勇者パーティーの冒険―第1話―

 広がる草原と一本の道、その道沿いに立った女神像の前で、戦士、魔法使い、レンジャーは目を覚ました。全員衣服は綺麗になっていて、魔法使いはあの魔王に割られた鏡を背負っている。

 一番最初に戦士が立ち上がると、魔法使いの方へ手を差し伸べながら口を開いた。

「くっそ、また負けちまったな。あいつ強すぎるだろ。なんだあの威力」

「そうね……。また対策考えなきゃ」

 魔法使いが戦士の手を借りて立ち上がりながら言うと、身軽に飛び起きたレンジャーも同意するように頷いた。

「ったく、あれチートだよ。魔法も盾も弾く魔力ってなんだよ。こんな俺らでも、フィールドに居る魔物はほとんど倒せるってのに」

「ああ、全くだよ……。あれ、勇者は?」

 不思議そうに呟いた戦士の言葉で、魔法使いとレンジャーもようやく1人足りないことに気が付いた。3人でキョロキョロと周囲を見渡すが、見通しのいい一本道の草原には人どころか動物の姿すらなく。

 すぐにレンジャーは首を横に振ると、軽くため息をついて荷物を持った。

「一足先に目覚めて街行ってんじゃね?あいつスタンドプレー大好きだし」

「ああ、まあ無事ならいいんだ。普段はいつも4人同時に目を覚ますからさ。……とりあえず俺らも街に向かうか」

 そう言って3人は草原を歩き始めた。と、レンジャーが荷物の入った袋を振り回しながら言う。

「にしてもあの魔王なんだよ。強すぎるんだよ。あいつ絶対昔いじめられて1人で修行して強くなった陰キャタイプだろ。城も山の上とかいう辺鄙なところにあるしさあ」

「ああ、城に部下らしい部下もほとんどいなかったしな。4回も行ったのに、出会ったやつは魔王除いたら2人だけだろ?しかもすーぐどっか行っちゃったし。あれは友達いないタイプだわ」

「ほんと、ってか嫌われるタイプだぜあの上から目線。見てた?そんなもんで俺をどうこうできるなんて思ってたのか、めでたい頭だな、とかカッコつけちゃってさ」

 レンジャーが魔王の口調を真似て言う。戦士は似てる、と呟いてから話を変えた。

「魔王もそうだが、あの勇者の暴走っぷりもどうなんだよ。あんな分かりやすい煽りで飛び出すか?俺が盾構えて距離を詰めて、詠唱よりも早く攻撃出来る場所で飛び出すって作戦だったのに」

「まあまあ。あれは魔王が強すぎたからね。秘密兵器も壊されちゃったし」

 魔法使いが背中の鏡を背負い直しながら苦笑いで答えると、戦士は呆れたように首を振った。

「今も一人でどっか行くしよー。……はあ、まあ合流してから何か考えるか」

「そうねー。でもずいぶん飛ばされたみたいね。あの街、立ち寄ったのかなり昔だった気がする」

 魔法使いが指差した先には、石造りのカラフルな建物の群れが顔を覗かせていた。レンジャーはその石造りの建物を睨みつけるように眺めてから、軽く首を傾げる。

「ああ、ロンディアの街か?確かに魔王城からは結構遠いな。とはいえ旅路を急ぐ必要もねえし、1日くらい風呂入ってのんびりしねえ?」

「そうだなぁ……。対策もすぐには浮かばないし、最近特訓ばっかだったし、たまには休息も必要か」

 戦士が応じると、レンジャーは嬉しそうに腕を上げた。

「よっしゃ!まあ勇者も来てくれるだろ。あんな陰キャのことなんて忘れて、裸の付き合いと行こうぜ!」

「お風呂かー。私も入りたいけど、魔王大丈夫かな?調子乗って人里下りて来ないかな?」

 魔法使いが眉をひそめながら言うと、レンジャーは荷物をポーンと空中に放ってキャッチしつつ返した。

「あの陰キャが人のいるところに来れるわけねえだろ。あの黒い服、薄暗い城内だからマシに見えるだけで、日中の街中で見たら一発不審者だぜ。魔力高いってだけで威張ってるからなあいつ」

「まあね。……ヘイト高いなー」

「ったりめーだろ!さて、勇者探して風呂だ風呂!」

 魔法使いが苦笑いを浮かべる中、3人は街に入った。


 家も道も白い石で作られたこの街は、石に赤やオレンジ、黄色、青などカラフルで楽しげなペイントが施されていた。3人はそんな街並みを楽しみながら、通りをゆっくりと進んでいく。

 小規模な街らしく、中心部に出てもそこまで人の姿はなかった。レンジャーと魔法使いが休憩できる施設を探す中、戦士は斜め上の方向をじっと見つめていて、それに気づいた魔法使いが戦士に声をかける。

「どうしたの?」

「いや、あの街頭テレビ」

 戦士が指差した先には、砂嵐を映すモニターがあった。それを見た魔法使いが首を傾げる。

「この真っ昼間に砂嵐?街頭テレビなのに珍しい」

「ああ、珍しいよな。それにあそこ役場だから、基本国営テレビがついているはずなんだ。24時間いつでも放送中ってのがウリなのに、あんな乱れることなんてあるか?と思ってね」

「確かに。電波が乱れている、とか……?でも嵐ならともかく、今日は快晴だし」

 不思議そうにモニターを見つめる3人の目の前で画面が切り替わり、まるでドラマのワンシーンのような、薄暗い石造りの部屋が映し出された。だがドラマというには画質が荒く、まるでホームビデオのように手ぶれが激しい。

 と、おもむろにドアが開き、外から人が入ってきた。ドアから差し込む明るい光がカメラを直撃し、逆光になってしまったせいで、人は全員真っ暗な影になってしまっている。

 何人かが室内に入った時点でゆっくりとドアが閉まり始め、ようやくカメラのレンズは鮮明に人の姿を捉えた。

 室内に入ってきたのは合計3人。1人は黒いマントに黒い角を生やした黒ずくめの男、魔王。1人はワイシャツに黒いベスト、黒いスラックス、そして黒い羊の角を生やしたガタイのいい男。そして最後の1人は、水色の胸当てと篭手、そしてすね当てと冠を付け、鎖で縛られたボロボロの男、勇者だった。

「魔王と、勇者!?いつの間に捕まったの!?」

 テレビを見ていた3人が同時に声を上げる。だがその声は画面の中には届かず、魔王たちは一定のペースで、ゆっくりと部屋の中を進んでいく。

 魔王が先頭で進み、黒ベストの部下のような男は勇者を縛り付ける鎖の先端を持って後に続く。最後尾についた勇者は、ボロボロの身体を引きずるようにして歩いていき、時折躓いては足を止め、黒ベストの男に引っ張られてまた足を動かす、というのを繰り返している。

 カメラが真横からその3人を捉え続ける中、3人は無言で廊下を進み、やがて大きな木製のドアの前で立ち止まった。黒ベストの男が鎖を引っ張り、魔王の真横に勇者を立たせる。

 全員が足を止めた直後、勇者たちの目の前で、ずごごごごという地響きとともに、ドアがゆっくりと開いていった。それはまるで地獄へと誘う不気味なファンファーレのように響き渡り、勇者が恐怖で身体を震わせたのが、荒い画質からでもはっきりと読み取れる。

 やがて轟音が止まり、カメラは魔王と勇者の背中越しにドアの先にある吹き抜けの大広間を映した。そこは家具も何もないだだっ広い空間で、石で出来た床と壁、そして中央にポツンと細い木の棒が地面から生えているだけの場所だった。

 黒ベストが勇者を引っ張っていく中、魔王はカメラの方へ振り返り、静かに口を開く。

『魔王だ。今現在、私達はこの放送を乗っ取っている。いいか、これを見てる全国民に告げる。今連行されているこいつは、勇者などと名乗って私に刃を向けてきた不届き者だ。3回目までは見逃したが4回目にも同じように刃を向けてきた。よってこれから3日後、こいつを処刑することにした。それまではここで監禁させてもらう。私に歯向かった不届き者がどうなるかじっくり見せるために、1日1回この放送を乗っ取って、やつれていく勇者の様子を流す予定だ。処刑の瞬間も、もちろん中継する。私のもとに来たやつがどんな運命を辿るのか、その目でじっくり確かめるが良い。それじゃあまた明日、この時間に会おう』

 魔王の背景では、勇者が棒に鎖でくくりつけられていく様子が映っている。だがそれを最後まで映すことなく映像はぷつんと途切れ、カラーバーが流れ始めた。放送局側でも混乱しているのだろう。

 中継が終わっても、戦士、魔法使い、レンジャーはその場から動けなかった。ピーという無機質な音がサイレンのように画面から流れ続けている。

 やがてそのカラーバーが、しばらくお待ちくださいというイラストと曲名も分からない音楽に差し変わったとき、ようやく我に返った魔法使いが震える声で呟いた。

「しょ、処刑、って……。助けなきゃ、勇者が、殺されちゃう」

「助けるって……。3日後?いくら何でも時間がなさすぎるだろ。ここからだと、全力で急いでも魔王城まで1日はかかるぞ。その上装備揃えて魔王に勝てるように準備なんて……」

 戦士が冷静に言うが、魔法使いは手に持った杖を強く握りながら戦士に詰め寄った。

「でも行かないと死ぬんだよ!?その上、それが生中継されるなんて、絶対ダメ!子どもも見る可能性あるんだよ!」

「そうだけど……」

 まだ悩んでいる戦士を放置して、魔法使いはレンジャーの方を向いた。

「レンジャーは来てくれるよね?勇者を助けなきゃ」

「ああ、まあそりゃあ魔王を倒すのが俺らの使命だし、勇者も仲間だし、行かない理由はねえけど」

「でしょ!?」

「でも3日しかねえとなると、さすがにお風呂は入れねえよな」

 レンジャーがうんざりした顔を見せると、魔法使いはレンジャーに詰め寄った。

「当たり前でしょ!?そんなのんびりしてる時間、あるわけないじゃん!」

「だー、わーかってるって。行く、行きますよ。行って助ければ良いんだろ?」

「そう!ほら、戦士も!」

 魔法使いが戦士の方を振り向いて叫ぶと、戦士は渋々といった様子で頷いた。

「……分かった。とにかく向かうだけ向かうか。見殺しにするのは良くないしな」

「うん、絶対助けるから!」

 魔法使いは力強くそう叫ぶと、魔王城がある方角に向かって歩き出した。それを慌てて戦士が追う。

「いや城に向かうのはいいけど、乗り込んだところで返り討ちに遭ったらどうするんだ、確実に倒せるように準備しないと」

「そうだよ。その上もう夕方近いぞ?今出たら野宿するはめになるんじゃね?」

 レンジャーも戦士に加勢するが、魔法使いは足を止めないまま2人の方を振り返った。

「だってこんな田舎にいても仕方ないでしょ?まずは最短で首都目指して、そこで何か情報集めて、魔王に打ち勝つ方法考えようよ」

 その言葉に、すかさず戦士が反論した。

「別にここだってド田舎ってわけじゃねえし、レンジャーの言う通りもう時間も遅い。無理せずここで情報を集めてもいいんじゃねえか?」

「でも首都と集まる情報量が違うじゃない」

「流れの商人はいっぱい集まるだろうが」

「首都の方がいっぱいいるに決まってるじゃない。地方都市なんて、その地域出身者くらいしか集まらないんだから」

 戦士と魔法使いは足を止め、道のど真ん中でにらみ合った。レンジャーは呆れた顔をしつつも止める気はないようで、明後日に視線を向け、通りの看板なんかを眺めている。

 と、そんなにらみ合う2人に、軽薄な男の声が割り込んできた。

「おいおーい、そこの見つめ合うお二人さん?こんなところで痴話喧嘩するならやめてくれよな」

 魔法使いと戦士がパッと振り返ると、そこにいたのは声と同じくらいチャラい見た目の男だった。金色に染めた髪、明るいトーンで揃えられた洋服、そして細身のズボン。

 彼はどうやら商人のようで、引いていた馬に寄り掛かりながら喧嘩をする2人の間にずいっと身体を入れた。

「お姉さんこんな可愛らしいのに、喧嘩をして険しい顔をさせるなんてもったいなーい。しかも大通りのど真ん中で!」

「……いや、どちら様ですか」

 戦士が聞くと、チャラい男は真っ赤な唇を持ち上げた。

「僕は最近流行りのフルーツティー、その名もパオラレティーを売りに来た商人さ。君たちも一杯、どうだい?」

「いやいらないです」

 間髪入れず戦士が断り、その隣で魔法使いもこくんと頷いた。レンジャーは少し離れたところから、面白そうにその光景を眺めている。

 と、チャラい男は残念だというように大げさなポーズで天を仰いでから、それで、と魔法使いの方に視線を戻した。

「商人がどうこうとか言ってたのが聞こえてね。僕も商人の端くれ、何か出来ることはないかと思って」

 その申し出に、魔法使いと戦士は一瞬視線を合わせた。この男に情報を求めて良いものだろうか、という疑問を無言のうちに視線へ乗せる。

 急に黙り込んでしまった2人へ、チャラ商人は、見つめ合うねー、なんて茶化すように声をかける。と、横からレンジャーがひょこっと口を出した。

「良いんじゃね、聞くだけ聞いてみようぜ。で、情報が良ければそのなんたらティー買うってのは?」

「……君は?」

「あ、俺こいつらの仲間っす」

「仲間だったのか!仲間なのに喧嘩も止めないとは、嘆かわしい」

 大げさな動きで嘆くチャラ商人をよそに、レンジャーはどうよ、と魔法使いたちに問いかける。

 魔法使いも戦士も返事をしあぐねていたが、やがて戦士はため息を1つつくと、チャラ商人の方に向き直った。

「じゃあ一応聞くだけ聞こうか。欲しい情報というのは、どうすれば魔王を倒せるか、何か鍵になりそうな武具や魔法はないかということなんだが」

「魔王を倒す?あいつが王座についてから100年間、何百人と挑むも誰も倒せなかった魔王を倒すって?しかも、勇者じゃないととどめをさせないチート持ちの」

 チャラ商人はどこかバカにするような口調とともに、戦士たち3人の顔を見渡した。

「あれは無理だよ。仮にあいつが人間界に攻め込んできたら、一瞬で我々の世界は闇に包まれてしまう程の能力の持ち主と言われている。そんな圧倒的な力の持ち主を倒そうだなんて、この世界一番のお金持ちになるより難しいと思うね」

「そんなの知ってる。それでも倒す必要があるんだよ。さっき魔王が放送を乗っ取ったとき捕らわれていた勇者、あれ俺らのパーティーの一員なんだから」

 戦士がチャラ商人を睨みつけながら言うと、商人は大げさに身を仰け反らせた。

「ええ?あれ君らの仲間なのか、なるほど、それは大変だ」

「……他人事じゃねえか。はあ、やっぱり情報ねえな。時間の無駄だった。もうちょい他のとこで」

 戦士が舌打ちしながら離れようとすると、チャラ商人は慌てて戦士の鎧を掴んだ。

「いや待って待って。君らが若さ故の大言壮語してるだけだと思ったんだ。でもちゃんと事情があるなら話は別。実は、良いところを知っていてね」

「……良いところ?」

 戦士が聞くと、チャラ商人は声をひそめて3人だけに聞こえる声量で囁いた。

「100年前、正確には103年前、先代の魔王を倒した伝説の勇者に縁のある洞窟が近くにあるんだが……」

 チャラ商人の言葉に、魔法使いが飛びついた。

「縁のある洞窟!?もしかしてお宝とか、当時使っていた武具も……」

「僕も噂で聞いただけだけど、でも今から出ても夜にはこの街に戻ってこれるような距離にあるんだよね。……どう?」

 チャラ商人の囁きに、魔法使いは戦士とレンジャーに明るい顔を向けた。

「縁のある洞窟だって!行くだけ行ってみよう?」

「縁のある洞窟か……。そんな噂、聞いたことないけど。それに1人の情報だけで動くのは」

 戦士が難色を示したが、その横でレンジャーがのんきに言う。

「近いんだろ?行くだけ行ってみようぜ。まだ明るいしさっさと行ってさっさと戻って、んで飯食いながらまた情報集めりゃいいだろ」

「そうそう!ほら、戦士も行こうよ」

 2対1で押し切られ、戦士は渋々頷いた。と、チャラ商人は馬の手綱を近くの柵につなぎ、リュックを背負って戦士の肩を叩く。

「決まりだな、では行こうか」

「ちょ、ちょっと待て、お前も行くのか?」

「え?そりゃもちろん。だって場所知らないでしょう?」

「そうだけど……。安全な場所なのか?」

 戦士が尋ねると、チャラ商人は首を傾げた。

「そこまでは気にしてなかったな。まあ街から近いし、そこまで危なくはないだろう」

「本当かよ……。足手まといになるなよ。体力切れても待たねえからな」

 戦士は舌打ち混じりに言うと、商人を促して歩き始めた。商人は元気よく腕を振り、先陣を切って街の外へと向かう。

 街を出て洞窟へと向かう間、そこは商人の独壇場だった。徒歩で移動しながら、彼は自分の過去のモテ自慢や現在の商売での悩みに見せかけた自慢話、そして今売っているお茶の将来性を止まることなく語り続ける。

 魔法使いはげんなりした様子で気だるく相槌のみを打ち、戦士は舌打ちを続け、レンジャーは話を右から左に受け流しながら戦士の舌打ちの回数を数えていた。

 戦士の舌打ちが157回を数えたとき、チャラ商人はふと立ち止まり前方を指差した。

「あそこだ、あの洞窟」

「ああ、やっとか。道案内ありがとな。それじゃ……」

 戦士がぐったりしながらも商人に別れを告げようとしたとき、商人は戦士の鎧をぐっと掴むとその背後についた。

「僕も行くよ?」

「は?」

「だって気になるし、中」

 商人がニヤつきながら言うと、戦士は一瞬黙り込んでから、すぐに腰に差した剣の柄に手をかけた。

「……俺の邪魔したら切り捨てるからな」

 戦士が剣をわずかに抜きながら脅すと、商人は慌てて魔法使いの背後に逃げ込んだ。魔法使いがげんなりした表情で言う。

「おしゃべりなのは分かったから、中入ったら喋らないでよ」

「分かった、分かったから早く行こうぜ。日が暮れちゃうよ」

 商人が急かすと、戦士は舌打ちをして剣をしまい、洞窟に向かって歩き出した。レンジャーは小声で158回、と呟いた。


 その洞窟は山の麓にある、よく言えば普遍的な、悪く言えば特徴のないごく普通の見た目をしていた。

 木の枝を払い除けて中に入ると、壁からは水が滲み出していて、地面の上に小さな水路を作っていた。湿度こそ高いものの、洞窟特有のひんやりとした空気が4人を包み込む。日が暮れ始めた時間帯ということもあり、洞窟の中はだいぶ薄暗くなっていて、魔法使いが杖の先に灯した魔法をランタン代わりにして進んでいく。

「パッと見何もなさそうね、人の手が加えられた形跡もないし、魔物が住み着いている様子もないし」

 魔法使いが杖を掲げながら言うと、その横で戦士が頷いた。

「まあ危険じゃないに越したことはないが。……ところで商人、伝説の勇者と何の縁があるんだ?」

 魔法使いの背後にぴったりくっついている商人に向かって聞くと、商人は無言のまま首を横に振った。戦士は商人の顔を睨みつけながらもう一度尋ねる。

「質問には答えて良いんだよ。お前の独演会を聞きたくないってだけで。……で、ここは何の縁があるんだ」

「……いやー、縁って不思議ですよね」

「……さっさと答えろ」

 戦士が舌打ちしながら剣の柄に手をかける。と、商人は魔法使いの背中に背負われている鏡にしがみつきながら、愛想笑いを浮かべつつ早口でまくし立てた。

「実は僕も噂でなんとなく聞いただけなんだ。そういう伝説の勇者のグッズを売って生計を立てている商売仲間がいてね、伝説の勇者は魔王に挑む前に地方の洞窟はほとんど制覇したらしいから、大体縁があるとかなんとか」

「……つまり、嘘なんだな?」

 戦士が剣の柄に手をかけながら尋ねると、商人はブンブンと首を横に振った。

「嘘じゃない、嘘じゃないですって!縁があるのは間違いない!でもここで何したのかは誰も知らない、ってこと!」

「つまりブラフ、はったり、と」

 戦士が言いながら剣を抜いた。杖から発される光が刀身を照らし、剣の表面に怯える商人の顔が映り込む。

「ひえぇ……。か、完全なる嘘でもでっち上げでもないんですよぉ……。伝説の勇者は一応この地方出身だし、来たことは絶対あるはずなんですぅ……」

「あるはず、っていうお前の妄想だろ?裏付ける証拠も噂もねえんだろ?」

「か、勘弁してくださいぃ……」

 商人は半泣きになりながら魔法使いの背中にしがみつく。と、魔法使いは深い溜め息をついて戦士に声をかけた。

「切るならうまく私を避けてよね」

「もちろん。こいつ殺して土産に何かもらって帰るか」

「えええ!?だ、ダメですよ!勇者を探すパーティーが何の罪もない商人を切り捨てたなんて、評判が地に落ちますよ!?」

 商人が言うと、戦士は剣を握ったまま、何の感情もない無の表情を商人に向けた。

「商人は魔物に襲われて死んでしまってよ。死ぬ直前、あの馬をよろしくって俺らに託されたんです」

「ちょっと!遺言まで捏造しないでくださいよ!ひどい……」

「ひどいのはどっちだ。嘘ついて連れてきやがって」

 そう言いながら戦士はようやく剣を収めた。商人が露骨にホッとした顔をし、戦士が軽い舌打ちをする。レンジャーが160回、と呟いた。

 いつの間にか4人はかなり奥まで進んでいたらしく、洞窟の道幅はかなり狭くなっていた。魔法使いを先頭に戦士、商人、レンジャーの順番で1列になって進んでいく。

「にしてもお前、嘘ついてまで何でこの洞窟に来たんだよ」

 戦士が低いトーンで問いかけると、商人はきゅっと身を縮めながら答えた。

「嘘じゃないんですって……。ほ、ほら、洞窟ってやっぱりロマンがあるじゃないですか。隠されたお宝とか!ね?」

「一人で来れるだろう」

「さすがに僕一人じゃあ……。見た目通り、非力なもので、へへ」

 その答えに、戦士は深い吐息を吐き出した。まだ160回か、とレンジャーが呟いたとき、不意に彼の足が止まった。

「戦士、魔法使い、ちょっと待って」

「んあ?どうした?」

「何か聞こえね?」

 レンジャーの言葉に、魔法使いと戦士、そして商人も足を止める。

 急に静まり返った洞窟内には、確かにレンジャーの言う通り、ザッザッというわずかな足音のような音が反響していた。

「出入り口の方からか?」

「かもな」

「……ここじゃ通路が狭すぎて不利だな。戻って広いところで迎え撃つか、それとも先に進むか」

 戦士がそう言うと、レンジャーは身構えながら答えた。

「悩まなくて良さそうだぜ、それ」

 レンジャーの視線の先を見ると、そこには1体の魔物がいた。

 体長は洞窟の天井につくほど、およそ2メートルあり、パッと見のシルエットはクマに似ている。しかしその身体に生えた体毛は鮮やかな鮮血の色をしていて、手から生えているのは鋼鉄のような輝きを持った爪。耳はなく、頭の側面にぽっかり空いた穴が耳の役割を果たしている。そして大きく鋭い目は、人間を見つけた怒りと敵対心で、煌々と輝いていた。

「ヒッ、ま、魔物……」

 商人の引きつった悲鳴に、魔物はゴギャァァァという咆哮で答えた。狭い洞窟に叫びが反響し、商人が腰を抜かす。

 戦士は、そんな商人を抱き起こして脇を抱えながら、魔法使いに声をかけた。

「先進め、広いところで迎え撃つぞ」

「分かった」

 魔法使いはさっと進みだした。戦士は商人を引きずりながらそれを追いかける。

 レンジャーもそれを追いかけようとすると、魔物がレンジャーに襲いかかってきた。だがレンジャーは慌てることなく腰元からロープを取り出し、さっと岩肌に引っ掛けてから後退する。

 すると魔物は見事にロープに足を引っ掛け、顔面から地面に突っ込んだ。その隙を突いてレンジャーも魔法使いたちを追いかける。

 魔法使いたちは通路をひたすら進み、Y字路を直感で左に行き、すぐにちょっとした広い部屋にたどり着いた。部屋は行き止まりだが十分な広さがあり、壁には発光するキノコの類が生えていて天然の照明代わりになっている。

「ここでいいか。商人、お前ここにいろよ。邪魔したら魔物ごと切り裂くからな」

 戦士はそう言いながら商人を部屋の奥に放り投げ、そして剣と盾を抜いた。魔法使いとレンジャーもそれぞれ得物を構えて敵の襲来に備える。

 構えてから5秒後、怒り狂った魔物が部屋に突っ込んできた。先程レンジャーに転ばされ火が付いたらしい。

 魔物の鋼鉄の爪の一撃を、戦士が盾で防ぎながら言う。

「あんま怒らせんなよー、面倒くせえんだから」

「むしろ逃げる時間稼いだし、感謝してほしいくらいなんだけど」

 そう返すレンジャーの後ろから、魔法使いが魔法を放つ。青い光が魔物に直撃するが、分厚い毛皮の前に魔法は虚しく霧散した。ダメージもほとんど通っていないようで、魔物は元気よく爪を振り上げている。

「急所狙わなきゃダメか……」

 悔しそうに魔法使いが詠唱を始める中、魔物は勢いよく爪を振り下ろした。鋼鉄の爪の先端から空気が刃のように飛び出し、戦士の盾に勢いよくぶつかって、ガァンという金属質な音を立てる。

「くっそ、強いな……。でも隙はある!」

 戦士はそう言うと魔物に向かって1歩踏み込み、勢いよく剣を振り下ろす。だが魔物はそれを待ち構えていたかのように鋼鉄の爪で弾き、戦士がバランスを崩した。

 よろけた戦士の眼前に魔物の鋭い爪が迫る。だがその爪が戦士の頭を切り裂くよりも早く、魔物の顔面に魔法使いの強烈な魔法が炸裂し、魔物はグギャッという悲鳴を上げ身体をのけぞらせた。その隙に戦士はどうにか数歩下がり、盾を構えて体勢を立て直す。

「サンキュ、助かった」

「肉壁がいなくなると困るのは私だからね」

 魔法使いが再び詠唱を始める。と、魔物は怒り狂って鋭い咆哮をあげ、魔法使いの方へ飛びかかった。人間の反応すら許さず、俊敏な獣のごとく魔法使いに向けて勢いよく突っ込んでいく。

 だが、その動きは2歩で止まった。いつの間にかレンジャーが魔物の足回りに細いロープを張り巡らせていて、足を動かしたことによって罠が作動し、ロープが足元に絡みついていたのだ。

 魔物の抵抗も虚しく、立派な太い脚は何重にも巻き付けられたロープで引っ張られ、その大きな身体は地響きで壁を震わせながら地面に倒れ込んだ。魔物が抜け出そうともがけばもがくほど、ロープは足に巻き付き食い込んで離れない。

 魔物が最後の抵抗を示すように何度も咆哮する中、戦士はしっかりと盾を構えつつ戻ったレンジャーに声をかけた。

「さすがレンジャー。気配消すの上手だな」

「まあな、任せとけって。こういう狭いところは俺のフィールドよ。じゃ、あとは魔法使いさん任せたわ」

 レンジャーが満足気に言うと、魔法使いはそれに答えるようにひときわ高く杖を掲げた。

「オーケー、任せて。ブルーマジックセカンド、スノーファンタジア!」

 そう叫んだ魔法使いの杖の先から青い塊が立て続けに飛び出していき、動けなくなった魔物の顔面に襲いかかっていく。

 魔物は成すすべもなく悲鳴を上げながらその攻撃をくらい続け、そしてひときわ大きい最後の1つが耳の穴に直撃した瞬間、一際でかい唸り声を上げてぐったりと動かなくなった。3人が武器を構えつつその姿を睨みつけていると、シュウゥゥという音とともに魔物の身体が溶けていき、ピンと張り詰めていたロープがゆっくりとたるみ始める。

 やがて魔物の身体はその場から消えてなくなり、後には緩んだロープだけが残された。3人は安堵の表情を浮かべながら武器をしまい、レンジャーはロープを手早く片付け始めた。

「よっし、楽勝だったね!」

「ああ、ナイスコンビネーション」

 戦士が言いながら盾を背中に背負い、ひょいと部屋の奥にいる商人の方へ振り返る。と、商人はなぜか壁の方に向かってごそごそと手を動かしていて、戦士は訝しがりながら声をかけた。

「おい、退治終わったぞ」

「ふえ!?あ、は、早いですね……」

 商人は引きつった笑顔を浮かべて振り返った。だが両手は戦士に見えないよう体の前に置いたままで、その不自然な姿勢に、戦士が1歩近づいて尋ねる。

「何か持ってる?」

「あ、いえ、全然、ここらの草をちょっと引き抜いて遊んでいただけというか……」

 商人は引きつった笑いのまま、そそくさと草をリュックにしまおうとする。が、片付けを終えたレンジャーがその手を抑え、手に持った草を眺め始めた。

「へー、引き抜いて遊んでいた、だけ、なんだ」

「え、ええ……。その、ひ、暇、だったので……」

「あーんな怖い獣に襲われて俺らが戦っている間、暇だった、ねえ。このケイブライ草、貴重な香草だもんなー。そりゃ暇なら摘みたくなるよなー」

「ヒッ……」

 商人が引きつった悲鳴を上げた。その横で、戦士がレンジャーに向かって尋ねる。

「ケイブライ草?」

「ああ、ケイブ草っていう、光を嫌って洞窟に生える香草の仲間なんだけどな、ケイブ草は光を浴びない分細く小さく育ちがちなんだよ。でもこのケイブライ草は近くにある発光キノコのおかげで、こんな風に太くしっかりと育つ。太い分香りや味も増しているらしくて、最高級の香草としてもてはやされているんだよな。発光キノコってこういう地下水が染み出るような場所にしか生えないから、育つ環境の制限が強い、ってのもあるけど」

「へえ……。なるほどねえ。特定の洞窟でしか育たねえのかあ。そりゃあ嘘ついてでも欲しくなるよなあ」

 戦士が言いながら剣を引き抜くと、商人は悲鳴を上げて部屋を飛び出した。それを慌ててレンジャーが追いかける。

 商人は真っ直ぐ出入り口には向かわず、先ほど左に入ったY字路を、今度は右に入っていった。レンジャーもその背中を追いかけて右の通路に飛び込み、すぐに足を止める。

「ん、ここは……。寝床か。行き止まりのようだな」

 その部屋は先ほど襲ってきた魔物の寝床だったようで、床には落ち葉やら枝やらが散乱していた。壁にはあの発光キノコがびっちりはえ、寝床の隙間からケイブライ草が顔を出している。

 商人が部屋の隅で震える中、レンジャーは寝床の落ち葉の隙間に何やら袋のようなものを見つけ、慌てて後の2人を呼びだした。

「おーい、戦士ー?魔法使いー?何かある」

「ん?ああ、ここ寝床か。くせえな」

 レンジャーを追ってきた戦士が部屋に入り、鼻をふんふん鳴らして顔をしかめてから、レンジャーが取り出した袋に近寄った。戦士の背後から魔法使いもひょこっと顔を出し、袋を覗き込む。

 レンジャーが慎重に袋を開封すると、袋の中からはいくつかのキラキラとした宝石と、1枚の手のひらサイズの鏡が出てきた。魔法使いが慎重に宝石を手に取り、キノコにかざす。

「へえ……。上質なものね。この鏡もすごいキレイ」

「光物が好きだったようだな」

 3人で感心しながら袋を見ていると、部屋の隅で震えていた商人が引きつった笑顔で立ち上がった。

「へへ、ほ、宝石ありましたね。来てよかったでしょう……?」

「……結果論にもほどがあるけどな。まあいい、これを護衛報酬代わりでもらうぞ。情報料はその草と相殺な。摘むなら早く摘め、そんな待たねえぞ」

「あ……。はい!」

 殺されないことに安堵したのか、商人は笑顔で頷くと勢いよく草を取り始めた。商人の背負っていたリュックがあっという間に草でパンパンになっていく。

 3人が少し呆れた表情で見守る中、草で満杯のリュックを背負った商人が、良い笑顔で振り向いた。

「お待たせしました。さ、帰りましょうか」

「ったく、殺されねえと思ったら急に調子乗りやがって」

 戦士が舌打ち混じりに言い、レンジャーは161回、と呟く。

 そのまま4人は何事もなく洞窟を出て、街へ向かう街道にたどり着いた。もう太陽は山の向こうに隠れていて、空は街の向こうからゆっくりと濃紺の色に染まり始めている。と、商人はヘラヘラっとした笑みを浮かべて3人の方を振り返った。

「いやー、本当に皆さん強いんですね。きっと魔王も倒せますよ」

「あん?てめえ嘘ついて洞窟連れ出して何言ってんだ。勇者が処刑されたらてめえのせいだからな」

「ひっ……。いやでも、旅をするには資金が必要でしょう?それ役立ててくださいね!それでは!」

 商人は引きつった笑顔のまま、パンパンのリュックとともに走り去っていった。魔法使いが元気だなー、と小声で呟く。

 戦士は走り去る商人の背中をじっと睨みつけていたが、それは薄暗い周囲の景色に紛れてすぐに見えなくなり、ため息をついて魔法使いとレンジャーの方へ視線を向けた。

「はあ……。まあ宝石が手に入ったのは良かったけど、もうさすがに日が落ちてきたな。どうする?」

「次の街って結構かかるよな、それなら最寄りの街行った方が良いな」

「そうね、さすがに大金持ってるから襲われたら困るし……。勇者は心配だけど、戻ろうか」

 珍しく3人の意見が一致し、全員揃って街の方に足を向ける。と、レンジャーが腰にまいたロープを整えながら呟いた。

「にしてもあの商人、まじでウザかったな。何回短剣で首掻き切ろうと思ったことか」

「本当に、これなかったら殺していたかも」

 戦士が宝石や鏡が入った袋をかざす。と、魔法使いは背中に背負ったままの壊れた鏡を背負い直し、ため息をついた。

「はあ、というかこのまがい物の鏡も処理しそこねちゃった。どこかのタイミングで捨てないと、ゴミ持ったまま魔王城行くことになっちゃう」

「ああ、それもどうにかしねえとな。……まあとりあえず宝石類の換金してからだな」

 戦士が呟くと、魔法使いはこくりと頷いてから、不意に空を見上げた。

「勇者、大丈夫かな……。ちゃんと寝れているかな、ご飯食べさせてもらってるかな……」

「……そっちの心配しても仕方ないだろ。今はこっちの状態を万全に整えて行くしかない」

「……うん」

 3人の姿は、そのまま街の中へと消えていった。

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