弐 天か、地獄か。


「貴方が人生の岐路に立たされた時、貴方を守れるように。

貴方が胸を張って生きれるように」

「だから私は貴方にこれを託すのよ」

そう言って何かを渡される。

何だっけな。ずいぶん昔の記憶だ。


「貴方を待つ未来が、どんなに過酷なものであったとしても……自分の信じた人を、未来を、信じて生きなさい」

「大丈夫、貴方を決して死なせはしない……!」


柔らかな温かい手が、自分の手を包む。

懐かしい匂いがふわりと香った。


「私の、リトルブラザー!(小さな兄弟!)」



           ☆


「ん………」

人の話し声がして、目を開ける。


「いや、姫……しかし………」

「仕方なかろう……もし明日……」

「んん……」

ぼんやりする意識の中、耳を澄ます。

あの赤いのは……あぁ、九七姫だな、そうだ僕が助けたんだっけなどのんきに考えていた。


「目覚めたか。春央」

「春央!」

「九七姫、重……。良かった、会えたんだね」

「すまない、春央……。まさかこんなことになるとは」

「ううん、重の役にたてて嬉しいよ」

「持つべきものは友だな……」

二人がじーんと感動していると九七姫が苛々し始め、

「ええい!重!やるのかやらんのかはっきりせい!」

と叫ぶ。

「え、何を?」

「ああ、実はな、依頼があったのは本当だ。

ほら、途中変なのに襲われただろう?」

「変なの……あ!」

思い出す春央。

「姫が言うにはそれは500年前に流行った病の元凶である瘴気らしいんだ」

「瘴気?」


瘴気___

それは病の元凶となるとされる悪い空気のこと。

山川の毒気ともされる。


「おそらく依頼人はその瘴気にあてられた人間を見てしまったんだ」


瘴気に当てられるとどうやら先程の春央のような恐ろしい姿になってしまうようだ。

「と、いうわけで瘴気を消す」

「どうやって消すの?」

「重」

「あぁ」

九七姫に目配せされ重はパチンッと指を鳴らす。

その瞬間、空中に刀が出現した。


「うわっ!?」

「これは霊刀れいとうといい、霊力を分散、消滅させる事のできる道具だ。勿論斬る事もできる」

「あ、危ないじゃんそれ……」

「しかし逆に言うと霊力のほとんどない人間には傷一つつけられないようになっている」

「え、すご」

「お主は別だ、春央。

お主はこれを普通の刃物より数倍は切れる危険物として扱ったほうが良い」

「そ、そっか……」


コホン、と重が咳払いする。

「それでだな、これからこれを使って瘴気を消滅させるわけだが…。どうするんだ?姫」

「まあ、案ずるよりも産むが易しだ。

握ってみろ、春央」

そう言われ、春央はおそるおそる霊刀の柄を掴む。

(あ……)

初めて握ったはずのそれはいやに生々しく手に馴染む。

その感触にゾッとした。

(____!)

「落ち着け。焦るな」

「!」

耳元で九七姫が囁く。近い。

「いいな、春央。

何があっても刀を離さず、己を見失うなよ。

さもなくばすぐに呑まれるぞ」

「う、うん……」


なにをするのか全くわからないがこれはつまり自分が鍵となるのだろうと察すると手に汗がじっとりと流れる。

「なに、恐れるほどのものではない。

____私がいるのだからな」

「姫!」

「負けてくれるなよ、小僧」

そうつぶやくと、九七姫は刃を地面へ向け春央の手を自分の手で包む。

そうして春央を後ろから抱きしめるような形で刃に力を込めた。


「__行くぞ」

「うん!」


すぅっと彼女の息を吸う音が耳元でして、少し赤面する。

けれど怖くなかった。鬼が背後にいることも、刀を握っていることも、何も。



「滅殺!!」



九七姫のかけ声とともに霊刀は唸り地面に突き刺さる。

それが手に伝わった瞬間、ひどい目眩に襲われ足がふらつく。

(なにこれ……吐き気が止まんない……)

気持ち悪い。

兎に角気持ち悪い。

何かに見られている。何かに値踏みされている。

今まさに喰われようとしている。

「ぐぅ……!」

「春央!」

「来るな重!」

「しかしっ」

「お主の出る幕ではない」


その場に溜まりこんだ瘴気が段々薄くなっていく。

しかしその瘴気の向かう場所は__

「あ゛あ゛あ゛ぁぁー!!」

春央だ。

淀んだ空気と腐臭、重く沈んだ気。

そのすべてが春央に吸収されていく。

否、吸収され春央の霊力に触れた瞬間分解されていっているのだ!


あまりの瘴気の濃さに全身の力は抜け、刀から手が離れそうになる。

それを九七姫の手がすんでのところで止めた。

「忘れるな。それを離す、な……」

「あ、あ、あ、…」

彼女の体にもガタがきているのか僅かに顔が歪む。

瓦礫の隙間から漏れ出て止まない瘴気は次第に渦を描き、春央にものすごい勢いで分解されていく。


重はそれをどうすることもできず見守るばかりで、何もできない自分に苛立つ。

俺は何をやっているんだ。

姫は封印から解かれたばかりで霊力を消耗しているはず。

春央に関してはもう退魔師ですらない一般人だ。

「っ……」

ぎゅ、と握った拳が震える。

「______」

何かを叫ぼうとしたその瞬間。


太陽が沈んだ。


それに呼応したように九七姫の燃えるような霊力は膨れ上がり、メキメキと刀を更に奥深くへ突き刺していく。

「去ね」


そしてついに___瘴気はすべて霧散し消滅した。


ズルン、と春央が柄から手を離し崩れ落ちる。

「春央!」

それを受け止め、重は春央に呼びかけた。

「……」

「凄い熱だ……流石に瘴気を浴びすぎたか…」

「重」

「姫?」

「おぬ、し…………」

そう何かを言いかけ、九七姫もまるで電池の切れたロボットのように倒れる。

「姫!

クソッ、どうしたら……!」





月が宵闇を照らし始める。

太陽の眠る時。

あやかしの時である。

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