勇者パーティーの冒険―第2話 前編―

 翌日早朝、魔法使い、戦士、レンジャーはすでに街を出発し、街道を徒歩で移動していた。もう完全に日は上っているものの活動している人は少なく、荷物を運ぶ馬車が時折走り去っていく以外に人影はない。

 と、魔法使いが歩きながら大きな欠伸をひとつこぼし、空を見上げた。

「何かあまり寝付けなかったな……。寝ようとするたびに、勇者のあの映像が流れてきて」

「ちょっとショック受けているのかもな。大丈夫か?」

 戦士の気遣いに、魔法使いはぶんぶんと首を縦に振った。

「休めはしたから大丈夫。だけど、勇者はこんなベッドで寝られてないんだろうな、とか、ご飯も食べさせられずに誰もいない暗い広間で、とか色々考えちゃって」

「……無事なことを祈ろう」

 戦士が言葉少なに言う。と、その横からレンジャーが話に割り込んできた。

「ってか、何で勇者は俺らと一緒に戻されなかったんだ?俺らは無理だったけど、勇者はあの攻撃に耐えきれたってことなのか?それで魔王が面白がって、手元に残したとか?」

「……それは確かに不思議だな。体力なら俺の方があるかと思っていたんだが」

「だよなあ。何か勇者だけ魔王城に残ってる理由が分かんなくて。映像からじゃ分かんなかったよな?普通に戦った直後っぽかったし」

「……そういえば。勇者とはいっても、世の中に勇者って数百人以上いるし。何であいつなんだろう」

 3人で首を傾げるが、結局答えは見つかるはずもなく、魔法使いはため息をつきながら道の先に視線を向けた。

「まあとにかく、私たちは首都に向かって移動して、魔王はまた放送乗っ取るって言ってたから、昨日と同じ時間、大体15時前後かな。そこでテレビチェックして、今日は首都行って情報集められればいいな。乗合馬車とか動いていれば早いんだけど」

「ああ、そうだな。大きな都市で宝石さえ換金出来れば、泊まる場所には困らねえからな。首都から魔王城のふもとまで半日、そこから山登りで3時間か」

「はあ、またあの山登るのかあ、嫌だなあ。あれで無駄な体力持っていかれている気がするんだよね」

 ため息をつく魔法使いをよそに、レンジャーは普段通りの少し乱雑な口調で返す。

「楽になった方だぜ。前回までの登山で、俺ロープ引っかけたり通路整地したりして登りやすくしたんだから」

「それはありがたいけど……。でもきついのには変わりないよ。ロープウェーとか、それこそ転移魔法とかあればいいのに」

 魔法使いは口を尖らせたが、戦士もレンジャーも返事をせずに黙り込んだ。魔法使いも口を閉じ、3人は黙々と道を進んでいく。

 時間が経つにつれ、街道にも人通りが増えてきて、馬車やら冒険者やらが忙しなく行き交い始めた。戦士たちのすぐ後ろを歩く冒険者パーティーの会話が、無言の3人の耳に自然と飛び込んでくる。

「そういや見た?昨日のあの魔王が乗っ取った放送。あいつ、何か勇者を処刑するとか言い出したらしいぜ」

「まじで?この何十年間、ずーっと魔王城から出てこなかったのに急に?」

「急に。怖いよなー。今朝のニュースじゃ、何十年間力を蓄え続けて仲間も増やして、侵略を開始する合図にする予定では、とか言ってたけど」

「ええ?それを防ぐためにずーっと勇者送りつけていたんだろ?それでも倒せなかったのに、どうするつもりなんだろう」

「さあな。勇者を無理やり助けるより、素直に処刑させて時間稼いで、その間に軍備を整えた方が、なんて意見もあるみたいだぜ」

「あー。無理に人投入して大損害出したくないのか。まあ歴代最強の魔力だって噂だからなー」

 パーティーは戦士たちを追い抜かしてさっさと歩いていった。反対に戦士たちの足取りは少し重くなる。

「……俺らでどうにかするしかないってことか」

「まあそりゃそうだよね。建前上は王様の命とはいえ、私たちが勝手に挑んで勝手に負けて、それで勝手に囚われただけだもんね」

 魔法使いが自嘲気味に呟いた。戦士もレンジャーも言葉を返せず、無言の3人の横を馬車が駆け抜けていく。

「……まあその話はやめようぜ。今日の出方見て、また相談しよう」

 戦士が言葉を絞り出すと、魔法使いはごめん、とだけ言ってまた黙り込んだ。

 そのまま黙々とただひたすら道を歩き続け、午前中には次の街に到着した。そこは昨日いた地方都市よりさらに活気のある港町で、行き交う馬車の数も商人の数も段違いに多い。

 入り口近くは市場になっていて、新鮮な海鮮類や雑貨類が並び、威勢のいい声が飛び交っている。その活気あふれる街に、3人もわずかに元気を取り戻し、魔法使いが露店を眺めながら楽しそうに呟いた。

「すごいね、ここ始めて来たかも。前回は山のルート通ったから」

「ああ。一応行程ではろくな情報なかったら通り抜ける予定だったけど……。飯くらいは食っていくか」

 戦士の提案に、レンジャーも魔法使いも乗っかった。3人で街をふらつき、適当に目についた定食屋へと入る。

 港町ということもあってか、早い時間にも関わらず店内は混み合っていた。3人は食券を買い、どうにか空いている4人掛けの席を見つけて腰を下ろすと、水を運んできた店員が3人に声をかけてきた。

「すみません、現在混み合ってるので相席にご協力頂けないでしょうか?」

「ああ、構いませんよ」

「すみません、助かりますー。1名様ー、こちらの席にどうぞー」

 そう呼ばれてやってきたのは、見た目麗しい美男子だった。白い陶器のような肌にすっきりとした目鼻立ち、凛とした眉毛と艶やかな黒髪。服装はいたって普通の冒険者用の布服で華美なところは何もないが、だからこそ、男の戦士とレンジャーですら見惚れてしまう程の美貌が際立っている男だった。

 失礼します、という彼の口から発せられた声で、戦士もレンジャーもそして魔法使いもようやく我に返り、慌てて椅子を引いて着席を促す。

「どうぞどうぞ、俺が幅取ってるもんで狭くて申し訳ないですけど」

「いえいえ、立派な鎧ですね。……皆さん同じパーティーですか?」

「ああ、はい。一緒に旅してる仲間です」

 戦士が答えると、男は微笑みながら良いですね、とだけ返してきた。すかさずレンジャーが身を乗り出して質問する。

「そっちもその服装ってことは、冒険者だろ?仲間は?自由行動タイム?」

 そんな無礼な質問にも、男は微笑みを崩さないまま答える。

「ちょっと諸々の理由があって今1人なんです」

「諸々の理由?そんな簡単に1人になるか?」

 レンジャーが腕を組んで返すと、男はざっとテーブルを見渡した後、真っ赤な唇を動かして応じた。

「貴方たちも、パーティーは4人が基本なのに1人いないようですが?」

「……あ、いやまあ、それは」

「そんな感じですよ、私も」

 さらっとした男の反論に、レンジャーは黙り込んだ。すかさず男の横に座っていた戦士が口を開く。

「無礼な質問をしたようで、申し訳ない」

「いえいえ、こういうのはお互い様ですから」

「ところで、貴方はここを拠点にしている人ですか?それとも移動の途中ですか?」

 戦士が尋ねると、男はにこっと人懐っこい笑みを浮かべた。

「首都まで向かってます。人がいるほうが情報も集まりやすいですから。元はもうちょい田舎の地方都市を中心に活動していたんですが、色々あって情報収集している途中なんです」

「なるほど」

 戦士は言いながら、魔法使いとレンジャーに向かってちらりと視線を送った。魔法使いが頷き、男に向かって口を開く。

「実は私たちも、首都に向かいながら魔王を倒すための情報を集めてまして」

「魔王を倒す?なるほど、じゃあかなり実力があるパーティーなんですね」

「ええ。魔王の弱点に関する噂話とか、何か聞いたことがあれば教えていただけないかと」

「魔王を倒す、か……」

 男は腕を組んで考え込んだ。その間に、3人が頼んだ海鮮定食と男が頼んだ煮魚定食が届き、4人はそれぞれ食事の挨拶をしてからご飯に手を付ける。

 男は煮魚の身を崩しながら魔法使いの質問に答えた。

「申し訳ない、魔王に関する情報は何も。そもそも昨日の放送すら、今朝のニュースで知ったくらいだし」

「そうですか……」

 少しだけ残念そうな魔法使いに、男は、でも、と少しもったいぶった言い方で話を続ける。

「自分で言うのもなんですけど、情報収集が得意なんです。まあ素直に言うとルックスのおかげですね。ただ戦闘がそこまで強くなくて。……これも何かの縁ですし、もしよければ首都までご一緒しませんか?」

「情報収集……。つまり貴方は、自分の目的のついでに私たちの目的である魔王を倒す方法も収集してくれる。逆に私たちは、首都までの道中貴方を護衛する、ということですよね?」

「そういうことです。悪い話じゃないでしょう?首都へ向かう道だって太い道なら往来が激しいから、そうそう襲われないですし」

 男の申し出に、3人は一瞬顔を合わせた。レンジャーはわずかに眉をしかめていたが、無表情のままこくりと頷いた戦士を見て、諦めたように首を横に振る。無言のコミュニケーションを終え、魔法使いが返事をした。

「分かりました。その条件でいいのなら、首都までご一緒しましょう」

「契約成立ですね、よろしくお願いします。ああ、自己紹介がまだでしたね。私、剣士をやってるハーミースと申します」

 男が言うと、魔法使い、レンジャー、戦士もそれぞれ自己紹介をした。戦士は名乗った後、困ったような笑顔を浮かべつつ話を続ける。

「……けど俺ら、名前が長すぎるから役職で呼んでいるんです。それぞれ魔法使い、レンジャーって言うように。ハーミースさんは短そうだけど、幸い職業被ってないし、剣士って呼び方でいいですか?」

「ああ、それなら揉めませんね。遠慮なく呼び捨てに出来ますし、見た目で分かるから名前を覚える必要もない。じゃあ私も役職呼びさせてもらいます」

「よろしくお願いします」

 話がまとまった。と、話を聞いていたレンジャーが海鮮定食の刺身をつまみながら言う。

「つか、敬語めんどくね?これからちょっとだろうと旅の仲間になんだし、もういいっしょ」

「レンジャーは最初から無礼すぎるのよ……」

 魔法使いは呆れた表情を見せたが、剣士はケラケラと明るく笑ってから箸を置く。

「その通りだなあ。同じパーティーになるんだよね、皆よろしくね」

「……ああ、よろしく」

 戦士が頷いて手を差し出すと、剣士は箸を持っていない方の手で器用に握り返した。

 じゃあ、と魔法使いが店内の壁にかかった時計を見ながら切り出す。

「私達あまりゆっくりする予定はなくて、街をぐるっと見て情報がなければすぐに出ようと思ってるんだけど」

「そうなのか、随分急いでるんだな」

「まあね。色々あって……。剣士はどう?」

「ああ、僕はここに一泊していて、準備して出ようと思っていたところだから構わない。そうだなあ……。1時間くらいほしいかな」

「じゃあ食べ終えてから1時間後にまた集まる?1時間手分けすれば私達も一通り見れるだろうし」

 魔法使いの提案に、戦士とレンジャーも頷いた。剣士もこくりと頷く。

「分かった。じゃあ1時間後に北の門の前はどうだろう?」

「うん、それでいいかも。にしても刺身美味しいー」

 魔法使いは予定が決まったことに安堵したのか、刺身を口いっぱいに頬張り笑顔を浮かべた。剣士が煮魚定食についていた漬物をかじりつつ話しかける。

「豪華なもの食べてるね。魔王に挑むパーティーはそこまで依頼受けないから、割と貧乏って聞いたことあるけど」

「あー……。まあ情報収集してる最中に色々あってな、結果的にそれなりの金が転がり込んできたんだよ」

 戦士が少し言葉を濁しながら言うと、剣士はニコニコと笑顔を浮かべた。

「面白そうな話持ってるね。道中、退屈しなさそうだなあ」

「ははは。じゃあその代わり、剣士も話聞かせてくれよ」

 なんて和やかに話をしつつ食事を終え、4人は店から出た。剣士は、僕は荷物取ってくる、と言い残して道の向こうに消えていく。

 小さくなる背中を見ながら、魔法使いがうっとりした声で呟いた。

「イケメンだわー。最初モデルか俳優かと思ったら、まさかの冒険者なんて……。幸運だわ、もさい男しかいなかったもん」

 うっとりする魔法使いの横で、レンジャーは顔をしかめた。

「俺は好かねえけどな。何か手の内隠してる感じがする」

「えー?イケメンに嫉妬してんじゃないのー?」

「してねえよ!野生の勘だよ!レンジャーの野生の勘ほど当てになるもんはねえぞ」

「はいはい、野生児にはイケメンへの嫉妬って分かんないもんねー」

「嫉妬じゃねえよ!あと野生児でもねえし!」

 言い合うレンジャーと魔法使いを、戦士が苦笑いで仲裁する。

「まあ確かにイケメンだったし、彼なら本人が言ってたとおり情報は集めやすいと思う。ここから首都なんて襲われることほぼないし、補足情報として何か手に入ればいいだろ。とりあえず、俺らも話聞きに行くぞ。1時間後に北の門な」

「はーい」

 そうして3人も別々の方向へと散っていった。


 およそ1時間後、先に合流した魔法使い、戦士、レンジャーが北の門前で待っていると、旅の装備を整えた剣士がやってきた。

 彼は先ほどの冒険者用の服の上からベルトを締めて、ポーチを2つぶら下げ、肘、膝、手の甲と手首には関節を保護する革の防具を身に着けている。背中には細身の剣を背負い、手には旅の荷物が入った布袋、足元は動きやすそうなブーツと、どこにでもいそうな普通の冒険者の装いだ。

「お待たせ」

「ああ。剣士と組んだことないから初めて見たけど、剣士は結構軽装なのな」

「戦士はタンクの役割が強いけど、剣士は純粋なアタッカーだからね。あんまごつい鎧着てると、顔が台無しだし」

 剣士がさらっと言い放ち、レンジャーは威嚇するように舌打ち10連発を繰り出した。戦士が苦笑いでそんなレンジャーの背中を叩く。

「おいおい、威嚇すんなって」

「うっせえよ。次言ったらまじでしばくからな」

 戦士はそんなレンジャーをなだめつつ、門を出て街道を歩き始めた。お昼時ということもあり街道の往来は激しく、荷物満載の荷馬車がひっきりなしに門を出入りし、ガタゴトとうるさい音を立てながら街道を歩く戦士たちの横を通り過ぎていく。

 4人で道の端を歩きながら、じゃあ、と戦士が口を開いた。

「情報収集の結果報告しようか。俺は酒場通り周辺を覗いた。海に出る人は朝早い分帰りも早いからいくつかの店は開いていていたが、魔王に関しての情報はなかったな。ニンニクが苦手とか香水が苦手とか、都市伝説レベルの噂しか」

「吸血鬼か何かと勘違いしてんな、それ。確かに暗い城内に住んではいるけどよ」

 レンジャーは面白そうに笑ってから、俺の方は、と話を続けた。

「港の方見に行ったんだけど、時間が遅くてあんま人はいなかったな。売買の仲介してるっておばちゃんから話が聞けて、魔王の魔力は魔法使いの数万倍ってのと、転移魔法を使えるのは魔王だけって話は聞けた。なんとなーく冒険者の間で流れている話と変わんなかったけどな」

「あ、私もその話聞いたし、それくらいしか聞けなかった。やっぱ魔王城から遠いとそんなもんよねー」

 魔法使いが言ってから、そちらは、と剣士の方に視線を送った。剣士は穏やかな微笑をたたえて返す。

「僕も少し話聞いたけどね、みんなとあまり変わらなかったよ。野菜が苦手とか、使い道もない信ぴょう性ゼロの噂話ばかり。まあここより――」

 彼の声は、すぐそばを通り過ぎていった馬車の、ガタゴトという雑音にかき消された。レンジャーが走り去っていく馬車を睨みつける。

「っせーな。そういやこれが嫌で、前回山ルート選んだんだっけ」

「そうだった……。港町から首都なんて、一番交通量多いもんね。その分安全なんだけど」

 魔法使いがため息をつく。と、剣士はキョロキョロと周囲を見渡した後、細い脇道を指差した。

「ならこっちから行くかい?確か近道だし、森の中を突っ切るけど、4人なら余裕だろう」

「近道か……」

 呟きながらレンジャーが脇道を睨む。細い道は街道の横に生い茂っている森の中に続いていて、そちらへ向かう人は一人もいない。

 戦士は少し迷ったように周囲を見渡した後、道を睨んでいるレンジャーに声をかけた。

「近道の方がいいかな?」

「まあ一応は次の街の方向っぽいけど、あんま良い選択肢じゃねえな。薄暗いし、方向感覚失くなるぞ。街道の方が確実だし安全」

 レンジャーが言うが、魔法使いが、えー、と抗議する声をあげる。

「でも近道なんでしょ?ならいいじゃん。うるさくなさそうだし、人の行かない道こそ魔王討伐のヒントが落ちてるかもしれないし」

 魔法使いはそう言ってから、隣にいる剣士の顔を見て、ねえ、と笑いかけた。剣士もゆっくり頷く。

「僕は近道を行きたいかな。君たちもそんなのんびり旅じゃないんだろう?」

「まあそうだけど……」

 戦士はまだ少し悩んでいたようだったが、やがてふうっと息を吐き出すと、脇道の方へ足を向けた。

「近道って言うなら行こうか。仲間だし信じるよ」

「ありがとう、任せてよ」

 剣士が笑いながら後に続き、それを魔法使いが追いかける。レンジャーは、まじかよ、と小声で呟いたが、結局何も言わず3人の背中を見ながら歩き始めた。

 その脇道は細く、かろうじて整地されてはいるものの草は生え放題で、なかなか歩きにくい道だった。4人は戦士を先頭に、1列になって道を進んでいく。

「こんな歩きにくい道なら、いくら近道でも遅くなるんじゃねえの?」

 そうレンジャーが文句を言うが、剣士は穏やかな声で返す。

「前行ったときは、1時間は短縮されたよ」

「1時間!?こんな道で?その割には使われてねえけど」

「まあ魔物は出るし、やっぱり街道を馬車で行ったほうが早いからね」

「あー……。貧乏冒険者御用達の道っつーことか。俺らそこまで余裕ねえ旅じゃないのに」

 レンジャーが言葉のオブラートを破り捨て、剣士は苦笑いで返した。そんな剣士に代わり、魔法使いが噛みつく。

「もー、文句ばっかり。近道教えてくれてありがとう、くらい言えないの?」

「本当に早く着いたら言ってやるよ。仲間になってまだ数時間なのに、そこまで信用できるわけねえだろ」

 レンジャーが荷物の入った袋を振り回しながら返し、その姿を魔法使いが睨みつける。

 剣士はそんな2人の間に身体を割り込ませ、穏やかな声でなだめてから、先頭を歩く戦士の背中に声をかけた。

「それより、もう人はいないからそろそろいいんじゃない?……そこまで急ぐ理由って、もしかして昨日の魔王の放送と関係ある?」

「……鋭いな。まあ俺らも隠してるわけじゃないし、説明するわ」

 戦士はそう前置きすると、剣士に向け今までの経緯をざっと話して聞かせた。魔王に挑んだ経歴、勇者が捕まったこと、そして昨日の放送を見たこと。

 剣士は話を聞き終えると、顔をしかめながら腕を組んだ。

「なるほど、彼は貴方たちの仲間か。そりゃ心配だろう」

「そう。今日も15時頃に放送があると踏んで、そこまでには街に着いて放送を見たいと思っているんだ」

「それは見逃すわけにはいかないな。なら急ごうか」

 歩調を早めようとする剣士へ、レンジャーは気だるそうな視線を向ける。

「そりゃ急いでっけどよー、こんだけ森深いと、空で時間方角把握も出来ねえし。お前本当にこの道合ってんの?方向感覚狂わせようとしてね?」

「まあ森深いのはね。でも日焼けはお肌の敵だから、このくらいがちょうどいいよ。あと道は一本道だから大丈夫」

「はあ?てめえ冒険者のくせして何言ってやがる。日焼けは肌の敵?」

 レンジャーがつっかかると、剣士はニヤッとした笑みを浮かべた。

「そうだよ。日差しはお肌に良くないんだ。せっかくの白い肌が台無しになるだろう?」

「そこ心配するくらいなら冒険者になるんじゃねえ!家に引きこもってろ!」

「あらら、正論。でも僕がいなかったら、こんな道知らなかっただろう?」

 剣士に飄々と言われ、レンジャーは再び舌打ちの連打を繰り出す。と、そんなレンジャーの背後で、ガサゴソという音が鳴った。

 全員が一斉に振り返ると、そこには唸り声を上げる獣型の魔物が3体立っていて、レンジャーが慌てて武器に手をかける。

「まじかよ、全然気配なかっ……」

 人間たちの反応速度よりも早く、獣が最後尾にいたレンジャーへと飛びかかった。それは、戦士が最前列という彼らの戦闘スタイルすら取らせないほどの不意打ちで。

 レンジャーが咄嗟に短剣を振り抜き、飛びかかってきた獣を横に弾き飛ばす。だがそれは致命傷にはならなかったのか、獣は空中で姿勢を制御しきれいに着地すると、今度は2体同時に駆け出してきた。戦士がカバーに入ろうとするが、草に足を取られてなかなか前に進めない。

 その間にも、獣たちは同時に地面を蹴り、レンジャーに向かって飛びかかっていた。レンジャーは咄嗟に右手側に振り向き、飛んできた1体をかろうじて弾き飛ばす。だがもう1体はレンジャーの左手側から襲いかかり、真っ赤な口と鋭い牙を無防備なレンジャーの背中に突き立てようとしていた。怯んだレンジャーは攻撃体勢に戻ることも出来ず、片手で器用に頭を庇う。

 レンジャーがギュッと目をつぶったその瞬間、彼の真横で、ギャン、という断末魔が響いた。レンジャーが恐る恐る目を開けると、そこにはシュウゥゥと溶けていく獣の体と、剣を振り抜いた姿勢の剣士がおり。

 レンジャーは一瞬唖然とした表情で剣士の顔を見てから、ごまかすような照れ笑いを浮かべた。

「……何だよ、つええじゃん」

 その言葉に、剣士はフッと笑った。

「まあ一応数年はやってるんでね。それよりまだ来るよ」

 剣士が剣を構えながら返し、レンジャーも慌てて短剣を構える。と、草を引きちぎった戦士がようやくレンジャーたちの前に飛び出してきた。

「怪我は?」

「平気」

「了解」

 短い言葉で状態を確認し終えると、戦士は獣の方に盾を向けた。彼らは状況不利を本能的に察したのか、唸りながらゆっくりと下がっていく。

 すかさず、詠唱を終えた魔法使いが魔法を放ち、それは片方の獣に直撃した。短い断末魔とともに獣は地面に倒れ込み、そのまま溶けて消えてゆく。

 残った1匹が尻尾を巻いて逃げ出そうと背中を向けた瞬間、レンジャーは身軽に前に躍り出て、手に持った短剣を投げつけた。それは獣の身体の中心を正確に貫いて、獣はギャッという悲鳴とともに軽く飛び上がり、そしてすぐに空中で霧散していく。

 肩で息をするレンジャーの前で、獣の身体は跡形もなく消え去り、その身体に刺さっていた短剣が戦闘終了の合図を告げるようにカランと落下した。レンジャーは短剣を回収して腰に差してから、大きなため息をつく。

「くっそ、あいつらのこと全然気づかなかったわ」

「毒づく前にお礼言った?」

 魔法使いがさらっと返すと、レンジャーは少し黙ってから、地面を見つめたまま小さい声で言う。

「そのー……。剣士、ありがとな」

 不器用なお礼に、剣士は穏やかな笑みを返す。

「無事で良かったよ。仲間でしょ?」

「っせーな。そうだけどよ」

 レンジャーはぶっきらぼうに言いながら荷物を持ち上げる。その態度に、魔法使いは呆れた顔を、戦士は暖かい眼差しを向けた。

「仲良くなれそうだな」

「そう?そろそろ認めりゃいいのに、嫉妬しちゃって、ねえ?」

 魔法使いの言葉に戦士は苦笑いを浮かべ、レンジャーは勢いよく噛み付いた。

「嫉妬じゃねえって!助けてくれたのは感謝してっけど、こいつのことまだ嫌いだから!」

 その言葉に、剣士が飄々とした態度で返す。

「ごめんね?イケメンで」

「はあ!?てめえ自分で言うなよ!調子乗んじゃねえぞ!」

「自覚はあるからなー、何だかんだ」

「っせーよ!自覚すんな!ブス!」

「そう言われても、生まれつきだからなあ。好きでこの顔になったわけじゃないんだ」

「嫌味か!?まじ性格悪いな!」

 言い合う2人を横目に、戦士は、な?と魔法使いに笑いかけ、魔法使いがますます呆れた表情になる。

「男の友情はよく分かんないわー……」

「まあそのうち素直になるよ。それより先に進むか。早く行かねえと時間になっちまう」

 戦士に促され、再び道を歩き始めた。レンジャーは口を閉ざし、周囲を警戒しながら最後尾を進む。

 と、剣士は少し声をひそめて、先頭を歩く戦士の背中に話しかけた。

「そういえば、さっき食事してるときに言っていた、情報収集してる最中に金が転がり込んできた話、聞きたいんだけど」

 その問いかけに、戦士はニヤリと口角を上げて応えた。

「……ああ、昨日の話なんだけどな」


「……今までいろんなやつに会ってきたけど、どうしようもないやつだったわー。髪の毛もすげえ染めてて、見た目は派手なんだけどな」

 襲われてからおよそ1時間、戦士たちは喋りながら森の中を進んでいた。街道が近づいてきたのか、木々の隙間から差し込む光の量も増え、遠くからはガタゴトという物音も聞こえてくる。

「その商人、本当に商売で儲けているのかな。僕の経験上、顔微妙なのに飾り立てているのはヤバいことに手を染めている奴が多かったから」

「んー、まあやたらと図太かったからな。商人としては成功するだろうよ。確かに犯罪すれすれだが」

「そうねー、今頃草使ってジュース作って、がっぽがっぽなんじゃない?」

 剣士と戦士、そして魔法使いが楽しそうに会話する中、不意にレンジャーは立ち止まり空を見上げた。木の隙間から陽が顔を覗かせている。

 レンジャーは木々の隙間からぐるっと空を見渡すと、前を歩く3人へ声をかけた。

「今14時過ぎっぽいけど、このペースで着くのか?」

「14時過ぎか……。なら多分大丈夫。もう抜けるし」

 剣士が指を差した先には、街の城壁が見えていた。戦士が驚きの声を上げる。

「本当だ。戦闘にはなったけど、確かに短縮されてるな」

「でしょう?」

 剣士が嬉しそうに笑う後ろで、レンジャーは舌打ちをして吐き捨てるように言う。

「たまたまだろ。普通に街道行ってても間に合ったっつーの」

 それに戦士が笑いながら返した。

「でも、それだとギリギリだっただろ?近道のおかげで余裕持って到着出来たんだから」

「その分襲われたけどな」

「あれはレンジャーの警戒不足」

「うっせーよ」

 未だに不満そうなレンジャーに、魔法使いはやれやれと呆れた表情を見せた。

「全く、素直じゃないんだから。ここまで歩いてきて機嫌直したかと思ったのに」

「別に襲われたりしたことで苛ついてるわけじゃねえよ。ただただこいつが気に食わないだけ!」

 レンジャーが剣士を指差すが、それに魔法使いは顔をしかめた。

「でも助けられたんだよ?」

「それとこれとは話が別!さっきも歩いている間のこいつの話、何だかんだイケメン自慢しかなかっただろ。旅でのあれこれとか1つも出てこねえし」

「いい加減嫉妬しないでよ」

「だからちげえって!」

 言い合いながら全員は森を出て街道に戻り、そのまま街に入った。

 この街は港町と首都を繋ぐ宿場として発展したところで、中には行商人向けの馬車ごと泊まれる宿屋や酒場、お風呂、果ては行商スペースまでが小さい町にコンパクトにまとまっている。道も馬車が通り抜けられるように広く作られていて、首都や港町へ向かう商人や冒険者たちがひっきりなしに通る、まさに宿場町のお手本のような街だ。

 4人は行き交う馬車を避けるようにメイン通りの端を歩いていると、街の一角に人だかりを見つけた。

「……あ、あれテレビかな」

「人多いな。やっぱ皆気になってんだな」

 人だかりの前にはテレビがあり、商人や冒険者など通行人が足を止めて眺めているようだった。画面には何の変哲もない観光PRの動画が流れていて、今の所乗っ取りの予兆があるようには見えない。

 戦士たちも足を止めてテレビを眺めていると、レンジャーが画面を見ながら首を傾げた。

「こんな時間にこんなもん流してたっけ?深夜にPRをやってるのはよく見たけど、昼間ってアニメとかドラマとか流してなかったか?」

 それに答えたのは剣士だった。彼も画面を見ながら落ち着いた声で言う。

「いつ乗っ取られてもいいように、途切れても大丈夫なコンテンツ流しているのかな。乗っ取り防止するにもシステム改修って簡単には出来ないし、勇者がどうなってるかも確認したいし、って考えた上での策なんだろうね」

「……へぇ」

 レンジャーがつまんなさそうな顔で画面から視線を外す一方、魔法使いは笑顔で剣士の顔を見つめた。

「すごーい、剣士さん詳しいんだね!」

「あはは、技術関連の話は、昔旅してた人から聞いたんだよ」

「へー、頭良いなあ。レンジャー、分かった?」

「はいはい、分かりましたよー」

 レンジャーが口を尖らせながら答えた瞬間、キレイな砂浜と海を流していた画面がパッと消え、砂嵐が流れ始めた。バックで流れていたピアノのゆったりとした音楽も止まり、ザーという耳障りな音を周囲に撒き散らし始める。

 戦士が、街角に設置された時計をちらっと見て呟いた。

「始まるか?2時42分って、ちょっと早いけど」

「そうね、せっかちなのかな」

 大勢の人が見守る前で砂嵐はわずかに揺れ始め、やがて雑音がバンと止まると同時に画面が切り替わり、1人の男の姿を映し出した。暗い石造りの部屋の中に立つ、魔王の姿だ。

『やあ諸君。1日ぶりだな、魔王だ。また放送を乗っ取らせてもらった。多少なりとも反響があったようで、嬉しいよ』

 魔王はカメラを真っ直ぐ見つめながら、人々を見下すような笑みで告げる。集まった聴衆から、魔王だ、勇者は?というざわめきが口々に漏れた。

 魔王はそのざわめきを知ってか知らずか、たっぷりと間を空けもったいぶってから話を続ける。

『ところで諸君らが気になっている勇者だが、存分に可愛がっている最中だ。安心してくれ、まだ殺しはしない。私は約束を守る男だからな』

 そう言って笑うと魔王はくるりと踵を返し、ゆっくりと歩き始めた。カメラは魔王の横顔を追いかけていく。

『ただ、勇者を助けようなんて無駄な努力は捨てるべきだ。私の魔力は君たちの数十倍、数百倍にもなる。その気になれば街1つ、いや、国ごと吹き飛ばせるレベルだ。それを勇者1人の命で買えるなら、安いと思わないか?こいつを助けるためだけに数十人数百人の犠牲を払うような、能無しばかりで国を動かしているわけじゃないだろう?』

 こいつを、のところで背景に勇者の姿が映し出された。その姿を見た魔法使いと戦士が動揺の声を漏らす。

「勇者……!」

「くっ、さすがに逃げ出せなかったか」

 画面に映り込んだ勇者は、昨日と同じように鎖で拘束されていた。服と鎖には魔法を撃たれたような跡があり、髪の毛はボサボサで顔色は悪く、頬はすすけている。それでも勇者は闘志を失っていないのか、ボサボサの前髪の隙間から、憎悪のこもった瞳で魔王をじっと睨みつけている。

 魔王は勇者の前で立ち止まると、バカにするような半笑いを浮かべた。

『何だその顔は。まだ諦めてないのか?』

 勇者は何も答えず、ただただ魔王の顔を睨みつけている。敵対心むき出しの勇者の顔に、魔王は面白がるような余裕たっぷりの笑みを見せつけた。

『ほほう、とりあえず反省はしてなさそうだな。全く、ここまでやられてもまだ諦めを見せないとは、生に執着して醜い男よ』

 魔王はそう言うと、手から禍々しい赤茶色の魔法を放った。それは勇者の下腹部に当たり、勇者が苦しげな呻き声を漏らす。テレビの前の聴衆から、悲鳴と悲嘆の声が零れた。

「ひどい、無抵抗な勇者に向かって……」

 と、魔王は呼吸を荒げる勇者に背を向け、カメラを真っ直ぐ見つめてきた。画面いっぱいに、満足げな笑みを浮かべる魔王の顔が映し出される。

『本日は以上だ。処刑まであと2日。私に挑まなければこうはならなかったのに、残念だな。見ている諸君の賢明な判断を望むよ。それではまた明日、この時間に会おう』

 圧倒的な余裕と軽蔑の笑みを浮かべた魔王の顔を最後に、ぷつんと映像が途切れた。画面はすぐに、しばらくお待ちくださいという画像に切り替わる。

 人々は文句を言い合いながら、もしくは勇者の姿に同情する声を漏らしながらテレビの前から離れていき、戦士たちも人波に飲まれてテレビから離れつつ、ぽつりと憎悪の言葉を口にした。

「くそ、魔王め。無抵抗なのを良いことに、好き勝手やりやがって」

「ほんとに、許せない。絶対に助けなきゃ」

 その言葉に、レンジャーと剣士も黙ったまま頷いた。テレビの前に集まっていた群衆はてんでばらばらの方向に散っていったのか、通りはあっという間に普段の静けさを取り戻していく。

 戦士は静かになった通りの片隅で立ち止まると、3人の顔を見渡した。

「とりあえず勇者が生きているのは良かったが、出来るなら早めに動きたい。ここから首都って、歩きだと5時間程度だったはずだから、可能なら今夜は首都で過ごしたいな」

「5時間か……。着くころには夜だけど、かといってここに泊まるには早いのよね。お金かかるけど馬車が安泰かなあ」

 そう魔法使いが応じると、戦士は少しだけ悩む素振りを見せた後、首を横に振った。

「いや、金はあまり使いたくない。徒歩が良いな」

「徒歩かあ……。うーん、朝から歩いてきたし、ちょっと体力は不安だけど」

「まあ強行軍にはなる。でも今すぐ行けば、夜の早い時間には宿に入れるだろ」

 魔法使いは若干嫌そうな表情を浮かべている。と、剣士がそんな魔法使いたちへ笑いかけた。

「じゃあまた近道通るかい?」

「え、あるの!?」

「もちろん。多分また1時間くらいは短縮になるはず。さっきと似たような暗くて狭い道だけど……」

 剣士の提案に、魔法使いも戦士も喜んで頷いた。

「いいね、それなら夜早い時間に宿に入れるし」

「ああ、1時間短縮して4時間なら19時着か。ちょうどいい時間だな。それで行こう」

 2人が喜ぶ傍ら、レンジャーだけは険しい顔をした。

「本気で行くのかよ。道狭いぞ?」

「何、また襲われるのが嫌なの?」

 魔法使いがからかうと、レンジャーはムッとした表情になった。

「嫌じゃねえよ!ただ似たような道だと時間も読めねえし、何か起きても発見される可能性が低いし、素直に馬車借りて街道行く方が早いんじゃねえの?金を持ってないわけじゃねえし」

「レンジャーはちょっとトラウマになっちゃったかな。僕がイケメンなばっかりに、見とれさせてごめんね?」

 剣士が飄々と言い、レンジャーは再び舌打ちを繰り返した。

「見とれたことねえよ!てめえ調子乗んなよ、そんなに言うなら行ってやるよ!」

 その光景に、魔法使いはまた呆れた顔を見せた。

「もう、ほんっとに……。まあいいや、すぐ出る?」

「ああ、行こう。どうせここは首都までの通過点だ。さっさと超えて首都で夜を過ごして、午前中情報収集、午後にふもとの村移動。で一泊して、朝早く山登って魔王城に入るぞ」

 戦士がスケジュールを並べると、魔法使いはため息をついた。

「知ってたけど、なかなかの強行スケジュールね」

「まあな。金は首都までとっておきたい。使うなら首都だな。ふもとの村にも馬車で行ければそれで移動してもいいし。今日までの辛抱だ」

「分かった、じゃあちょっとお手洗いだけ済ませてくるわ」

「ああ、じゃあ10分後に向こうの門集合でいいか?」

 戦士の提案に全員が頷いた。戦士はそれを見て、じゃ後程、と言い残し去っていく。他の3人も街中に散らばっていった。


 10分後、それぞれが所用を済ませて門の前に集まった。戦士は全員の顔を見渡して口を開く。

「忘れもんないな?次は首都までぶっ通しだぞ」

「しんどいなあ、あんま休憩出来なかったから……」

 魔法使いが言うと、そんな彼女の肩を剣士が叩いた。

「それなら途中で少し休んでも良い。短縮される分行程に少し余裕はあるはずだから、遠慮なく申し出てほしい」

「……うん!」

 魔法使いは剣士の顔を見上げて笑顔で頷いた。その隣でレンジャーが舌打ちをする。

 もう見慣れたその光景に戦士は苦笑いを浮かべてから、外に向かって歩き出した。

「じゃあ、行こうか。剣士、道案内頼む」

「分かった。しばらくは道なりで、左手に森が見えてきたら分かれ道のサインだ。また追って知らせるよ」

「頼んだ」

 その会話を最後に、話は途切れてしまった。全員が全員、話の切り出そうとしては口を閉じというのを繰り返し、その隣を街道を行き来する馬車がごとごとと通り抜けていく。

 馬車がちょうど途切れた瞬間を狙い、レンジャーは少し言葉を選びながらもゆっくりと口を開いた。

「さっきの魔王の映像の勇者なんだけど」

「ああ」

「案外健康状態は悪くなさそうだった。当然風呂とかは入らせてもらってねえだろうけど、食べ物はもらっていると思う」

 その話に魔法使いが口を挟む。

「そう?あんなに肌色悪かったのに?」

「ああ、まあそれはストレスだろうな。あんな暗いところに一晩も閉じ込められて、無事な方がおかしい。ただ、足が震えることもなくしっかり立っていたし、足元はきれいな状態だったから、縛られっぱなしではなかったと思う。奥に牢屋でもあるのかもしれねえな。魔王もカメラアングルも結構芝居がかってたし、乗っ取るときだけあそこに連れてきてんのかも」

「見せしめ、か……。言い方は悪いが、本当にショーとして成立させるためにやってるんだろうな。でなきゃとっとと殺しているはずだ」

 戦士が呟くと、レンジャーも頷いた。

「今は優越感に浸ってもらったほうがいい。ショーってことは色々準備してるだろうから、処刑当日の生放送中に乗り込んで、それを乱して隙を突きたいな。まあ時間とか分かんなきゃどうしようもねえけど」

「なるほどな……。明日になったら分かんのかな。詳細情報」

「どうだろうな」

 それきりレンジャーは黙り込んでしまった。全員会話もなく、黙々と街道を進む。

 しばらく歩いたところで、不意に剣士が左手側の森を指差した。

「あそこが近道だよ。首都に近いから、さっきみたいな魔物に襲われることも少ないと思う」

「おし、じゃあ行くか」

 戦士たちは躊躇することなく、森の中へ続く獣道に足を踏み入れた。レンジャーはため息をついたものの、何も言わずに3人の背中を追いかける。

 森は先ほどの道と同じく鬱蒼と葉を茂らせ光を遮っていたが、道自体はある程度の手入れがされているようで、比較的平坦で歩きやすくなっていた。4人はそれぞれ周囲を警戒しながら着実に進んでいく。

 1時間半くらい歩いたとき、ふと魔法使いがお腹を抑えながら呟いた。

「お腹減ったー。首都着いたら美味しいご飯食べたいなー……。情報収集がてら、人気の居酒屋とか行かない?」

「ああ、いいかもな。そういや剣士は首都着いたらどうするんだ?一応は首都までって約束だったが」

 戦士が聞くと、剣士は少し考えた後、ニコッと人懐っこい笑みを浮かべた。

「そうだね、宿まではご一緒するよ」

「そうか、じゃあ今日の晩飯は送迎会だな」

「やった!ちょっとレンジャー、美味しいご飯屋さんの探知もお願い」

 魔法使いが言うと、レンジャーは露骨に嫌な顔を浮かべた。

「はあ?そんな能力あるわけねえだろ。そこの顔だけが取り柄のやつが女に聞けば一発で教えてくれんだろ」

「もー、ちょっと捻くれすぎじゃない?レンジャーの情報収集能力、すごいと思ってるのよ」

「こいつのためにその能力を使う気はねえ」

「ほんっとに、もー……。ごめんね剣士、こんな頑固者が一緒で」

 その言葉に、剣士は笑顔のまま曖昧に頷く。と、先頭を歩いていた戦士が不意に歩く速度を落とした。

「やべえな、俺もちょっと疲れてきた」

「ほんとに?実は私もそろそろヤバいなって思ってたとこ」

「ああ、それなら休もう。このままじゃ戦闘のとき倒れちまう」

 戦士はそう言うと道の幅の広い箇所を選び、どっかりと腰を下ろした。魔法使いとレンジャーも慣れた様子で地面に座る。

と、剣士は少しだけ怪訝そうな顔になった。

「何か切り株とか見つけないのかい?地べた?」

「ああ、ベンチがない時は大体このスタイルだ。探す時間もったいないし。……嫌か?」

「そうだね……。ああ、あそこにちょうどいい切り株あるじゃん。あそこはどう?」

 剣士が指差したのは、道から逸れてちょっと行った森の中だった。レンジャーがわずかに顔をしかめる。

「道から逸れんのか?方向感覚失ったらたまったもんじゃねえよ?」

「大丈夫だよ、見える場所だし。それにレンジャーの方向感覚、頼りにして言っているんだから」

 剣士が明るく笑いながら言うと、レンジャーは舌打ちして視線を逸らした。それを肯定の返事と捉えた戦士は、剣士が指差したほうへずかずかと入って行く。

「ならあそこにするか。普段文句言われねえから、気にしたことなかった」

「あはは、まあ人によるね。僕らはこうだったんだよ」

「なるほどな」

 言いながら4人は切り株の元に向かった。ちょうどあつらえたかのように切り株は4つ、まるで円卓に設置された椅子のようにきれいに並んでいて、レンジャーが周囲を見渡しながら呟く。

「こんなきれいに配置されてる切り株、自然界じゃなかなかねえぞ。休憩所としてわざわざ切ったのか?」

「どうだろうね。でも、世の中にはやたらと魔力の高い魔法使いとか魔物使いもいるから、もしかしたらそういう人たちの仕業なのかもね」

「……かもな」

 レンジャーは面倒くさそうに返すと、切り株の1つに腰かけた。戦士と魔法使いも、武器と背負っていた盾やら鏡やらを置いて腰かける。

 と、剣士は不意に荷物からポットと水、焚き火のセットを取り出し、火をつけてお湯を沸かし始めた。お湯を沸かしている間に茶葉と4人分のカップを用意し、手際よく準備して行く。

 剣士の手慣れた動きに、魔法使いは目を丸くて剣士を見つめた。

「すご、そんなの持ってたの?」

「僕は魔王を倒すための冒険じゃなかったからね。快適な冒険の為なら労力は惜しまないよ」

 そう言いながら剣士はカップに茶葉を入れ、砂糖のような粉を入れ、そして最後にお湯をゆっくり注いでから戦士たちに手渡す。

 お茶の豊かな香りにつられて、戦士はいただきますと呟くと一気に半分くらい飲み干した。魔法使い、レンジャーもゆっくりとお茶をすすり、笑顔を浮かべる。

「ん、おいしい。ありがとう」

「お口に合ったなら良かった。もうちょい沸かそうか?」

「いや、そこまでゆっくりは出来ねえから大丈夫。……それより剣士は、魔王を倒すための冒険じゃないなら、一体何のために冒険者に?」

 戦士にそう問われた剣士は、自分の分のお茶を一気に飲み干すと、すごい勢いで片づけを始めた。手早く荷物をまとめて袋に突っ込んでから、3人の方を見てにっこりと笑う。

「お金を稼ぐため、かな」

その瞬間、戦士の手から力が抜け、カップは中身をぶちまけながら地面に落ちていく。戦士は信じられない、と言った顔つきで自分の身体を見下ろした。

「剣士、もしかして、これ……」

「ふふ、気に入ってもらえた?僕お手製の睡眠薬入りアカンラティー」

 剣士がいつも通りの口調で答える中、戦士の身体は地面に引っ張られるように崩れ落ちていき、ドサリという音とともに地面に横たわった。続いて魔法使いもふらりと体勢を崩し、切り株に寄り掛かるようにして倒れ込む。

「戦士!?魔法、使い!?」

 レンジャーの呼びかけにも応じず、2人の瞳は完全に閉ざされた。レンジャーはかろうじて意識を保っているものの、身体からはどんどん力が失われていく。それでも彼は腕で身体を支えながら重たい頭を持ち上げると、ふらつく視界で剣士の顔を睨みつけた。

「てめえ、やり、やがったな」

「あら、元気だね?そんなに量飲まなかったのかな?」

「それもあっけど、薬に、耐性、あんだよ」

「あー、なるほど。レンジャーは植物性の毒には強いんだっけね。まあでも、抵抗は出来なさそうだからいっか」

「……金目的、か」

「そう。勇者拉致られて大変だな、とは思うけど、お金持っているようだったからさ。こっちにも生活ってもんがあるんでね。海鮮定食頼んでいるから、もしかして、って思ったら大当たりだったよ」

 剣士は飄々とした口調で言い放ってから、慣れた動作で戦士の懐に手を差し込むと、宝石と鏡の入った袋を取り出した。袋を開けて中を確認する剣士の元へ、レンジャーは這いつくばって近寄りながら口を開く。

「てめえ……。冒険者、のふりした、盗賊か」

「ふりじゃなくて、一応は冒険者だよ。いや、冒険者だった、かな。冒険者な分あの勇者に同情しちゃったから、ちょっとは残してあげる。……そうだな、宝石1つと鏡は残そうか。僕からの餞別だよ」

「餞別、じゃ、ねえよ。俺ら、のだよ、てめえ……」

 レンジャーは必死で身体を動かして剣士に掴みかかろうとする。だが剣士は素早くカップを拾い、代わりに宝石1つと鏡だけが残された袋を地面に落とすと、レンジャーの攻撃をすっと避けてから微笑んだ。

「まあここら辺魔物は少ないはずだから、死にゃあしないと思うけど。そこのちょろいお嬢さんにもよろしく言っといてね。イケメンと金持ちは要注意だって」

 剣士は這いつくばったレンジャーを見下ろしながらそう告げると、けもの道を通って森の奥へと消えていった。レンジャーは腕で這って道の脇の茂みまで出たものの、すぐに身体は言うことを聞かなくなり。

「……くっそあいつ、いつか、会ったら、殺す」

 か細いその言葉を残して、彼の意識は暗闇に沈み込んだ。

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