勇者パーティーの冒険―第4話―

 夜の間に雨が降り出し、翌朝の今もしとしとと小雨が残っていた。

 窓から空とにらめっこしていたレンジャーが、ロビーで座る戦士たちと魔法使いの元へ戻って言う。

「多分あと20分程度で雨は止むと思う。まあだいぶ降っちゃったから、道はぬかるんでると思うけど」

「そうか。今が9時だから、9時半くらいには出れるか?」

「そう考えていいと思う。ったく、天気まで魔王の味方しやがる」

 レンジャーが軽くストレッチしながらぼやく。と、客室のフロアからブインとトイマが下りて来た。

「あ、まだいた!俺ら午前中には首都戻っちゃうんですけど、お見送りだけでもと思いまして」

「ああ、わざわざありがとう。後これ、少ないけど運賃」

 戦士は2万を2人に差し出す。トイマたちは一瞬硬直した後、慌てて手を振り1歩下がった。

「いやいやいや。3人に迷惑かけたから迷惑料代わりにここまで届けただけで。そんなお金もらうようなことは」

「昨日は金なかったんだけど、蓋開けてみたら案外出費が少なくてな。いいんだよ、俺らは魔王を倒すか、倒せないで逃げ帰って1から出直すかの2択なんだから」

 戦士の背中から、レンジャーも顔を出してトイマたちを見つめる。

「そうだよもらっとけ。ブインっつったっけ。まだ商売続けるのかは知らねーけど、何するにも金はいるし、生活の足しにでもすりゃあいいじゃん。そんな良い友達いるんだしさ」

「え、でも……」

 まだ遠慮するブインに、戦士は強引に紙幣を握らせる。

「ほれ、まあ1万ずつだが後で2人で分けてくれ。ただし、もうあんな阿漕な商売はすんじゃねえぞ。冒険者相手じゃなくても。まだ若いんだし、あんだけ度胸あれば何でもできるって、なあ?」

 戦士が振り返って魔法使いとレンジャーに同意を求めると、2人は大きく頷いた。

「こんないかつい恰好の戦士相手にも、武器持った強盗相手にもあそこまで強く出れるなら、何だって出来るわ」

「そうだよ。案外魔王相手にまがい物売りつけたり出来んじゃねえの。……あー、そうすりゃよかったな。先発隊として送り込んで粗悪品の杖掴ませて、魔法撃った瞬間に杖が爆発して魔王が無力化されて俺らの勝ち!みたいな」

 レンジャーの言葉に、ブインは苦笑いしてからトイマに1万を渡し、そして頭を下げた。

「すみませんでした」

「いいよ。それとこれとは話が別、労働の対価だ。一応強盗も追っ払ってもらったし。それに、回復薬ももらったしな」

 戦士が椅子に腰かけつつ、腰元からガラスの小瓶を取り出す。それを見たトイマは軽く頷いてから、戦士に真っ直ぐな目を向けた。

「あの、頑張ってください。僕らも急いで首都戻って、3人の勇姿を見届けたいと思います」

「あー、いや、それはまあ見なくて良いんじゃねえの。失敗したときのリスクがでかすぎる。4人の死体が転がっている映像とか、見たくないだろ?」

「いえ、皆さんなら大丈夫だと思ってます。これだけ強いんですから」

 真っ直ぐな目で言われ、戦士は思わず視線を逸す。と、レンジャーがニヤリと笑いながら口を開いた。

「おー、すっげえ信頼されてる。生中継されっし、これはヘマできねえな」

「ヘマできねえな、じゃねえんだよ。カメラは最初にぶっ壊すぞ。処刑する瞬間を中継なんて、そんな悪趣味なことさせるか」

「あと絶対放送コードに引っかかるしね」

 魔法使いがさらっと付け足し、戦士はそっちまで心配しなくて良いんだよ、と軽く怒る。

 そんな会話をする5人の元へ、外からうっすらと日差しが差し込んできた。レンジャーがすかさず窓に駆け寄り、空を見上げる。

「お、雨止んだみたいだな。ちょっと早いけど出る?」

「ああ、出よう。道が悪いんじゃ想定以上に時間がかかりそうだ」

 戦士と魔法使いがゆっくり立ち上がると、ブインがすかさず口を開いた。

「頑張ってください!魔王を倒して、世界に平和をもたらしてください!」

「ああ、まあ努力はする」

 戦士が素っ気なく返すと、ブインは恥ずかしそうに付け足した。

「平和になって、武具とか消耗品とか売らなくてようなったら、俺、やってみたいんです。そのー、芸人、というかコメディアン、というか……」

「え!?」

 戦士、魔法使い、レンジャー、そしてトイマが驚いてブインの顔を見つめる。だがすぐに、トイマはニッコリとブインに笑いかけた。

「良いと思う。ブインはすっごい運が悪くてハズレばかり引いてたけど、真面目だし、おしゃべりは上手だし、運が悪いところもプラスに出来るだろうし。応援するよ!むしろ俺も失業しちゃうかもしれないし、ブインについていこうかな」

「へへ、ありがと。じゃあやるときはトイマに声かけるわ」

「待ってるよ」

 2人の友情に、魔法使いが穏やかな笑みを見せる。

「良い友情ねー。私もブインなら成功する気がするなー。根拠はないけど」

「ああ、じゃあブインが夢を叶えられるように、俺たちも頑張るか」

 戦士はそう言うと宿の入り口に向かって歩き出した。その背中に、ブインとトイマの声援が届く。

「頑張ってください!」

「魔王をはっ倒してくださいねー!」

 戦士たちはその声援を受け取るかのように手を振ると、宿の外に出て山の入口へと向かった。道はぬかるんでいて、重量のある戦士なんかは靴の半分が泥に埋もれてしまうほどの水分を含んでいる。

 戦士は泥から靴を引き抜いて歩きつつ、面倒くさそうに口を尖らせた。

「うっわ路面状況最悪。んだよこれー」

「最悪の出発ね……。ちょ、戦士?泥飛ばさないでよ?」

「じゃあ俺の周囲を歩くな」

「えー……」

 あまり緊張感もないまま3人は山の入口にたどり着いた。入口には手作り感あふれる木製の看板に、『←こちらまっすぐ魔王城』なんて書かれている。

 戦士がその道へ踏み込もうとしたとき、レンジャーが静かに腕を出して戦士の動きを制止した。

「どうした?レンジャー」

「ちょっと待って。思ってたんだけどよ、魔王城の入り口としては、ちょっと分かりやすすぎるよな」

「ん?まあ、そうだな」

 戦士が頷くと、レンジャーは周囲を見渡してから山の裏側の方へ続く細い道を指差した。

「勇者を助けるのに、いちいち真正面から挑む必要ないだろ。裏から回って敵の虚を突こう」

 その道は明らかに使われておらず、草も枝も生え放題になっている。その上、山の上に続く道は、正面の登山道よりも明らかに急で険しい。戦士はその道を眺めてから、レンジャーの顔に視線を戻した。

「……道分かるのか?」

「方向感覚は大丈夫。ただ道は険しいけど」

「……時間内にたどり着く自信は?」

「戦士の体力が持つなら95パー」

 レンジャーが即答し、戦士は思わず魔法使いの顔に視線を移した。魔法使いは間髪入れず、杖を握りながら力強く言い放つ。

「勇者を助けるためならどこでも行くよ、私は。体力だって大丈夫。今までどれだけ冒険してきたと思ってるの」

「……わかった。それならそっちで行こうか。レンジャーよろしく」

「ああ」

 そうして3人は裏道に入った。レンジャーが先導し、魔法使い、戦士と続く。


 最初こそ順調に進んでいたが、表の登山道よりも険しい山道とぬかるみにやられ、戦士が徐々に遅れだした。補助のためにレンジャーは木にロープを結びつけつつ、最後尾の戦士に向かって声をかける。

「大丈夫ー?休憩ポイントもなかなかねえから、山頂までは頑張ってもらうしかねえんだけど」

「大丈夫、だと思う。いや、あー、魔王城の入り口で休みてえな……。敵がいなければ」

 戦士はレンジャーの投げたロープをたぐってどうにか急勾配を上りきると、ぜーはーと荒い呼吸をしながら近くの木に寄りかかり、足を止めてしまった。ぬかるんだ道は順調に体力を奪っていっているらしい。

 呼吸を整えるのに精いっぱいな戦士を置いて、レンジャーはロープを垂らすために再び山道を上り始める。と、その途中で唐突に足を止め、道の横に生えていた木の実に手を伸ばすと、もぎ取ってパクっと口に入れた。種をそこら辺の地面に吐き出しつつ、戻って2人に木の実を手渡す。

「ラッキー、こんなもん生えてた。この木の実うめえんだよ、甘酸っぱくて。休憩に丁度いい」

「あ、ほんとだ。おいしー」

 魔法使いと戦士も木の実をいくつか口に含み、嬉しそうな笑みをこぼす。

 それで気力が回復したのか、戦士は泥から靴を引き抜いてまた山道を上り始めた。レンジャーは身軽に山道を上り、今までと同じようにロープを垂らす作業に戻る。

「それで確認なんだけど、着いたら正面突破する?それとも裏道とか探ってみる?」

 上りながら魔法使いが聞くと、戦士は呼吸を整えてから首を横に振った。

「時間があれば裏道とか排気口とか探りたいけど、なかったら正面突破するしかねえな。敵の規模だけは探りつつ」

「んー、それもそうか。大広間って言ってたよね。それってあの、魔王と戦った場所かな」

「いや、確かあそこは玉座の間だったはず。大広間は3日前にテレビで見た、一番最初に勇者が連れて行かれていた空間じゃねえかな」

「……あそこか」

 魔法使いは一瞬睨みつけるように宙を見上げたが、すぐに目の前の道へ視線を戻す。

「それより、まずはお城にたどり着かなきゃね」

「まあな。……よっと、レンジャーありがとな」

 戦士がロープを使って自身の身体を引き上げると、レンジャーはロープを巻き取りながら軽く笑った。

「まあな。その代わり魔王との戦いのときは守ってもらうぜ。俺は盾持ってないんだから」

「なんだよ、恩の押し売りかよ。そんなことしなくても守るに決まってるだろ」

「そんな息切らしながら言うセリフじゃねえだろ」

 レンジャーが笑うと、戦士もつられて笑ってから道を遮る岩によじ登った。と、光が戦士たちの顔を直撃し、彼らは眩しそうにしながら来た道を振り返る。

 戦士たちの視界に映ったのは、すっかり晴れた青空と眼下に広がる深緑の木々、遠くに連なる雄大な山脈、そして流れていく白い雲と、飛び回る鳥たち。

 その景色に全員が見とれて、一瞬動きを止めた。

「すごいね、魔王城ってこんな景色の良いところにあるんだね。今まで全然気が付かなかった」

「ああ、綺麗だな。ここに城を構えた理由が少し分かる気がする」

「そうだな。……さて、とっとと城に乗り込んで勇者取り返して、あいつにもこの景色を見せるか」

 レンジャーが言いながら再び山道を上り始める。戦士と魔法使いも、少し笑ってそれを追いかけた。


 それから少し後。3人が急勾配を抜けた瞬間、目の前がふわっと開け、石造りの魔王城が姿を現した。

 裏側からでもその重厚な作りと大きさが手に取るように分かり、魔法使いが思わず腕をさする。

「着いたね。相変わらずいつ見ても大きい……」

「ああ、ようやくだな。今……。45分か」

 レンジャーは懐中時計で時間を確認すると、城に沿ってぐるっと歩き始めた。窓を見つけるたびにそっと覗き込み、無人の廊下を眺めてからまた立ち去っていく。

「さすがにこんな山の上だと不用心だな。覗き放題だ。……だけど、生き物はいねえな」

「ここ1階だよね?上にもフロアがあるから、そこでやっているのかな」

 魔法使いが城を見上げながら呟くと、レンジャーもつられて見上げてから首を振った。

「それがあったか。図面か何かありゃよかったんだけど、さすがに石壁を上るわけにはいかねえな」

「そうね……。探知の魔法使えるかな。今練習中なんだけど」

 魔法使いはそう言いながら手をかざし呪文を唱えた。すると、彼女の手から黒い風船のような球体がぷかっと浮き上がり、城の壁を伝って上へ昇っていく。

 魔法使いはしばらく目を閉じて杖に意識を集中させていたが、やがて城の3階部分の一角、4時方向を睨みつけた。

「あそこに数人の反応がある。詳しい人数までは分からないけど……。そこまで多くない。多くて5人とか。そこ以外に反応はない」

「3階か。少人数なら正面からでもいいかもな。それにしても、いつの間にそんな探知の魔法を?」

 戦士が尋ねると、魔法使いは軽く口角を持ち上げた。

「昨日、移動中暇だったでしょ。だからこっそり練習したの。役に立つかなって。ぶっつけ本番だったけど、使えて良かった」

 安堵の表情を浮かべる魔法使いに、レンジャーが急かすように言う。

「さすがだけど、あんまのんびりしてる時間はねえ。場所が分かったならもう向かったほうがいい。裏口もないみたいだし、正面に回るぞ」

「あ、そうね。戦士、行こう」

「ああ」

 3人は慌てて城の正面に回り、今まで何度も通ったエントランスから中に入る。

 城の中に入るとそこはシンと静まり返っていて薄暗く、生き物の姿はほとんどなかった。敵の気配を探っていたレンジャーがオーケーの合図を出した瞬間、戦士は柱の影に座り込む。

「疲れた。ごめん、ちょっとだけ休ませて」

「13時まで後数分なんだけど」

「ああ、行く、行くけども」

 戦士は言いながらも呼吸を整えている。と、魔法使いはポケットからチョコを取り出し、戦士に向かって差し出した。

「食べる?」

「ああ、もらう。サンキュ」

 戦士はチョコの欠片をいくつか口の中に放り込むと、緩慢な動きで立ち上がった。はずみで靴についていた泥が地面に落ちていく。

「行ける?」

「……呼吸は整った。大丈夫だ。ちなみにその探知魔法、城内で使えるのか?」

 戦士が聞くと、魔法使いは首を横に振った。

「多分使うとばれちゃう。あれ、相手に見えるから」

「そうか。じゃあとにかく3階目指すしかないか」

「ああ、行こうぜ。時間が来ちまう」

 レンジャーはいうやいなや、階段の方へ歩き出した。その背中を戦士と魔法使いが追いかける。

 階段を上る間に、戦士は背負っていた盾を構え、魔法使いも真似して背中から鏡の盾を取り外した。中央に埋め込まれた鏡が主張するようにキラリと光る。

 魔法使いは盾を慣れない姿勢で構えながら、少しだけ自嘲するような笑みを浮かべた。

「昨日の夜少し練習したけど、盾を使う1発目が魔王戦とはね。自信ないなあ」

「いいじゃねえか、ビギナーズラックに賭けようぜ」

「えー、ギャンブラーすぎない?」

 魔法使いがわずかに笑う。その間にも3人は2階を通り過ぎ、3階へ続く階段に差し掛かっていた。

 レンジャーは時計に視線を落とすと、小声で2人に話しかける。

「笑ってる場合じゃねえよ、時間がねえ。もう正面突破するしかない」

「ああ、分かってる。まず着いたらカメラをぶっ壊して、勇者を助け出す。無茶はしない。今のところ人はいないようだが、囲まれたらすぐ逃げるぞ」

 戦士の言葉に2人は神妙な面持ちで頷いた。戦士も表情を引き締め、階段を1段ずつ上がっていく。

「助け出してかつ余裕があれば魔王に挑んでもいいけど……。まあ助ける前に戦う羽目になりそうだな」

「……そうね。個人的にはあいつには恨みしかないから、倒したい」

 魔法使いが杖をぎゅっと握りしめると、戦士も大きく頷いた。

「そうだな、それは俺も思っているけど……。とりあえずレンジャー、先行して偵察頼めるか」

「分かった」

 レンジャーは簡潔に答えると、身軽に階段を上って3階のフロアを偵察し始めた。

 魔法使いと戦士は階段の壁に隠れて周囲を警戒し、レンジャーは足音を立てないようにして廊下から周囲の気配を探っていく。彼はすぐに偵察を終了し、戦士たちの元へ戻るやいなやとある大きな扉を指差した。

「多分あそこ。微かに人の声がする」

「……そこまでに敵は?」

「いない」

「分かった。なら行こう。準備はいいか?」

 戦士の問いかけに、レンジャーと魔法使いは力強く頷いた。戦士もそれに応えるように頷いてから、盾を構えて廊下をゆっくり進んでいく。

 先程レンジャーが示した大きなドアの前に立つと、戦士はゆっくりと扉に手をかけ押し開けた。3人の前に薄暗い石造りの廊下が現れ、魔法使いが小声で呟く。

「ここだ。テレビで見たとこ。この奥に勇者がいるはず」

「……ああ、ここまで来たんだ。絶対に助け出す」

 戦士は言いながら石造りの廊下を進み始めた。硬質な鎧が地面に当たり、ガンガンという耳障りな音を立てる。

 やがて3人は廊下の端にたどり着くと、立ち止まって一呼吸置いた。扉の向こうからは、わずかに人の声が漏れ出ている。

「……行くぞ」

 戦士はそう小さく呟いて、扉に手をかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る