◆いさましいちびのえるふめいど

 アニメとかゲームとかラノベとかの日本のサブカルに登場する“エルフ”のイメージってさぁ、「耳がとんがっていて、弓や魔法が得意な森に住む妖精族」って感じだよね?

 男女問わずすらりと華奢な美形ってのが定説かな。ただし、女性の胸はド貧乳タイプと豊満タイプの両方があるみたいだけど。


 で、ね。なんか天界のポカによる事故とやらで死んで、異世界転生することになったんだけど、希望を聞かれた時、エルフフェチの気があった僕は迷わず「エルフの美少女」に生まれ変わることを希望したんだ。


 ──いや、あとになって冷静に考えると「この僕自身がエルフっ娘になることだ!」しなくても「安●先生……可愛いエルフと恋人になりたいです」とか言えばよかったって気が付いたんだけどさ。


 ま、過ぎたことは悔やんでも仕方ない。逆に考えるんだ、僕! 

 エルフの女性に生まれるってことは、きっとエルフの里とかだろうから、周囲にエルフも多いはず。同性なんだし、エルフの美女・美少女とお近づきになる機会だっていっぱいあるだろう。


 よーし、こうなったらファンタジー界の百合妖精女王に、僕はなる!

 ──なぁーんて、どこぞの麦藁帽子の海賊かって言われそうな野望(?)を胸に秘め、ついに異世界転生したわけなんだけど……。


 「まさか、この世界では亜人が蔑視されてるなんて……」


 ヒューマン──いわゆる(地球にもいた)普通の人間が大多数を占めるこの帝国では、ヒューマン以外の人型種族の地位が非常に低いんだ。

 え? 「高貴で神秘的な森の妖精」? なにそれおいしいの? ……ってな感じで、むしろエルフ(森人族)は「文明的に未開な蛮人」ってイメージの方が一般的らしい。


 それでも、ボクらエルフや鉱人族ドワーフは二級庶民(平民の中でも一段低いけど、一応真っ当な国民)扱いされるからまだいい。

 これが獣人族や魔人族だと、見つかり次第即、奴隷として捕えられることさえ珍しくないらしい。け、ケモミミフェチとかでなくて、ほんと良かった~。


 あ! ちなみに人種(?)ごとの寿命差は一応あるけど、この世界のヒューマンの平均寿命が60~70歳なのに対して、エルフは100~120歳、ドワーフが100歳前後で、まぁ2倍いかないくらいなんで、それほど大きな問題にはならないみたい。

 獣人族はヒューマンと同じかやや短め。逆に魔人族は200歳前後って話だけど、詳しくは知らない。


 そして幸いなことに、ボクの生まれた家は、代々、領主様に使用人として仕える家系で、(エルフにしてはという但書がつくけど)庶民としてはこのうえなく勝ち組なんだとか。


 衣食住に不自由はしないし、読み書きその他の勉強も教えてもらってる。普通の人間の庶民でさえ、食うや食わずの生活をしている者が少なくないことを考えれれば、非常に恵まれた環境なのは確かだろう。


 領主のアイギーナ様は、この地方の名家ミレーニア伯爵家の女性で、入り婿だった旦那様を数年前に亡くして以来、自ら女伯爵として辣腕をふるってらっしゃるお方だ。


 普段、領民や部下の前では気を張ってらっしゃるので、ちょっと厳しくて怖そうに見える(というか実際厳格だ)けど、身内の者しかいない場では案外気さくで、特にお子様たちを溺愛されている様子は微笑ましい。


 伯爵家のお子様は、兄のプリンツ様(13歳)と妹のアンナ様(10歳)のおふたり。アンナ様はアイギーナ様とよく似た美少女だけれど性格は真逆で、内気で恥ずかしがりやな女の子。文人肌だった亡き旦那様に似たのかも。

 一方、長男のプリンツ様もご両親の譲りの美形(少女マンガか乙女ゲームに出て来そうな金髪の王子様風)なんだけど、こちらは武人である母君に似たのか、貴族らしくなく(?)やんちゃで腕白だ。


 ちなみにボクは、つい先日13歳の誕生日を迎えると共にプリンツ様付きの侍女(メイド)をやってる。まぁ、正確には「侍女見習い」で、正式なお付きは母(もちろんエルフだ)のエレナが務めてるんだけどね。


 母が言うには、2年ほど見習いとして励み、十分にモノになったらプリンツ様の15歳の成人の儀のあと、正式なお付きの侍女に格上げしてくれるらしい。

 同時に、そろそろ年齢的に厳しくなりつつある今のメイド長のあとを継いで、母が次のメイド長になるんだそうな。


 貴族、それも伯爵というそれなりに上級の貴族の家で、エルフがそのような高い地位(なにせ執事長に次ぐ家政のナンバー2だ)に就けることは滅多にないらしい。それだけウチの家系が重用されてるってことなんだろう。


 「だからリーナ(←ボクの今の名前ね)、貴女も坊ちゃま付きの侍女として恥ずかしくないよう励みなさい」

 「はい、母様かあさま


 母の言葉に殊勝に頷いたボクだけど、別に心にもない嘘や誤魔化しを言ってるわけじゃない。

 繰り返し言うけど、亜人が差別的扱いを受けがちなこの帝国で、エルフでありながらこれほど(庶民としては)高い地位ポジションに就けるってのは、すごく恵まれてるんだ。


 これ以上の待遇、たとえば爵位とかを求めるなら、Sランク冒険者になって災害級モンスターを斃すか、軍に入り騎士になって国の危機を救う──ぐらいの偉業を成し遂げないと無理だろう。


 ボクにはハードルが高すぎるよ。一応、護身&プリンツ様の護衛のために、弓術と精霊魔術の基礎くらいは教わっているけど、あくまで余技で、本業はメイドなんだし。

 そう考えれば、未来の領主最有力候補である若様の腹心のひとりに、労せず(いやお付きとして頑張らないといけないのは確かだけど)してなれる、この出世街道を手放すほど、ボクは無謀じゃないしね。


 え? 「異世界転生で成り上がり」? 「チートで無双」?

 はっはっはっ、何をバカなこと言ってるのかな。そんな、ラノベじゃあるまいし(いや、異世界に神様転生してる身で言うのもナンだけど)。

 千分の一どころか万分の一にも満たない危険な賭けに出て、せっかくの安牌コースを放棄する気はサラサラないよ。


 まぁ、これで仕える相手が、箸にも棒にもかからないボンクラ、もしくはそれ以下のロクデナシって言うなら転職も考えるけどさぁ……。


 「リーナ。知っているとは思うけど、今日は、午前中の勉強と剣の鍛錬のあと、午後から町の商工会に視察に出かけるから、そのつもりでいてくれ」

 「はい、プリンツ様」


 ──この通り、齢13歳にして、アイギーナ様の負担を減らすべく、自ら申し出て(簡単なものとは言え)政務の一部を担当なさるほど、勤勉かつ優秀な方なんだ。

 性格も、アイギーナ様に似てちょっと武断派のうきんなところがあるものの、公平かつ正義感が強く、それでいてボクみたいな下々も含めた周囲の忠告に耳を傾ける度量もあるし。


 ひいき目もあるかもしれないけど、武人系貴族の次期領主としては、かなり理想的なんじゃないかな。この人を主君と仰げるのは、間違いなく幸運だと断言できると思う。


 そんな恵まれた環境で文字通り順風満帆な第二(?)の人生を送っているボクなんだけど……。

 じつはちょっとばかし不満というか悩みもある。


 え? 「男から女に生まれ変わったことか」?

 ハッハッハッ、そんなの赤ん坊から生まれ直して以来、ずっと女の子として育てられたから、今更の話だよ。転生前の記憶が蘇ったのは5歳の頃だけど、その頃すでに女の子らしい服や言葉遣いにもだいぶ慣れてたし。


 「周囲にエルフ女性が少ないとか」? 普通の環境ならそうなんだろうけど、、ウチの家系・フィヨルド家は、ミレーニア伯に代々仕える譜代の家臣なんだ(家名をもらってるくらいだしね)。

 分家も含めるとそれなりの数はいるから、エルフやハーフエルフの美女・美少女成分にも事欠かないんだよ。


 そういう意味では、ボク自身も“エルフの美少女”のはしくれではあるんだけど……。


 「ハァ~~」


 若様の外出にお伴するための着替えの途中、鏡に映った自分の姿を見て、思わず溜息がこぼれてしまう。

 鏡の中のボクことリーナ・フィヨルドは、鮮やかな緑色の髪を襟までの長さで揃え、大きな瞳とエルフ特有の長い耳が可愛らしい、メイド服姿の小柄な女の子だ。


 「エルフだから全体に華奢な体つきなのは仕方ないんだろうけど……」


 若様と同じ13歳にしては、ちょっと発育が悪すぎじゃない? そのぅ、背丈とか胸部とか。


 「別に栄養が不足しているわけじゃないと思うんだけど」


 アイギーナ様は無駄な贅沢は好まない方だけど、同時に家臣や領民を飢えさせるような愚かな真似も決してされない。

 まして、ボクはこの伯爵家の屋敷で、(たぶん、そこらの食堂より豪華な)使用人用まかない飯を三食いただいてるんだ。栄養不足で成長が阻害されるなんてことは絶対ないだろう。


 「母様は、スラリとした美人タイプなのに」


 まさにボクが思い描く「理想のエルフの美女」って感じ。その母から生まれたって言うのに、なぜにボクはこうもちんちくりんなのか。


 「今度、裏通りのオババ様の店で、豊胸剤でも作ってもらおうかなぁ」


 そして、バインバインになって若様に……。


 「ハッ! 今、何考えてた、ボク!?」


 そ、そんな「異世界にTS転生したら即雌堕ち・少年貴族のハーレム要員に」だなんて、薄い本みたいな展開、あってたまるか!

 え? 「“エルフの女の子リーナ”として生まれ育って13年も経つから“即堕ち”じゃない」? そ、そういう問題じゃなくてぇ……。


 「リーナ、用意はできたのかい?」

 「は、ハイ、プリンツ様! お待たせして誠に申し訳ありません」

 「いや気にしないでいいよ。女の子の支度は手間がかかるものだからね」


 くっそう、それもこれもこの若様が、絵に描いたような金髪美形で、ボクに優しくかつ気さくに接してくるのが悪い。

 ただのお付き(候補)のボクにまで、そんな素敵な笑顔向けられたら、心は男でも身体は女の子なんだから、つい勘違ときめいちゃうでしょーが!!


-と・べ・こんてぃにぅど?-


※ちなみにリーナの勘違いではなく、プリンツの初恋相手は間違いなくリーナです。貴族なので正妻は難しいかもしれませんが、このままだと「側付侍女にして秘書(&愛人)」コースに進んで、後年彼の子を産む事になるのは確定的に明らか。

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