◆恥辱の銀色侍女
(ぅ……ここは……)
目が覚めた時、何となく息苦しい気がして、“私”は、ベッドから起き上がろう──として、すぐに自分の勘違いに気付く。
どこか見覚えのある内装、おそらくは学院内の一室と思われる部屋で、立ち尽くしていたのだ。
眠っていたわけではなく、おそらく何かの拍子に意識が飛んでいたのだろう。
(もしかして、何か実験につきあったのだろうか?)
ここ、トランセック魔法学院では、3回生以上の学生にも、独自魔法の開発やそれに伴う実験が(事前申請が必要とはいえ)許可されている。
魔法の中には、“人”を対象に発動するものもあり、そういう代物の実験を行う際には、学生同士で条件をつけて協力しあうことも多々あった。
(あぁ、そう言えば、ライオネス嬢と“賭け”をしていたのだったか)
記憶を辿れば、今期の期末試験の成績をつかって、どちらが総合点で上回れるかの賭けを彼女としたことを思い出した。
──自分が勝てば、以前、彼女に(借金のカタとして)取られた魔導具の返却。
──彼女が勝てば、彼女の魔法実験に被験者として一度付き合う。
そんな約束だったはずだ。
(確か、最初の6教科までは“私”が有利だったが、残る5教科で彼女が猛烈に追い上げてきて……)
それでもかろうじて同点の引き分けに持ち込めたはず、だったが……。
(そうだ、試験結果が発表された日の夜、彼女に部屋に呼ばれたのだ)
同点、言い換えれば勝ち負けなしで、今回の賭けは不成立だと考えていた自分に対して、ライオネスは逆に「魔導具は返す代りに実験に付き合え」とダブルKO的な結論を示してきた。
くだんの魔導具は割と高価で希少なものだったのと、これまでのつきあいで彼女が(少なくとも魔術師としては)比較的穏当で良識をもった存在であると感じていたので、私はそれを了承したのだが……。
「おや、意識が戻ったようだね」
聞きおぼえのある中性的なアルトボイスで背後から呼びかけられて、私が振り向くと、そこには予想通りの女性──ライオネス・E・イゾルテが立っていた。
パッと見、綺麗なプラチナブロンドを肩にかかるくらいで切り揃えた14、5歳の華奢な美少女に見えるが、実際には19歳の私と同い年のはずだ。
「その動きを見る限りでは実験はひとまず成功のようだ。倦怠感や不具合はあるかい?」
実験……。そうだ、私は被験者として彼女の魔法実験に協力していたはず!
確か、実験に協力する旨、書面で契約を交わした私は、学院内の彼女の工房(アトリエ)──魔術の研究室に招き入れられ、銀色の液体の入ったフラスコを渡されて、床に描かれた魔法陣の中央に立った所までは覚えている。
「んん? 何か問題でもあったのかい、“メルクリア”」
??
彼女は何を言っているのだろう。
自分は、そんな名前ではない。
自分は──そう、ヴェルバー・エメロード。トランセック魔法学院に通う、しがない零細魔術師見習いだ。
ライオネスが薄く笑みを浮かべる。
「ああ、なるほど。“その状態”でもヴェルバーの意識がキチンとあるのだな。貴重な実験結果をありがとう」
?
どういたしまして……というべきなのだろうか。
しかし、彼女が行う実験は、はたしてどんなものだったか。
確か、濃密な魔力を付与した水銀を、変形させ、術者の意のままに動く無敵の自動甲冑を作る──というのが、彼女の最近の研究だったと思ったが。
「別に甲冑に拘っているわけではないさ。物理的にも魔力的にも防御力の高い魔化水銀の利用方法として、自動甲冑というわかりやすい「護るモノ」を作っていただけだよ」
その方面の研究は一段落したので、最近はさらに汎用性の高いモノを作ろうと試行錯誤していたところだしね、と肩をすくめるライオネス。
「そして、ある程度その成果があがったから、君に協力してもらった、という訳さ」
うん、なんとなく思い出した。
私は、ライオネスの工房へと招き入れられ、前述の“準備”をしたところで、魔化水銀を固定化して作ったとおぼしき、銀色の女神像らしきものを見せられて……。
「それから?」
それから……そうだ、突然、女神像が襲い掛かってきたのだ!
「いやいや、それは君の勘違いだよ。少なくとも、ボクも“彼女”も君を傷つけようという意図は皆無だったからね」
たとえ本人に害意がゼロだったとしても、銀の彫像がいきなり動き出して抱きついてきたら、普通の人間は「襲われた」と感じても無理はないと思うが。
「“普通の人間”ならね。君はまがりなりにもトランセック魔法学院で、それなりに優秀な成績を残している魔術師(の卵)だろうが」
ぐっ、それを言われるとつらい。
昔から、教師や先輩格の人間に「突発的なアクシデントに弱い」のが私の欠点だと、口を揃えて指摘されてきたのだから。
だから、「あの時」も、とっさに初歩的な「障壁(バリア)」の呪文すら唱えることできずに水銀女神像の抱擁を受け、次の瞬間、はじけるように広がった魔化水銀の膜に飲み込まれた──というのが、私が覚えている最後の記憶だ。
「フフフ、詳しい説明しなかったのは悪いが、アレこそがボクの意図した実験を開始した結果に他ならないのだよ」
?
何だろう。魔法攻撃に対する一般的魔術師の反応を見る、とかだろうか?
「ハズレさ──まったく、まだ気付かないのかい? 今の「君と貴女の“状態”そのもの」が、ボクの実験の成果にして、経過観察中の検体でもあるのさ!
魔化水銀製自律型侍女人形壱号“メルクリア”くん♪」
目の前に(光魔術で形成された)高さ2メートル程の鏡が出現し、そこには「ヴィクトリアンなメイド服を着た長身でグラマラスな美女……の姿をした銀色の等身大フィギュア」が、驚いたような表情で映っていた。
* * *
ライオネスの説明によれば、この「魔化水銀製自律型侍女人形」という代物、攻撃力や耐久力、あるいは精密動作性などのハード面では、彼女が求める水準に達したのだが、ソフト面がまったく及んでいないのだという。
「口頭による命令では、下級ゴーレムとどっこい。念力糸を繋いで有線操作することは可能だけど、それでは“自律型”とは言えないだろう?」
とは言え、そこは学院でも屈指の才女だけあって、一応、解決するための方法は考案することはできたのだとか。
それが、思考核(AI)の代りに私のような人間を直接組み込んで完成することだとしたら、それはおぞましい禁忌の領域の研究だぞ!
「はっはっはっ、さすがにソレはボクも弁えているよ。君に期待しているのは、教師兼サンプリングさ」
?
さらに詳しく聞いてみたところ、今のように私(ひと)と一体になった状態でも、この自律型侍女人形の思考核は“学習モード”で励起状態にあるらしい。
なるほど、私が実際に
しかし、この自律人形は“侍女”なのだから、どうせなら私のような男ではなく、イゾルテ家のメイドの誰かに頼めばよかったのではないだろうか?
「それじゃあ、おもし……ゲフンゲフン! いや、サンプリングのために一体化する人間は、それなりに魔力が高い相手が好ましいんだ」
何か誤魔化している気配があったが、魔力伝達と教育速度の相関性などを実験レポートを交えて説明されては、納得するしかない。
「ともかく、これでボクの望んでいることはわかっただろう?
幸いにして明日から半月あまりは学院は年末休暇に入るのだから、その間、この研究につきあってもらうよ」
ここでNOと言えないのが、
(逆に考えよう。この提案に乗れば、丸2週間分の生活費が浮くし、他の魔術師の研究に深く関われるというメリットもある)
そう考えた私は、この侍女人形壱号“メルクリア”と一体化した状態で、ライオネスの実験につきあうことを了承し、改めて細部を詰めた
──その結果、かつて思い描いていたのとは大幅に異なる“未来”への一歩を踏み出すことになろうとは、その時の私は思ってもみなかったのだ。
<第一部・完/つづく……かも?>
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