◆イミテーション・マジカルランプ(前編)

 兄弟姉妹というのは、小さい頃ならともかく、大きくなるにつれて仲良しこよしな関係を維持できることは稀だと思う。


 兄という立場から言わせてもらえば、とくに生意気ざかりの弟というのは、マジで最悪だ。

 幼い頃は「兄ちゃん、にぃちゃん♪」と、こちらのことを慕ってついてきた素直で可愛い少年だった利亜樹(としあき)も、中学生になる前後から反抗期というかヒネた中二病というか、やたら生意気でエラそうな口をきくようになりやがった。


 俺がごく普通……というか県内で中の下程度の公立高校に通っているのに対して、弟は中高一貫の名門私立に合格できたことも関係してるのかもしれない。

 体格や腕っ節では俺の方がだいぶ上だが、流石にこの歳になって、弟を腕力で押さえつけて言う事きかせるってのは、それこそおとなげない。親にも叱られるしな。


 どうしたもんかと思っていたところで、とある日曜日、近所のフリマでおもしろそうなモノを見つけた。学校の理科の実験で使ったガラス製のアルコールランプ。アレをひと周り小さくしたような器具が、何やら大層な名前で売られていたんだ。


 「藍布之世異? なんて読むんだ、こりゃ」

 「“らんぷのせい”じゃよ、お若いの」


 商品を並べたゴザの前に座る、そのままハリポタかロードオブザリ●グの映画に出て来ても違和感がない黒いフード付きマントをまとった老人が、教えてくれた。


 「ランプの精って……まさか、アラビアンナイトのアレ?」

 「そう、アレじゃ。もっとも、そいつはイミテーションだがの」


 イミテーションってことは、なんだ偽物かよ。


 「おっと、とは言っても、ちゃんと使えるんじゃぞ──4回だけじゃが」

 「それは、どっちかって言うと壺の魔神とか猿の手というヤツなんじゃあ……」


 ともあれ、ちょうど暇してたのと、臨時収入があって懐があったかかったこともあって、酔狂にも俺はその「藍布之世異」(税込540円/燃料&説明書付き)を買って帰った。


 「えーと使い方は……」


 念の為マニュアルとやら(ちゃんと日本語だった!)を読んだところ 、コイツに火を点けて、紙に書いた願い事を燃やすと、それを叶えてくれるらしい。


 ただし、老人が言ってたとおり使えるのは4回まで(本来3回のところを大増サービスで+1回とか書かれてた。スーパーの特売品かよ!?)。

 また、願い事にも限度があって、直接的には「人ひとりの運命を変える」ぐらいまでのことしかできないみたいだ。


 「まぁ、それだって十分強力だとは思うけどな」


 そして、このテのマジカルなアイテムを「大金持ち」だの「不老不死」だのガチな望みに使用するのは無粋だし、ヤバい結果になるフラグを立てるようなモンだ。

 どうせジョークグッズなんだろうし、何かおもしろい願い事は……っと、閃いた!


 『弟の利亜樹が素直で純心な年頃に戻りますように』


 ノートの切れ端にそんな一文を書いて、ランプの火に近づけると、一瞬にして萌え尽き──もとい、燃え尽きた。


 「灰も残らないとは……案外、コレ、本物かもな」


 ちょっとだけ信憑性が増したランプの火をいったん消して、弟の部屋に向かう。


 「あ、きよひこ兄ちゃん!」


 そこには、ランドセルと半ズボンが似合う数年前の素直でかわいらしいマイ・ブラザーの姿があった。


 「ねえねぇ、なにかよーじ?」


 幼児はお前だ──というオヤジギャグはさておき。

 なんてこった、まさか税抜き500円で買ったパチモン魔法のランプが本物……というか本当に使える代物だったなんて!


 「──さっきコンビニでガリゴリくん買って来た。冷蔵庫に入ってるからひとつ食べていいぞ」

 「ホント!? わーい、ありがとー、兄ちゃん」


 パタパタと部屋を出ていく利亜樹(推定10歳)。ガリゴリくんぐらいであんなに喜ぶとはチョロイ奴め。


 ふぅむ……しかし、まさか叶うとは思わなかったから、適当な願い事にしといたが、実現可能となれば、もうちょっと吟味した方がよかったかな。

 よくよく考えてみると、利亜樹を若返らせたからって、数年経てば元の木阿弥じゃねぇか。ここは抜本的対策を取るべきか。

 どうせなら、もっと小さい頃から俺の言うことを聞くように躾けて……そうだ! せっかくだから、弟じゃなくて妹の方がいいかもしれん。


 『弟が、小学校に上がったばかりの年頃の妹になりますように』


 ふたつめの願い事を書いて、ワクテカしながらキッチンに降りていった俺は……。


 「ふぇぇ……アイスたべたら、あたまがキーンとするよぅ」


 推定6、7歳の黄色いワンピースを着た愛らしい“ょぅι゛ょ”を目撃したのだった。

 うむ、魔法のランプ(偽)、ぐっじょぶ!


 * * * 


 さて、そんなワケで俺は、たった500円÷4×2=250円で小憎らしい中1の弟・利亜樹に代わって、可愛らしい小1の妹・利亜(りあ)を手に入れたわけだ。

 ただ、少々誤算だったのは、俺を慕ってくれているのはいいとして、利亜は幼すぎて色々手がかかるようになったことか。

 もっとも、それくらいはむしろ妹に兄の偉大さを刷り込むのに丁度いい塩梅だと思ってたんだが……。


 「海外赴任?」


 ある日の夕飯の席で、両親から唐突にそんな話を打ち明けられた。


 「うむ。エジプトに2年ほどな」

 「それでね、父さん一人じゃ何もできないから、母さんも一緒に行こうと思うんだけど……」


 まぁ、妥当な判断か。ウチの親父は、全自動洗濯機を使いこなせず、カップ麺すら不味く作ってしまう家事オンチだからな。ひとり暮らしなんかさせたら、半月で部屋が腐海に沈むし。


 「でも、あそこって頻繁にテロとか起こってて、あまり治安がよくないんじゃなかったっけ?」


 海外旅行で行くと危険な国ランキングで、結構上位にランクインしてた気がする。


 「そうなのよ。だから、アンタと利亜ちゃんは日本に残した方がいいと思うんだけどね」


 チラと視線を向けられた利亜はキョトンとした顔で俺達を見てる。


 (コイツ、何もわかってないな……)


 まぁ、まだ6歳だから仕方ねーけど。


 「高校生の清彦はいいとして、小学生の利亜に親離れしろってのはキツくないか?」

 「そこなのよねぇ。清彦、アンタ、ひとりで利亜ちゃんの面倒見られる?」

 「無茶言うなよ! いや、絶対無理だとは言わんけどさぁ」


 うるさい親の目のないフリーライフを送れるのは有難いが、幼い妹の世話に忙殺されるってのは、さすがに勘弁だ。

 ん? いや、待てよ……。


 「ちょっと利亜と俺の部屋で相談してみてもいいかな?」


 ──15分後。


 「結論としては、まぁ、何とかなるだろう、ってことで」


 簡単な“話し合い”の後、俺達は両親にそう告げた。


 「そうね、清彦は高校生だし、利亜利亜もになったんだから、ふたりでも大丈夫よね」


 もちろん、例のランプを使って、利亜の年齢を以前の利亜樹と同じ中学生にまで引き上げたのだ。


 「清彦。わしらがいない間は、お前がこの家の主だ。利亜のこと、兄としてしっかり守ってやるんだぞ」

 「わーってるって」


 と、俺が親父にハッパをかけられてる傍らで、利亜もお袋に激励されている。


 「利亜ちゃん、大変だと思うけど、がんばってね」

 「うん、まかせて、ママ。お兄ちゃんの監視は、利亜がばっちり引き受けるから!」


 (──あれ? 利亜の口ぶりから、あんまり兄に対する尊敬の念が感じられないぞ)


 * * * 


 で、1週間後に両親はエジプトに旅立ったワケだが……。


 「もぅっ、お兄ちゃん、お風呂出たあと、リビングを裸でウロウロしないでよ! レディの前なんだからねっ!!」


 13歳になった妹の利亜は、小学生の頃の俺への懐きようが嘘みたいな、口うるさい生意気娘になっていた。


 「──しまった。失敗した」


 どーしてこうになったのだろう。

 いや、待てよ。兄として“利亜”の面倒をみたのは正味1ヵ月くらいだから、“なつき度”が足りなかったのかもしれん。

 もっとも、ホントにウザかった利亜樹の頃に比べれば、女の子の分だいぶ可愛げはあるし、ツンデレ的な反応とわかるところもあるので、随分マシではあるんだが。


 ちょっとボーイッシュだけど、元気で明るく、真面目で頼りになる女の子。

 それが周囲の利亜への評価みたいで、学校でも利亜は男女問わず人気があるらしい。


 兄の欲目をさっぴいてもルックスは可愛いと思うし、家に遊びに来た友人連中とかからうらやましがられることもあった。

 俺の方もちょっと生活態度に問題があったのは事実だし、その辺りで多少文句を言われるのも、仕方ないとは思うんだが……。


 「しかし、家事の腕前、とくに料理が壊滅的なのは誤算だったよなぁ」


 まぁ、キャラ付けからして、そういう女の子らしい事柄が苦手っぽいのは予想できんでもなかったが。本人も気にしているらしいんだが、そういうトコは親父に似たのか、多少練習しても殆ど変わらずド下手クソだし。

 朝はトースト、昼は学食でいいとして、夕飯は仕方なく俺がスーパーの総菜とレトルトと家庭科レベルの調理で誤魔化してる。正直、1週間足らずで早くも「安西先生、美味しい手料理が食べたいです」状態だ。


 (ウチのお袋、料理は巧かったからなぁ……)


 プリンやクッキーは言うに及ばず、大概のスイーツは自作できたし、テレビでやってるような料理も一度見ただけで再現可能(そして専門店並に美味い)という、ある意味料理チートと言える人材だったし。


 「また野菜炒めェ? お兄ちゃん、利亜もう飽きたよぅ」

 「うるさい。だったらオマエが作るか? ──いや、ゴメン。それはナシで」


 食後に胃薬や口直しが必要な夕飯を食べるハメになるなら、多少面倒でも俺が作った方がいくぶんマシだ。


 「ぅぅ~、自分が料理ヘタってわかってても、乙女のソンゲンが傷つくかも」


 むぅ。ちょっぴり生意気盛りとは言え、可愛い妹がシュンとしょげているのは、兄として心が痛まないでもない。


 「まぁまぁ、お前、まだ中一だろうが? その年頃なら家事や料理がそれほど得意じゃなくても、無理はないって」

 「でもでも~~、利亜、パパの子だし……」


 う゛っ……いや、俺はこの通り一応人並みだし、利亜もワンチャン?


 ──仕方ない。本当は「いざ」って時のためにとっておきたかったんだが、此処は例のアレの使い時だろう。

 とりあえず食後の皿洗いを妹に任せて、俺は自室に戻って、魔法のランプ(偽)に火を灯した。

 「さて、これで本当に最後の最後だが……どういう願い事をするべきか」

 色々思案した挙句、俺は──


A)容姿端麗で家事万能、しかも兄の事を慕っている理想の妹にしよう

B)いっそのこと、自分より年上で仲のいい姉にしてしまうのもアリかも

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