弐 天か、地獄か。 2

都内某所____。


「ったく、いい加減鍵をかけてもらわねぇとな」

深い海のような青い髪の頭を掻きながら、古いビルのドアを開ける。

ドアを開けるとそこは狭い事務室のようなスペースで、事務員なのか、若い女が何人か机に向かってパソコンをカタカタ鳴らしている。

入ってきた男に気づくと軽くペコリと会釈した。


男はそれに返しもせず、部屋の奥に設置してあるエレベーターに乗り込む。五階のボタンを押すとガタガタいいながらエレベーターは動き出した。


現在時刻、午後9時14分。


五階に着くと先程よりも随分広い部屋が現れ、一番窓際にある自分の机に黒い大きな鞄をドン!と大きな音をさせながら置いた。

そのフロアでもカタカタパソコンに向かっていた女や男たちが一瞬ビクッと肩を震わせていた。


「こんばんは、六耳むつじさん」

「あぁ、亜紀羅あきらか」

「今日は会議で?」

「まあな。これからまたアレが始まるのかと思うと胃がキリキリするわ……」

亜紀羅と呼ばれた少年は苦笑し、

「まあ、頑張ってください。俺はもう行くんで」

「これからか。何で?」

「何でって……仕事ですよ、仕事。北北東にBクラスが出たんですって」

「Bか。ま、お前なら余裕だろ。なにせこの事務所一の腕前だし。

だが……弧上はどうした?」

「重ですか?

知らないですよあんなん。かわやへ行ってくるって言ってから戻ってねぇし!連絡もつかねぇし!あー、思い出しただけでイライラする!じゃ、俺もう行くんで!」

「お、おう」


退魔師が退治するあやかしはその危険度によってクラス分けされている。低いのはC クラスから、最上位はSSクラスまで分類され対処している。まぁ、六耳支部のエースである亜紀羅ならBクラスくらい瞬殺だろう。

問題なのはそこではない。

常にともにいなくてはならないバディがいないことが気がかりなのだ。

「ま、そんなことに構ってる場合でもねぇな」


黒い鞄から必要最低限の資料だけを残し全て机の上に積んでいく。

これで、よし。

再び黒い鞄をしめるとまたエレベーターに乗り込み最上階のボタンを押す。

チーン、と音がなり降りる。そこに置いてある指紋認証をパスしてようやく自動ドアの向こうへ。



「あらぁ、今日も辛気臭い顔してるのね、六耳?」

「お前は相変わらず化粧が濃いな、二眼」

「うふふ、殺すわよ?」

「来た瞬間から騒がないでください。両方共おばさんおじさんなの変わんないでしょう」

「………」

「………」

「六耳ィィ!!テメェも堕ちたなァァ!!」

「お前頼むから黙っててくれ三首……」


あまりの騒がしさに頭を抱える。

ドアの向こうの空間は先程の比にならないくらい広かった。

その中心には大きな円形のテーブル。それを囲むようにして座るのは四人の男女。

そして、六耳と呼ばれたこの男。

実を言うと、ここにいる者は一人を除いて全員20歳を超えているのだ。

問題児が多すぎて、少し信じがたい。


そしてもっと言ってしまうとこの五人、「雲水怪奇相談所」の退魔班、最強の六人__【かなめ】の五人なのだ。


「相変わらず一角はお空の上か」

退魔師第六位  六耳むつじ

本名 夏芽馬琴なつめまこと


「あらあ、死んだように言わないで頂戴、今日も元気に引きこもってらっしゃるのよあの人」

退魔師第二位  二眼ふたがん

本名 大垣華枝おおがきはなえ


「どっちみちろくでもない人みたいに聞こえるんですけど…」

退魔師第五位 五指ごし

本名 相原優あいはらゆう


「…………」

退魔師第四位 四足しそく

本名 桐谷翠麗きりやすいれい


「またかぁ!!一角ぅぅ!!出てこいぃぃ

!!」

退魔師第三位 三首ざんしゅ

本名 雄志崎蛍多おしざきけいた


そして、ここにはいないもう一人の退魔師。

退魔師第一位 一角いっかく

本名不明。


現在絶賛引きこもり中。


「しかも金があるからって空中要塞作ってな」

「顔が良いからいいのよ、何しても」

「仕事はしてほしいんですけど」

「……………」

「降りてこいぃ!一角ぅぅぅ!!」

「こんな所から呼んで聞こえるわけあるか!!

やめろ、四足が魂飛ばしてるじゃねぇか!」

「え、これ表情変わってるんですか?」

「も〜、惚気るくらいなら早く結婚しなさいよ、三十路?」

「29だ!あと2ヶ月で30だけど!!あと俺は六耳だ!」

「…………26」

「へえ、二人って3歳差で幼馴染なんですか?」

「五指!お前も余計な詮索すんなよ……」


長過ぎる前髪のせいで表情の見えない四足の顔を覗き込みながら五指が首をかしげる。

五指は六人の内最年少であり唯一の10代。

しかも(黙っていれば)美少年。

なお、丸テーブルの上に立ちさっきから天に向かって叫んでるのは都内在住24歳男性、職業退魔師。

超胡散臭い問題児である。否、最早不審者。


「おい、二眼んん!お前も一角を呼べェ!」

「え〜。一角ぅ〜?降りてきなさぁい?」

「阿呆ぅ、もっと叫ぶんだよぉぉ!」

意外とノリの良いさんじゅ…………永遠の20。

「あのなあ、退魔師のてっぺん二人が何やってんだよ」

突っ込みたかねぇけど。

残念ながらツッコミ役というハズレくじを引いたのは六耳だ。

「一角を呼んでいるぅぅ!」

「呼ばんでいいわ!……いい加減本題入るぞ」

そう言うと、ようやく五人全員席に座る。


「さて、まずは近況報告だが」

「3日前、S区役所中心に半径200メートル内AAクラス出現、が今の所最も危険度が高いかしら」

「いや、O地区のCクラスの瘴気も……」

「あ、それなら俺が部下に調査させてる」

「誰だァァ?」

「弧上と野崎のざき

「やり手だなァ」

「瘴気だったら僕のとこが受け持っても良かったんですけどね」

「まあな。だけどああいうのにも慣れさせておいた方が後々いいかと思ってな」


会議は順調に進んでいく。

ふと、二眼が思い出したように声をあげた。

「そうだったわ、ねぇ六耳。アンタのとこのイケメン、注意しといたほうがいいかもしれないわよ」

「会議中に何を……イケメン?

あぁ、弧上か。弧上がどうかしたか?」

そういや最近あいつ事務所に顔出してないな、と思いながら二眼の返事を待つ。

二眼は僅かに目を細めた。


「…………鬼の匂いがする」

「………は?」


その場の空気が凍った。

「鬼ってどういうことだ!?二眼!」

あまりの衝撃にガタッと椅子を蹴飛ばし立ち上がった。

何故。自分は鬼の討伐なんて命じていない。なら重は任務途中に鬼を見かけた?

ありえない。バディである亜紀羅が共にいるはずだし、仮にいなかったとしても重ならば報告するだろう。

そして何よりここ十数年、鬼は見かけられていない。

「落ち着きなさい、六耳。

まだ確証はない。何も確定していないわ」

「っ……!」

「けれどもしもの時は……わかってるわよね?」

「あぁ……」

力なくうなだれながら六耳は座り直す。

「あとは……そうね。会長のことかしら」


会長。

雲水怪奇相談所のトップにして退魔師たちからの愛を一身に受ける人。

彼らにとって神に等しいその人は現在___。


「まだお目覚めにならない」

「何も、わからないのかァ?」

「僕の霊力を持ってしても分解できない“ナニか”に侵されてる。アレが霊力や呪いの類であるのかすらまだ確証は得られない」

全員からの視線に、会長の容態を診ている五指が残念そうに告げる。


「すみません」

「お前のせいじゃねェ、安心しろォォ!」

「そうだ、お前は凄いやつだからな」

「五指坊、ありがたいわ」

彼等にそう感謝され少し微笑む。

内心、会長を蝕むそれの正体すらわからない自分に怒りながら。


「じゃあ、今回はここまでにしましょう。

あやかしの件はAAクラスのあやかしに気をつけること。

会長の件は経過観察、そして六耳」

「……わかっている」

「弧上重に注意、くらいかしらね」

キケンな男は嫌いじゃないけど、と無駄に上手いウインクをしながらまとめる二眼。


「じゃ、解散!」


そう言うと皆ぺちゃくちゃ喋りながら解散し始める。その中で六耳だけが顔を両手で覆いうつむいていた。

立ち上がりさえしない六耳を心配するように四足が肩に手を乗せる。

「……六耳」

「なんだよ」

「帰ろう。私は残業があるけども」

「ハハッ。お前だけブラック企業に勤めてるみたいに隈ひどいもんなぁ……。 

本当は美人なの……に……」


そう言うと六耳は力尽きたように机に突っ伏して眠りについてしまった。

「………」

しばらく無言でそれを見つめていた四足だったが、そっと自分の上着を肩にかけてやると靴をカッカッカッと鳴らしながら去っていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

導の子 春巻き @chorisu08

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ