてい和泉だったが、その変身(?)が一段落したところで、頭の中に声が響いてきた。
『──再誕の時は来たれり。
遥か極東の地にまで飛び散った魂の欠片が転生し、王家の証を身に着けたことで、再び暁光の女王は甦る……』
その声をキッカケに彼だった“彼女”の頭の中に、様々な記憶がイメージの奔流となって押し寄せてきた。
──王家の一族の娘とは思えぬほど、お転婆・奔放に過ごした幼き日々。
──年頃になり、相応の“女のたしなみ”を学び、身に着けることを渋々了解しつつも、その陰で身に宿った呪力を使いこなす鍛錬も密かに怠らなかった。
──やがて、重臣である近衛将軍の息子との婚約が決まり、幸いにして互いに憎からず想っていたため、相思相愛のカップルとして幸せな日々を過ごしていたが……。
──結婚を目前にして傍系王族と隣国が組んでクーデターを起こし、両親や兄弟、身近な人間がことごとく虐殺される。その中には、許婚であった将軍の息子も含まれていた。
──反乱軍側の誤算は、“高貴な淑女”に見えた彼女が、たおやかな見かけと裏腹に、強く荒々しい復讐心を失わなかったことだろう。
──僅かな手勢とともに軟禁された屋敷を脱出し、巧みなカリスマで蜂起した民衆を率いた彼女は、2年あまりの戦いの末、ついに反乱の首謀者たちを討ち、隣国の兵を国から叩き出した。
──その後、女王に即位した彼女は5年かけて乱れた国内を平定し、その後、兄の忘れ形見となった甥に王位を譲って隠棲。30歳になる前に流行り病で亡くなる……。
知らないはずの過去の女王の記憶が脳裏に“甦り”──「日本人青年・黄林和泉」であったはずの人物は、たちまち「古代王国の女王・ネフェルティア」としての意識に“染まった”。
「さて、2000年の長き時を経ての復活じゃ。幸い、愛しきカーカヌムも転生しておるようじゃからな」
* * *
友人に誘われ、遺跡発掘の助手のバイトに応募した大学生・平坂真司は、近頃はだいぶ慣れてきたバイトの今日のノルマ分を終えて、宿舎で眠りについていた──はずだった。
しかし、ふと違和感を感じて明け方近くに目を覚ますと、ベッドに横たわる自分の足元辺りに何者か(シルエットからはおそらく若い女性だろう)がうずくまり、パジャマ代りのトランクスを脱がそうとしていたのだ!
「ふわっ!? 何事!?」
慌てて身を起こそうとした真司だが、なぜか金縛りにあったかのように、身体を動かすことができない。
「ふむ、目覚めたか。さすがは
窓から射し込む月明りの下で、クスクスと笑うその“女性”は、とてつもなく美しかった。
グラビアアイドル顔負けのワガママボディに、ミルクチョコレート色の肌、腰まで伸びた艶やかな漆黒の髪、そして美女とも美少女とも呼べる妖艶さと無邪気さが同居する美貌。
闇の中でも妖しく輝くその琥珀色の瞳の目力も強く、初めて見る女性のはずなのに、真司にはなぜか既視感があった。
「まさか……和泉か!?」
直感に従って、中学時代からの腐れ縁の友人の名を口にする真司。
「おや、わかったのかえ。“ソチラ”に気付いてくれただけでも、上出来じゃな」
半ばうれしげながら、僅かに淋しげな色を瞳に滲ませつつ、黄林和泉“であった”女性──ネフェルティアは、パンツから出した真司の“分身”を柔らかなその指先で握りしめる。
「んっ……んっ……。」
「ぅお……す、すげぇ……気持ちいい……。」
頭の中に様々な疑問が渦巻いた状態ながら、真司は若い男としての本能に逆らえず──まぁ、明け方近くまでかけて、“なんやかんや”シてしまったわけだ。
……
…………
………………
数日後、遺跡の発掘作業は無事に終わり、教授と共に学生助手たちも日本に帰国した。
「今回の発掘では、皆の協力もあって数々の有意義な発見ができた。大変感謝している」
帰国後、五十代初めの温厚な顔つきの教授が、空港のロビーで5人の大学生を前に挨拶する。
「特に“留学生のネフェルティア”くんには、現地でのやりとり含め、色々とお世話になった。ありがとう」
「フフフ……お互い様じゃ、教授殿。今回の“あるばいと”のおかげで妾も貴重な体験ができたからのぅ」
「国費で日本の大学に留学中のエジプト人女性」ネフェルティアは、「発掘作業の合間に恋人となった青年」平坂真司に寄り添いながら、妖艶な笑みを浮かべたのだった。
-おしまい-
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