◇新薬エックストロゲン[後編]
<Toshiaki SIDE>
清彦くんが私の会社を訪ねて来たのは、あの治験が終了して半月後のことだった。
「有馬主任、島津さんおっしゃる高校生くらいのお嬢さんが「主任に会いたい」と面会を希望されているのですが……」
会社の受付から内線が回ってきたとき、ちょうど仕事が一段落して手が空いていたため、私はその“お嬢さん”──おそらく清彦くんと会議室のひとつで会うことにした。
(昔から、清彦くんは女の子と間違われることが多かったからなぁ)
私の娘の若葉と大差ない身長なうえに体つきも華奢で、おまけに顔も可愛らしい童顔だ。
高校生になってもそれはほとんど変わらず、先日治験の前に検査した際も体毛が薄く、髭が生えかけている様子すらなかった。
(まぁ、だからこそ、あの実験に志願してくれたんだろう)
男だからこそ不自然なのであって、あの子が女であったら、さぞかしモテるだろうしな。
そんなことを考えていた私だが、会議室に案内されて来た“彼”の姿を見た時は、さすがに驚いた。
治験終了時に見た時よりさらに体つきは華奢になり、心無しか背も縮んでいるように見える。投薬を続けているのだから、そこまでは想定の範囲内ではあったが、それ以上の変化が顕著に見受けられたのだ。
トップは丈の短い黒いキャミソールに白いジャケットという格好なのだが、その胸元がよく見ると女子中学生くらいの大きさに膨らんでいるし、ヘソ出しになっている腰のあたりもハッキリくびれている。
ボトムはデニムのショートパンツを履いているが、むき出しになった足に体毛がほとんど見受けられないのは前からだとしても、心なしか内股気味になっている。
ショートパンツ自体もタイトなデザインだが、その股間部分には男特有の膨らみが(少なくとも傍から見る限り)皆無だった。
「おじさん、ボク、なんだか体がヘンなんだ……」
「こ、これは一体!?」
確かにエックストロゲンの投与は続けているが、こんなに早く変化すると言うのは想定外だ。
涙目になっている清彦くんをなだめつつ、私は聞き取りを開始し──そこで衝撃的な事実が明らかになったのだった。
<God's View>
島津清彦と有馬敏明の話し合いの結果、“なぜか”壮大なアンジャッシュが発生していることが判明し、急きょ関係者──清彦の両親、若葉、敏明の上司と同僚が集まって話し合いがもたれた。
そして──結論から言うと、責任の所在は清彦7:敏明(の会社側)3ということになる。
これは……。
・若葉が「何の」治験のバイトなのか、うっかり伝え忘れていたこと
・しかし、実際の契約に臨んでは、キチンと口頭でも書面でも説明されていたこと。そして、清彦が署名した契約書があったこと。
・敏明がわざわざ清彦の両親に確認を入れていたこと
──などが理由に挙げられる。
そう、こともあろうに清彦は、説明会も右から左に聞き流し、契約書の文面もあまり真剣に読まずに流し読みしていたのだ!
これで若葉の「うっかり」さえ無ければ、責任の所在は9:1や下手すれば10:0になってもおかしくない事案だったろう。
そして、すぐさま今後の対策が協議されたのだが……。
<Kiyohiko SIDE>
「きよひー、朝だよー、朝ごはん食べてがっこ行くよー」
(んー、もぅ、そんな時間か……)
窓の外から幼馴染の若葉が呼びかける声に、眠い目をこすりながら、布団の中からむっくりと身体を起こす。
(う~、どうも女になってから朝が弱くなった気がする。低血圧かなぁ)
体質以外にも、一応165センチあった身長は158まで縮んじゃったし、その代わりと言うべきか胸(おっぱい)は大きく膨らんで、現在88のDカップだったりする。
(最近、ようやっとブラ着けるのに慣れてきたけど……)
むしろ着けないと動く時邪魔だし、慣れざるを得なかったって言うべきかなぁ。
まだ上手く頭が回ってない状態だけど、パジャマを脱いで、枕元に準備しておいたブラジャーを着け、ウチの学校の女子用制服──セーラー襟タイプの白と水色のブラウスと、紺色のフレアスカートに着替える。
「むぅ、スカートのすぅすぅする感覚には、まだ慣れないなぁ」
まぁ、今更文句言っても始まらない。
ボクは制鞄を手に部屋を出て、階段を下りて台所に向かった。
そう、あの治験のバイトから1ヵ月が経過した今でも、ボクの身体は男に戻れていない──というか、むしろ完全に女の子になっちゃったという方が正解かな。
敏明おじさんの研究室が開発していた性転換薬“エックストロゲン”は非常に強力で、ある程度効き始めると後戻りできないくらい完全に男性の体を女性に改造しちゃう代物だったんだ。
(まぁ、たった半月でそこまで至ったのはボクの身体と相性が良かったからみたいだけどね)
そう、あの時、おじさんに相談に行った時点でボクの身体は、すでにその阻止限界点(フェイルセーフポイント)を越えちゃってたらしい。
そのまま男女どちらの生殖能力もない半端な身体のまま過ごすよりは──ということで、ボクはさらなる投薬その他の処置を受けて、10日ほど前に完全に女の子へと生まれ変わったんだ。
「あら、ようやく起きたのね、清姫」
「あんまり若葉ちゃんを待たせるもんじゃないぞ」
朝食のテーブルについていた両親が呆れたような視線を投げかけてくる。
うん、性別:femaleということで役所に届け出を出したとき、思い切って名前も「きよひこ」から「きよひめ」の一字違いに改名したんだ。
将来、結婚して子供が生まれた時、母親の名前が「清彦」ってのはあんまりに不自然だろうってことで。
(とは言っても、男と結婚したり、××したりするって、あんまり実感湧かないんだけどなぁ)
「だいじょーぶ、きよひーなら、すぐにいい男が見つかるって」
ちゃっかりテーブルについてカフェオレ飲んでた若葉は、こちらの脳内呟きを読んだかのようなお気楽発言をカマしてくれるけどさぁ。
ボクが“こんな風”になった責任の一端は若葉にもあると思う(無論、大半は説明や契約書を蔑ろにしてたボクの自業自得だろうけど)のに、若葉は以前と変わらずにボクと接してくるあたり、神経が太いと言うか……。
いや、ヘンに遠慮して距離をとられたら、それはそれで寂しいからいいんだけどね。
「清姫、そろそろ出ないと遅刻すめんじゃないの?」
! そうだ。母さんの言う通り、あんまりのんびりしてる場合じゃないな。
「行ってきまーす!」「おじさま、おばさま、行ってきます」
急いで洗面所で歯磨きと髪の手入れを(若葉の手も借りつつ)済ませて、ボクらは学校へ出発した。
<Her Mind>
「あー、今日から体育はプールかぁ。ユウウツだなぁ」
学校への通学途中、隣りで愚痴を漏らしているのは、あたしの幼馴染で同級生の島津清姫。
ちょっぴり小柄で17歳にしては童顔だけど、優しくて女子力も高くて、おまけに真面目でおっぱいも大きいという、近年稀に見る逸材ちゃん。
──もっとも、ほんの2ヵ月ほど前までは、「清彦」という名前の男の子だったんだけどね。
ゴールデンウイークに、あたしのパパの会社で募集してた女性化薬の治験のバイトを1週間やって、予想外に女性化が進行した結果、そのまま女として生きることになっちゃったんだー。
……え? 「他人事だからっておもしろそうに言うな」って?
ふふっ、実はこの子の女性化って、あたしがこっそり色々画策した結果なんだよねー。
治験の詳細を伝えなかったこと然り、アフターケア用の薬の量をわざと間違えたこと然り。
「なぜ、そんなことしたのか」って?
だってさぁ、清彦ってば、中学入ったあたりから、急につきあい悪くなってったの。
そりゃね、思春期の男女だから、恋人でもないのに四六時中一緒にいたらマズいってのはわかるわよ?
──でも、昨日まで隣りにいた人がいなくなるのって、やっぱり寂しいんだもん。
もし、清彦があたしのこと嫌いになったとか、まるで関心がなくなったとかなら、悲しいけどまだあきらめもつくよ。
けど、ごくたまに会った時なんかは、以前と同様、あっちもあたしのことを大事な幼馴染だと思ってくれてることは何となくわかるわけ。
それなのに、ただ異性だから一緒にいられないなんて……そんなの、絶対イヤ!
だからいつ頃からか、こう思うようになったんだ。「清彦が女の子だったら良かったのに」って。
もちろん、そんなことは夢物語だと思ってたけど、パパからエックストロゲンの話を聞いた時、これを利用できるって思いついちゃったんだ。
そして、念願かなって今、「清彦」は清姫としてあたしのそばにいてくれる。
女の子初心者だけあって、あたしから色々教えてあげることもあるしね。
そんなワケで、今のあたしはサイコーにハイな毎日を送ってるんだ♪
「あれ、なんでわらってんの、若葉?」
「フッフッフ、もちろんきよひーのかーいらしーであろうスク水姿を想像して萌え萌えキュンしてたのさ!」
「へ、へんたいだー!」
-きよひこくんはおしまい-
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