壱 アナザー 2
それから約、一時間後。
「春央、大丈夫か?」
「え、うん………大丈夫」
いやいや大丈夫に見えますか見えませんよねこんなに汗ダラダラ流して顔面蒼白の男。
むしろ涼しい顔して少しも疲れを見せない君が大丈夫かよと言いたい。
もうあれから一時間歩きっぱなし。
なんだか肩は重くなるし足は鉛のようだし酸欠にはなりかけるし。
「ま、まだ着かない……!?」
「大分瘴気が強くなってきたな……。
春央が歩いているのが不思議なくらいだ」
「話聞いて!?」
見事なまでのスルー。
辛いといえば辛いが自分で行くと言ってしまった手前やっぱり帰りますとは言いにくい。
ということでこんなところまで来てしまった。
(しかも景色が一向に変わらないのが怖いんだよなぁ……これちゃんと進んでいるんだよね?)
迷子とかじゃないよねいい年して。
と思うがあの重の事なのであまり信憑性はない。そうして悶々と歩き続けていると急に重が立ち止まった。
「なんかあったの?」
「あぁ……。これか」
ゴツゴツした洞窟の壁の一角を重はズルっ……と引き抜く。
え?引き抜く?
「安心しろそういう仕掛けなだけだ」
「ビックリした……」
引き抜いたあとには古い鍵穴のようなものがあり、とてもじゃないが開かなそうだ。
重は少しの間考える素振りを見せると、
「春央」
「ん?」
「この鍵穴触ってみて欲しいんだが」
「触るだけでいいの?」
「あぁ。」
恐る恐る触れてみる。ザラザラしているし、錆もついている。見るからに相当古そうだ。手に鉄の匂いがつきそうだな、なんて呑気なことを考えていると、
ゴ………ゴゴゴゴ………
「は?」
「………」
鍵穴はくるりと回り、壁は二つに割れる。その奥にはさらに重そうな鉄の扉。
「少し離れてろ」
「う、うん」
重は自らの霊力で体に強化を施すとその扉を思いっきり引く。
ギギギギギ………と耳障りな音をさせながら扉は開いた。
「いつ見ても凄いね……」
あまりのことに口をあんぐりと開け呆然としていた春央は扉の中へ入っていく重を追いながらそう口にする。
「お前の方が凄い」
「そんなわけないよ。重の肉体強化した時の力って男の人十人分くらいはあるんでしょ?」
「さぁ…具体的な強さを測ったことはないからな」
「わぁ、流石退魔師、人間離れしてるね」
「………」
扉の中には階段があった。
地下のさらに地下へと続く階段。
ずっと閉じていたからか空気がこもっていて息がしづらい。
しかも階段は幅がとても狭く、重が下るので精一杯だった。
「ここからは更に気をつけろ…一歩外したら命の保証は出来ないからな」
「う、うん」
確かに、ここから落ちたら助かるとはとても思えない。
岩だらけだし、どれくらい階段が続いているのかもわからないし、足元を見るので精一杯だし。
正体不明の不安もある。
春央にだって、恐怖や不安はあるのだ。
一歩一歩、踏みしめて歩く。
重が前を歩いてくれたから、不安も多少は和らいでいた。
「ねぇ、重」
「なんだ」
「この先には、何が“いる”の?」
そう問うと、重は少し黙り込む。
「重?」
「……………鬼」
「え?」
「お前には、この先にいる鬼に会ってほしいんだ。」
「鬼って……、あの鬼だよね」
「あぁ、その鬼だ」
「角と牙としましまのふんどしの」
「し、しましまのふんどしはよくわからんがな……。まあ、昔から語り継がれている鬼というあやかしだ」
強く大きな、恐ろしいあやかし、鬼。
「ホントに、いたんだ……」
そう言う春央に、重がくすりと笑った気がした。
彼は前を向いていたから、その表情はわからないけれど。
「なあ、春央」
「うん?」
唐突に重が立ち止まる。危うく転ぶところだった。
「ここから先は、俺は行けない。
でもお前なら行けるはずだ。頼む。“彼女”に会ってくれ。
すべて終わったあと、お前には話さなければいけないことがあるから」
「話さなければいけないこと?」
重は春央に向き合い、弱々しく微笑む。
「お前は特別な子だ、春央。頼んだ」
「?」
そう言う重の背後には大量の札の貼られた座敷牢のような場所が。
そしてその手前には小さな門。
二人は今、門の前に立っていた。
「………!」
ゾクリと、背筋が凍る。その場に漂う負の感情や幾重にも重なる札と呪いの数々。更に下がる温度。その全てに、ぞわわ……と鳥肌が立つ。
「鬼……」
胸によぎったのは、一つの予感だった。
『来た、のか……………』
恐る恐る、一歩踏み出す。
大丈夫。何も問題はない。
どんな鬼なんだろう。やはり怖いのだろうか。
何故重は鬼と知り合いなのだろう?
もしものことがあった時のため渡された札を握りしめ、自分の頬をつねった。
暗い。何もわかりはしない。
けれどなんだろう。
この妙な胸の高鳴りは。何かわからない妙な期待。
下る下る。まだまだ下る。
薄暗い闇の中に、少しずつ、しかし確実に進んでいっているのが自分でもわかる。
「あ……」
大分下りたところで、開けた場所に出た。
周りは相変わらずゴツゴツした岩。その上には気味が悪いほどの何かの札。
とりあえず懐中電灯であたりを照らしてみる。
(気持ち悪い)
空気は淀んでいるし、暗いし、気味が悪いし。
けれ、ど…………?
懐中電灯が、闇の奥の方を照らした。
そこにはやはり大量の札。しかし、札の向こう側に“何か”が蠢いているのが見えた。
「……?」
目を凝らす。札の向こう。座敷牢のような格子の奥に居たのは____
「お主……。
私を光で照らすなど、余程死にたいらしいな」
「!!」
鎖で四肢と首を繋げられた、真っ赤な女がいた。
「君が、鬼……?」
女はニヤリと笑う。冷えきったあやかし独特の笑み。
「いかにも。私が赤鬼。
「九七姫……?」
首を傾げる春央。眼の前に鬼がいるというのがあまり実感がわかなかった。
「お主、何者だ?
何故ここまで来ることができた」
「何故って、普通に階段を…」
「この呪いが効かぬというのか。小僧」
「こ、小僧……」
変な喋り方だなあと思いながらん?とまた首を傾げる。
「呪い?」
「この場にはいくつもの呪いがかけられている。その呪いと瘴気の濃さで常人はここへ近づけぬ」
「そうなんだ…」
でもそれでなんで僕は君に怪しげな視線で見られなきゃいけないのかなあ怪しみたいのはこっちなんだけど。
と、いう感情が顔にそのまま出ていたのか、九七姫は苛立ちながら
「異常だ、と言っておるのだ。小僧。
重でさえこの場へは来れなかった……」
知っている名を呼ばれ、ハッとした。
「やっぱり、重を知ってるの?」
「それはこっちの台詞だ。何故重を知っている」
「重は僕の友達だよ。ここへも重が連れてきたんだ」
彼女の赤い瞳が見開かれる。
「重が……。
なるほど、そういうことか」
「どういうこと?」
九七姫は春央を見つめ笑った。
「なるほど、なるほどなぁ!
お主、名はなんという?」
「僕?僕の名前は河合春央」
「ハルオ。
お主は特別な者ということだ」
特別。
先程重もそう言っていた。
「ハルオ。何故重はここへ来れなかったのだと思う」
「う〜ん?」
「霊力が足りなかったのだ」
「霊力」
「人間どもの間で言う体力のようなものだな。
ここにあるおぞましい呪いをくぐり抜けられるだけの大きな霊力を持っていなければ、この座敷牢まではまず辿り着けない」
「……」
「重はそれだけの力がなかった。
しかしお主は今ここへいる。ここから導き出されるのは……」
九七姫がニヤリと笑い、目があった。
「お主はあやかしをも上回る奇跡的な霊力のもち主、ということだな」
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