第一章

壱 アナザー


約500年前。

当時の都にて悪行の限りを尽くす鬼がいた。

いくつもの青鬼を従えた赤鬼である。

彼らは都にてありとあらゆる悪さをし、日に日に都は荒れていった。

しかし人だって黙っていない。

当時の退魔師たちは鬼達と死闘を繰り広げながら 青鬼たちを霊力のこもる鎖で縛り惨殺。

そして、瀕死状態にまで陥った赤鬼は地中深くに封印されたのだった。


赤鬼の体に97の呪いをかけて。


これは、遥か昔の話。

今でもこの話は一部の者たちへ語り継がれており、その者たちは赤鬼の恐怖を体に染み込ませ肝に銘じる。

赤鬼を復活させてはならない、と。


その呪われた赤鬼の名を__九七姫くなひめという。


       

          ☆    



「やっぱ帰ろうよ〜!絶対やばいやつだってコレ!」

「何いってんだよ、やべえやつだからこそ行くんだろ」

二人のカップルが暗い洞窟の中を歩いていた。

あたりはただひたすらに静かで、暗闇に攫われたかのように二人きりだった。


「別に俺は一人だっていいぜ?

ここに残るか?」

男はニヤニヤしながらそう言う。

女の方はビクッと震え、

「女の子置いていくバカいる!?行きますよ行きますええ!」

「その調子だ」

もうお前女の子なんて年齢じゃないけどな、なんて言うと彼女に殴られるから言わないけれども。


ぴちゃんっ……


「ひっ」

「なんだよ、水の音だろ」

「私は怖がりなのよ!」

バッと彼の腕にしがみつく女。その体は震えていた。

「ったく……。帰るか?」

「いい!行くわよ!行きたいんでしょ!?」

「………。」

震える足で進んでいく女。彼もそれに続いていく。

「しょうがねぇやつ……」

無理しなくたっていいのに、と思いながらその手を掴み握ってやる。

まさか本当に幽霊やら何やらがいるわけじゃあるまいし。


その油断が、彼らの命取りであったとは知らずに、歩みを進めていく……。


「おい、奈々美。」

「……………。」

「奈々美?」

おかしい。何度名前を読んでも彼女が反応しない。

どうしたものかとその顔を覗き込んだ。


「ヒッ…………!」


その瞬間、男はその手を離した。

「来んじゃねぇ!!化物ぉ!!」


手をつないでいた彼女の顔は、人間とは思えないほど歪み、痩せこけ、目はむき出しになり血走っていた。

「ガ……ハ……ッハ……」

男は一目散に逃げ出し、ただひたすら来た道を走って戻っていった……。





           ☆


澄み渡った青い空に白い雲が浮かぶ、絵に描いたような晴れの日の午後。

たい焼きを幸せそうに頬張りながら公園のベンチで少年は音楽を聴いていた。


「〜♪」

(やっぱり茂さんのたい焼き美味しいな〜!売上がいい日はこうやってもらえたりするし、本当にいいバイト先だよ……!)


超有名たいやき屋、というわけではないが彼のバイト先、「たい焼き もりおか」はここらでは親しまれている美味しいたい焼き屋だ。


彼__河合春央かわあいはるおはその味に一口惚れ(?)してそのまま勢いでアルバイトに入った元気な大学生である。


「おい、春央!コーラ買ってき……またたい焼き食ってんのかよ……」


そう言いながら春央にコーラを渡すのは友人の佐藤。

「佐藤!」

「なぁになんでここに俺がいるんだみたいな顔してんだ。

お前がコーラ飲みたいって言ったんだろ」

「それはそうだけど」


やれやれとため息をつき苦笑する佐藤にもたい焼きをわけ、一緒に食べる。


「やっぱりもりおかは美味いな。馴染んでるからか」

「うんうん」

「シゲさんいい人だし」

「そう!いきなりアルバイトさせてくださいっ!って言いに行った僕を快く受け入れてくれて!」


たい焼きと『もりおか』への愛をフンス!と熱く語る春央を見て佐藤は笑う。


「ここまでくると本当に大好きなんだなって嫌ってほど伝わってくるよ」

「だって大好きなんだもん!その見た目も、中身も、全て!」

そう言ってまたもぐっと齧る。美味い。


「美味いのはわかったけどさあ、お前2時から用事あるって言ってなかった?もう1時半だぞ」

「え!?さっき12じゃ?」

「見間違いだな。しっかりしろよ全く……」

「ごめん!ありがとう佐藤!じゃ僕行ってくる!」

「おう、気をつけろよ」


タッタッタッと去っていく春央を見送ると

「全く、ガキかってくらい元気な奴だな……」

と苦笑した。


でもそこが河合春央の良いところなのだと、佐藤は思っていた。



          ☆



「ごめん、かさね!待った?」

「いや」


春央は街の中でも待ち合わせにはもってこいの、大きな時計のある広場へ駆け足で行く。

時計のすぐ下には、驚くほど整った顔立ちの青年が本を読みながら春央を待っていた。


「えーと、重はなんでそんなに女の子を連れてるの?」

「いや、これは……。連れてるんじゃなくて」

「つれないわねぇ、いいじゃない」

「僕、彼の弟か何か?かわいい顔してるわね」

「えっ」

「…………彼は立派な大学一年生だ」

「「!!?」」

「それに弟でもない。友人だ。わかったらどこかへ行ってくれないか。俺と彼はこれから用事がある」

「は、はい……」


そそくさと去っていく女達。それを眺めながら

「相変わらずモテモテだね……」

「俺はモテたいなんて思わないけどな」

「それ多分大体の男子が言ってみたいセリフだと思うよ」

「女は怖いということを知らないから言えるんだ」


真顔でそう返す重。うん。妙に説得力があるな。重が言うと。


「で?どこだっけ今回は」

王清橋おうせいきょうの地下だ。ただ今回は下見。何が“いる”かわからないからな」

そんな会話をしながら春央は重の車に乗り込む。

重の運転で王清橋まで行くためだった。


ここで、何故春央たちは王清橋という橋の地下へ向かっているのか説明しなくてはならない。



          ☆



この世界には異形のものがいる。


それはあやかしや、魔物とも言われる類のもの。

決して日向のもとで生きることのない者たち。

しかし彼らは間違いなく存在し、多少ではあるが人間の住む現し世に影響を及ぼす事がある。


そしてその“影響”を少しでも消却し、人に害をなすあやかしを退治する者達____


彼らを退魔師とよんでいる。


遥か昔からあやかしと対峙する彼等。

それは現在大半が組織化しており、退魔班が実際は退魔を実行する事となっているのだった。


そして春央の友人、弧上重こじょうかさね__

彼は退魔の名門、雲水家が運営する雲水怪奇相談所うんすいかいきそうだんじょに所属する一員。

相談所とは言っても、国の様々な方面に上層部によるパイプを持ち、退魔師組織としての規模は東日本最大である。

春央はひょんなことから彼等に協力することになり、重たちと行動することが多くなった。


自分が大きな渦の中にいるとも知らずに__



          ☆


「気をつけろよ。これから先は何が起こるかわからない」

「うん!大丈夫。なんか来たらすぐ重に言うから、さ!」

「そうか」


心配そうに重はするがそんな重を置いて春央はずんずん進んでいく。

色んな意味で怖い物知らずなのだろう、と重は勝手に納得した。


「____…」


思わず手を伸ばす。前を行く彼に誰かを重ねて。

「………」

「重?」

その声で我に返り、ハッとした。

「すまん」

「重はたまにボーッとするよね。だからアキが目を離せないんだよ」

「俺は成人男性だぞ。高校生にそんな目で見られるなんて心外だ」

「あはは……」


そんな会話をしながら二人は地下への洞窟に入る。あたりが薄暗くなり、気温も一気に下がるが気にしない。

気にしたら最後、足がすくんで動けなくなるからだ。

(相談所に所属する新人が叩き込まれる基本のき……だっけ)

まったく気にしていない春央は別に退魔師でも何でもない一般人だが。

暗くなりすぎて前が見えにくくなってきた頃、重が懐中電灯を取り出しあたりを照らす。


「今のところ特に異常はないが……」

「………。」

「春央?」

なんの反応もない春央に違和感を感じ彼の顔を覗き込む。

「しまっ………!」


目を見開き、その姿に驚くが同時に後方へ飛び距離を取る。

春央は恐ろしい姿へと変貌していた。

目は今にも飛び出そうに見開かれ、頬は落ち窪み、皮と骨だけついた……わかりやすく言うと恐ろしく醜い老人のよう。


「春央!聞こえるか!?」

「かさ……」

(ギリギリ保ってる。でもいつどうなるかわからない)

「とりあえず!」

一気に距離を詰め春央の背後に。そのまま気を__。

「重!」

「!?」


失わせようとしたその直前。

春央はもとに戻った。

少し大きな、可愛らしい目と若者特有のみずみずしい肌。華奢ではあるが一応筋肉もそれなりについている。


「春央!」

「僕、なんか今……」

「………気にするな」

(俺のせいだ。俺が春央に…)

この先はもっと危険かもしれない。

何が待っているかわからない。

そして春央は身の守り方を知らない一般人。

(もう少しで後戻りできないところだった)


「春央」

「?」

「もう、いい。今日は帰ろう。

ここになにかあるのは確実だし、今日来た意味はある」

「え?でも……」

「お前にこれ以上何かあったら困る。

お前は退魔師じゃない。一般人なんだから」

一般人をあやかし退治に巻き込んだなんて知られたら、相談所の信用が地に堕ちる。それだけじゃない。

重はもう退魔師を続けることは出来ないだろう。


「ね、重」

「?」

「今日、僕をここへ連れてきたのさ。

任務ってだけじゃないでしょ?

多分もっと別の目的があるんじゃないの?」

「…………っ!」

「僕が気づいてないでついてきたと思ってた……?」


重は息を呑む。

なんでだろう。春央はこういう時だけ鋭い。

「それは」

「そしてそれは多分まだまだこの先にある。

僕が今行かなければいけないんじゃないの?」

「春央」

「僕は行くよ。重。

友達の願いを叶えたいもの」

「っ!」


行かないでくれ。

そう言わないと。わがままなのはわかっている。けれど言わないと。

彼の身に何かあったら俺は__


「行こう」


どうすればいいというんだ。

「春央……」

重がそう思っている内にも春央はずんずん進んでいく。

「あぁ、もう……」

仕方ない。

男なら腹を括れとあの人も言っていたじゃないか。


重は春央の後を追い始めた。



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