◆とあるTS不良少年の軌跡

 原因不明で、ある日突然発病し、おおよそ2週間から1ヵ月くらい(ただし、より急速ないし緩慢に変化するケースもある)で、男が女に変わる病気──"TAKUYA Syndrome"、通称「TS病」。

 一度発症すると治す手段は事実上なく、そして肉体的な変化が終了した後、患者、いや「元」患者は残る生涯を女性として過ごすことになる。


 1990年代末より患者が確認され始めた「100万人にひとりの奇病」とも言われているが、それは世界規模での平均をとったうえでの話で、先進国では50~60万人にひとりくらいの割合に上がっている。中でも日本ではさらに高く、およそ30万人にひとりくらいの割合で症例が見られる。

 加えて、発病者の7割が12~25歳くらいの青少年に集中しており、31歳以上で発病したのは全体の1割弱、10歳以下で発病した症例は日本全体でも3件しかない。


 その罹患者の数の割に日本で有名なのは、発病者の中に時の首相がいたことが関係しているのだろう。また、その日本を始め先進各国ではTS病関連の法整備も進んでおり、2010年代においては、患者は手厚い保護を受けられるようになっていた。


 もっとも、いかに「法的に優遇される」からと言って、この奇病に進んでかかりたいと願う人間がそうそういるはずもなく、またかかった人間にとっても、充実した法整備も心情的には「不幸中の幸い」「ないよりはマシ」程度の代物だったろう。

 男女同権を謳う現代社会においても、未だジェンダーによる差異は大きく、肉体的性の転換と言うのは、それほどに本人の自己同一性を揺るがす一大事件でもあったのだ。


 とは言え、TS病経験者の中で、完治後3年以上経過した人に「現在の暮らしに満足しているか?」というアンケートを取ると、75%が「大変満足している」、18%が「満足している」と回答し、「多少不満がある」「大きな不満がある」と答えた者を合わせても3%に満たなかったりする(残りは「どちらでもない」)ので、人間の環境適応能力というのは、なかなか馬鹿にできないものらしい。


 さて、ここにひとりの高校生──それもあまり行状のよろしくない(と言っても、DQNと言うよりは昔ながらの硬派な不良といった感じだったが)少年がいた。


 彼の名は日向拓巳(ひゅうが・たくみ)。「日に向かって、己れを拓く」と誠に前向きな名前に違わず、少々ヤンチャながらも青春を謳歌していた拓巳少年だったが、不運なことに彼もまたTS病を発症してしまう。


 最初は驚き、慌て、嘆き、一時は無気力にもなった拓巳少年だったが、ひとつ年上の幼馴染の少年・原田夏樹の励ましもあり、なんとか元気を取り戻すことができた。以下に、彼、いや彼女自身の言葉を記すので、日向拓巳改め日向たくみの、その後を想像してほしい。



●完治直後

 お、夏樹か。おぅさ。ようやく退院できたぜ、ヒャッハー!

 ん? 「相変わらずワイルドだ」? ケッ、あったりめーだろ。いくら病気で身体が女になったからって、「虹校の龍」って言われたこの俺が、女らしくなんてなるわきゃねーだろ。

 とは言え、元いたチームは女禁制なんだよなぁ……よし、決めた。今度はここいらのレディースのてっぺん目指すぜ!


●1ヵ月後

 よぉ、久しぶりだな、夏樹。

 あぁん? そりゃ、オレだって、四六時中、特攻服着てキバってるわけじゃねーぜ。

 家でのんびりするときゃ、多少はラフな格好もするさ。

 ん? なんだよ、俺の胸が見たいのか? 夏樹になら特別に見せてやってもいいぜ。入院中は、いろいろオマエには世話になったからな。

 ホラホラ、遠慮んなって、うりうり……。


●2ヵ月後

 あ、ああ、夏樹か。

 うん、コイツ、捨て猫らしい。

 ……知ってるだろ、オレ、昔っからこういうのに弱いんだよ。

 でも、ウチのアパートはペット禁止だしなぁ。

 え!? 貰い手捜しに協力してくれんのか?

 あ、ありがとよ、恩に着るぜ。


●3ヵ月後

 よぉ、こないだの猫のことはサンキューな。

 女になって以来、色々夏樹には世話になってるからな。

 今日は、彼女のいないお前に、アタイが「女の手料理」ってヤツを食わせてやるぜ。

 だーいじょーぶだって、一応、家でも何回か練習はしたから。

 ヘヘッ、期待してな!」


●半年後

 「た、ただいまチョコレートケーキ、20%オフとなっておりまーす!」

(くっ……夏樹の奴に

 「バイト先のメンバーが風邪で倒れてヘルプが欲しい」

 って頭下げられたから来てやったけど……。

 まさか、こんなフリフリの制服着せられることになるとはな。

 ちくしょう、こっ恥ずかしい!!

 え? 「でも、よく似合ってる」?

 ば、バーカ、お世辞なんて言わなくても、途中で投げ出したりしないって)


●1年後

 いくら誕生日プレゼントだからって、女友達に服を贈るなんて、夏樹もいい度胸してるよな。

 それもこんな結構高そうな服。

 アタシじゃなければ勘違いしてるところだぞ。

 え? 「勘違いじゃない」?

 お、おい、それってどういう……。


●1年半後

 ね、ねぇ、あたし、場違いじゃないかな?

 こんなパーティドレスなんて生まれて初めて着たし、マナーだって一応勉強してきたけど、所詮付け焼刃だし……。

 いくらパートナー同伴のパーティーだからって、あたしなんか誘うより、もっといい人がいたんじゃないの?

「大丈夫、この会場にいるどんな女性より、僕のたくみさんは綺麗で輝いてる」……って、誰がいつアンタのモノになったのよ!

 もう、そんなコト言ってると、本気にしちゃうぞ♪


●3年後

 お帰りなさい、あなた。

 お風呂にする? ご飯にする?

 それとも……わ・た・し?


 ──もぅ、黙ってないで何とかいいなさいよ!

 あなたが、

 「一度でいいから、新婚さんのお約束の裸エプロンを見たい」

 って言うから、恥ずかしいのを我慢してやってあげたのに……。

 (──ガバッ!)

 え? あの、ちょっと、どうしたの、そんな強く抱きしめて……

 (ブチューーッ!)

 む…むむぅ、んんっ……プハッ!

 い、いつも以上に情熱的ね。

 そんなに、この格好、セクシーかしら?

 (ピラン)←エプロンをめくった。

 「!!」

 あ、あれ? いきなりお姫様抱っこなんかして、ちょ、そっちは寝室……。

 きゃあ~~~♪


<HAPPY LIFE CONTINUED>

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