◆スカートめくり

【罰メイド】


 「ほ、ほんとにやらないとダメ?」


 スカートの裾に手をかけたまま、瞳を潤ませてそう聞くのは、黒いワンピース姿に白いエプロンとヘッドドレスを付け、首元に真紅のリボンを結んだ少女。

 まぁ、ありていに言うと……どう見ても“メイドさん”です、本当に(以下略)。


 「だ~め。それとも、いっそあたしがめくってあげましょうか? パーーッと」


 そして、目の前でもぢもぢと恥じらうどう見てもローティーン──12、3歳くらいにしか見えないメイド娘に対して、意地の悪い笑みを浮かべている女性が、色々な意味で残念ながら我が姉たる鈴宮双羽(すずみや・ふたば)だ。


 「そ、それは堪忍してぇ!」

 「ウフフ、どう? スカートをめくられるのが、女の子にとってどれだけ恥ずかしくて嫌なことか、理解できたでしょ」

 「は、はい、双羽お嬢様」


 中学1年生にもなって、女子のスカートめくりなどと言ううらやま…もとい、恥ずかしい真似をした我が友・塀内紀代彦(へいうち・きよひこ)。

 スカートめくりが悪戯で済まされるのは、せいぜい小学生までだろJK──と、さすがの俺も呆れたが、その話を聞きつけた姉さんが「二度とそんなことしないよう、懲らしめてあげるわ!」と、言い出したのだ。


 俺としても、さすがに親友が将来性犯罪者として糾弾されるのは避けたかったので、ついその口車に乗って、だまくらかした紀代彦を、姉さんに引き渡したんだが……。

 腐女子にして魔女であるウチの姉さんは、その身に着けた秘術とやらによってコイツを女の子の姿に変えてしまったのだ!


 ──と言っても、チンコとタマ取られただけなんだが。


 「、って言うな! 男にとっては一大事だろ!」

 「まぁまぁ、落ち着け。今日一日、その身体でメイドとして、ちゃんと姉さんの言うことをきけば、明日には元に戻してもらえるんだろ?」


 今のコイツは、単に身体的変化だけじゃなくて、心理的暗示もかけられているようで、メイドとしてウチの家の者には逆らえないらしい。


 「そうだけど……」


 悪戯小僧(13歳にもなって小僧って表現もアレだけど)の紀代彦もさすがに元気がない。

 そりゃまぁ、男としてのアイデンティティを奪われたに等しいからな。


 ところが、そんな俺達の問答を偶然(いや、故意かも)通りがかった姉さんが聞いていたみたいだ。


 「あっらぁ~? “その身体”じゃ、紀代きよちゃん、ご不満みたいね。それじゃあ……エイッ!」


 背後に隠し持っていた、タクトのような魔法の杖をひと振りすると、一瞬、紀代彦の身体が桃色に光る。


 「ぴぃやぁッ!? ふ、双羽さん、いったい何を……」


 まるっきり女の子みたいな甲高い悲鳴をあげて、紀代彦が床にしゃがみ込む。


 「なぁ、姉さん、一体、コイツに何をしたんだ?」

 「ふっふっふっ、利昭、手ェ貸して、手」


 姉さんにグイッと引っ張られた俺の手は、何とか立ち上がった紀代彦の胸にタッチさせられる。


──ムニュッ!


 「ひゃんッ!」

 「ね、姉さん、この感触は……?」

 「あら、さっきアンタも言ってたじゃない。「竿と玉取られただけ」って。

 確かにそれじゃ片手落ちだし、せっかくだから胸もおっきくしてあげたのよ」


 た、確かに、この心地よい感触は、まぎれもなく……。


──ムニムニムニ……


 「あンッ……! と、利昭ィ、やめてよォ」


 紀代彦が顔を真っ赤にしながら懇願してくる。


 「わっ! す、すまん。つい……」

 「フフ、利昭は紀代ちゃんのオッパイがお気に召したみたいね。

 でも、真っ昼間からそういう真似は感心しないわね。夜ふたりきりでやんなさい」

 「………や、やんねーよ!(本当はちょっと惜しいけど)」


 慌てて否定した俺だが、姉さんの「うんうん、わかってるよ~」という視線がツラい。


 「さ、紀代ちゃ~ん。そのままじゃあ、胸の先っちょが服に擦れて痛いでしょ。あたしの部屋でブラジャーつけましょうねー」

 「い、イヤだぁ! 利昭様、助けて!」


 ま、まぁ、あきらめろ。それに、確かに女の子の胸は敏感らしいから、キチンとブラはした方がいいと思うぞ?


 「そ、そんなぁ……」


 こ、コラ、そんなうるうるした瞳で俺を見るなって。ヘンな気分になるだろーが!


 (ニヒヒ~、利昭×紀代彦のフラグが順調に立ってるみたいね。コレを元に、次の同人誌のネタにしてやろーっと)



【そして一年後】


 「♪るんるんるん、わったっしは、かわいいメイドさん~」


 鈴宮邸の廊下を鼻歌を口ずさみながら掃除する少女の姿があった。

 まだ中学生くらいなのにモップを操るその手つきはなかなか堂にいったもの。それでいて踊るような足取りやスカートを翻す裾さばきは可憐で、見る者の目を和ませる。


 「……あ、利昭さん、おはよーございます♪」


 廊下の向こうから歩いて来た人影──彼女と同年代くらいの少年に、少女はペコリと頭を下げた。


 「ああ、おはよう、紀代。今朝も可愛いね」

 「やぁん、誉めても何も出ませんよぉ。利昭さんこそ素敵ですぅ」


 傍から聞いていると歯の浮きそうなやりとりだが、本人達は至極真剣というか“普通”だ。ごくごく普通のテンションで、互いを讃え合っているのだ。


 「いやいや、紀代に比べれば僕なんか。もし、少しでも見どころがあるとすれば、それは紀代に相応しい男になれるよう、日々努力しているからさ」

 「うふ、そんな頑張り屋さんの利昭さんが、紀代だーい好きです♪」


 メイド姿の少女は、この屋敷の嫡男である少年に抱きつき、その頬っぺにチュッ! と口づける。


 「ハッハッハッ、やっぱり紀代は可愛いなぁ。僕からもお返し」


 と、少年もメイド娘を優しく抱き締めて、心のこもったキスを唇に返す。

 ローティーンなふたりの見かけに似合わぬ情熱的な口づけがしばし続き、ゆっくり10数えるほどの後、ようやくふたりの唇が離れた。


 「好きだよ、紀代」

 「はぁん……としあきさぁん♪」


 愛しい少年に耳元で囁かれてメイド少女はメロメロになっている。


 「紀代は……紀代は幸せ者ですぅ」

 「僕もさ。こんな可愛い恋人がそばにいてくれるんだからね♪」


 こういう状況を言い表すのに最適な現代日本語がある。

 すなわち──「バカップル」と。


 「……なんなの、朝から砂吐きそうな、あのダダ甘なイチャつきっぷりは」


 そんな少年少女のラブシーンを廊下の曲がり角から遠巻きに見ている影がひとつ。言うまでもなく、利昭の姉の双羽である。


 あの時、スカートめくりの罰として紀代彦からチ●チンとキ●タマを奪って一日メイドにした双羽は、彼のオッパイを膨らませた後も、何のかんのと理屈をつけて、声や骨格、仕草や言葉づかいに至るまで次々に女性化させ、夕方になるころにはついに股間に女性器まで生成して、彼を完全に女の子にしてしまったのだ。


 そして、ちょうどゴールデンウィークでもあったので、なし崩しにそのまま紀代彦に一週間鈴宮家でメイドをさせるという“暴挙”を敢行。

 彼らの両親である鈴宮夫妻も「さすがにソレはあまりに……」と、とりなそうとしたのだが、「これは紀代くん、いえ紀代ちゃんのことを思って、あえて厳しい罰にしてるんです!」と、口だけは達者な長女むすめに巧く丸め込まれてしまった。


 しかしその後、連休が終わる頃、「そろそろ飽きたし戻してあげてもいーかな」と思い出した(つまり、それまで完全に忘れていた)双羽だったが……。

 そこで弟の利昭が待ったをかけた。


 「姉さん、もう戻さなくてもいいんだ」

 「は? 何言ってんのよ、アンタ?」


 最初は冗談かと思ったが、利昭はまぎれもなく本気だった。

 どうやら、女の子になった自らの親友にすっかりイカレてしまったらしい。

 さらに、当の紀代(彦)も、この一週間で口説かれ、墜とされてしまったらしく、ほんのり頬を染めて彼氏となった元親友にそっと寄り添っている。


 さすがに、「ずっとこのままってワケにもいかないでしょ」と呆れる双羽だったが、弟の意志は固く、仕方なく両親に説得を委ねたのだが……。


 普段ぐうたらで無気力な息子が珍しくキリッとして説得してきたこと、相手の“少女”が両親も幼い頃からよく知っており身内同然に可愛がっている紀代彦であること、そして紀代彦──いや、紀代からも「お願いします、旦那様、奥様!」と涙目で懇願されたことなどから、アッサリ鈴宮夫妻はふたりの関係を認めちゃったのだ!


 紀代彦は、正式に「小泉紀代」と戸籍名を変更、そのまま鈴宮利昭の婚約者として両親公認の仲となった。

 ちなみに小泉家の方も子供3人が男ばかりで、ひとりくらい娘が欲しかったらしく、快く「了承!」してくれた。


 なお、紀代はそのまま行儀見習いも兼ねて鈴宮邸に住み込み、メイドとして働く傍ら、毎日利昭と手をつないで中学校にも通っている。土日には実家に帰って親孝行しているらしい。

 2年生になった現在では、利昭は生徒会長に立候補して見事当選。紀代も書記として彼を支えているようだ。


 鈴宮夫妻は、あの無精でナマケモノだった利昭が心を入れかえて文武両道に励んでいることを大いに喜んだ。


 「やっぱり、男の子は好きな女の子ができると、目の輝きが違うわね、アナタ」

 「うんうん。ワシも、母さんと出会った時は、この素晴らしい女性にふさわしい漢になろうと決意したものさ」

 「もうっ、アナタってば♪」


 ……と、こちらも年甲斐もなくラブラブな様子。

 気のいい屋敷の使用人達も、この親子2組のイチャイチャカップルを(生)あたたかい目で優しく見守っている──まぁ、時々、砂吐きたい気分に襲われることもあるらしいが。


 ──が。

 ひとり双羽だけは、呆気に取られているうちに事態が進行して、完全に取り残されてしまった。


 (まさか、あたしの悪戯心が播いた種とは言え、こんなトンデモな状況になるなんて……)


 無論、双羽だって、紀代彦おとうとぶんのことは嫌いじゃないし、利昭おとうとに幸せになって欲しいと願うくらいの姉心は持ちあわせている。


 しかし、今年ついに成人式を迎えたというのに、恋人どころか異性とロクにデートした経験もない身としては、6歳年下の弟が、婚約者……と言うかほとんどお嫁さんを迎えたに等しいこの状況は、いまひとつ素直に喜べない気がするのだった。


 「あーあ、わたしも彼氏ほしぃよぉ!!」



【あとのまつり】


 「──というワケよ。ヒドいと思わない?」


 大学で後輩にそんな実家の状況を愚痴る双羽。


 「えっと……つまり、鈴宮先輩の弟さんとその恋人さんがラブラブ過ぎて、家に身の置きどころがない、と?」


 支離滅裂気味なうえにアチコチに話が脱線する彼女の話を、それでも何とか要約してみせるのは、長谷川恵美。大学生にもなってセルフレームの眼鏡とおさげ髪がトレードマークという、いまどき珍しい地味な文学少女だ。

 見かけどおり性格も温和で知的なため、友人達の中では相談役として頼りにされている。


 「それだけじゃないわ! 紀代ってば、鈴宮の血族でもないのに、習い始めてまだ1年ちょっとで、もうわたしに近いレベルの魔法を使えるようになってるのよ。

 そりゃ、あの娘がそれだけ努力してるのは知ってるけどさ。ちょっとは義理の姉に対する遠慮とか気遣いが欲しいと思わない?」


 「はぁ……そうかもしれませんね。ところで、鈴宮先輩も、その魔法の鍛練とかされてるんですか?」


 と、尋ねるのは、木之下二葉。成績は恵美に並んで優秀なうえに、スポーツも万能、かつ美人で人柄もよい完璧超人だが、「魔法」という代物に少々ほろ苦い思い出のある娘だった。

 実は双羽と知り合ったのも、魔法そちらがらみのトラブルがキッカケだったりする。


 「へ? い、いや、今はホラ、大学の勉強とかで忙しいし……」

 「でも、その──紀代ちゃん、でしたっけ? その子も中学生で、生徒会の書記やら、鈴宮先輩ん家のメイドやら、色々頑張ってるんでしょ」


 明後日の方向に視線を逸らした双羽に、遠慮なく突っ込むのは南野杏子。どちらかと言うと体育会系だが、その分、努力とか熱血とかの単語に親和性の高い性格をしており、怠慢な人間には容赦がない。


 「う……ま、まぁ、そうなんだけどね……。

 と、ともかく! 利昭のクセに生意気なのよ! 最近は「僕」なんて気取った物言いしやがるし、学校の成績では学年でベスト10に入るし、オマケに可愛い許婚とひとつ屋根の下で同棲してるって、どんだけ人生勝ち組なのよ! ちょっとはその幸運を姉にも分けろっての!」


 ──要するに、努力に応じた成果を受け取ってる弟達が羨ましいらしい。

 後輩の三人娘は、顔を見合わせてコッソリ溜め息をついた。


 この「ウィンタースポーツ同好会」というサークルは、その名のとおりまともに活動しているのは冬季だけで、それ以外の季節はほとんど集まって駄弁るのが主眼となっている。


 もっとも、所属人数が多い分、人脈も比較的広く、いろいろとツテやコネができて便利なのだが、中には双羽のようなダメ人間も集ってくる。

 それでも、一応先輩であるからには、それなりに「たてる」必要があるというのが面倒なトコロだ。


 まして、双羽と三人は高等部のころからの付き合いでもあり、ある意味、彼女のこの種の「ダメさ」にも彼女達も慣れてはいた──まぁ、だからと言って、嬉しいわけでもないが。


 「で、相談って言うのは何なんですか、鈴宮センパイ?」


 三人を代表して二葉が疲れたように問いかける。


 「うん、アイツにナメられてるのは、やっぱ、わたしに恋人がいないのが最大の原因だと思うのよ」


 ──ヒソヒソ(ねーねー、二葉、先輩って弟さんに蔑ろにされてるの?)


 ──コソコソ(まさか! 以前、その利昭くんに会ったけど、まだ中学生とは思えないほど礼儀正しくて、よくデキた子だったわ)


 ──ボソボソ(彼女さんの紀代ちゃんも可愛くていい子でしたよね。たぶん被害妄想ではないかと……)


 「……何か言いたいことでもあるのかしら?」 ギロリ!

 「「「い、いえ、何でもありません、マム!」」」


 鬼女の鋭い眼光に、即座に直立不動で答える三人。


 「──ちょっと引っかかるけど、まぁいいわ。それでね、同じ独り身同士、どうしたらいいか、相談しようと思って……」


 とどのつまり、イイ男を引っかけるための仲間が欲しかったらしい。


 ところが、三人娘は再び気まずそうに顔を見合わせた。


 「?? どーしたの、アンタたち?」

 「えっと、さ。あたし、実は二葉の兄さんとつきあってるんだ」


 と、まず杏子が口火を切る。


 (う! ま、まぁ、杏子は小学生の頃から二葉と親しいって言うし、その兄とデキちゃってもしょうがないか)


 同類(ひとりみ)だと思っていた後輩に男がいたことにショックを受ける双羽だったが、そう自分に言い聞かせる。


 「そのぅ、大変申し上げにくいのですけれど、わたくしも、先輩の弟さん同様、幼い頃から許婚がおりまして……」


 恵美も僅かに頬を染めながら、そう告げる。


 (むぅ……そう言えば、恵美の家ってウチとは比べ物になんないほどの名家だっけ。それなら、許婚とかがいてもおかしくないわね)


 と、無理矢理自分を納得させて、頼みの綱とばかりに二葉の方を見る双羽だったが……。


 「あれ、言ってませんでしたっけ? わたし、男には興味ありませんよ」


 (こ、コイツ、ガチユリ!? いや、でも、そう言えばそんな噂を聞いたような気も……)


 「ちなみに、女の子の恋人なら、ちゃんといますので、あしからず」


 と、ダメ押しまでされて、最後の希望も断たれ、ガックリと項垂れる双羽なのだった。


-おしまい-

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