最強魔王の見る夢は

ソライチ

プロローグ

「さあ魔王、勝負だ!」

 灰色の石畳と赤い絨毯、そして薄暗い照明が灯る広い部屋に元気な男の声が響き渡る。その直後、唯一の出入り口である、巨大なドラゴンの姿が刻まれた豪壮なドアが開き、人が数人、どやどやと入ってきた。先頭を歩くのは、水色の胸当てと篭手、すね当てをつけ、剣を片手に持った勇者らしき男で、頭には羽の飾りのついた冠のようなものをつけている。

 そんな勇者の後ろから、全身に銀色の鎧を着て盾を持ったいかつい戦士、紺色のローブを着て杖を持った女性の魔法使い、動きやすそうなベストにブーツ、そして短剣を持った小柄な男のレンジャーが姿を現した。

 その4人の視線の先には、数段の階段の上に設置された王座とそこに座る黒尽くめの人影がおり、勇者はそれに向かって剣を突き出しながら勢いよく吠えた。

「魔王、今度こそお前を倒す!」

「これはこれは勇者御一行様。性懲りもなくまた来たのか。4回目か?」

 そうあざ笑うように言いながら立ち上がった男の身体は、まるで闇を体現したような深い黒で覆われていた。黒いマント、ローブ、ブーツ、そして黒髪の隙間から生えた黒い角。

 そんな男を睨みつけながら、勇者は鋭く言い放つ。

「今までの俺らとは違う!魔王、今度こそお前を倒しに来た!」

「前回もそう言って1ターンで死んでただろ?」

「うるさい!今回はちゃんと特訓してきたんだ!それに秘密兵器もある!」

「秘密兵器?」

 魔王が馬鹿にしたような半笑いで尋ねると、魔法使いの女が背負っていた丸い物体を取り出して宙に掲げた。それは豪華な装飾が施された鏡のようだったが、中心についた肝心の鏡部分は、曇って白くなっている。

 それでも魔法使いは自信満々な笑みを浮かべながら、その鏡を真っ直ぐ魔王に向けた。

「魔法を跳ね返す鏡よ。これであんたの魔法は全部打ち消せる。高かったんだからねこれ」

「……ふーん」

 魔王は興味なさそうにそれを一瞥すると、青い光の玉を指先に産み出し、それを魔法使いの方へ向けて何やら呟いた。

 次の瞬間、青い光の玉は真っ直ぐ鏡へ向かい、そして白く濁った鏡をバリンと突き破ってどこかに飛び去って行く。周囲に破片が降り注ぎ、戦士が咄嗟に盾を掲げて魔法使いを庇った。

「えっ。う、嘘でしょ、まっすぐ正面向けてたのに、こんな一瞬で砕け散るなんて……」

 魔法使いが庇われながらも悲痛な声を漏らすと、魔王はそれを鼻で笑った。

「どうせ口の上手い商人にでものせられたんだろう。そんなもんで俺をどうこうできるなんて思ってたのか、めでたい頭だな」

「くそ、魔法を無効化出来ると思ったのに……。こうなったら俺の剣で、倒す!」

 勇者はそう言うと剣を握りしめた。その言葉に応じて、他の3人も武器を真っ直ぐ魔王に向ける。

 だが、魔王は数段上の王座の上からその4人を見下ろして、余裕たっぷりな笑みを浮かべた。

「それで勝とうっていうのか。秘密兵器だって壊されたのに?」

「やってみなきゃ分からないだろ!」

「そうか、なら来るがいい」

「言われなくても!」

 魔王の言葉に応じて、勇者は剣を握りながら走り始めた。同時に魔王は何かを呟き、手のひらに黄色い玉を作り出す。

 勇者が階段に到達するよりも早く、魔王は手を突き出し、黄色い玉を勇者に向けて放った。

「イエローマジック、ライジングサンフラワー」

「うわあ!?」

 黄色い玉は勇者の目の前で分裂し、四方八方から襲いかかった。勇者は攻撃をもろに食らって仲間の方へ吹き飛ばされていく。

 慌てて戦士が勇者の方へ手を差し伸べると、勇者は素直に手を借りながらも自らの足で立ち上がった。

「くっ、魔法を防ぐ衣も身につけているのに……」

「魔法を防ぐ衣ねえ……。どうせそこら辺の僧侶が適当に魔力を込めたものだろ。俺の魔力は人間の数十倍、数百倍にもなる。人間ごときの魔法で防げる代物じゃねえ。そこの小娘の魔法程度なら防げるだろうがな」

 魔王はあざ笑うかのような笑みを魔法使いに向けた。名指しされた魔法使いは、少しムッとした表情で杖を構える。

「うるさい、私だって鍛えてきたんだから!……ブルーマジック、スノーアイスシュート!」

 魔法使いが唱えたと同時に、青白い光の玉が杖の先から飛び出し、魔王の元へ一直線に飛んでいく。

「へえ……。レッドマジック、ファイアストームレーザー」

 魔王は手の平から、赤い光線を繰り出した。それは青い玉を飲み込み、まっすぐ魔法使いを襲う。

「な、私の魔法が……!」

 とっさに戦士が魔法使いの前に盾を構えて飛び込むが、魔王の魔法は戦士の盾すらも弾いて2人を飲み込んだ。2人の身体が衝撃で吹き飛ばされ、地面に転がる。

 レンジャーが急いで魔法使いに駆け寄る中、自力で起き上がった戦士が、盾を拾い上げつつ呟いた。

「くそ、なんつー威力だ……。俺の盾すら弾き飛ばすなんて」

「分かったか?お前らごときじゃ俺には勝てねえんだよ。そんなおもちゃみたいな防具や武器じゃなおさら。……そろそろ終わらせるぞ」

 魔王はそう言って笑うと、手を天高く掲げた。戦士が盾を構えて前に出るが、それを気にする素振りもなく、魔王は高らかに呪文を唱える。

「天翔ける天馬よ、暗雲と稲妻の合奏に身を委ね、我の前を翔け抜けろ!疾風迅雷、サンダーラレイン!」

 魔王の声とともに、勇者たち4人の上に暗雲が立ち込めた。そして逃げる隙も与えずに、雷が4人に降り注ぐ。

 数秒経ち暗雲が晴れると、そこにはところどころ黒く焦げた衣服をまとった4人が倒れていた。魔王はその様子を上から見下ろし、鼻で笑う。

「どれだけ訓練を積んできたのかは知らんが……。やはり一撃か」

「く、くそ……。魔王め。でも俺は、諦めねえからな」

 勇者が床に這いつくばったまま叫ぶ。と、魔王は無感情な瞳で勇者を眺めてから、何事か呪文を唱えた。

 その魔法の効果を確認する前に、4人の意識は暗黒に沈んでいき。


 ゆうしゃたちは めのまえが まっくらになった。

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