壱 アナザー 3
闇の中でぬらりと輝く怪しい瞳に息を呑む。
「えっ……」
「ハルオだったな……。お主ならもしかすると私を解放できるかもしれぬな」
「!
どうやって?」
「方法か?この札に触れるだけだ。お主の霊力であればそれに触れるだけで全て壊せるだろう………」
九七姫が視線を送る先には、赤い墨で不思議な模様が描かれた札。おそらくこれが彼女を拘束する全ての力の源というのだろう。
さあ、どうする?
「九七姫……ねぇ、九七姫」
「騒がしい小僧だな。何用だ」
「貴女のその、九七姫の九七ってどういう意味?」
____忘れるな。お前は呪われた鬼____
「…………九七姫の97は呪いの数を指す。
この穢れた身体には97もの呪いがかけられているのよ」
札から常に発される死臭。それにもとうの昔に慣れてしまった。
「97の呪いを背負ってなお生きている鬼、それが九七姫という愚かな鬼…というわけよ」
ほら。耳を澄ませてみろ。匂いを嗅ぎ分けてみろ。
わかるだろう。死の音が。死の匂いが。その影が。
どうしようもなく救われぬ運命と悟っている。
春央は九七姫を見つめる。
どうしてだろう。
彼女をそっと抱きしめてあげたいと思った。
九七姫は鬼なのに。僕は人間なのに。
「違うよ!」
「!」
「もう君は、呪われてなんかいない。
___僕が解放する」
「!?」
「今まで何があったのか知らないけど、僕は君が本当に悪い鬼だとは思えない!」
そう叫んだ途端、春央の全身が金色の光に包まれる。
眩しい、綺麗な、温かな色___!
「九七姫の97は呪いなんかじゃない。
君はこれから、97の祝福を授かるんだ!」
神なんていない。
信じない。いたらこんな悲しいことをするはずがない。
今までそう思ってきた。
だけど、一瞬。
光に包まれた春央が、神様みたいに見えた。
「人間如きが………!」
九七姫が興奮したように身を震わせ、さもおかしそうに笑った。
春央が、淡く光る札に優しく触れる。
次の瞬間。
洞窟は、崩壊した。
(大丈夫。君は僕を殺さない。
だって僕ら、きっと導かれて出会ったのだもの)
「っ…………!」
突然轟音をあげながら崩れた洞窟から、なんとか這い出る重。
「春央……」
やはり。重の目論見は成功した。
しかし、彼は___自分の友人は___!
「重………か?」
「っ…………!?」
思わずその場で固まる。身動きできないほどの莫大な霊力の持ち主が近づいてきているのがわかる。
そしてそれは自分のよく知る___
「面を上げよ、重。
たかが500年程で私の声を忘れたなど、許さぬぞ」
「あ、あぁ……!」
ゆっくりと顔を上げる。
熱く燃える夕陽を背に、瓦礫の上に凛と立っていたのは__
「お待ちしておりました、我が姫……」
「うむ」
春央を抱えた、燃えるような
☆
こうして、孤独な鬼と心優しき少年は出会うべくして出会った。
それを決めたのは、天か、地獄か。
言えることは唯一つ。
この日、河合春央の人生は少しずつ、しかし着実に転がっていったという事だけである。
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