◆魔光天使ローザ

 『ロザリオ、君にしかできないことなのだ』


 あの日──街が正体不明の怪獣のようなバケモノに襲われたあの時、避難所に行く途中ではぐれた妹のスノゥを捜していた僕の前に、突然現れたウサギのぬいぐるみみたいな姿の妖精ルイが、そう告げた。


 「強制」、ではなかったと思う──多くの人々の安全を盾にとった「脅迫」に限りなく近い形ではあったけれど。

 はぐれた妹を、避難所にいるはずの家族を、友達や顔見知りの街の人々を、そして何より絶体絶命の危機にさらされた僕自身の命を護るために、僕はルイと契約し、“力”を手に入れた。


 その“力”をもってしても、あの怪獣バケモノは強敵だったけど、それでも何とか退けて、ボクは街を護ることができたんだ。

 でも……。


 「まさか、こんな格好すがたになるなんて……」

 『ボヤかないボヤかない。君が得た力の大きさに比べれば、その代償は驚くほど軽いモノだぞ』


 あの日からボクの助手アシスタントのような役目を務めてくれているルイ(可愛らしいぬいぐるみ姿なのに無駄にイケボだ)が、そう言って慰めてくれるけど……。

 ボクは、誰もいないビルの屋上の縁から立ち上がり、自分の身体を見下ろしながら軽く溜息をついた。


 フリルで飾られた白いブラウスの上から黒に近い焦茶色のボレロを着て、首元には赤と白のリボンタイ。

 ボトムにはハイウェストでボレロと同色のミディ丈スカートを履き、スカートの裾からはボリュームたっぷりの白いパニエが覗いている。

 服装だけじゃなく、髪の毛も腰の辺りまで伸び、その一部を両耳の上でおダンゴ状に結わえているのだけど、それでもまだボクには長く感じられる。


 そして──背後に浮かんでいるルイに気取られないよう、ボクは右手で胸元を、左手で両足の付け根をこっそり押さえる。


 「……はぁ」


 予想通り──いや、もう何十回も鏡でも自分の手でも確認してるんだから今更なんだけど、「その事実」を思い知らされて、我知らず溜息がこぼれる。


 右手の掌からは(あまり大きくないとは言え)柔らかな膨らみが、左手の指先からは、かすかな盛り上がりとその中央に刻まれた“溝”の存在が、感じられる。

 当然、男なら誰でも持っているはずの“竿”と“球”の存在は見当たらない。


 そう、ボクがあの“力”──魔法を手に入れるために「支払った」代償は、「男としての僕の存在」だったのだ。


 『体や立場が女性に変わったくらいは、まだ軽い方だぞ。下手したら、家族や友人も含めて、誰も君のことを覚えていないとか、人間の姿ではなくなるといった可能性もあったのだからな』


 そう言ってルイは慰めてくれるし、確かにそんな事態にならなかったのは不幸中の幸いだとは思うけどさぁ。


 「せめて契約する前に事前に教えてほしかったよ。心構えくらいはできたのに」


 あの時、いかにも魔法少女ちっくなこの姿に「転身」した時は驚いたものの、戦いが終わって「転身」を解けば、元の暮らしに戻れると思ってたんだけど……。

 どっこい、そんな簡単にはいかなかった。


 ルイの言う通り、サーキュラー家長男で14歳の少年だった「ロザリオ・サーキュラー」の存在は人々の記憶からは消え失せ、代りに「ロザリィ・サーキュラー」が“長女”として家族も含めたみんなから認知されていたからだ。


 (パパやママだけでなく、兄妹仲が良くて僕に懐いていたスノゥまで、ボクのことを「おねえちゃん」と呼んで来たのは、ちょっぴりショックだったなぁ)


 一応、魔法を使えば元の(男の)姿に「変身」することはできるんだけど、ルイいわく「すでに少女としての姿の方が本態もとになってるから単なる魔力の無駄遣いの自己満足」なんだとか。


 『しかし、知っていれば躊躇いが出るだろう? あの時は一分一秒を争う事態だったのだ』


 確かに、僕は妹を捜している途中で転んで足を捻り、しかも怪獣が近くまで迫っているという状態だったから、迷ってる暇はなかったろうけどね。


 『幸いにして顔はそれほど変わってないから良かったではないか。まぁ、もともと君はパッと見では見間違えるほどの美少女顔ではあったから、むしろ今の方が自然とも言えるが』


 余計なことまで言わなくていいから!

 背が低くて女顔なのがコンプレックスだったのに、まさか本物の女の子になっちゃうなんて……。


 『なに、文句を言いつつも君はそれなりに巧くやっているではないか。男だった頃より、交友関係も広がっただろう?』

 「それは、まぁ……うん」


 確かにその点は認めざるを得ないかもしれない。

 家がお隣りで幼馴染だけど、中学に入ったあたりからやや疎遠になりつつあったラナちゃんとは、今のこの姿だと「幼い頃からの無二の親友」ってことになってて、毎日一緒に登校してる。


 同じクラスで席が隣のカナリアさんとは、読書好きつながりでよく話すようになったし、まさか生徒会長のイシュタリア先輩からじきじきに生徒会書記に指名されるとは思わなかったもんなぁ。


 10歳になってそろそろお年頃になったせいか、ちょっとだけ距離ができたように感じていた妹のスノゥとも、以前よりも仲良しになった気がするし……。


 (………あれ? もしかしてボク、“僕”だった頃より、毎日充実してる?)


 コワい考えになりつつあったボクの物思いを、ルイの鋭い声が破る。


 『! 気を付けろ、ローザ。あちらの方で大きな“邪”の気配を感じた』

 「うん、わかってる!」


 背中に光でできた白い翼を顕現させると、ボクはビルの屋上から飛び立った。


 「魔光天使エンシェントゴシックローザリウム参上! 闇より生まれし暗禍、貴方達の暴虐は許しません!」


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#というわけで、ロザリオくん改めロザリィちゃんは、今後も街の平和のために魔法少女稼業に励んでくれることでしょう。

ルイ「計画通り(ニャッ」

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